202 一ラウンドKO
真っ暗な街並み。
現在の時刻は、夜の八時だ。
大人であれば、寝るのにはまだまだ早い時間。いや、子供でも起きていておかしくない時間だ。
ただ、街の暗さに、今初めて違和感を抱く。
――夜八時でこの暗さはないよな……
ホテルの敷地から見渡せる建物に、全くと言って良いほど明かりが灯っていない。
まるで大規模停電でも起こったかのように真っ暗だ。
疑問に感じた拓哉だが、何が起こっているのか直ぐに察する。そして、ミリアルの行動力に驚いてしまう。
「どうやら、この周りの住民は全て避難してみたいだな」
「そ、そういえば、真っ暗だわ。全て避難させるなんて、簡単なことではないと思うけど、さすがだわ』
どうやらクラレは気付いてなかったようだが、モニターを確認して、その凄さに慄いている。
ただ、彼女としては、他にも感じることがあったようだ。
「それもそうだけど、ホテルの敷地が広いのは良かったわね」
「ああ、隣接する建物なんてあったら、目も当てられんからな」
ホテルカティーシャは、とても広い敷地にポツンと聳え立っているのだ。
それは偶然か、はたまた必然か。拓哉は後者だと考える。
――もしかして、そこまで計算してこのホテルをパーティーの会場に選んだのか? いや、ミリアルなら在り得るな。それこそ全てが彼女の掌の上じゃないのかと思えてくるぞ。
ミリアルの凄さに、驚きを通り越して呆れてしまうのだが、そこに敵の情報が送られてきた。
「あら、これだと襲撃者は丸裸と同じよね……どうやらリルラ財閥が作った新型PBAらしいけど……黒鬼神に比べたら訓練機みたいなものね……」
ウインドウモニターには、敵の位置や規模のみならず、機体の性能に至るまで表示されている。
それこそ、丸裸という奴だ。
ただ、それが新型の情報となれば、ちょっと入手したのだけど、なんて温い話ではない。完全に機密が漏洩している。
それも、ミリアルの手腕なのだろう。さすがにクラレも呆れてしまったらしい。
「それでも、相手も武器を持ってるんだ。俺達が勝つだけなら簡単だが、後ろにホテルがあるし、油断大敵だぞ」
「そうね。ごめんなさい。いつもの調子じゃ駄目なのね。気を引き締めるわ」
近くに守るものがある戦いは、想像以上に困難なはずだ。
下手をすると、相手の攻撃を避ける訳にもいかなくなる。
それを理解しているのか、クラリッサがすぐさま真剣な表情で頷く。
ただ、襲撃者の攻撃を全て撃ち落とすのは至難の業だ。
そこで、拓哉は戦い方を工夫することにした。
「クラレ、俺は上空から敵を狙い撃つから、お前はアタックキャストを使ってシールドでホテルを守ってくれないか?」
「構わないけど……向こうの攻撃を全て防ぐのは辛いかも……」
「クラレともあろう者が泣きごとか?」
「あぅ……やってみせるわ」
おそらく、襲撃者を逃がしてしまったことを未だに気に病んでいるのだろう。
めずらしく弱気なクラレの尻を叩き、拓哉は黒鬼神を星の輝く空に舞い上がらせる。
それに合わせて、クラリッサはアタックキャストを射出すると、それをホテルの前に展開させていた。
「なるべく早く片付けるから、なんとか踏ん張ってくれ」
「了解よ。絶対に封じ切ってみせるわ」
どうやら、いつもの元気が戻ってきたようだ。
――よしよし、これなら何とかなりそうだ。全部で五十機のPBAだと言っていたし、闇雲にホテルを狙う機体は少ないだろう。恐らくは、空に居る俺を狙ってくるはずだ。いや、嫌でも俺を狙わせてやる。
拓哉には、敵の意識を引き付けるための考えがあるのだ。
「来たわよ!」
「そうか、じゃあ、行くぞ!」
ホテルの敷地内に入ってきた敵機に向けて、一気に機体を降下させる。
その高度は、襲撃者が黒鬼神を狙ってきても、ホテルが射線に入らない高さだ。
「まず、二機撃墜!」
降下する最中に、ホテルの敷地を高速で移動してきた敵機を討ち抜く。
今回に関しては、神撃ではなく、中短距離用の銃――必滅を両手に持たせている。
神撃でも相手を倒すことはできるが、その威力は周囲をも破壊することだろう。間違いなく目も当てられない被害が生まれるはずだ。
それを考えて、今回は必滅をチョイスした。
もちろん、これのネーミングもララカリアのものだ。
どうやら、拓哉が中距離攻撃で的を外さないことが由来のようだ。
「三機目! そら、こっちを狙ってこい。逃げも隠れもしないぞ?」
誘いの声を上げながら、黒鬼神を中空で固定させる。
標的となるべく、襲撃者の近くで浮遊しているのだ。
これなら簡単に撃ち落とせると、躍起になって攻撃してくるはずだ。
案の定、残り四十七機のPBAがのべつ幕なしに攻撃してくる。
それを最小限で躱していく姿は、まるで闘牛士の如く踊っているかのようだ。
「残り四十機!」
「ちょ、ちょ、ちょっと速過ぎるわ……」
さながら自分が猫じゃらしと化したかのように、敵の興味を引きつけつつ、こちらは瞬時に撃ち抜いていく。
それは、拓哉の思惑通りなのだが、クラリッサからすれば、あまりに常軌を逸していた。
こちらが紙一重で避ければ、向こうはあと少しだと感じて、正確な射撃をするために足を止めてしまう。
人間とは面白いもので、集中すればするほど他に意識が向かなくなる。
その習性を利用して、敵の意識を黒鬼神に向けさせているのだ。
「あと三十二!」
「私がホテルを守る必要があるのかしら……」
ものの見事に術中に嵌った敵機を目にして、クラリッサが呆れている。しかし、手を休めることなく襲撃者の機体を撃ち抜いていく。
これまでの命中率は百パーセントだが、別に外れても構わない。
なにしろ、拓哉の射線に入っているのは地面だけなのだ。
ただ、そろそろ拓哉の作戦に気付く者が現れるだろう。
「クラレ。そろそろホテルに攻撃を仕掛ける奴が現れるはずだから、気を抜くなよ」
「了解よ! 来たわ!」
外部からホテルを狙えという指示が来たのか、はたまた、このままでは目的を果たせないと考えたのか、襲撃者の機体は矛先をホテルに変える。
「あと二十五機か。クラレ、タイムストップを使うぞ!」
「ええ~~っ!」
初めからタイムストップを使えばいいと思う者も居るかもしれない。
拓哉としても、そうしたいのはやまやまだが、実は上映会を開いていることもあって、ある程度は普通に戦えと注文を入れてきた者がいるのだ。
当然ながら、言わずと知れたミリアルだ。
――ある程度は見せ場を作ったし、そろそろいいだろ? 半分は普通に倒したし、約束は守ったよな?
ミリアルと見せ場を作る約束をした時、半分までという条件を出したのだ。
というのも、襲撃者は劣勢になった途端、自滅覚悟でホテルを狙うと考えたからだ。
「それじゃ、タイムストップ!」
「あう~~~!」
クラレの可愛い喘ぎ声が異様な音に変わるのを残念に思いつつも、タイムストップが問題なく発動されたことを認識する。
「悪いが、自分の選択を後悔してくれ」
現在の襲撃者に悪意がなくとも、襲撃に参加していること自体が問題なのだ。
その気になれば、戦闘に参加せずに逃げる選択肢もあっただろう。それこそ、真面な人間であれば、純潔派から逃げ出すべきだ。
それ故に、遠慮なく成敗していく。
――こうなると止まった的を撃つだけだし、ただの射的練習とかわらんよな。ある意味つまらん。それでも被害が出るよりはマシか……
唯の作業となった殲滅をつまらなく感じる。そんなタイミングで、一台の装甲車が目に留まった。
――装甲車まで飛空型かよ……まあいい。きっとあれに首謀者たちが乗ってるはずだな。
勝手にそう判断した拓哉は、全ての敵機を始末し終えると、その装甲車を持ち上げる。
――まさか、自爆とかしないよな? 一応、タイムストップの解除は、逃走不能にしてからにするか。
最悪のケースを懸念しつつも、拓哉は装甲車をホテルの前まで移動させると、黒鬼神の脚で踏みつけたあげく、銃を向けてタイムストップを解除した。
「ここはホテルの前ね……もう終わり? 結局、私の見せ場はなきに等しかったわね」
モニターがホテルを映しているのを確認して、全てを察したクラリッサが溜息を吐いた。
なんだかんだ言いつつも、やる気になっていた彼女としては、自分の出番がなかったことに寂しさを覚える。
「クラレ、首謀者らしき奴等の乗り物を確保したから、アタックキャストで逃げられないように包囲しといてくれ。もし逃げ出したら威嚇射撃だ」
「了解よ! というか、恐ろしく手際がいいわね」
「たまたま見つけたのさ」
あまりのご都合主義的な展開に、クラリッサが呆気にとられているが、そこは偶然としか言いようがない。
思わず頬を掻きたくなる状況だったが、そこで無線通信が入ってくる。
『タクちゃん。ちょっと張り切り過ぎよ。一ラウンド開始直後のKOみたいな試合を観戦していた気分だわ』
残念なことに、無線通信は労いではなく、ミリアルからのクレームだった。
「一応、約束は守りましたよ。それに被害を最小限にしたかったので、これくらいで勘弁してください」
『まあ、モニターの映像を見ていた人達も満足というより呆気にとられているし……仕方ないわね』
どうやら、ミリアルも納得してくれたようだ。
ある意味、黒鬼神――拓哉の強さを伝えるには、これが最適なのかもしれない。
なにしろ、一瞬にして一個小隊が殲滅されたのだ。普通ではあり得ないことだ。
そんな拓哉の活躍に水を差すミリアルだったが、黒鬼神の足元が気になったようだ。
『ところで、その踏んづけてる物は、なに?』
「ああ、怪しい装甲車が居たんで捕まえてきました」
『なるほど、それはなかなかのお土産ね。楽しくなりそうだわ。ふふふっ』
――まさかとは思うが、カティが歳をとると、こうなるのかな……周囲の温度を下げるのは、クラレだけで十分だぞ!?
ミリアルの不穏な含み笑いは、拓哉の背筋を凍らせた。それは、拓哉に嫌な予感を抱かせることになった。