199 宴の舞
2019/3/13 見直し済み
悪党とは、実に面白い行動を執るものだ。
物語などでよく登場する悪役は、大抵が直ぐに戦闘を始めずに口上を宣う時間を用意する。
その例に漏れず、ここを襲撃した主犯たちも典型的な悪役を演じてくれるようだ。
不謹慎にも、そんなことを考える拓哉だが、彼等としては、自分達の思想や立場を公にすることが大切なのだ。
しかし、拓哉の隣には、襲撃の事態にまったく動じていない者が居る。
「あら、アームスまで持ってきたのね。なんとも準備の良いことね。こちらと同様に、向こうも初めから予定していたのかしら」
典型的な悪役を目にして、ミリアルが感心している。
――おいおい、感心している場合じゃないだろ!?
本来であれば、顔を引き攣らせるところだが、ミリアルはまるでハエでも紛れ込んだかのような態度だ。
そんな彼女にツッコミを入れたくなるのだが、空気を読んで口を噤む。
そもそも、それどころではないのだ。
――それにしても、非戦闘員が多いからな。こりゃ、厄介なことになったぞ。
実際、非戦闘員を守るために戦うのは、想像以上に難しい。
しかし、現状はといえば、パーティーに参加していた者達は、誰もが入り口から離れているものの、襲撃者の危険にさらされている。
一応、支給服を着た男女が壁となって参加者を庇っているが、焼け石に水だと思えた。
ただ、拓哉の見解は、少しばかり外れている。
――支給服を着た者は、モルビスの人間だから分かるけど、なんで参加者まで銃を構えてるんだ?
そう、支給服を着た者達は、参加者の盾になりつつも、襲撃者に銃を突き付けている。ただ、その後ろで庇われている参加者も銃を手にしているのだ。
――おいおい、ドレスを着た女性まで銃を持ってるぞ! どこに隠し持ってたんだ?
女性の誰もがドレスの下にレッグホルスターを装着しているのだが、拓哉がそれを知るはずもない。ただ、なんとも恐ろしい世界だと感じる。
下手にナンパなんてしようものなら、ベッドを前にして凍り付いてしまうだろう。
しかし、相手はアームスを従えている。銃でなんとかなる話ではない。
それもあってか、悪役の一人が一歩前にでると、嫌らしい笑みを浮かべた。
「ティノスのジジイはどこだ! それと、モルビスの小生意気なバカ娘を出せ!」
二十台以上のアームスと完全武装の兵士を背にした男が吠える。
偉そうに吠える男は、服装からして軍属の者のようだが、その男の周りには、兵士とは違う六人の男達が居た。
「グレッグ家の者か……これも因縁かのう」
「あらあら、リルラ財閥の当主もいるじゃない。なんとも愚かなことね」
ガリアスとミリアルは、呆れた様子で肩を竦めると、動揺することなく壇上から降り始める。
ただ、ミリアルはチラリと拓哉に視線を向けた。
「タクちゃん。ついてらっしゃい」
――おいおい、俺も行くのかよ! 俺は呼ばれてないぞ? ちぇっ、しゃ~ない。
ミリアルの言葉に愚痴を零しそうになるが、ラティーシャのことを考えると、断る訳にもいかない。渋々と後を追い始める。
すると、何を考えたのか、彼女は待っていましたとばかりに、拓哉の腕に自分の腕を絡めてきた。
――なに腕を組んでるんだよ! 周囲の目を気にしろよ! てか、俺が気になるし……
慌てて、クラリッサ達に視線を向けると、案の定、冷たい眼差しを向けてきた。
ただ、カティーシャだけは、申し訳なさそうに縮こまっている。
「きたな! ジジイと小娘! ん? 鬼神も一緒か! くくくっ。丁度いい、手間が省けた」
――なんの手間が省けたんだ? まさか、俺を始末する手間という話か?
偉そうにする男は、ガリアスが口にした通り、グレッグ家の現当主であるギランダ=グレッグであり、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
その嫌らしい笑みは、既に自分達が勝利したと確信しているのだろう。
しかし、ガリアスとミリアルは全く気にしていないようだ。
「さて、この老骨を呼び出してどうする気かのう」
「きたわよ? それで、何かしら? 招待した覚えはないのだけど。悪いけど呼ばれざる客は帰ってくれないかしら。あっ、お呼びでないのだから、客でもないわね」
ガリアスは未だしも、ミリアルは完全に毒づいている。
――カティの母ちゃん、やっぱり凄いな。普通ならビビッて命乞いをするところだぞ。
動じていないどころか、悪態を吐くミリアルに感心してしまう。
しかし、罵声を浴びせかけられた方は、もちろん穏やかではいられない。
「やかましい! 小娘! だいたい、お前のような小娘が偉そうにしているのが気に入らないんだ。だが、まあいい。今からお前達の死刑執行が始まるんだ。これで少しはマシな空気になるさ」
ギランダは毒づくミリアルを罵ると、予想通りの展開となる。
鈍い拓哉でも、さすがにこの展開は読める。そして、憤りを感じる。
――こいつ、完全に狂ってるな……薬でもやってるんじゃないのか? というか、俺も死刑なのか? 駄目だな、こいつ、終わってるぞ!
余りの暴言に正気を疑う拓哉だが、これがギランダの持ち味だ。
「相変わらずじゃの。その性格をなんとかせんと我が身を滅ぼすと、何度も言ったはずじゃが?」
「うるせ! ジジイ! もうお前の時代じゃないんだよ! 老いぼれは、黙って死んでろ!」
ガリアスに向けて罵声を吐き散らすと、ギランダは行き成り右手に持った銃のトリガーを引き絞った。
「あっ!?」
その行動が余りにも唐突だった所為で、シールドを展開するのが遅れる。
しかし、拓哉が出張る必要もなかったようだ。
「ふんっ! この程度か!」
――おいおい! マジかよ! 爺さん、あんた、なんで車椅子なんかに座ってたんだ?
元帥の行動に驚き、思わず心中でツッコミを入れる。
なにしろ、元帥は撃ち出されたサイキック弾をシールドで回避することをせず、右手ではじき飛ばしたのだ。
「くそっ! この変人が!」
老人がサイキック弾を手であしらうという異様な光景だったが、ギランダはそれほど驚いていなかった。
恐らく、ガリアスの能力を知っていたのだろう。ただ、憤慨したギランダは右手に持った銃を乱射する。
――まずい! 爺さんは変人だからいいとしても、ミリアルに当たったらことだ。
ガリアスを庇う必要はないように思える。しかし、ミリアルに関しては、そういう訳にもいかないと判断して、即座にシールドを展開する。
当然ながら、自分を含めた三人を強力なサイキックシールドで囲った。
「ほ~っ! こりゃ、立派な盾じゃな。さすがは、鬼神と呼ばれるだけはある」
「ちっ! じわじわと痛めつけて楽しもうと思ったが、かまわね~、一斉射撃だ!」
ガリアスがシールドの出来に感心していたのだが、逆にギランダは焦りを感じたようだ。直ぐに戦闘開始の合図を送った。
――おいおい、いくらなんでも、アームス二十機を一人で相手にするのはキツイぞ!
愚痴を零しながらも、完全武装の兵士の前に出てきたアームスに向けて右手を振るう。
次の瞬間、一機のアームスが砕け散りながら壁を突き破る。
「やべっ! やり過ぎた」
壁を壊したことで焦ってしまう。しかし、横に立つミリアルは楽しそうにしていた。
「大丈夫よ。気にせずやっちゃいなさい。どうせ、あなたの持ち物なのだから」
――おいおい、壊していい理由はそれかよ! カティ、ごめん!
笑みを浮かべたミリアルからもたらされたのは、最悪の返事だった。しかし、戦闘を止める訳にはいかない。心中でカティーシャに謝る。
なにしろ、この建物は、彼女と同じ名前なのだ。
「命が惜しかったら、大人しく尻尾を巻いて逃げ出すんだな」
拓哉としては、争いなんて起こらないに越したことはない。
その想いが、脅しとなって吐き出されるが、使った言葉が悪かった。少しばかり逆効果だったようだ。
襲撃者達の眉が吊り上がる。
「クソガキが! 死ね! ぐあっ! がぐっ……」
アームスの後ろから拓哉を狙っていた兵士達が弾け飛ぶ。
「タクヤ、雑魚は私に任せて、アームスをお願い」
「さすがは、私の夫となる男だ。素手でアームスと戦えるなんて、お前くらいのものだぞ」
クラリッサは駆け付けると、直ぐに連携を執る。
ただ、一緒に現れたミルルカは、やたらと嬉しそうであり、自慢げだった。
「助かる! 俺はシールドを展開しながらアームスをやるから、他は頼む」
「ああ、あそこの七人は殺しちゃダメよ。思いっきり損害賠償させるから」
救援に駆け付けた二人に感謝するのだが、ミリアルが面倒な注文を押し付けてきた。
――なんとも簡単に言ってくれるよな……
思わず溜息を吐きつつも両腕を振る。
次の瞬間、ファントムブローが炸裂し、アームスが次々に砕け散る。
「な、なんだと! どうやってアームスを倒しているのだ!? なぜだ。なぜ、こうも簡単にやられるのだ」
いとも簡単にアームスがやられるのを目にして、ギランダが顔を引きつらせた。
どうやら、それは元帥の笑いを誘ったようだ。
「かかかかっ! 実に面白い! 実に素晴らしい! まさに鬼神と呼ぶべき存在じゃな」
「報告では聞いていたけど、本当にアームスを物ともしないのね。タクちゃんに掛かったらアームスも子供の人形と同じね」
高らかに笑い声を上げる元帥に続いて、ミリアルも感心した様子で頷いている。
そんな二人を他所に、拓哉は次々にアームスを殲滅していく。それと同時に、ミルルカの戦闘力に慄く。
彼女は両手に持ったサイキック銃を連射しているのだが、それは物凄い勢いで敵のシールドを突破して、完全武装の襲撃者を倒しているのだ。
――向こうもシールドを展開しているはずだが、なんでミルルの攻撃は筒抜けなんだ? クラレの攻撃は弾かれることが多いのに……それほどミルルの方がサイキックに優れているということか?
疑問に思う拓哉の考えを読み取った訳ではないだろう。しかし、クラリッサが顔を顰める。
「カティが、私だけ除け者にするから……威力が出ないのよ。こんなことなら、無理にでも参加すべきだったわ。ミルルはいいわよね。沢山受け取ったし……」
「くくくっ! 最高だ。物凄い、凄い恩恵だ! 信じられないほどに力が沸き起こるぞ」
不満そうにするクラリッサを他所に、ミルルカは喝采の声をあげる。
威力の違いは、例の恩恵に預かっているかどうかだった。
まさに、ドーピングによる差だ。
――そういうオチかよ……
二人の会話に汗を掻きながらも、あっという間にアームスを殲滅した拓哉は、ポケットからシリコン弾を取り出すと、次々に指で弾いていく。
さすがに、ファントムブローを人間に対して使用するのは過剰攻撃だ。
なにしろ、完全武装とはいえ、アレを生身の人間が食らうと挽肉になってしまう。
さすがに、ホテルのパーティー会場を肉片だらけにするのは気が引ける。
「くそっ! どうなってるんだ! 相手はたったの三人だぞ! こんなことが起こり得るのか?」
「ギランダさん、拙いですよ! このままじゃ、全滅です」
「ちっ! しゃ~ない、例の奴だ」
「承知しました。私だ。やれ!」
劣勢だと判断したギランダは、仲間に促されて奥の手を投入する気になったようだ。
すぐさま、部下に指示を送った。
――拙いな。銃こそ持っているが、非戦闘員が大勢いるのに……何をやる気なんだ?
部下が携帯端末で指示を出すのを目にして、嫌な空気と焦りを感じている。
途端に、激しい振動と爆発の衝撃に襲われた。
「これは、何事だ?」
何とか爆発の衝撃をシールドで防ぎ、直ぐに発生源に視線を向ける。
――マジかよ!
そこには、五機のPBAが居た。いや、PBAがホテルのフロアーに入る訳がない。
機体のサイズに疑問を抱く拓哉だが、隣にいるミルルカが歯噛みする。
「RBAか!? なんてものを持ち出すんだ!」
ミルルカはその存在を知っていた。険しい表情を作りつつも、その小型PBAの名前を口にした。
「なんだ、それ。PBAと何が違うんだ?」
拓哉としては、その機体の性能が気になるところだ。
「その名の通りだ。小型のPBAで、能力も縮小版だ。それでも生身の者が戦える相手じゃない。アームスなんて比べ物にならないほど戦闘力が高いぞ。直ぐにみんなを避難させないと全滅になるぞ」
顔を顰めたミルルカが、逃げることを推奨してきた。
しかし、この状況で、すんなり逃がしてくれるはずもない。
――ちっ! しゃ~ね~。
「クラレ、ミルル、元帥とミリアルを連れて後ろに下がれ。出来れば、避難しろ」
「タクヤ、あなたはどうするの?」
「タクヤ。お前、何をやる気だ!?」
避難しろという言葉に、クラリッサとミルルカが不安を露わにする。しかし、拓哉は笑みを浮かべて首を横に振る。
「心配するな。死んだりしね~よ。いっちょ、気合を入れて戦ってみるわ」
本気になった拓哉の言葉を信用したのか、はたまた、その不敵な笑みに確信を得たのか、二人は黙って頷く。その表情からは、不安が吹き飛んでいる。
ただ、さすがの元帥とミリアルも、独りで戦うという拓哉の行動に度肝を抜かれていた。