197 元帥
2019/3/12 見直し済み
それは、美しいと称賛を浴びて当たり前の光景だった。
紫の髪に淡いピンクのドレスがマッチして、可憐な美しさと気品を際立たせているクラリッサ。
金髪のショートヘアではあるものの、女性らしさを強調した白いドレスが、まるで花嫁を思い起こさせるカティーシャ。
水色のドレスと青い髪の組み合わせが清楚なイメージで、とても可愛らしいキャスリン。
これこそが炎の鋼女だと言わんばかりの赤いドレス。そして、ドレスを大きく押し上げるゴージャスな胸。そんな誰もが振り返らざるを得ないほどの美しさを見せつけるミルルカ。
紫色のドレスが気品と美しさを強調するだけでなく、ミルルカにも負けない豊満な胸で、誰もが足を止めて見入ってしまう女らしさを振りまくガルダル。
緑色のドレスが美しさを醸し出しているものの、着る物に関係なく最高の美しさを見せつけるキルカルア。
猫耳とドレスという究極の姿で全ての美を凌駕するレナレ。
その童顔と黄色のドレスが組み合わさって、少女を思わすような可愛らしさを振りまくルルカ。
そんな女性八人の女性を引き連れてパーティー会場へと入ったのだ。
誰もが注目して当たり前だ。いや、誰もが息をするのも忘れたかのように見入っている。
「凄い注目度……恥ずかしい……」
「私もです……」
見える範囲の者達が、彼女達に視線を向けていると断言できる状況に、キャスリンとルルカの緊張もマックスだ。
「気にしてはダメよ。どうせ殆どの男は、邪なことしか考えていないのだから」
「そうだな。みんな犬猫だと思え! そうすれば、見られても恥ずかしいと思わなくなるからな」
クラリッサの冷静さは何時ものことだ。ただ、相変わらずのミルルカに心を和ませる。
しかし、ミルルカが無理をしているのは、誰が見ても歴然としていた。
――ミルルって、実は恥ずかしがり屋なんだよな~。きっと、自分自身にそう言い聞かせてるんだろうな。
美しい見た目と違って、可愛らしい性格をしているミルルカの本性を知る拓哉は、思わず微笑ましくなってしまう。
予定されていたパーティーだが、拓哉達が泊まるスイートの直ぐ下の階で行われることになっていた。
それもあって、拓哉達はのんびりと登場したのだが、それが逆に注目される要因にもなってしまった。
「遅れてきたし、こっそりと潜り込みたかったんだがな……」
会議の前に取り囲まれたことを思い出し、なるべく目立たないようにと考えていたのだが、連れている女性の美しさで、完全に思惑を外されてしまう。
それでも、会議の後と違って、嫌な視線を感じることはなく、ホッと安堵の息を吐く。
そんなところに、キャリック、ダグラス、ドランガ、三将軍がやってきた。
「これは、鬼神すら影が薄くなるほどの美しさだな」
ダグラスはいきなり女性陣の美しさを称賛した。
それは美しさだけではなく、女性に対する礼儀も含まれている。いや、自慢げなところを見ると、身内であるミルルカの美しさを誇っているのかもしれない。
その横のドランガといえば、楽しそうに頷いた。
「綺麗なだけじゃないぞ! 彼女達の強さは桁違いだ。間違いなく一線級の戦士だ」
ミルルカとガルダルの戦いぶりを知る彼からすれば、彼女達は美しいだけではないのだ。
それは、キャリックも知るところだ。
「強き者は強き者に、美しき者は力ある者に惹かれるのさ」
古き友人二人の感想をキャリックが締め括った。
当然ながら、彼の姪も目の前にいる。それ故か、ダグラスと同様に、やたらと誇らしげだ。
ただ、それが気に入らなかったのか、ドランガが口惜しそうにする。
「ワシに娘か姪が居れば、その仲間に入れたものを……」
「こらこら、それでは、まるで噂のように私達が姪を献上したように聞こえるじゃないか」
「そうだぞ、ドランガ! 飽く迄も彼女達は、ホンゴウ君に惚れ込んで一緒にいるのだ。誤解が生まれるような発言は良くないぞ!」
「そうだった。すまん。しかし、残念だ……」
ダグラスとバルガン将軍に窘められて、素直に詫びるドランガだが、自分の考えを曲げた訳ではない。いつまでも悔しそうにする。
そんな姿を目にして、拓哉の心はヒンヤリとした冷たさを感じる。
――うおっ、なんか親戚中を探してでも、女性を連れてきそうな勢いだな。頼むから勘弁してくれよ。
拓哉の嫌な予感は、やたらと当たる。それもあって、すぐさま拒否権を発動しようと考えたのだが、拓哉に与えられたのは、作戦参加の拒否権だけだ。
ただ、定員オーバーの宣言よりも早く、少し不服そうにするミリアルが割って入った。
「遅いわよ! なにをやっていたのかしら。まあ、想像はつくけど。でも、早く孫も見たいし、推奨するところね」
ミリアルの意味ありげな笑みは、拓哉の鼓動を止めることに成功する。
なにしろ、遅くなった理由は、何をではなく、ナニをしていたからだ。
――ぐはっ! バレバレかよ……めっちゃ恥ずかしいんだけど……
落ち着いたドレスを身に纏うミリアルの流し目に、思わず身体を強張らせてしまう。しかし、彼女は直ぐに表情を戻すと、拓哉の腕を取った。
「タクちゃん。ちょっと紹介したい人がいるのだけど、いいかしら?」
「あ、はい。問題ないです」
「ん? もしかして、ティノス家か?」
さすがに、この状況でミリアルの願いを退けるのは無理だ。そう判断して、拓哉が即座に返答すると、どういう訳か、キャリックが反応した。
そして、そこで出た名前を聞いた途端、拓哉は自分の記憶を探る。
――ティノス家? どこかで聞いたような気がする……ああ、ティノス将軍か……
そう、会議の時に真面目な質問をしてきた男だ。
ただ、ミリアルと彼の将軍の関係が分からない。
そんな拓哉の視線の先では、当のミリアルが頷く。
「そうですわ。今日は元帥も来られてますから」
「元帥が? それなら、ワシも挨拶に行かねば」
元帥が誰かは知らないが、キャリックが目を瞠る。それと同時に、両隣の二将軍も頷く。
――元帥? 元帥って普通は名誉職だよな? てか、三将軍が緊張してないか? もしかしてヤバいのかな?
元帥と聞いただけで畏怖を抱くのだが、三将軍の態度が拓哉の不安に拍車をかける。
因みに、これまで将軍という階級を使ってきたが、それは将官を纏めて表現しているだけで、本来の階級はキャリックが大将で、残りの二人は中将だ。
元帥と聞いて、少しばかり抵抗を感じる拓哉だが、いまさら断る訳にもいかない。
大人しくミリアルについていくと、そこには、拓哉の予想通り、会合で質問をしてきたティノス将軍が立っていた。
ただ、その横には車椅子に座った老人がいて、ティノス将軍が何か話しかけていた。
ミリアルは臆することなく車椅子に座る老人の前まで行くと、ティノス将軍ではなく、老人の方に頭を下げた。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ありません」
「いや、構わんよ。それにしても、ミリアルは相変わらず美しいのう。ミッシェルは息災か? 怠けてはおらんだろうな?」
「有難う御座います。お義父様もご喧噪で、なによりです。はい。主人は怠けることなく働いております。今もディートに攻め入った純潔派の瓦礫を片付けている最中ですわ」
「そうかそうか! それならよい。あ奴は目を離すと直ぐに怠けるからのう。しっかり尻を叩くのじゃぞ」
「はい。勿論ですとも」
「それでこそミリアルじゃ。カカカカカッ!」
ミリアルと楽しそうに会話する老人は、最終的に嬉しそうな笑い声を上げる。
――お義父様? もしかして、カティの父親の家系か?
ミリアルの会話から、老人が身内であることを察するのだが、拓哉の考えなど知らぬとばかりに、話は勝手に進んでいく。
「ところで、お義父様。こちらがカティの夫になるタクヤ=ホンゴウです。さあ、カティ、タクちゃん」
ミリアルは手招きで拓哉とカティーシャを呼び寄せると、勝手に紹介し始めた。
拓哉としては、言われるが儘だし、自分で自己紹介しなくても良いのだろうかと疑問を抱くのだが、老人は全く気にしていないようだ。
「おお! もう男の振りをするのは止めたのか。それにしてもミリアルに似て可愛いのう。若い頃のミリアルを思い出すぞ。きっと、綺麗で強い女になるのう」
「ご無沙汰しております。おじい様。男の振りをするのは、配偶者が見つかるまでと決まってましたからもう必要ないのです。こちらが夫となるタクヤです」
――そんな決まりがあったのか……全然、気にしてなかったや……
男の振りをする理由を聞いてなかったと思いながら、カティに紹介されて名乗りを上げる。
「タクヤ=ホンゴウです。生まれは異世界の日本という国です」
どんどん外堀が埋まるな~とか思いつつ、自己紹介を済ませる。
その途端、それまでにこやかにしていた老人の眼つきが変わる。
「話はルーファスから聞いたが……この気配、只者ではなさそうじゃな。う~む。お主に聞きたいことがある。少し耳を貸すのじゃ」
ルーファスという名に聞き覚えがない。ただ、どうすべきかと躊躇する。
そんな拓哉を他所に、老人は自分の左手で車椅子の肘置きをポンポンと叩く。それは、近くに来いという合図だった。
少しばかり抵抗を感じながらも、おずおずとすぐ隣まで行くと、今度は頭を近づけろと手招きしてくる。
――大丈夫かな……行き成り殴られたりとかしないよな?
不安を抱きつつも、恐る恐る耳を老人の頭に近づけると、物凄い勢いで頭を掴まれて引っ張られた。
――う、うお! 何をする気だ?
焦りを感じる拓哉だったが、老人は直ぐに「何もせんわ」と囁くと本題に入った。
「どの娘が一番スタイルがいいのじゃ? やっぱりダグラスのところの娘か? それとも、舞姫か? 胸は誰が一番大きいのだ?」
物凄い眼光だったのに、なんてことはない。唯のスケベジジイだった。
「早く答えぬか!」
憤りを露わにする老人に、些かガックリしながらも、警戒心が霧散する。
「バランスから言うと、やはりクラレ……クラリッサが一番かと思います。大きさならミルルカかガルダルでしょう」
「そうか。バルガンのところか。やはり一番若いしのう。羨ましい……がふっ!」
「いてっ!」
――なんだ? なんだ? 何かが頭にぶち当たったぞ!
老人が囁いている最中に、拓哉は何かで叩かれたのか、吹き飛ばされてしまう。
慌てて老人の居た場所を仰ぎ見たのだが、そこには美しい女性が立っていた。
その手には見事なハリセンが握られている。
――もしかして、あれでぶっ飛ばされたのか? それにしては、威力があり過ぎじゃないか?
自分に起こったことを推察していたのだが、拓哉の前に転がる老人を見るに、間違いなくハリセンでぶっ飛ばされたのだろう。
そう、拓哉のみならず、老人までが吹き飛ばされていた。
そして、拓哉、いや、老人に向けて、その美しくもゴージャスな身体つきをした中年女性が憤りを露わにした。
「なにをやっているのですか。公衆の面前で! 少し目を離すと直ぐにこれだから。いつまで経っても若い子が好きなのね。本当に困った人だわ」
かなり憤慨しているご様子だ。
拓哉としては、その女性の存在が気になるところだ。
ただ、その疑問は、直ぐに解かれる。
「お義母様、ご無沙汰しております。ご喧噪で何よりです」
「あら、ミリアル。今日は招待してくれてありがとう。あなたも元気そうで何よりだわ」
――お義母様? ちょっとおかしくないか? まるで姉妹みたいな歳に見えるぞ?
「おばあ様はサイキックで若さを保っているんだよ」
拓哉の疑問を察したのか、カティーシャが起こすのを手伝ってくれながら説明してくれた。
そのゴージャスボディのおばあさん――カティーシャの祖母は、スタスタと足を進めると、拓哉の前に仁王立ちする。
「あなたがタクヤ君ね。能力が高いのは分かるけど、若くして女の子を侍らせるのは自慢にならないわよ? 少しは自重しなさい。そうでないと、あなたもこのジジイみたいになるわよ? あなた達も困ったら、私に相談しなさい。ほんとに、これだから男は……」
どう見ても叔母にしか見えないカティーシャの祖母から説教をくらうのだが、どうやら女性陣には優しいようだ。
少しばかりエロい祖父、異様に若作りな祖母を目にして、拓哉はとんでもない一族に関わったのではないかという恐怖に襲われたのだった。