196 前菜と責務
2019/3/11 見直し済み
人間とは、本当に調子の良い生き物だ。
それまでは、にこやかな表情で話し掛けていた者達が、自分の意に副わないと分かった途端、簡単に掌を返してしまう。
会合が始まるまでは、下心が見えつつも笑顔を向けてきていた者達が、いまや陰でコソコソと悪口を叩いている。
キャリック、モルビス財閥、ダグラス、彼等が身内を人身御供にして鬼神を懐柔したとか、実は唯の女好きな男ではないかとか、あの戦果もでっち上げかも知れないなどと、唯の悪口から下世話な中傷まで、好き放題に囁いていた。
そんな愚かな者達を横目に、ミリアルに促された拓哉達は、同じリムジンに乗車して今夜の宿に向かった。そして、到着したホテルを目にして圧倒される。
「な、なんだ、このホテル!? 豪華すぎるだろ」
「そうだな。私がこれまで見たホテルと比べても、群を抜いているぞ」
「あら、ありがとう。必要ない物だし、贅沢だとは思うけど、世の中って不条理なのよ。豪華じゃないと、お金持ちは泊まってくれないものなのよ」
リムジンの中から、あまりにも先進的で高級感のある高層ホテルを目にして、拓哉とミルルカが驚きを露わにした。すると、ミリアルは肩を竦めつつ、自分の首が閉まるような文句を垂れた。
そう、この絢爛豪華な高層ホテルは、モルビス財閥が運営する建物なのだ。
「確かに贅沢よね。自分のお金では、一生止まることはなさそうだわ」
それまで中傷をばら撒く者達に憤慨して、不機嫌な様子を露にしていたクラリッサだったが、途端に表情を和らげた。というか、どちらかというと、呆れている節がある。
「やっぱり、人間って愚かよね。別に、こんな贅沢なんて必要ないのに」
人間の贅のお陰で成り立っている財閥の総帥としては、大いに問題のある発言だ。
恐らくは、キルカリアを気にしているのだろう。しかし、その台詞がミリアルの口から出るのは、些か滑稽に感じる。
ところが、キルカリアは全く気にしていないようだ。それどころか、とても嬉しそうにはしゃいでいる。
「このホテルって、料理はどうなんですか? きっと美味しいですよね?」
彼女の思考は、既に食べ物に向いていた。
そう、キルカリアは美しい見た目に相反して、大食漢だった。というか、見た目に相反して、少女のような態度を執ることが多い。
彼女曰く、ヒュームのところで、ろくな物を食べてなかった。とのことだった。
しかし、拓哉が見たところ、あの食べっぷりは、彼女自身が食いしん坊である証だと思う。
そんな食いしん坊万歳的なキルカリアに向けて、ミリアルが残酷な仕打ちをする。
「ええ、ウチのホテルは全て手作り料理だから、味の方は保証するわ。ただ、のんびり食べて居られる時間があればだけど。会合では伏せられていたけど、恐らく、あなたのお披露目もあると思うから、沢山の人が集まると思うわ」
ミリアルがいう通り、会合ではキルカリアの存在が隠されていた。拓哉の付き人として出席したのだ。
その理由は定かではないが、あの掌を返す連中を見れば、考えずとも理解できることだった。
ただ、お披露目と言われると、少しばかり疑問が生まれる。
――お披露目? 何のことだ? 晩餐会でもやるのかな?
首を傾げる拓哉を他所に、キルカリアが悲痛な表情を浮かべた。
「そんな~~~~! ひっそりと美味しい物を食べて居たいんですが……あっ、タクヤとの披露宴ということなら問題ないですけど。うふっ」
キルカリアは不満な表情を見せたが、気を取り直して爆弾を投下した。
もちろん、クラリッサやミルルカが黙っているはずがない。
「何をいってるの! あなたは、嫁ではないし、披露宴なら、私が妥当だわ」
「そうだ! 私もタクヤの妻として言わせてもらおう。まずは、お茶くみからだな」
――いやいや、クラレの台詞なら何とか理解の範囲だが、ミルル、お茶くみって新入社員じゃないんだからな。いや、今どき新入社員にお茶くみなんてさせたら、パワハラだと騒いだ挙句、即座に転職活動を始めるだろうな……
「ちぇっ! クラレだけでも煩かったのに、ミルルなんてまるで姑だわ。というか、タクヤ。こんなに煩い女ばかりなの? 静かなのはガルだけだったわよ」
二人から発射される二重奏の攻撃に、キルカリアは肩を竦めて愚痴を零した。
その煩い女達の残りは、既にホテルで待ち構えている。
そう、カティーシャ達は会合に参加せずに、直接ホテルに向かったのだ。
「私のどこが煩いのよ! もしそう感じるのなら、それはキルカの所為よ」
「私は寡黙な女だぞ! 煩い訳がない。煩いと言うのは、テリオスみたいな奴のことを言うんだ」
三人がワイワイと騒がしいのだが、なぜかミリアルは楽しそうだ。
ただ、いつまでも車の中に留まる必要はない。
「さあ、到着したわよ。さっさと入りましょ」
――どうも、この飛行自動車の停止感覚は解りづらいな。居住性と耐圧性能のお陰で、進んでるのか止まってるのか、全く体感できないんだが……というか、俺の機体に、この耐圧のシステムを組み込めよ!
止まったことに気付かなかった拓哉は、思わず場違いなことを考えてしまうのだが、リムジンのドアが外から開けられた途端、またまた呆気にとられる。
「モルビスホテルグループ。カティーシャへ、ようこそ」
「「「「「「ようこそおいでくださいました」」」」」」
初めに頭を下げた男は、恐ろしいほどにキリッとしていた。
それこそ、スーツを一ミリも着崩していないのではないかと思えるほどだ。
そのさっぱりした感じの男が笑顔で挨拶してくると、その後ろに並ぶメイド達が、一斉にお辞儀をしてきた。
――おいおい、ホテル名がカティと同じじゃないか……てか、なんでメイドなんだ?
自分の嫁になる少女と同じ名前のホテル名を告げられ、思わず固まってしまう。
そんな拓哉の疑問を察したのだろう。ミリアルが笑みを見せた。
「このホテルはね。カティが十歳になった誕生日に贈ったものなのよ。だから、このホテルのオーナーはカティなの。そうなると、このホテルはあなたの物と同じね」
――おいおい、そんな事実は初めて知らされたぞ。つ~か、間違ってもホテル鬼神なんて建てるなよ。
「いえ、カティの物は彼女の物であって、俺の物ではないですよ」
「何を言っているの。次期総帥はクーガーだけど、あなたには、それなりのポストを用意するつもりだから、そんな小さなことを気にしてはダメよ」
にこやかにするミリアルだが、拓哉からすれば、ツッコミどころが満載だ。
――いやいや、モルビス財閥で働く気はないからな! 戦いさえ終われば、俺はのんびりと暮らしたいんだ。というか、完全に外堀が埋められてないか?
即座に否定するのだが、どんどん逃げ道を塞がれているような気がしてならない。
「さあ、今日は忙しいわよ。こんなところでモタついている暇はないわ。さっさと行きましょう」
ホテルの支配人らしき男と短い会話を済ませたミリアルは、振り向きざまに告げてくるのだが、その意味が全く解らない。
頭を捻る拓哉のところに、一人のメイドがやってくる。
「若様、お荷物をお持ちいたします」
「若様って……あ、だ、大丈夫だ」
「いえ、若様にお荷物など、お持ちさせられません」
「いや、大丈夫だから……てか、その若様ってなんだ?」
メイド姿の年若い女性に呼び名について尋ねると、すぐさま全くスキのないスーツ姿の男が、笑顔で割って入った。
「わたくし、このホテルの総支配人をしております。カトル=リストンと申します。ホンゴウ様は、当ホテルのオーナーであるカティーシャ様の夫となられる方ですので、当ホテルからすればオーナーと同様の扱いとなります。それと、総帥からそう呼ぶようにと言い遣っております。若様、これからも宜しくお願いします」
「「「「「「若様、宜しくお願いします」」」」」」
支配人のリストンが説明を終わらせて低頭すると、メイド達も一斉に頭を下げてくる。
――マジか!? 俺はヤバいところに足を踏み入れたんじゃ……
「いいじゃない。もえるものは、もらっておくべきよ。それだけの被害を被っているのだから」
焦りを感じている拓哉とは打って変わって、クラリッサはあっさりしたものだ。
もはや、カティーシャが嫁になることは避けられないと感じているのだろう。
実際、彼女の純潔を奪ってしまったのだ。いまさら、要らんともいえないだろう。
そのカティーシャからすると、クラリッサの物言いは、少しばかり頂けなかったようだ。
「誰が、何の被害を与えてるって?」
「ああ、カティ。出迎えかしら?」
「別にクラリッサを迎えにきたわけじゃないよ。ママ、タク。お疲れ様」
カティーシャは冷たい眼差しでクラリッサを射抜くと、直ぐに表情を和らげて、ミリアルと拓哉を労った。
これまで、自分に与えられた居室を見て散々と驚いてきたが、今回は極め付けだった。
「さすがは、高級ホテルのスイートって感じだわ」
「私に相応しい部屋だな」
「ミルルに相応しいって、どこがなんちゃ?」
「黙れ! 食っちゃ寝妖精のくせして!」
クラリッサに続いて部屋の感想を述べたミルルカに、トトがツッコミを入れた。
もちろん、そのツッコミに黙っていられるミルルカではない。すぐさま逆襲を始めるのだが、どうやら羽虫扱いはしなくなったようだ。
「あのさ、別にクラレやギルルのために用意した部屋じゃないからね。君達はオマケだよ。オ・マ・ケ!」
「器が小さいな。というか、ギルルいうな! 有罪なら、クラリッサの方が凶悪だろう」
「まあ、胸の大きさに比例しているのでしょう。それと、ミルル、凶悪ではないわ」
「はぁ? 器と胸は関係ないからね! だいたい、ボクとタクだけで使っても良かったんだよ? それに、クラリッサは、ヤバいよ。だって――」
「黙りなさい」
「た、タクヤ、わ、私も頑張るからな」
カティーシャ、ミルルカ、クラリッサ、三つ巴の戦いだが、最後はクラリッサが真っ赤になってカティーシャの口を塞いだ。
――やっぱり、あれはアブノーマル過ぎたのかな……
クラリッサと拓哉の性癖は、それほどに過激だったのだ。
しかし、ミルルカは顔を赤らめて胸を押し付けてきた。
どうやら、クラリッサの一人取りを阻止したいようだ。
――いや、頑張ると言われても……こればかりは、嫌々やってる訳じゃないし、本人の好みもあるからな……
身を寄せてくるミルルカの返答に困る拓哉は、取り敢えず話を戻すことにした。
「まあまあ、広いんだからいいじゃないか。揉め事は止めようぜ。それに、久しぶりに全員が集まったんだ。楽しくやりたいんだ」
のんびりと寛ぐキルカリア、キャスリン、ガルダル、レナレ、四人は良いとして、残る三人が暴れ出しそうなので、慌てて宥めた。
もちろん、大人しくしている嫁達も含め、夜は彼女達と愛を確かめ合うことになるのだ。
ここで、いつまでも揉めるのは得策ではない。というか、拓哉が「楽しく」を強調したところで、五人の瞳が輝いた。いや、キルカリアの瞳も輝いていたので、六人と言うべきか。
因みに、残念ながら、ルルカはこの部屋に居ない。
さすがに、カティーシャもそこまでお人好しではなかった。彼女には、別の部屋が割り当てられている。
それを知った彼女は、人生の終わりが来たかのような表情で、トボトボと自分の部屋に入っていった。
拓哉仲裁により気分が落ち着いたのか、はたまた、全員が夜の営みを想像したのか、揉め事はうまい具合に収束した。
ただ、今夜はパーティーがあるので、のんびりできる時間は多くない。
それをカティーシャが強調する。もちろん、重要なのはパーティーではない。
「それよりも、今日は忙しいんだから、やるべきことをサクサクと済ませないと。時間が短くなるよ」
「そうね。寝ない訳にはいかないし、五人もいるもの。要領よく片付ける方が得策ね」
「うん。賛成! でも、クラレは散々してるはずだから、四人でよいのでは?」
「そうだな。今日は、私達四人だけで――」
「ちょ、ちょっと! そういうのは、なしにするという約束よね」
ガルダルとキャスリンは頷くと、すぐさま行動を開始するために立ち上がった。
ミルルカに関しては、キャスリンの発言を尤もだと感じたのだろう。嫌らしい笑みをクラリッサに向けた。
そのクラリッサは、慌てて立ち上がると、必死に食い下がった。
拓哉としては、ゆっくり風呂でも入って、美味しい夕食を食べて、明日のために英気を養うつもりだった。
もちろん、夜の営みも忘れていない。
それにしても、まだ時間がたっぷりとあるような気がする。
なにしろ、まだ午後三時過ぎだ。下手をすれば昼寝すらできるだろう。
「別に、今から慌てる必要はなくないか?」
そんな疑問を持った拓哉だが、それは完全に勘違いだ。
「なに言ってるのさ。夫として役目があるよね? 四人も居るんだよ? 時間は有効に使わないと」
「うぐっ!」
――ぐはっ……やっぱりか……てか、寝る前でいいだろ!?
カティーシャの言葉で、嫁達の瞳が輝く。そして、直ぐに彼女達の考えを察した。
少しばかりゆっくりしたい拓哉だったが、嫁達を蔑ろにしたくないという思い以外にも、ムクムクと起き上がる感情があった。そう、それは欲情と呼ばれるものだ。
ただ、大きな問題がある。そして、その問題が割って入る。
「もしかして、エッチするの? 私もいいでしょ?」
キルカリアが自分自身を指さすのだが、カティーシャはきっぱりと拒絶する。
「だ~め! キルカリアは、まだタクのお嫁さんになってないよね?」
「そうだよね。あたしたちは、タクヤ君に認められた妻だし、そうじゃない人は、ダメだよね」
「そうだぞ。そういうのは、きちんとしておかないと」
「あぅ……私達も正式に籍を入れた訳じゃ……」
カティーシャに続き、キャスリンとミルルカがキルカリアの要求を却下した。
彼女達の言い分は、一見、正当性を持っているように思える。しかし、実際は、単なる口約束でしかない。
それを理解しているガルダルは、少しだけ卑屈な態度を執った。
「という訳で、クラリッサ、レナレ、トト、三人でキルカリアの相手をすること」
「えっ!? 私も……」
「時間がないから、今だけ我慢して。夜は参加していいから」
「わ、分かったわ。キルカ、レナレ、トランプでもしましょ」
「え~~~っ! わたしもする~~~~~」
結局、夜は許可するというカティーシャの台詞に負けて、クラリッサは渋々ながらキルカリアの相手をすることになる。そして、拓哉は昼間から四人の嫁達と愛を語らうことになった。
露骨な会話を普通に聞かされたレナレは、必死に平静を装っていたが、そのずば抜けた能力を持つ耳は、拓哉達の愛の語らいが行われている間、常にピクピクと動いていた。