194 ルキアス到着
2019/3/10 見直し済み
五日間の旅は、今世紀最大の波乱になると思っていた。
今世紀最大という表現には、些か語弊があるかもしれない。
というのも、世界には西暦なるものは存在しないからだ。
そんなヘリクツは良いとして、なにゆえ、過去形かというと、今まさに、その五日間を凌駕する波乱が起きようとしていたからだ。
「タクヤ! これは、どういうことだ?」
憤りを露にしたミルルカが詰め寄ってくる。
ミルルカの剣幕は、大抵の者ならたじろいでしまうものだったが、拓哉は怯んでいなかった。いや、別の意味で慄いていた。
――詰め寄るのはいいが……いや、良くないが……そんなに胸を押し付けるなよ! みんなが見てるじゃないか!
軍服の上からでも感じられるミルルカの柔らかい胸の弾力に、思わず意識を奪われるが、すぐさま周囲の目を気にする。
「クラリッサが付いているから、新規参入者については心配してなかったんだけど、これはどういうことかな?」
なぜか、カティーシャは拓哉にではなくクラリッサに冷たい視線を向けていた。
クラリッサはといえば、その突き刺さるような視線を躱そうともしない。それどころか、逆ギレする。
「私に言わないで欲しいわ。タクヤに聞いてちょうだい」
――おいおい、援護射撃どころか、これじゃ後弾じゃないか!
正直言って、自業自得だ。キルカリアの要求を拒否できない拓哉に問題がある。
それでも、クラリッサの頑張りで、一線を越えることはなかった。
思わず悲痛な叫びを上げそうになる拓哉だが、逃げ場を求めて視線を問題となっている人物――キルカリアに向ける。
「そんなに触ったらだめニャ! くすぐったいニャ! ああっ、尻尾はダメニャ!」
「うわっ! やめるんちゃ! そんなに力を入れて頬ずりしたら首の骨が折れるんちゃ」
猫人族や妖精族が珍しかったらしく、憤りを見せているミルルカやカティーシャをそっちのけで、レナレやトトを弄っている。
これがいかなる状況かというと、拓哉達は朝一番にルキアスの空港に到着した。
そこには、拓哉の妻を名乗る、いや嫁と認めた女性及び、その相方が待ち構えていた。
それ自体は問題ない。問題は拓哉の方にあった。
そう、キルカリアの存在だ。いや、それも問題ではないだろう。一番の問題は、キルカリアの態度だった。
嬉しそうに拓哉と腕を組むキルカリアを目にした途端、ミルルカを始めとした四人の妻たちが、一斉に顔色を変えたのだ。
――駄目だ。無理だ。これは切り抜けようがない。別に妻にしたわけではないし、何とか貞操を守ったし、問題ないことを伝えればいいだけだよな?
貞操を守ったのは、クラリッサであって、拓哉の自制心ではない。
その辺りを少し勘違いしている拓哉は、すぐさま弁解する。
「あ~、お前達、勘違いしてるだろ? 別にキルカを妻になんてしてないぞ? 肉体関係もないからな」
「「「「えっ!?」」」」
事実を知らしめた途端、カティーシャ、キャスリン、ミルルカ、ガルダル、四人の驚きの声が重なった。
彼女達からすれば、間違いなく誑し込まれていると思えたのだ。
それほどに、キルカリアの態度は馴れ馴れしかった。
四人は驚きを収めると、直ぐにクラリッサと視線を向けた。
「それだけは死守したわ。その代り、私も出来なかったけど……地獄だわ」
溜息を吐きながら心境を語るクラリッサだったが、四人からすると、全く同情の余地はなかった。
その証拠に、カティーシャが目を吊り上げる。
「そんなの当たり前だよ。ボク達だってご無沙汰なんだから、自分だけいい想いをしようとした罰さ。いや、ボク達が居ない間に、いったい何回したのかな?」
――何回って……そんなの解らん。沢山やったし……
いちいち回数なんてカウントしている訳ではない。それに、数えきれないほどしてしまったのだ。数えられるはずがない。朝から、昼間から、夜も、時間があれば、裸のスキンシップに勤しんだのだ。カウントしていたとしても、数え間違えが起きそうだ。
そんな訳で、カティーシャの質問には答えられない。
そして、それは肯定として受け止められる。いや、事実を読み取られてしまう。
もちろん、四人の冷たい視線が、クラリッサに集中するのも必然だろう。
「ちょ、ちょ、ちょこっとよ。ほ、ほんの数回しかしてないわ」
――それは嘘だな……あれが、ちょこっとなら、クラレの沢山は一体どうなるんだ?
もちろん嘘だ。過少申告も甚だしい。これが税務署なら、間違いなく追徴金を持っていかれるところだ。
そして、余りにも嘘過ぎて同調できずにいる拓哉は、四人からすれば簡単なウソ発見器だった。
「嘘だね。ちょっと付き合ってもらおうかな。ねえ、クラリッサ」
こうして拓哉とクラリッサは、ルキアス到着早々に尋問を受けることになった。
ミクストルの会合には、思ったよりも多くの参加者が居た。
拓哉の知っている者は、その内の数人というところだろう。
当然ながら、ミルルカの叔父であるダグラス将軍やドランガ将軍の姿もあった。
実のところ、キャリック、ダグラス、ドランガ、三人は同期らしく、とても仲が良い。
それもあって、やたらと嬉しそうにしていた。
ただ、どうも面倒なのは、それ以外の者も沢山集まっているのだが、誰もが拓哉に話し掛けてくることだった。
「噂はかねがね聞いてるよ! ヒュームの侵攻を退けたらしいな」
「うむ。どうだ。ウチにこないか?」
「いやいや、鬼神の独り占めは、少しばかり問題あるだろう」
「じゃあ、持ち回り制にするか」
「それにしても、こんな少年だったとは」
「でも、これで純潔派をぎゃふんと言わせられるぞ」
「そうだな。奴等の動きも活発だし、ヒュームばかりに構っている訳にもいかんだろ」
「あっ、ホンゴウ君。もしよければ、リルラ財閥の機体にも乗ってもらえんかな?」
軍服姿の者からスーツ姿の者まで、ありとあらゆる人間が声を掛けてくるのだが、どうも彼等の瞳には私利私欲が混じっているように感じられた。
――やっとのことでカティ達の尋問から解放されたと思ったら、今度はこれか……
四人の嫁からの尋問で、クラリッサとの赤裸々なプレイまでゲロさせられた拓哉は、会合に参加するクラリッサ、ミルルカ、キルカリア、ルルカ、合わせて五人で会場にと赴いた。そして、拓哉が鬼神と呼ばれる存在だと知ると、砂糖に群がる蟻のように人が集まってきて、ウンザリする羽目になった。
いまだ会合の前の待機時間なのだが、拓哉は既に参加するべきではなかったと後悔する。
余談だが、他の仲間は会合に参加しないので、別行動となっている。
「なかなか人気者だな。だが、気を付けろよ。どいつもこいつも自分のしか考えていない奴等ばかりだからな」
「お前こそ、どうなんだ?」
何処からか忽然と現れたケルトラがニヤリとする。途端に、顔見知りのミルルカが食って掛かる。
「ああ、クアントか。火炎の鋼女と恐れられたミルルカ=クアントも、もはや形無しだな。鬼神に懸想して、今じゃすっかり骨抜きになったと聞いていたが」
「う、う、うるさい!」
ケルトラに己が行いを揶揄されて、ミルルカは憤慨する。しかし、恥じらいで顔を真っ赤にしていては迫力の欠片もない。
そんなミルルカの態度をにこやかに見守るキルカリアだったが、思うところがあったようだ。
もちろん、拓哉についてではなく、ミクストルについてだ。
「自由と平和を求めるミクストルと言っても、皆が同じ志を持っている訳ではないのね」
「当然だ。それこそが、人間の姿だと思うだろ?」
ケルトラの皮肉は、的を得ていると言えるだろう。
不完全だからこそ人間であり、正しき行いと邪な想いを持っているからこそ人間なのだ。
――確かに、認めたくはないが、ケルトラの言う通りだろうな。人間なんてそんなものだ。真面目に考える者も居れば、それをネタに私腹を肥やそうとする者も居る。本当に残念だと思うが、それこそが人間のありのままの姿だろうな。
誰もケルトラの言葉を否定しない。いや、否定できないだろう。
なにしろ、人間を突き動かすのは、想いであり、それは人それぞれ、千差万別だ。
「タクヤ。今日は、好き放題ぶちまけていいぞ」
何を考えたのか、ケルトラは不敵な笑みを見せた。
しかし、彼の考えが全く理解できない。
ただ、何かの思惑があるよう感じられた。
「それは、どういうことですか?」
「どうもこうもない。そのままだ。きっと、お前が発言する機会が生まれるだろうからな。ああ、クアントも暴れていいぞ」
「な、なぜ、私が暴れないといけないのだ!?」
憤りを見せるのだが、どうやらミルルカも意図が掴めないようだ。
それが悦に入ったのか、ケルトラは再びニヤリと顔を歪める。
「放って置いても、バルガンもクアントも言いたいことを口にするタイプだからな。間違いなく暴れることになるだろうさ。くくくっ」
笑いにミルルカが憤慨するが、それ以外の者はただただ首を傾げている。
そのタイミングで、場内にアナウンスが響き渡る。
『これから会合が始まります。参加者の方は速やかに指定された席に移動してください』
「どうやら始まるみたいですね。私達も移動しましょう」
アナウンスが終わると、会場の前に設置された広いスペースで世間話に花を咲かせていた者達が移動を始める。
その状況を見回したカリナが、拓哉達を促す。
それに頷き、拓哉達も会場に入るのだが、その席順を知った途端、ミルルが不満を露わにする。
どうやら、ミルルカは予めもらった座席表を確認していなかったようだ。今更ながらに不平をぶちまける。
「どうして、私だけが違う席なんだ?」
座席表では、拓哉達の席順は右から順番に、ミリアル、キャリック、リカルラ、リスファア、クラリッサ、拓哉、キルカリア、ルルカの順となっていた。ミルルカに関しては、ダグラスの隣となっている。
「それは仕方ないわよ。部隊の配置と同じになってるし、ギルルは、これでタクヤとも疎遠ね」
「ぬぬぬぬっ! 駄目だ! 私もそっちの部隊に入るぞ! というか、ギルルいうな! お前の方がギルティだろ。なんてったって――グゴホゴ」
「ちょっ、ちょっと、こんなところで、やめてよ」
クラリッサの人には言えない性癖を知ったミルルカは、即座に有罪判決を蒸し返した。
しかし、さすがに周囲に聞かれる訳にはいかない。
焦ったクラリッサが、すかさず彼女の口を物理的に塞ぐ。
ミルルカの軽はずみな発言は、拓哉としても勘弁して欲しいところだ。ただ、ここでその話に触れたくはなかった。それもあって、正当な理由で彼女を宥める。
「いやいや、それだと戦力が偏り過ぎるだろ」
ただでさえ、拓哉の舞台にはガルダルも居るのだ。そこにミルルカが加わると、完全に戦力が集中してしまう。
悲しいかな、他に名立たるパイロットの名前が挙がってこないのだ。
もしかしたら、凄腕のパイロットが他にもいる可能性はあるが、現時点で拓哉の耳には届いていない。
――つ~か、いいのか? ミルル。テリオスさんが泣くぞ? 確か、裏で必死にミルルの代行をしているはずだよな?
今更ながらに、ミルルカの副官であるテリオスの存在を思い出して肩を竦める。
ただ、テリオスなら「会長が居なくても問題ありません」なんて言うのだろと考える。
「ミルル! 違う席と言っても、俺の直ぐ後ろじゃないか! そんなに膨れることはないだろ?」
「そういう問題ではないのだ! このままだと、私だけが除け者になってしまうんだ」
拓哉としては、全く除け者にする気はないのだが、どうやら彼女は会合の席の問題ではなく、拓哉の側に居られなくなると考えているようだ。
そんなミルルを宥めつつも席に向かったのだが、拓哉はケルトラの言葉を思い出して、これから始まる会合に不安を抱く。




