16 失敗
2018/12/28 見直し済み
まさか、校長室に呼ばれる事態に陥るとは考えてもいなかった。
クラリッサから敵の位置を聞いた時、拓哉は瞬時におかしいと感じていたが、なぜか言われた通りに機体を動かしていた。
それ故に、間違えたクラリッサではなく、おかしいと知りつつも機体を動かした自分に責任があると考えていた。
――はぁ~、副校長からの説教は、クラレの叔父さんのお蔭で何とかなったが、きっと、この後でデクリロから怒られるんだろうな~。
「ごめんなさい。タクヤ。私のミスの所為で」
「そんなことないよ。機体を操縦していたのは俺なんだ。だから悪いのは俺さ」
「でも……」
「まあ、バグなんだから仕方ないよ」
拓哉は落ち込むクラレを励ますのだが、周囲のことを気にして、操縦ミスという情報が露わにならないように、敢えてバグのことを口にした。
なんといっても、距離があってもサイキックで聞こえてしまうのだ。迂闊なことを口にする訳にはいかない。
さすがに、校長室にはアンチフィールドが張られているお蔭で、盗み聞き対策が執られている。しかし、現在の二人は廊下を歩いているのだ。
因みに、寮や宿舎の各部屋においても、プライバシーを守るためにアンチフィールドが張られている。
「それはそうと、ララさんのことも気になるし、機体のことも気になるから、急いで戻ろう」
「そうね。あまり酷く壊れてなければよいのだけど……」
未だに落ち込んでいるクラレにそう告げると、拓哉は格納庫とは名ばかりの倉庫へと脚を向けた。
すると、なぜか頬を膨らませたクラレが服の裾を引っ張った。
「どうしたんだ?」
その行動が気になって、拓哉が首を傾げる。しかし、クラリッサは黙ったまま首を横に振るだけで、服の裾を摘まんだまま付いて来ている。
――う~ん。何が気に入らないんだ? ん~わからん……
彼女の気持ちを察してみよかと悩んでみたのだが、所詮は十五の男に女心なんて解るはずもなく、拓哉は肩を竦めることになってしまった。
校長室を出た拓哉とクラリッサは、飽きることなく噂話に花を咲かせている者達の視線を無視して、初級機体格納庫へと辿り着いた。
実は凄く怒られることを想定して、クラリッサと共にビクつきながら格納庫に入ったのだが、そこでは全く予想だにしない状況が待ち受けていた。
「だから、関節部や駆動系の損耗率が半端ないんだよ。おっ、帰ってきたか。入れ入れ」
格納庫に唯一設置された会議室に入ると、デクリロが大きな声を発していたが、拓哉とクラリッサが戻ったことに気付くと、明るく迎え入れた。
二人が拍子抜けしながらも中に入ると、ララカリアが真剣な顔で腕組みをしていた。
そんな重苦しい空気の中、拓哉とクラリッサは空いている席に座る。
拓哉は改めて室内を見回し、そこでクロートとトニーラの姿が無いことに気付く。
「あの、デクリロさん、クロートさんとトニーラさんは?」
「ああ、あいつ等なら一〇七号機の機体確認をやってる最中だ」
――あうあう、それはとても申し訳ない。
「じゃ、俺も手伝ってきます」
「いや、お前はここに居ろ。色々と聞きたいことがあるしな」
いったい何がどうなっているか理解できない。これは如何いう流れなのだろうかと首を傾げる拓哉は、チラリとクラリッサに視線を移す。
どうやら彼女も同じだったようだ。拓哉に視線を合わせると、徐に首を傾げた。
ただ、それでは話が進まないと感じたのだろう。現状の把握に尽力するつもりのようだ。
「あの~、これはどういった状況なのでしょうか」
――うむ。ナイスだ。クラレ!
拓哉はクラリッサの尽力に感謝しつつ、デクリロとララの見えない処で親指を立てる――サムズアップしてみせたのだが、彼女は顔を赤くして拓哉の手をパシリと叩く。そして、コソコソと小声で叱責する。
「その仕草は、男が女に向けてすると、犯すぞ! って意味だから止めなさい」
――ぐはっ! なんなんだよこの世界……もう勘弁してくれ~~!
拓哉は絶望で頭を抱え、心中で悲痛な声をあげる。
しかし、それと知らないデクリロが首を傾げつつも説明を始めた。
「タクヤ、何をやってるんだ? まあいいか。実はな。今回の事故を受けて試験結果を校長に提出したんだ。そうしたら、この開発を推し進めろという話なってしまってな。どうせ、今期の新人は、この機体での実技が終わってるから、次に初級機体を動かすのは来年なんだ」
「それって本当ですか?」
「ああ、さっき、端末に連絡が入った」
拓哉が思わず聞き返してしまうと、腕を組んだデクリロが頷く。
ただ、拓哉からすれば、それがこの騒ぎの原因だとは思えない。
今度は、クラリッサ頼みではなく、拓哉は自分で確かめる。
「それで、何を揉めてるんですか?」
「それがな。前々から気にはしていたんだが、今回修理のために機体を分解して確信したんだ」
「何をですか?」
デクリロの回りくどい説明を聞き、拓哉は不安な表情を見せる。
すると、デクリロはチラリとララカリアを見やって、視線を拓哉に戻した。
「消耗が尋常じゃないんだ」
「えっ!? 消耗? どこのです?」
「駆動系が特にひどいが、基本的に全部だな」
「そ、そんな……」
ショックが大きかったのか、拓哉は無意識に立ち上がる。
デクリロからもたらされた理由は、拓哉にとって思いのほか深刻な内容だった。
というのも、一〇七号機の起動はそれほど多くない。それなのに消耗が酷いということは、使い物にならないと同義だったからだ。
――せっかくサイキックなしで動かせる機体を手に入れたと思ったのに……いや、でも、なんでこの機体だけが……
「でも、それならPBAも同じなのでは?」
「いや。PBAなら問題ない」
「どうして――」
拓哉の疑問に対して、デクリロが首を横に振る。
それに納得がいかない拓哉は即座に食らいつくが、そこにクラリッサが割って入った。
「それって、サイキックを使っていない影響ではないのですか?」
「えっ!?」
「ああ。そうだ」
拓哉は驚きを露わにしつつも、即座にクラリッサへと視線を向けた。
そんな拓哉に向けて、デクリロが肯定した。
それでも、拓哉は納得がいかない。
この場合、頭で理解できていないことよりも、感情が納得することを許さないのだろう。
それを察したのか、クラリッサは少し申し訳なさそうにしながら説明を始めた。
「タクヤ。PBAに使用されているサイキックシステムは、色々な用途で利用されているわ。攻撃に対する機体の防御に始まり、操縦者の耐圧保護に至るまで……タクヤ、あなたはあの加速負荷をなんとも思わないの?」
「加速負荷? もしかして『G』のことか? それなら、多少はキツイけど、それほどでもないぞ」
「それほどでもないんだ……」
拓哉の返事を聞いたクラリッサが、呆れたと言わんばかりの表情で肩を竦めた。
すると、今度はララカリアが溜息を漏らすと、ポニーテールの頭をガシガシと掻き始めた。
「損耗率に関しては確かにそうだろうな。稼働中のPBAがサイキックシステムで駆動系のコーティングを行っているのを忘れていた。ただ、加速圧力防御に関しては、そこまでとは思わなかったぞ。タクが普通に動かしているからな。そんなに酷いのか?」
「ハッキリとは断言できませんが、多分、訓練生の殆どが物も言えないレベルだと思います。わ、私は平気ですが……」
「そんなにか!? こりゃ、まだまだ問題が山積みだな。タク、お前の身体はどうなってるんだ?」
見栄を張るクラリッサの返答を聞いて、ララカリアは驚きに続き溜息を吐いた。
「そう言われても……」
――別に俺が異常な訳じゃないと思うけど……確かに、ジェットコースターに乗ってもなんとも思わないけど……
クラリッサとララカリアから訝しげな視線を向けられて、拓哉は言葉を詰まらせた。
しかし、クラリッサは追い打ちをかけることなく、今度はララカリアに視線を向けた。
「それ以前に、タクヤの操縦能力が異常過ぎて、機体の性能を全く測れなかったのですが、これって本当に誰でも動かせる機体なんですか?」
「……」
ララカリアといえば、目を丸くしたかと思うと、完全に沈黙してしまった。
クラリッサの言葉は、ララカリアにも衝撃を与えたようだ。
すると、まるで鬼の首でも取ったように、デクリロがニョキニョキと生気を漲らせた。
「ほらみろ! バカ野郎! だから、お前のプログラムだと誰も操縦できなくなるって言ったんだ」
――あっ、ヤバイ。デクリロがまた禁句をぶっ放した。これは荒れるぞ!
焦る拓哉の予想とは裏腹に、ララカリアはションボリとしている。どうやら完全に沈み込んでしまったようだ。
ところが、何を考えたのか、クラリッサが行き成りララカリアの援護を買って出た。
「班長殿。それは少し口が過ぎると思います。タクヤのような操縦者が現れれば、誰でもそっち方向に進むのは已む無しだと思いますが?」
「あ、あ、あう、あう。す、すまん。少し言い過ぎた」
景気良くララカリアに罵声を浴びせ掛けたデクリロだったが、クラリッサから冷たい視線を浴びてにタジタジとなる。
まさに塩をふんだんにかけられて萎んでいくナメクジの如しだ。
クラリッサは一撃必殺でデクリロを撃墜すると、今度はララカリアに厳しい表情を向ける。
「ミス・ララカリア。あなたもこの程度で落ち込んでどうするのですか。開発なんて失敗して当り前の世界ではないのですか? 問題が見つかるのは、ある意味、成果ではないのですか?」
キツイ口調だったが、ララカリアはその言葉を聞いた途端、勢いよく立ち上がった。
その瞳には希望が映し出されているかのようだ。
「そうだな。これからだ。よし、まずはサイキックシステムで補っている部分の洗い出しからだ」
一気に復活したララカリアが元気よく声を上げると、クラリッサも少しだけ嬉しそうな表情を見せた。
――もしかして、この二人って、実は水と油じゃないのかもな……
「さあ、タク。いくぞ。やることが山ほどあるんだからな」
ぼんやりと二人を眺めつつ、こっそりと安堵の息を吐く拓哉だったが、ララカリアは山ほどの課題を与えられることになるのだった。