186 バカ騒ぎ
2019/3/6 見直し済み
どうやら、自分には大尉の威厳もなければ、その器でもないようだと、つくづく思い知らされた。
格納庫にある更衣室で、いまだ違和感のある制服に着替えたのだが、いまやその制服はボロボロの状態になっていた。
全てのボタンはなくなり、階級章こそ残っていたが、ありとあらゆる装飾がもぎ取られていた。
「これは、軍法会議ものね」
「そうですよ。これは、然るべき罰を与えるべきです」
――いやいや、それを言ったら、お前も犯罪者だよな!?
クラリッサとルルカの二人が憤慨するのだが、覗きしていた彼女に心中でツッコミを入れる。
ただ、それと知らないルルカの表情は、すぐさま物惜しそうなものとなる。
「それにしても……私の分が……」
――おいっ! お前の憤りは、それか!?
ツッコミどころ満載のルルカを見て溜息を吐く。
ボロボロの制服を着ている拓哉だが、別に初めからみすぼらしい姿だった訳ではない。
初めは、規則正しく着こなしていた。
しかし、それが維持されたのは、ほんの十分程度だった。
格納庫から出た途端、物凄い勢いで囲まれてしまったのだ。
サイキックの障壁を張れば良かったのだが、気を緩めていたこともあって、それも儘ならず、もみくちゃにされてしまった。
それも女性ばかりで、拓哉の抵抗もおざなりだ。
ただ、群がる女達は凶悪だった。誰もがハサミを持っていた。
その光景の異様さと言えば、思わず猟奇的な映画を思い出したほどだ。
実際、そのハサミは小型で事務用の物なので、命の危険を感じ取ることはない。
「というか、卒業式じゃあるまいし、ボタンとか持って行ってどうするんだ?」
ハサミでボタンを切り取っていく女性達の行動を思い出し、何の意味があるのかと考え込む。
ただ、それは割と一般的な考えだった。もちろん、日本にも同じような考えがある。
「お守りですよ。鬼神様のお守り。きっと、何よりも効果があると思います」
――お守りって……
「俺のボタンには、なんのご利益もないぞ?」
ルルカの説明は理解できる。しかし、拓哉は納得できない。
そもそも、鬼神といっても、飽く迄も二つ名だ。別に拓哉が神様な訳ではない。
ところが、この世界には、この世界の法則があるようだ。
「それが、そうでもないのよ。タクヤは知らなかったのね」
「どういうことだ?」
「実はね。強いサイキッカーが身に着けている物は、なぜか防御を高める効果があるの。もちろん、それを身に着ける者がサイキッカーであった場合だけなのだけど」
クラリッサの説明は、拓哉にとって初耳だった。
迷信的な気分の問題かと思っていたのだが、どうやら全く違ったようだ。
強いサイキッカーが身に着けた物は、何らかの力が宿るらしい。
それを知ると、クラリッサに何か渡したくなる。なんといっても、大切な彼女なのだ。
「じゃあ、クラレも、何か要るか?」
「いえ、私は大丈夫よ」
すぐさまお守りを持たせることにしたのだが、彼女は少し顔を赤らめて断った。
しかし、拓哉からすれば、彼女が断る理由も、顔を赤らめる理由も分からない。
「どうしてだ?」
その態度を訝しく思ったのだが、彼女はその理由を耳元で囁いた。
「だって、私はお腹の中に沢山もらってるから……」
下腹部を押さえて恥ずかしそうにする。
――ぬあっ! それって、俺が出しっぱなしにしている種のことか?
彼女の態度と発言で、言いたいことを察してしまった。ただ、それの効果が気になる。
「それって、なにかの効果があるのか?」
「凄いわよ。私の体感だとサイキックの出力が、少なくとも倍にはなっているわね。初めは、それに戸惑ってしまったもの」
――マジか! 倍率ドンかよ! 俺の種にそんな力が……それじゃ、感情が伝わってくるのも、やっぱり……
自分の子種の威力に呆れてしまった。そして、以前から感じていた感覚も、それの所為だと考え始める。
しかし、彼女は顔を顰めた。
「ギルルなんて、それを知って目の色を変えていたわ。本当に、意地汚いわ」
――ギルルって……いい加減に普通に呼んでやればいいのに……てか、ミルルなら目の色を変えるのもあり得るわな。だって、早く子供が欲しいとか言ってたし、最強になりたいとか言ってたし、このままだと搾り取られそうだな……つ~か、夜道には気をつけなきゃ。
新たな事実に、身の危険を感じ始める。
ただ、そこに空気を読まない発言が炸裂する。
「大尉! 私も何か欲しいです。できれば、子……種とか、子供とかがいいですが……」
――どうやら、未だに諦めてないようだな……ほら、クラレに睨まれてるぞ!
発言の内容は問題だが、クラリッサをものともしない度胸は並大抵ではない。
しかし、その後の結末は悲惨だ。
「あら、ここにあられもない映像が。もしかして、自分で慰めていたのかしら。ああ、この人って、いい齢して不毛なのね。世の中には、こういうのを好む人も居るかもしれないわね」
「うぎゃ! しょ、少尉、そ、それだけは……お願いします。消去してください」
「でも、悪い虫を駆除するのには必要だし、どうしましょうか」
「お願いします。もう言いません。ですから、後生です」
クラリッサが徐に取り出した端末には、全裸に近い状態で失神するルルカの動画が映し出されていた。
盗撮に関しては、この世界でも思いっきり犯罪行為だが、覗きに関しても犯罪なので良しとする。
ただ、動画の主人公となっているルルカとしては、そんなものが世に出回るなど堪ったものではない。涙目で必死に削除を懇願する。
――はぁ~、まあいいや、これもスキンシップだろう。放置だ。放置。
二人の遣り取りに呆れつつも、拓哉はなんとか自室に辿り着いた。
「やっと辿り着いたな。なんか戦闘よりも疲れたぞ」
ルルカの対応をクラリッサに任せて、彼女の要望をなかったことにする。
そして、着替えをすべく寝室に向かうのだが、どうやら、ルルカは懲りていないようだ。
「あっ! あっ! た、大尉、たいい~~~~~~ぃ! ちょっぴりでいいので、くださいよ~~~!」
――ちょっぴりも大量も、その行為に違いはないだろ!? やっぱり、俺には大尉の威厳がないようだな……まあ、十六歳で威厳も糞もないか……
再びクラリッサにやり込められるルルカにチラリと視線を向け、拓哉は大尉という階級に頭を痛めるのだった。
夕食だと呼ばれ、ノコノコと食堂に行ったことを後悔していた。
そう、デクリロとキャリックの言葉は、仮眠をとったことで綺麗さっぱり記憶の奥に置き去りとなっていた。
というのも、仮眠の前にも一戦交えたからだ。もちろん、それはクラリッサとの情事だ。
「軍隊って、こんなんでいいのか?」
「一応、私達には階級や規律があるけど、軍隊ではないから、良いのではないかしら」
――軍じゃないって……昼は軍法会議だとか騒いでなかったか? それにしても、ゆっくり休めって、今日は寝られないって、このことだったんだな……
クラッカーの集中砲火で歓迎され、誰とも知らない者達から称賛の言葉を浴びながら食事をしているのだが、どうにも落ち着かない。
現在の拓哉は、馬鹿騒ぎという名の祝勝パーティーの真っただ中にいる。
ただ、それが普通のパーティーであれば問題はないのだが、とんでもない盛り上がりを見せていた。
その有様と言えば、プロレスショーを繰り広げる者、歌を歌い出す者、脱ぎだす者、喧嘩を始める者、抱き合って涙を流す者、千差万別の状況だと言えるだろう。それは、どう見てもパーティーとは思えない光景だった。
「いいのか? これで……だいたい、飲んでるモノがおかしくないか? このバカ騒ぎって、それが原因じゃないのか?」
「いいじゃない、パーティーなんだから。でもまあ、それはあるでしょうね」
誰もが手にする飲み物を見て、拓哉が怪訝な表情を見せる。
クラリッサとしては、大して気にしていないのか、肩を竦めて終わらせた。
そう、大騒ぎにもなるはずだ。なにを考えたのか、軍の食堂でお酒が振る舞われているのだ。
因みに、服を脱いでいるのは、当然ながら男だけであり、目の毒になることはあれども、目の保養になることはない。いや、女性が服を脱ぐと、間違いなくクラリッサから酷い目に遭うことだろう。そういう意味では、男の裸の方が、被害が少なくて済むだろう。
「住民はシェルターに避難しているはずだよな? どうやってお酒を調達してきたんだ?」
当然ながら、軍の食堂にお酒を常備しているはずがない。拓哉の疑問は、誰もが同じく抱くだろう。
その答えは、拓哉に群がる女性を追い払ったルルカからもたらされる。
「この基地には地元の兵士が多いのです。酒屋の息子は、一人どころではないらしいです。どうやら、その兵士達が家からくすねてきたようですね」
「おいおい、それって自宅とはいえ、窃盗なんじゃないのか?」
「バルガン将軍が、あとでお金を払うと言ってましたよ」
リスファリアが正当性を主張するのだが、それは当たり前のことだ。
そもそも、住民は未だにシェルターで心細く震えているはずなのだ。それを考えると、こんなことをしていて良いのかと思い始める。
ただ、場の空気が異様さを増し、そっちが気になり始める。
「それにしても、大丈夫なのか? 凄い騒ぎになってるぞ」
あまりの乱痴気さに、どんどん不安になってくる。
淫らな行為に耽る者こそ居ないものの、常軌を逸した騒ぎとなっているのは間違いない。
「まあ、誰もが死を覚悟してましたから、この開放的な騒ぎも仕方ないと思います。常時これなら問題ですが、今夜だけなら、何の問題もないでしょう。というか、バルガン将軍自身が半裸で踊ってますし……」
「お、叔父様……タクヤ、あんな大人にならないでね」
リスファアの想いは理解できる。
ただ、クラリッサは開いた口が塞がらないようだった。
あんな姿の叔父を見たこともなければ、見たくもなかったのだろう。
それもあってか、思いっきり釘を刺されてしまった。
ただ、釘を刺す彼女の眼差しが怪しいことに気付く。
「く、クラレ、まさか、お酒を飲んでるのか?」
彼女は頬を紅潮させ、目尻を下げている。
いつもの彼女からは、想像もできないほど緩んだ状態だ。
それを目にして、焦りを感じたものの、彼女の方はやたらと元気だ。
「だ、大丈夫よ! 少しだけだし、軽いお酒だから……ひっく」
――拙いぞ、拙いぞ! その台詞は、酔い潰れる奴の台詞じゃないか!
世の中、お酒を飲んで大丈夫という者ほど、信用ならない者はいない。
現に、こっそりと拓哉の太ももを触っている。
怪しい行動を始めたクラリッサに不安を感じていると、そんなタイミングで問題は発生した。
「あの、ここ、よろしいですか?」
その声を聞いた途端、拓哉の心臓が壊れるのではないかと思うほどに跳ね上がった。
キルカリアが現れたのだ。
その途端、隣から拒否の声が上がる。
「良くないです。申し訳ありませんが、帰ってください」
キルカリアが現れた途端、眦を吊り上げたクラリッサが、立ち上がって拒絶した。
これが切っ掛けとなって、クラリッサとキルカリアの争いが勃発することになった。