184 蒼い機体
2019/3/5 見直し済み
作戦会議室は、まさにお祭り騒ぎだった。
しかし、素直に喜べない者も居た。
くそっ! どんだけだよ!
それが、拓哉の戦闘に対して、グエンが抱いた感想だった。
しかし、周囲はといえば、誰もが抱き合って叫び声をあげるほど歓喜している。
それも当然だろう。拓哉が単騎で七百もの敵を撃退したのだ。
もちろん、七百の敵を撃墜した訳ではない。
「これは異常だな。黒き鬼神なんて眉唾だと思ってたが、こんな現実を突きつけられると、ぐうの音も出んぞ」
グエンの隣にいる相棒は、言葉とは裏腹に、とても楽しそうだ。
少なからず、自分達の能力が酷く劣っている証となってしまったのだが、それでも敵が撤退したのは、心から喜べることだった。
――まあ、敵が退散したんだ。嬉しくない者なんて誰も居ないが……目標にするには桁が違い過ぎる……オレと何が違うというんだ?
拓哉の戦いを見始めたころは、自分も強くなると誓ったのだが、桁外れの能力を目にして脱力してしまったのだ。
その戦いは、凄い、異常だ、在り得ない、神の降臨、誰もがただただ感嘆した。
グエンにとっても、その言葉はどれも間違っていない。
実際、拓哉の戦いぶりは、凄いし、異常だし、在り得ないし、神の降臨とも思えた。
しかし、自分も強くなりたいと考えて戦いを観察していると、その桁外れの強さを嫌というほどに思い知らされることになった。
遠距離攻撃をしている時は、ただ単にサイキック量と装備の違いだと考えていた。
ところが、中距離攻撃を開始して、それが間違いだったことに気付く。
的確なポジションとタイミング。
先を読んだ狙い。
臨機応変な対応。
判断の速さ。
極めつけは、あの正確無比とも思える操作と射的だ。
グエンには分かった。拓哉は完全に狙ったポイントに移動し、完全に狙ったポイントに攻撃を打ち込んでいる。
黒鬼神は、狙いを一ミリも狂わず思い通りに動いていると感じた。
周囲の者達は派手な攻撃に驚いているが、拓哉の凄いところがその操作性と判断力であることを悟ったのだ。
――あれは本当に人間か? 本当はヒュームなんじゃないのか?
そんな考えを持ってしまうほどに、拓哉の戦闘は常軌を逸していた。
どれだけのサイキック量があろうと、どれだけ優れた機体に乗ろうと、操作能力と判断力が優れていなければ、あれほどの戦闘は行えないだろう。
――本物なんだな……それで、オレは……偽物なんだな……餓狼なんて呼ばれていたが、それこそ誇張だったんだな……
あまりの違いに意気消沈していると、今直ぐに戦勝祝いでもやらかしかねないと感じていた者達が、状況が変わったことに騒ぎ始めた。
「お、おい。逃げたんじゃないのか?」
「関係ないさ! また黒き鬼神がパパッと片付けてくれるさ!」
「そうだな。あの強さなら問題ないだろ」
「いや、今度の敵はなんか雰囲気が違うぞ」
「ほんとだ。機体も違うし、速くねぇ~か?」
「てか、銃も装備してるように見えるぞ」
新たな敵の出現に、初めは直ぐに鬼神が片付けてくれると考えていた者達も、敵の様子が違うことに気付いて不安な表情を作り始める。
――ほんとに……こいつらときたら、まるで風見鶏だな。
コロコロと顔色を変える仲間の様子を見て、グエンは呆れて肩を竦めた。
メインモニターには、敵影とそれに関する情報が表示されていた。
それからすると、敵の数は二十機であり編隊を組んで進んできている。
「蒼色? 違うのね……赤くないわ」
クラリッサがとても残念そうにする。
朱い死神を期待していたのに、それが違ったことで気落ちしているのだろう。
しかし、敵であることには変わりない。
「クラレ! 気を緩めるなよ! 敵が何であれ、倒すべき相手に変わりないんだぞ!」
「そ、そうね。ごめんなさい」
窘められたクラリッサは、すぐさま表情を引き締める。
なにしろ、ここは戦場だ。対校戦のように、被害判定で終わるような甘い世界ではないのだ。
――さっきの奴等と機体が違うな。銃らしき物も装備してるし、今度の相手は厄介かも知れんぞ。
「さて、これでどんな反応するかな」
蒼い色をした機体の分析結果を頭に叩き込みながら、拓哉は様子見も含めて先制攻撃を放つことにした。
ところが、神撃を向けた途端、二十機の敵が散開する。
――ほう~! この距離だと避けられるのか……やはり、一味違うようだな。むっ!
散開する敵に感心しつつも、拓哉はすぐさま黒鬼神を高速移動させる。
次の瞬間、空気を突き破るような炸裂音が聞こえてきた。
「遠距離攻撃だな。というか、どんな攻撃だ?」
蒼い機体が放った遠距離攻撃を躱しつつ、その攻撃の解析を始める。
しかし、その必要はなかった。すぐさま、クラリッサが自分の役割を果す。
「レールガンね。プラズマ砲とも呼ばれているみたいだけど……人類側では既に武器として使わなくなった代物だけど、サイキックを使えない奴等には、格好の武器という訳ね。射程は長いし、発射される弾の速度も、その威力も、申し分ないわ』
「ふむ。レールガンか、じゃあ、弾が必要だな?」
「そうね。それが欠点かしら。他だと……エネルギーの消費が多いわね」
「そうすると、あまり連射は利かないかもしれないな……どうりで散発な訳だ」
頷く拓哉は、何時もと同じ要領で敵の攻撃を躱しつつ、神撃のトリガーを引き絞る。
「一機目!」
「二機目は私がもらったわ」
拓哉が神撃で一機目を片付けると、クラリッサも負けじとアタックキャストで蒼い機体を仕留めた。
――やるな。クラレ! 俺も負けて居られないな。
クラリッサの攻撃能力に感嘆するが、それは拓哉の意欲を掻き立てる。
しかし、モニターに映る彼女は、顔を顰めていた。
「こいつら、やるわね。一機を倒した途端、当たらなくなったわ」
「まさか、一回でアタックキャストの攻撃で、見切れるようになった訳じゃないよな?」
「解らないわ。ただ、オーキッドが言っていたわよね。能力も人間を超えるけど、学習能力が半端ないって。もしかしたら、一度見た攻撃は回避できるとか?」
「ふむ。じゃあ、俺の攻撃にも慣れたかな?」
拓哉が不敵な笑みを浮かべる。
言葉とは裏腹に、不安よりも負けん気が上回っているのだ。
そして、神撃を叩き込む。
その攻撃で、見事に三機目を撃墜する。
「ん? 避けられないみたいだぞ?」
「だ、だって、タクヤは予測連射しているでしょ!? ズルいわよ!」
敵の機体が爆散するのを目にして、クラリッサは少しだけ不貞腐れたような表情を見せた。
ただ、彼女の反論は、拓哉としては心外だった。
――それも含めて避けられるかと思ったんだがな……てか、クラレもやればいいだけじゃないのか?
「あっ、今、私も予測連射すればいいと思ったでしょ!」
――なんて鋭い女だ……俺の表情から気持ちを読みやがった。それこそ読心術でも使ってるんじゃないのか?
実際、拓哉の顔には何もかもが映し出されている。周囲の者からすれば、とても読みやすいのだが、本人は全く気付いていない。
しかし、彼女はそれに触れず、拓哉の得意とする予測連射について言及する。
「タクヤは当たり前のようにやっているけど、難しいのよ! あれ」
少し頬が膨れているところからすると、拓哉の発言が不満なのだろう。
ウインドウモニターに映る不服そうなクラリッサを目にして、拓哉は肩を竦める。
――別に難しいと思わないけどな……
拓哉の射的は、必ず二発から三発の連射で構成されている。
一撃目は普通に敵を狙ったものであり、二発目、三発目はそれから少しずらし、相手の回避しそうなポイントに撃ち込んでいる。
相手の能力を読んで、単発攻撃と連射攻撃を使い分けているので、これまではあまり使う機会がなかった。
というのも、対校戦では大抵の者がサイキックシールド頼みとなっていることもあり、連射をしなくても当てることは難しくなかったからだ。
――のこり十七機か、変に学習されるのも嫌だし、一気に片付けた方が良さそうだな。
レーダーに映る敵の位置を頭に入れ直しながら、アタックトリガーを引き絞る。
その行為で神撃が火を噴く。いや、実際は、サイキックを使用したエネルギー波なので、炎が上がることも硝煙が上がることもない。
――それにしても、このサイキックエネルギーって、いったい何なんだ? サイキック自体も不可思議だが、それをエネルギー波に変るとか、どんだけ発想が突き抜けてるんだ? まあ、リカルラだし、何でもありなんだろうが……
敵機がスクラップに変わるのをモニターで確認しながら、リカルラの異常性について考える。
そこに、敵の攻撃が放たれる。
「むっ! 集中放火か!」
素早く操縦桿を操作し、黒鬼神を疾風の神の如く攻撃を躱していく。
「厄介な敵だけど、これはいい訓練になるわ。うっ、と、特に、この加圧の中での攻撃は、一番の訓練ね……」
耐圧性能の高いパイロットスーツを身に着け、更には耐圧のサイキックを使用しても、身体が押し潰されるような感覚に襲われる。
それを堪えながら、クラリッサはアタックキャストを操作する。
彼女からすれば、この状況で使いこなせなければ意味がないのだ。
そして、黒鬼神のハイスピードに馴れていない彼女は、この時とばかりに学習するつもりだった。
ただ、拓哉としては、本意ではなかった。
――耐圧のサイキックを強化した方がいいかもしれんな。
リカルラによって脳に直接的に知識をぶち込まれた拓哉は、結局のところ、それ以上の鍛錬を行っていない。
鍛錬といえば、ミルルカに教えてもらった体術系のサイキックくらいだ。
――つ~か、加速が強化しても、保護システムは強化されてないんだな……さすがは、ララさんということか……使用する者のことを全く考慮してないし……
殺人的な思考の持ち主であるララカリアに呆れつつも、休まずトリガーを引き絞り続ける。
「確かに撤退した奴等よりはかなりやるが、戦闘が正直すぎるよな。これくらいでは、やられる訳にはいかんな」
その判断力、操作能力、機体の性能、どれを取っても、敗走したヒュームよりは格段に上なのだが、その戦い方が正攻法過ぎて、容易く予測できる。
それ故に、現時点で自分の脅威となる敵ではないと思えた。
こうなると、もはや拓哉の独壇場だ。淡々と敵を撃ち抜いていく。
蒼い機体は、接近戦の距離に近づけない。そうなると、弾切れになった時点で、ジ・エンドだ。
――まさか、ヒュームが歯噛みしているとは思えんが、いい加減に諦めて撤退すればいいものを……これは人間よりも、かなり質が悪いな。命よりも命令遵守の方が優先的に判断されるんだろう。これじゃ、全てを葬るしかなくなるぞ? 本当に厄介な奴等だ。
蒼い機体を駆る敵を倒しながら、ヒュームとの戦いで生まれる結末を考えて、拓哉は少しばかりウンザリした。