183 新たな敵影
2019/3/5 見直し済み
ガラクタとなった機体が、もうもうと土煙を巻き上げる。
激しく損傷した機体からは火の手があがり、黒々とした煙で、午前中の清々しい青空を汚している。
――ヒューマノイドか……人間とまったく変わりないように見えるな……というか、どう見ても子供としか思えん。
スクラップとなった機体から逃げ出すヒュームを目にして、戦闘中であるのにも拘わらず、そんな感想を抱いてしまう。
しかし、目に映る彼等の身体能力は、人間には在り得ないものだった。
――機体から飛び降りるわ。物凄い速度で走り抜けるわ。こりゃ~、どう見ても人間じゃないよな……
逃げ出すヒュームの運動能力に、思わず感嘆の声を漏らしそうになるが、それを押し留めてスクラップを量産していく。
「タクヤ、どうしたの? 少し精度が下がったわ」
拓哉の撃ち漏らした敵をアタックキャストで仕留めているクラレは、自分の標的が増えたことで、直ぐに変化を感じ取った。
それほどまでに、ヒュームとの戦いはシビアだった。
少しでも気を抜けば、簡単に避けられてしまうのだ。
――拙い、拙い。戦闘に集中しないと……
別にヒュームに同情していた訳ではない。少し余所見をしていただけだ。
「すまん。それよりも、敵は、どれくらい残ってる?」
「あと、三百弱ね。あっ、遠距離銃が使用可能になったわ」
「そうか」
現在の攻撃でも問題ない。
ただ、拓哉の射的能力をもってしても、ヒュームだけあって避けられることもある。しかし、クラリッサが手薬煉を引いて待ち構えているのだ。奴等に逃げ場はない。
しかし、このまま戦えば、今度は中距離銃がヒートするだろう。
そう判断して、拓哉は戦い方を元に戻す。
即座に低空飛行で後方に戻ると、両手の武器を神撃に換装する。
「悪いが、容赦できないんだ」
「えっ? なに?」
「いや、なんでもない」
思わず漏れた言葉にクラレが反応するが、気にせず遠距離銃をぶっ放す。
ヒュームにも命があり、人間と何ら変わらない存在だというのは理解している。
それ故に、人間と精神の在り方が違っていたとしても、命を殺めることに抵抗はある。
しかし、それが罪なき人を脅かす命であるのなら、大切な者の幸せを壊すものなら、拓哉は敢えて悪になると決めたのだ。
もしかしたら、逃走しているヒュームが遠距離銃の攻撃に巻き込まれるかもしれない。
もしかしたら、逃げているヒュームが被弾した機体の下敷きになるかもしれない。
もしかしたら、この一撃で一瞬にして命を落としているかもしれない。
それでも、拓哉はアタックトリガーに掛かる指を緩めたりはしない。
――もう決めたんだ。みんなの大切なものを守るって……だから、命が惜しければ、さっさと逃げ帰るがいい。人間をこの世界から抹消するなんて止めればいい。そうしなければ、俺は何時でもお前達を討つ存在となるだろう。そう、俺は鬼となる。黒き鬼神がお前達を残らず葬るだろう。
声にならない信念を呟きながら、トリガを引き絞り続ける。
その気持ちが伝わった訳ではない。しかし、ヒュームの行動が変化した。おそらく、戦闘能力を演算した結果、勝てないと判断したのだろう。
「さすがに、勝てないと踏んだようね。というか、演算能力が高い割には、撤退の判断が遅かったわ」
潮が引くように逃げ出す敵の様子をモニターで確認して、クラリッサが皮肉を口にした。
拓哉も全速で逃げる敵をモニター目する。そして、思わず安堵してしまう。
それも仕方ない。やはり命を刈り取ることには、少なからず抵抗を感じるのだ。
「ヒュームの戦闘技術は、桁違いに凄いと聞いていたけど……いえ、タクヤが異常なのね……私もアタックキャストで撃ち漏らした敵もいたし、やはり侮ってはダメね」
クラリッサは口ほどにもなかったと言おうとしたのかもしれない。しかし、そこで自分の攻撃が躱されたことを思い出したのか、少しばかり神妙な表情で反省する。
「俺が異常かは解らんが、思ったよりも強かったぞ? もっと簡単に終わるかと思っていたんだが……」
「何を言っているのよ。戦闘開始からまだ三十分しか経ってないわよ」
拓哉が戦闘を開始して、僅か三十分だ。
その間に倒した敵は、昨日の戦闘で倒した数を軽く超えていた。
そして、それを実現できたのは、ララカリアの判断が正しかったことになる。なにしろ、この強力な武器を提案したのは彼女なのだ。
「いや、今回の戦闘は、見た目以上に苦労したぞ? というか、これだけ圧倒的な戦果を上げられたのは、この黒鬼神の能力あってこそだ。そういう意味では、ララさんに感謝すべきだな」
「それもそうね。以前の訓練機なら戦いにならなかったでしょうから、あのちびっ子ギャングに感謝したほうが良さそうね」
「おいおい、ちびっ子ギャングって……本人に聞かれたら大変なことになるぞ!」
考えただけでも恐ろしいと思える台詞にツッコミを入れる。
ただ、そこで撤退する敵に変化が現れた。
一斉に引き返す敵を映すレーダーが、全く逆方向に進む敵を捉えたのだ。
もちろん、逆方向とは、拓哉に向かってきているということだ。
「なんだ、この移動速度! 桁違いだぞ」
レーダーに映る敵影の速度に慄く。
その途端、後部座席から呪詛の言葉が放たれた。
「奴よ! 奴が来たのよ! そう、きたのね。とうとうこの時が来たのよ! 私の悲願を叶える時が……」
――朱い死神か? だが……
クラリッサの恐ろしく冷たい声を耳にして、その存在が何であるかを察する。しかし、レーダーに映る機影が複数であることを怪訝に思うのだった。
ヒュームが撤退の判断をくだす少し前、戦闘の映像を見ていた彼女は、感動しているというよりも、思いっきり呆れていた。
――あらあら、本当に一機で蹴散らしてしまったわ。本当にヒュームって強いのかしら。
逃げ出すヒュームの映像を目の当たりにして、思わず正直な想いを漏らしそうになる。
「凄いですね。さすがに単騎では音を上げると思ったのですが、なかなかどうして。人間もやるものです」
「そうね。でも、これが序の口でなければ、枕を高くして寝られるのだけど」
キルカリアは知っていた。
今回の戦闘に駆り出されているヒュームは精鋭ではない。
拓哉の能力も桁外れだが、ヒュームが一方的にやられたのには、そういう背景がある。
「そうですね。あの連中は、精々、生まれて三年の若造でしょうから、未だシルバータイプにすら至ってません。まだまだ学習が足りてないと言えるでしょう」
少女の見た目を持ったオーキッドが若造と表現するのは、些か奇妙な光景だが、決して間違ってはいない。
彼女が誕生して、既に二十年以上の年月を経ている。そう、プラチナタイプと呼ばれるヒュームなのだ。
ヒュームの中では、生まれて五年未満の者もブロンズタイプ、五年以上であり十年未満の者をシルバータイプ、十年以上で十五年未満の者をゴールドタイプと呼ぶ。しかし、更にその上がある。十五年以上の者をプラチナタイプと呼ぶのだ。
「じゃあ、プラチナタイプの蘭なら、彼に勝てる?」
「分かりません。かなり苦戦しそうですが、戦い方しだいだと思います。ただ、距離を置けば、私の勝機は低いかも知れません」
――あら、負けるとは言わないのね。というか、なんか瞳が燃えてない?
一般的に、ヒュームには感情がないと言われている。しかし、長い年月を人間と共に過ごしたヒュームは、人に近しい感覚を持つ者も居る。オーキッドがそのいい例だ。
彼女の主人は軍人だった。
そう、初めから戦闘用として育てられた。
ただ、近くにいた者が良かったのだろう。
あの狂った国の中に身を置きながらも、人間を根絶やしにするという者達の考えに賛同していなかった。そして、キルカリアと出会ってからは、阻止することに協力してくれている。
そんな彼女は、人間を滅ぼす気はない。しかし、とても戦闘好きだった。いや、戦闘狂と言った方が良いだろう。
それ故に、強い者を見ると燃え上がるようなのだ。
「あら、やっと撤退するのね。いったい誰が指揮しているのやら。無駄な被害が出たわ。あまり沢山死んで欲しくないのだけど――」
「情報によると、イトランダだと聞いてます。いつも無謀な演算結果を弾き出すので有名な奴です」
撤退を始めたヒュームの機体を見て、思わず愚痴を零してしまう。
人間とヒュームの共存を考えるキルカリアからすれば、勝てば良いというものでもないのだ。
ただ、オーキッドは愚痴を聞き流すと、自分の持つ情報を連携した。
「そういう意味では、人間もヒュームも同じね。無能な者が上に立つと、碌なことにならないわ」
「確かに、その通りですね。イトランダは、そのいい例だと言えます」
オーキッドが同意してくるのだが、実のところ、キルカリアは全く別のことを考えていた。
――その壊れた計算機をお持ちのイトランダは、このまま大人しく尻尾を巻いて帰るのかしら? いえ、在り得ないわね。それなら、どうするのかな?
彼女はヒュームが素直に進攻を断念するとは考えていなかった。
しかし、ヒュームの戦い方は簡単だ。熱血ではないが、面倒なことを好まない。無駄を省くことが、ヒュームの中で美とされる考え方だ。
「ねえ、蘭。まさかと思うけど、奴は来てないわよね?」
「奴というと、アレですか?」
「そう、そのアレ!」
どういう訳か、オーキッドが隠すことなく顔を顰めた。
――こういう表情を見ると、ヒュームも人間と変わらないわよね。といっても、こんな表情ができるのは、極一部でしょうけど。
「アレは、冷凍保存してます。とても表に出せる状況ではないので」
「ぷっ! あはははは! 冷凍保存……ヒュームも冗談を言えるのね」
オーキッドの反応と返事が面白くて、キルカリアは思わず吹き出してしまった。
ところが、彼女の表情は真剣そのものだ。
「いえ、冗談ではなく。言葉のままです」
「えっ!? マジで冷凍保存してるの?」
「はい。アレは敵も味方も見境がないですから、ミトラロが永久凍結させました」
――そうだったんだ……ミトラロは嫌いだけど、その策だけは褒めてあげたくなるわ。
「じゃあ、脅威になりそうな敵は、居ないわね?」
ミトラロの判断を英断だと考えつつ、キルカリアはこの戦いを左右するヒュームの戦力について考える。
「恐らく。ただ、イトランダは蒼を連れてきてます」
「蒼というと、シルバータイプだっけ?」
「はい。装備もブロンズと違って遠距離攻撃可能なものだったと記憶してます」
――ふむ。それが脅威となるかは……お手並み拝見といこうかしら、もしピンチになるようなら恩を売るものもありね。そうすれば、彼に近づくこともできるかもしれないわ。ふふふっ。シルバータイプはブロンズのように優しくないわよ。さあ、どうするのかしら? タ・ク・ヤ!
キルカリアはモニターに映る黒鬼神を舐めまわすように眺めつつ、それに搭乗する拓哉に思いを馳せた。