171 悪徳商法
2019/2/27 見直し済み
黒鬼神を高速飛空艇に移動させた拓哉は、先に居室に戻ったクラリッサ達の後を追った。
さすがに、機体の他は裸一貫で、なんて訳にはいかない。
自分の荷物を纏めるために急いで戻ったのだが、そこでは恐ろしい光景が繰り広げられていた。
「こら! カティ。パンツの匂いを嗅いでないで、さっさと詰めるのよ」
入り口の扉を開いたところで、キャスリンが発した叱責の声が聞こえてきて、思わず脚を止めてしまった。
拓哉というか、拓哉達の居室は、小部屋を内包した大部屋となっている。居室に入っても寝室や個室からは見えない。
それもあって、拓哉が居室に入ったことに気付かない女子人が、賑やかな声をあげていた。
「そこ! ギルル! タクヤのパンツをポケットに入れない!」
「ギルルいうな!」
――おいおい、俺のパンツをどうしようってんだ?
クラリッサの叱責を聞いて、思わず声を漏らしそうになるが、慌てて口を噤む。そして、何も聞いていない振りをしながら衣類を収納している寝室に入ろうとしたのだが、ミルルカの反論が聞こえてくる。
「ガルだって、ポケットに入れてたぞ!」
「あっ! 見てました? というか、バラさなくてもいいじゃないですか」
暴露されたことで、ガルダルの不貞腐れる。それに呆れたのか、クラリッサが溜息を吐く。
「はぁ~、一枚だけよ! みんながくすねたら、拓哉が気付くわよ」
――てか、思いっきり気付いてるんだが……
入るに入れなくなった拓哉が、どういうタイミングで寝室に入ろうかと悩んでいると、あまり聞きたくない声が耳に届く。
「どう? 大人になった気分は」
――おいおい! ここで声を掛けるなよ! てか、なんで知ってるんだ? まさか、覗いたりしてないよな?
何時もよりも艶やかな肌をしているリカルラに視線を向け、返答に困窮する。
拓哉はあまり気にしていないが、無性に肌の艶が気になるところだ。いや、それだけで覗いていたことが分かるというものだ。
――まさか、最高です! なんて言えないし……昨夜に……いや朝もだけど、エッチしましたなんて、間違っても口にできね~。
「ふふふっ。若いわね……」
リカルラが怪しい笑みを浮かべる。
その微笑みが無性に気になるのだが、事実を知るのも恐ろしいので口を閉ざしてしまう。
ただ、リカルラの声が聞こえたのか、クラリッサ達が寝室から出てくる。
「あら、タクヤ。早かったわね」
「ああ、今終わったところだ」
さすがに、ここで聞いていたなんて言えない。今帰ってきた振りをする。
すると、リカルラは少し含み笑いをしていたが、直ぐに本題に入った。
「クラリッサ! 頼まれていたものを持って来たわよ」
彼女はそういうと、コンビニ袋のようなものを差し出す。
――ん? な、なんだ? 何かを頼んだんだ?
不可解に思いながら、差し出された袋に視線を向けた。しかし、袋に入っていることもあって、それが何かは分からない。ただ、内容物が何であるかは、直ぐに判明した。
「ちょ、ちょ、ちょっと! クラリッサ! あんた、どんだけやる気よ! その量からして、ボク等が居ない間にやり捲る気だよね!」
「な、なんだと? それは本当か? クラリッサ! ズルいぞ!」
「えっ、いえ、こ、こ、これは、一応……その~、そ、備えなのよ。別に使うつもりはないわ」
珍しく動揺するクラリッサに、カティーシャとミルルカが詰め寄る。そして、すかさずその袋の中身を確認した。
「うはっ ニダースもある……」
「ぬうっ! 条約違反だ!」
――おいおい。二ダースって、俺を殺す気か? というか、条約って何なんだ?
そもそも、一人を相手にするなら、普通であれば必要のない物だ。
それから至る結論は、カティーシャの言う通りだろう。ただ、拓哉としては、ミルルカが口にした条約がきになるところだった。
しかし、キャスリンとガルダルの二人は首を傾げる拓哉を他所に、女の争いに参戦する。
「実をいうと、こうなるんじゃないかと思ってたんです」
「私達が居ない間に……確かに条約違反よね……あっ、その代わり、私達が合流した時に、クラレがお預けなら問題ないわ。でも、みんながたっくんとしてる間に我慢できるのかしら?」
「あぅ……ごめんなさい。わ、分ったわ。こ、これは持って行かないわ……」
――ふむ。それがいいだろうな。それにクラレ一人なら必要ないはずだ。多分……
みんなから責め立てられ、クラレはしょんぼりとしながら、例の薬が入った袋をカティーシャに渡した。
しかし、それだけでは満足できなかったようだ。
「ん~、この薬がなくても、一人ならやりたい放題だよね? それって、どうやって規制するのかな?」
「確かに、そうなるよね」
「言えているな。きっと、クラリッサのことだ。毎晩のように要求するはずだ。いや、一日三回は固いな」
「毎晩……一日三回……魅惑的な言葉ね」
カティーシャの問題提起に、キャスリンとミルルカが頷く。ガルダルに関しては、心ここにあらずだ。
四人から冷たい視線を浴びせ掛けられ、クラリッサは焦った様子で弁解を始める。
「む、む、向こうに行ったら、戦闘でそれどころではないわ。あれは、飽く迄も備えであって、そんな、毎晩……一日三回なんて……獣ではないのよ」
必死に否定するが、最終的には尻すぼみとなりながら沈黙してしまった。特に、毎晩や一日三回の辺りで頬が紅潮している。全く以て、信憑性の欠片もない。
そんなクラリッサに、四人の嫁達が白眼を向けるのだが、そこに救世主が現れた。
「なにを言ってるの! そんな一回、二回、三回、百回なんて長い人生の中では、たいしたことじゃないわよ。あなた達だって、二人っきりで居ればするでしょ? それに目くじらを立てると、自分の首が絞まるわよ?」
三回から一気に百回となる表現がとても気になったが、確かにリカルラの言う通りだ。
全員が同じ回数だけというのは、平等に見えても現実的には難しい。
――まあ、規制自体をしているみたいだけど、それが目的になっては意味がないよな。
リカルラの意見が正しいのかは解らないが、それが尤もな意見だと感じていると、全員の視線が拓哉に向けられた。
「ん? どうしたんだ?」
「タクヤは、どう思ってるの?」
「お、俺か?」
クラリッサから水を向けられて、思わず自分に指差しながら驚きの声を上げた。すると、誰もが首を縦に振ってきた。
――う~む。なんて答えよう……てか、ここは、シャキッとしないと拙いよな?
優柔不断な態度をとれないと判断して、正直な気持ちを吐露する。
「俺としては、お前達の中の誰かだけ特別なんてないんだ。だから、回数が少ないから愛してないとか、愛情が薄いとかないし……それに、居ない時は、否応なくできない訳だし、居る者が居ない者に気を使って我慢するのも違う気がする。例えば、カティと二人きりでいればカティと。キャスと二人でいればキャスと、ミルルと二人で居ればミルルと、ガルダルと二人で居ればガルダルとするぞ? みんな俺の大切な存在だから、お前達の誰とでも愛し合うし、その時に、私の回数が多いから出来ないというのは寂しくないか? そう言われたら、きっと、回数なんて関係ないだろ! って、言うと思うぞ?」
「そ、そうよね……」
「確かに……回数が多いから出来ないなんて言いたくないよね」
「というか、そこで、そうか! って、タクヤ君に言われるのも嫌よね」
「みんな平等に愛してるから、交わる回数も同じというのは、確かにおかしいな……」
「私は分かるわ。他の人と比べることじゃないもの。だから、私は愛してもらえる時に、しっかりと愛してもらえれば問題ないわ」
正直な気持ちを伝えると、クラリッサ、カティーシャ、キャスリン、ミルルカ、ガルダル、五人が納得の表情で頷いた。
こうして騒動にケリがついた。しかし、そこでリカルラが爆弾を投下した。
「若いっていいわね。私の活力にもなるわ。またお願いね」
――おい! またってなんだ!? またって!? 絶対に覗いてただろーーーーーーー!
間違いなく覗いていたはずのリカルラの行動に、顔を背ける女性陣を他所に、拓哉は胸中で心の怒声を轟かせた。
パンツから始まり、夜伽の順番、更にはリカルラの恐ろしい発言という三段階の問題を片付けて、拓哉達はミリアルが用意した高速飛空艇にと向かった。
実際、リカルラの件については全く片付いてない。それ故に、何時かキッチリとツケを払ってもらうことにする。
ところが、そこに信じられない事実が告げられた。
「ご、ごめんなさい……実は、私が取引をしたの……」
「な、何の取引だ?」
彼女の謝罪を聞いて、思わず声をあげてしまう。ところが、女性陣は誰も驚いていない。
そう、全員が承知の事実であり、拓哉だけが知らないことだった。
――おいおい、その取引の見返りが何かは知らんが、知らないのは俺だけか?
思わず悪態を吐きそうになったのだが、それをぐっと飲みこんで返事を待っていると、彼女はおずおずと話し始めた。
「じ、実をいうと、あの薬……強精剤というらしいのだけど、かなり高価なものらしいのよ。でも、私達って五人も居るでしょ? だから、絶対にタクヤの体力が持たないと思ったの。でも、大金なんて持ってないし……条件を呑めば、タダでくれるって……」
――なんて恐ろしい罠だ……というか、完全に悪徳商法の手口だな……
リカルラの手管に慄いていると、ミルルカが割り込んできた。
「研究のためにも必要だと言われたんだ。タクヤの強さの根源が解明できれば、私も強くなれるとか言ってたし……」
――おいおい、そんなの嘘っぱちに決まってるじゃないか! 俺の情事を覗いたって、何ら研究の材料にはならんだろ!? てか、あのリカルラの艶々《つやつや》した顔を見てなかったのか? 完全にオカズにされてるんだぞ?
事情を聞かされて、リカルラの行動に憤りを感じたのだが、終わったことをとやかく言っても仕方ない。それに、彼女達を責める訳にもいかない。結局、苦言を漏らすことなく終わらせた。
しかし、釘を刺すことは忘れない。
「これまでのことは仕方ないにしても、これっきりにしてくれよ。てか、こんなことじゃ、何時か大変なことになるぞ」
「は、はい。ごめんなさい」
クラリッサが素直に謝ると、続けて全員が頭を下げてきた。
ただ、いつまでもネチネチとするのは嫌いな性格だ。それで終わりにして、高速飛空艇に移動した。ただ、辿り着いたところで、少しばかり驚いてしまった。
「これは……いったい、どうしたんだ?」
高速飛行艇の乗船口にできた人だかりを目にして、拓哉は思わず足を止めた。
「街を救った英雄が出発するんだから、見送りが多いのは当然だよね」
――そういうことなのか……
カティーシャからもたらされた理由は、実に簡単なものだった。
微笑ましげにしているミリアル。その横に立つコレット。ダグラスやアーガス、それ以外にもリディアル達やクーガー、ベルニーニャ。いやいや、それどころではなく、睨みつけてくるミッシェル他、沢山の人が集まっていた。
その中から、ダグラスともう一人年配の男が、にこやかな表情を浮かべて前に出る。
「私は飛空艦の換装が終わりしだい、ミラルダに向けて出発するからな」
ダグラスがそう言うと、横に居たもう一人の男――ドランガが手を差し出した。
「君が黒き鬼神か。信じられんほどに若いな。それでいて、恐ろしいほどの技量だ。おっと、ワシはドランガ=ラーカントだ。そう、この街を攻めた艦隊の司令官だな。ワハハハ」
豪快な笑い声をあげるドランガについては、ミリアルから聞いていた。
――確か、ミクストルのメンバーで、純潔側を欺いていたんだよな? どうりで、ミリアルが色んな情報を持っている訳だ。
右手を差し出すドランガの手を思わず握ろうとしてしまい、そこでクラリッサに叩かれてしまう。
「忘れてるでしょ? どうして、タクヤの頭脳で忘れられるの?」
それは忘れているというよりは習慣だ。
――やべっ、思わず求婚するところだったぞ……
「ワハハハハ! 噂通りだな。異世界ではこういう場合に、握手をするのか」
拓哉の粗相を眺めて笑い声を上げたドランガは、如何にも愉快だと言いたげだ。
「そうですね。こちらとの習慣の違いに困ってます」
「だろうな。あっ、時間がないんだったな。ワシ等も補給が終わったら、直ぐにミラルダに向かうからな」
「そ、そうなのですか? ありがとうございます。心強いです」
救援に向かうというドランガに、クラリッサがすぐさま頭を下げた。ただ、ドランガとしては思うところがあったようだ。
「もしかして、クラリッサ=バルガンか? あの男の姪とは思えんな。なんとも美しい」
「ありがとうございます。ですが、もうクラリッサ=バルガンではなく、クラリッサ=ホンゴウです」
その美しさを褒めたたえるドランガに、彼女はしれっと妻としての名乗りを上げた。
「そうかそうか! 黒き鬼神の妻となったか! ガハハハハ」
クラリッサの名乗りを聞いたドランガが豪快に笑い声をあげる。
それだけでも、ドランガが賑やかな性格が分かるというものだ。
ただ、聞き捨てならない者も居る。
「ボクは、カティーシャ=ホンゴウだよ」
「あたしも、キャスリン=ホンゴウなのよね?」
「私は、ミルルカ=ホンゴウだ」
「私は……ガルダル=ホンゴウです」
残りの四人が、負けじと自己主張する。
さすがに、これにはドランガも驚きを禁じ得なかったようだ。
「おお、五人も妻が居るのか! なんとも勇気のある男だな」
どうやら、五人の妻を羨ましいと思っていないようだ。
女というものをよく知る大人としては、拓哉の勇気に敬服する他ない。
ただ、この世界に重婚なる罪は存在しない。そもそも、一夫一婦制ではないのだ。
それもあってか、拓哉の行動に驚くことはあっても、蔑みの視線を向けることはなかった。
――だよな。普通、ハーレムって憧れるけど、五人の妻なんてトラブルの元だもんな……
ドランガ将軍との会話を終わらせたあと、ミリアルから名残惜しいと告げられ、コレットからいつまでも待っていると抱き着かれた拓哉は、時間を惜しむように高速飛空艇に乗船した。
ただ、そこで己が目を疑う。
「なあ、なんで、みんな宇宙服みたいなのを着てるんだ?」
「ま、まさかと思うけど……」
先に搭乗していたデクリロ達の姿を見て凍り付く。
しかし、次の瞬間には、船内アナウンスが流れた。
「本高速飛空艇は間もなく射出されます。搭乗者は速やかに耐重力装備を装着の上、座席の八点シートベルトを着用してください。繰り返します……」
アナウンスを聞いた途端、拓哉とクラリッサの顔が引き攣る。
「な、なんだと! 今、射出って言ったか? 言ったよな?」
「拙いわ。死ぬわよ!」
慌てて、耐圧スーツを探すのだが、既にカウントダウンが始まっていた。
「ぐあっ! 間に合わない。何を考えてるんだ! とにかく座ろう」
クラリッサを即して座席に腰をおろした時点で、既にカウントダウンが三まできていた。
「もう無理だ。くそっ! シールド全開!」
焦った拓哉は、自分達を包むようにシールドを張って、クラリッサを抱きしめる。
次の瞬間、高速飛空艇が射出され、猛烈な重圧が襲ってきた。
まるで、トラックに踏みつぶされているような加圧の中、拓哉は思わず呻き声をあげる。
「ぐあっ! かはっ!」
クラリッサ守るように抱きしめ、今頃、ほくそ笑んでいるであろうララカリアに対して、罵り声を漏らす。
「ら、ら、ララさんのバカ野郎ーーーーー! い、いつか見てろよ! あのちびっ子め!」
思いっきり叫ぶのだが、超加速の中では、無意味な雑音にしかならなかった。結局、拓哉の罵声は、誰の耳にも届かないうちに消えてなくなるのだった。




