170 熱き戦い
2019/2/26 見直し済み
体力的には最悪だが、精神的には最高の朝だった。
目を覚ました拓哉は、まるで生まれ変わったかのような気分だった。
昨夜の出来事は、それほどに素晴らしいものだった。
クラリッサの柔らかな身体に包まれ、カティーシャのしなやかな肢体に抱かれ、キャスリンの可愛らしい仕草に愛らしさを抱き、ミルルの豊かな胸に顔を埋め、ガルダルの優しい温もりで安らいだ。
これで不満を感じるなんていえば、間違いなく罰があたるだろう。
ただ、カティーシャは自分が攻め立てる側に回りたがるし、キャスリンは恥ずかしがる割には色んなことを試そうとした。
ミルルカは痛が癖に激しく求めてくるし、ガルダルは喜びに涙して大変だった。
そう考えると、普通に終わったのは、クラリッサだけだった。
それでも、彼女達と身も心もひとつになったような気がして、これまで以上に愛おしくなった。
そういう訳で、精神的には最高潮に幸せを感じていた。しかし、肉体や精力は限界だった。
あれほど溜まっていた貯蓄タンクが空っぽだ。
一晩に五人の女性を相手にすれば、誰だって疲労を滲ませるはずだ。いや、生き絶え絶えというか、出るものすらなくなるだろう。
かくいう拓哉も、三人目のキャスリンを相手にする頃には、溜まりに溜まっていたはずの実弾が品切れとなり、体力的にも限界を感じていた。
ところが、そこで登場したクラリッサが、微妙な表情で薬を差し出した。
それを怪しく感じながらも飲用すると、再び荒れ狂わんばかりの欲情と体力が漲った。
如何にも怪しい薬ではあったが、その出処について尋ねることはしなかった。
聞かずとも分かるのだ。間違いなく、リカルラ産だ。いや、それを知っていれば、飲むのを躊躇しただろう。敢えて尋ねるような愚行は犯さなかった。
こうして拓哉は、五人と初めての契りを交わした。
「おはよう。昨日は、最高だったわ。ふふふっ」
先程までスヤスヤと寝息を立てていたクラリッサが、少し恥じらうような笑みを見せる。
その笑みが嬉しくて、拓哉も微笑むのだが、同時に鼻の下も伸びる。
彼女は、未だに何も身に着けてはいない。豊かな胸は拓哉の身体に押し付けられたままだ。
「おはよう。俺も最高の気分だ」
少し恥ずかしそうにするクラリッサに優しく口付けをする。
この辺りが、大人の階段を登る前との違いだろう。
彼女もそれを当たり前のように受け止めると、何を考えたのか、その豊かな二つの胸を拓哉の上に乗せてくる。
――ん? やわらけ~。
その行動に疑問を感じるが、その柔らかさに気をとられてしまう。
そんな拓哉を知ってか知らでか、彼女は完全に身体を重ねると、恥ずかしそうにしながら耳元で囁いた。
「お代わりしてもいい?」
もちろん、拓哉としては望むところだ。
ただ、気になることがあって、視線を周囲に向ける。
そこには、カティーシャ、キャスリン、ミルルカ、ガルダル、四人が所狭しとしながらも寝息を立てているのだ。
「大丈夫か? みんな居るし……」
「大丈夫よ。もし起きても、見て見ぬ振りをしてくれるわ。ギルルは怪しいけど」
クラリッサの要求を呑むと、朝から疲労を蓄積させてしまうのだが、彼女の甘い囁きと柔らかな感触に負けて、拓哉は愛情と欲情の交わる世界に突入してしまった。
彼女は周囲を気遣って声を出さないようにしていたが、その我慢する素振りが琴線に触れ、激しく彼女の身体を攻め立ててしまう。
彼女は彼女で、執拗に拓哉を締め付けて放さない。
こうして朝から熱い一戦交えたのだが、気付かれないと思うのは本人ばかりだ。隣で熱烈に合体していれば、気付かない訳がない。
「次は、ボクの番でいいよね?」
怪しい輝きを見せるカティーシャの瞳を見て、頷く以外の選択肢は用意されていないと知る。
正直、拓哉としても嫌ではない。いや、体力と勢力が続くのなら、ずっとしていたいと思っていた。
ただ、カティーシャだけで終わる話ではない。
「それじゃ、あたしは、その次で」
「ちょっ、今度は、順番なんて関係ないだろ?」
「あの~、少し恥ずかしいんですが、私もお願いします。昨日と違って生で見ていたら、我慢できなくなってしまって……」
キャスリン、ミルルカ、ガルダルが身体を起こす。反動で胸を揺らす。ああ、キャスリンに至っては、少しだけだ。
ただ、拓哉の思考は別のところにあった。
――昨日と違って生でって……やっぱりか……やっぱり、覗いてたんだな……
昨夜、カティーシャがタイミングよく入ってきたのを見て疑念を抱いていたのだが、ガルダルの一言で確信する。
彼女達は、拓哉の情事を覗いていたのだ。
プライバシーもへったくれもないと感じて、昨夜は不服に思った拓哉だったが、今となってはそこまで憤りを感じていない。
――見たのがこの面子なら……問題ないか……てか、まさか録画とかしてないよな?
盗み見ていたのが彼女達であると考えて良しとしたのだが、収録されていると、さすがに問題がある。
すぐさま言及しようとしたのだが、有無も言わせずにミルルカの豊かな胸で顔を締め付けられてしまう。
「うぐっ」
「タクヤ! 私ともしてくれ。クラリッサだけなんて、ズルいぞ」
ミルルカの胸に顔を埋めたところで、拓哉は朝から五人の相手をすることを覚悟する。そして、クラリッサに手を伸ばす。
全て理解しているのか、彼女は黙ったまま、昨夜と同じ瓶に入った薬を手渡してきた。
そこでは、戦いを終えたはずなのに、誰もが慌ただしく動き回っていた。
アームズを装着した者が、機体のパーツを運んだり、機体の整備を行っていたりしている。
その光景は、アームズにおける本来の役目を全うしているものだ。その技術は決して人を葬るためにある訳ではない。
「みんな忙しそうだな」
「そうね。ディートの戦いは終わったけど、ミクストルでの戦いは始まったばかりだもの」
「そうだな。気を引き締めないとな」
誰もがあくせくと働くPBAの格納庫に入ったところで、拓哉は緩んでいた気持ちに喝を入れる。
拓哉の感想も、クラリッサの考えも、どちらも正しい。戦いの本番はこれからだ。
実のところ、多くの者が働いているが、そこに沢山の機体が並べられている訳ではない。
今現在、目に映る機体は三機だけだ。その他は、製造中の機体すら存在しなかった。そして、その三機とは、拓哉の黒鬼神、ミルルカの紅孔雀。あと、未だ完成に至っていないガルダルの機体だ。
因みに、機体の命名は、全てララカリアによるものだ。
彼女曰く、拓哉の機体については、二つ名から命名した。ミルルカの機体に関しては、何本もの砲身を装備した赤い機体が、孔雀が羽を広げているように見えることから命名したという。
そして、ガルダルの機体の名前も、既に決まっていた。
「私の新しい機体……修羅姫……待ち遠しいわ」
その機体を目にして、ガルダルから嬉しそうな声がこぼれる。
ララカリアが何を考えて命名したのかは解らないが、その機体名を聞いた時、ガルダルの機体に相応しい名前だと感じた。
朝の戦いを薬漬けとなって任務を完遂し、そそくさと朝食を終わらせた拓哉は、いまや心身ともに一つとなった未来の嫁達と一緒に、機体整備の進捗を確かめにきた。
もちろん、一番に確認したいのは、黒鬼神の整備状態だ。ただ、そこで目にした紅孔雀の有様に、ミルルカが泣きそうな表情を見せた。
「紅孔雀……すまない……」
機体の状態を見て、一気に悲しみが込み上げてきたようだ。一度の戦闘とはいえ、生死を共にした機体だ。既に愛着が生まれているのだろう。
ベッドの上とは、打って変わって表情を沈ませるミルルカ。拓哉はそんな彼女の肩を優しく抱く。
「ミルル。お前は良くやったぞ!? 単独で艦隊を相手にしたんだ。紅孔雀もパイロットであるお前を誇りに思ってるさ。だから、気にするなよ」
「タクヤ……ありがとう。でも、もっと上手くやれるはずだ。いや、もっと強くなりたいんだ。お前のように……」
「大丈夫だ。ミルルはもっと強くなれるさ。間違いない。俺が保証する」
「本当か? 私はもっと強くなれるのか?」
「ああ。必ずなれる。だから、挫けるなよ?」
「当然だ。お前がそういうなら、私はそれを信じて突き進むだけだ」
頭を拓哉の肩に乗せてきたミルルカだったが、強くなれると聞くや否や、勢いよく頭を起こすと、明るく元気な表情を見せた。
まるで神の声でも聴いたかのような変貌ぶりであり、今直ぐにでも模擬戦をやろうと口にしそうなほどだ。
――この気持ちの入れ替えの早さは、ミルルの良いところだよな。常に前を向くことができるだよな。俺も見習わないと……
一気に元気づいたミルルカを見て感心する。しかし、反対側に立っているクラリッサの表情は優れない。
やはり、ミラルダのことを気にしているのだ。
――どう考えても、一日から二日は遅れることになるからな……何かいい方法はないのかな。
拓哉は胸を痛めつつも、打開策を思考し始める。
彼女達と身を重ねたことで、これまで以上に彼女達の気持ちが自分の胸に響いてくる。
それは、察することができるのではなく、感情が入り込んでくるかのようだった。
――サイキックの所為なのか? エッチをしたから心が通じ合うようになったなんて、どこにも書かれてなかったぞ? それにしては、彼女達の気持ちがダイレクトに伝わってくるような気がするしな……あとでリカルラに聞いて……止めておこう。
自分の感覚を不思議に思いながらも、リカルラの恐怖を知る俺は、彼女に尋ねることを取りやめた。
そこに、ララカリアがやってきた。
「遅かったな! 何をやってたんだ?」
――何をって……ナニをやってたんだが……
思わず朝の行為を思い出す。
それは拓哉だけではなかったようで、周りに居る五人も少し居辛そうにしていた。
その態度をおかしく感じたのか、ララカリアは訝しげな表情を見せた。
もしかしたら、拓哉が五人に残した体液の臭いを感じ取ったのかもしれない。
「ん? なんか臭わないか?」
――いやいや、ちゃんとシャワーを浴びたから臭いなんてするはずがない……
そう思ったのは、拓哉だけだ。他の五人は自分達の身体を嗅いできた。
というか、カティーシャとキャスリンはお互いを嗅ぎ合った挙句、コソコソと何かを話していた。
「キャス、下半身からタクの匂いがするよ? ちゃんと洗った?」
「な、なに、何をいってるのよ。洗ったわよ」
「でも、タクって沢山出すから、洗っても洗っても出てくるよね?」
「そ、そうなんだけど……ちゃんと洗えてるはず……」
別に聞き耳を立てた訳ではないのだが、どうも聞こえてきた話の内容からすると、触れてはいけないと感じる。
ただ、どうしても気になる台詞があった。
――俺のって、そんなに多いのか……多いのはサイキック量だけじゃなかったんだな……いや、きっとあの薬の所為だ。間違いなくリカルラの所為だ……てか、外でそんな話をしないでくれよ……誰かに聞かれて、子種神なんて呼ばれるのは嫌だぞ?
少し話は逸れるが、拓哉がモルビス財閥の工場を歩いていると、しきりに若い女性が近寄ってくるようになった。
大人の階段を登った男の余裕がそうさせるのか、これまでと違って女性の視線がやたらと熱い。
「ありがとうございます。昨日は凄かったです。決まった相手はいらっしゃるのですか?」
「ありがとう。とても恰好良かったです。ところで、恋人とか……」
「あなたの戦いに感謝してます。あ、あの、か、彼女とかいらっしゃるんですか?」
近寄ってくる女性は、感謝の言葉の最後に、必ず彼女の有無を確認してくるのだ。
その度に、クラリッサ、カティーシャ、ミルルカといった、強気な面子が威嚇していた。
それはさて置き、拓哉達の態度に頭を傾げるララカリアは、考えても仕方ないと思ったのか、気持ちを入れ替えたようだ。
「どうしたんだ? お前等、なんかおかしいぞ? まあいい。タク! 機体の整備は終わったぞ。高速艇に機体を乗せろ」
「ほ――」
「ほ、本当ですか?」
拓哉よりも先に、クラリッサが物凄い勢いで食いついた。
「思ったよりも早かったですね」
「ああ、整備班には感謝しろよ。奴等は突貫で働いていたからな。特にデクリロを始めとしたミラルダの面子は、一睡もしていないはずだ」
「分かりました。それで、デクリロさん達は?」
直ぐに感謝の気持ちを伝えようと思ったのだが、彼等の姿がどこにも見当たらない。
「ああ、奴等は一足先に高速飛空艇に搭乗してるぞ。奴等は、お前の機体の専属整備士に昇格したからな」
デクリロ達が整備してくれるのなら、拓哉としても安心できる。ただ、彼等にとってそれが幸せなのかというと、少しばかり問題がある。なにしろ、これから向かう先は、いや、拓哉が向かう先は、常に戦場となるからだ。
「そ、そうだったんですか。というか、それを昇格って言うんですか? デクリロさん達は納得してるんですか?」
「何を言ってる。最強のPBAを整備するんだ。整備士も一流扱いだぞ? 奴等は喜んでいたぞ」
「そうですか。それなら良いのですが……」
デクリロ達が共に行くことを知った拓哉は、複雑な心境となるものの、彼等への感謝を後回しにして、黒鬼神を高速飛空艇に移動させることにした。




