168 最強の女?
2019/2/25 見直し済み
女性陣の突き刺さるような視線に晒されて、戦闘の三倍くらいは肝を冷やしていた。
正直いって、さっさと逃げ出して部屋で寝たいと願っていたのだが、大変な想いをしたミルルカとガルダルを気遣うためにも、ここで逃げ出す選択肢はなく、寒気を感じながらも大人しく座っていた。
そして、針のムシロに座るという言葉はこういう時のためにあるのだと、つくづく思い知ることになってしまう。
そんな拓哉の前には、いつもの面子プラスアルファが座っている。
何時もの面子というのは、未来を約束した五人の女性とそのナビゲーターである二人だ。
相方の二人に関しては、黙々と自分達の好物を貪り食べているので良いとして、問題はプラスアルファの方だ。
「カティ姉様のダンナサマでもカンケイないです。だって、もう五人もおヨメさんがいるのだから、わたしがふえても、モンダイないですよね?」
黒鬼神の前に出てきた時は、間違いなく猫を被っていた。
さすがは財閥の娘だけあって、コレティカはめちゃめちゃしっかりと話せる少女だった。
「これが教育の賜物なのね」
「末恐ろしいな……」
そのハキハキとした物言いに、ガルダルとミルルカが感嘆の声を漏らした。
そんな二人の前では、爆食いをしているレナレとトトが、別のことで感嘆の声を漏らしている。
「この鰹節……最高ですニャ。オマケにこの味醂干しも絶品ですニャ。至福の時ですニャ」
「このアップルパイ、頬が落ちるっちゃ。ああ~、このラズベリーケーキもホールごと食べたいっちゃ」
「おいおい! レナレは分かるが……トト、ホールってお前の身体の何倍あると思ってるんだ?」
「程々に食べるのが美味しさの秘訣ですよ。あんまり食べると飽きますよ?」
その小さな身体で在り得ないことを口にするトトに、ミルルカがツッコミを入れると、ガルダルも爆食いをしている二人をやんわりと窘めた。
拓哉としては、爆食いしている二人の気持ちも解からなくもなかった。
ここの食堂は、全てが手作り料理となっていて、やたらと美味しいのだ。
――なんか、俺もお腹が空いてきたな……
豪快な食べっぷりを見せるレナレとトトに誘発されて、なんとなく自分もお腹が空いてきたような気がしてきた拓哉だが、現在の状況はと言うと、機体の格納を終わらせたところで、みんなと一緒にモルビス財閥のPBA生産工場の食堂にやってきた。
というのも、全身全霊で戦った所為か、レナレとトトが空腹だと主張したからだ。
そして、カティーシャに連れられてやってきた訳だが、そこで驚くことになった。
食堂に設置された広い調理室では、沢山の料理人が働いていたのだ。
これまで、大規模な食堂なんて見たことのない拓哉は、その光景に圧倒された。
それが悦に入ったのか、カティーシャとコレティカが自慢げに薄い胸を張った。
当然ながら、いくらカティーシャの胸が貧しいといっても、コレティカよりは遥かに大きい。
胸のことは良いとして、拓哉にプロポーズしたコレティカは、あれからずっと付いてきた。どこにいくのも一緒だと言わんばかりだ。
小さな子供を邪険にする気にもなれず、好きなようにさせていたのだが、カティーシャは容赦なのない対応をしていてた。
「コレットは早く戻らないとママに怒られるよ? だいたい、パパが聞いたら発狂するからね」
「ママは、わたしが良いのなら好きにしなさいと言ってました。パパは……ママが取り押さえていたのでモンダイないと思います」
妹の返事で落胆したのか、カティーシャが大きな溜息を吐く。
おそらく母親であるミリアルの発言に対するものだろう。
「ということで、お姉さまがた。末席にすわるコレティカと申します。これからごべんたつのほどヨロシクおねがいします」
「本当に末恐ろしいわね……」
六歳の少女には思えない物言いに、さすがのクラリッサも呆れていた。
ただ、彼女としては、真剣に受け止めていないのだろう。ハシカと同じだと考えているようだった。
ところが、キャスリンの考えは違った。
「あのね。コレティカちゃん。タクヤ君とあなたじゃ、歳が違い過ぎるわ」
コレティカの言葉を真に受けているのか、真剣な面持ちで否定した。
しかし、コレティカは母親とよく似た怪しい笑みを見せる。
「あたしのことはコレットと呼んでください。キャスリン姉様。それでトシのことですが、そちらのミルルカ姉様とガルダル姉様もタクヤ様より五つも年上です。それに、ツマが若いのは良いことだと思います。あと十五年もたてば、タクヤ様もわたしをえらんでくれると思います。だって、お姉さまがたは、オバサンになってしまうのです」
引き合いに出されたミルルカとガルダルが、ショックのあまり硬直してしまう。
なにしろ、拓哉が二十五歳になれば、彼女達は三十路だ。若い方が良いだろうと言われて否定できないのだ。
銅像と化す年長者を他所に、コレティカは自分の胸に手を当てた。
「わたしは母親似ですから、年頃になれば、カティ姉様と違ってバインバインになるはずです。きっと、タクヤ様も、わたしが年頃になったあかつきには、ヨメにして良かったと思われるでしょう」
――た、確かに……ミリアルはバインバインだったな……いてっ!
「相手を選びなさい」
ミリアルの胸を思い浮かべていると、それを見事に悟られる。クラリッサから肘鉄を食らってしまった。
ただ、彼女としては、自分の胸が豊かなお陰か、まだまだ余裕があった。
しかし、余裕のないカティーシャは、自分に武器がないと感じて、他所から借りてくる。
「悪いけど、巨乳なら間に合ってるんだよ」
彼女はそう言うと、クラリッサ、キャスを飛ばして、ミルルカ、ガルダルと、順々に視線を向けた。
「ちょ、ちょっと! なんで私を飛ばすのよ!」
その視線の流れにキャスリンが苦言を述べるが、これは仕方あるまい。少なからず事実だ。
コレットはというと、姉に倣うかの如く順に視線を向けた後、臆することなく口を開いた。
「たしかに、そのようですね。ですが、わたしの方が若いです。とくに男性は若い女性にひかれると申します。そのしょうこに、パパも若い社員に目をとられては、ママにセッカンされてますから」
家庭の内情を暴露するコレティカだが、それは仕方ない。別にミッシェルに罪がある訳ではない。
言い訳ではないが、男が若い女性に惹かれるのは、本能だと言わざるを得ない。
――それにしても、この少女の賢さは凄いな……
次々に飛び出てくる的確な発言に思わず感嘆していると、固まっていたミルルカが詰め寄ってきた。
「タクヤ! 年上は嫌いか? 嫌か? 先に婆になるから嫌だよな?」
彼女から放たれるプレッシャーは、まさに重圧だった。
疑問形であるはずなのに、否定を許さない威圧を感じる。
あまりのプレッシャーに物言いに怯んでいると、途端に、ガルダルが悲しそうな表情を見せる。
「確かに、男性は若い女を好むと聞きますね。私は捨てられるのでしょうか?」
その悲しげな雰囲気を目にしては、さすがに黙ってはいられない。
「何を言ってるんだ! 捨てたりする訳ないだろ! そもそも、みんな見た目も綺麗で可愛いけど、それを目当てに将来を約束した訳じゃないからな。お前達とずっと一緒に居たいと感じたからこそ、結婚することにしたんだぞ?」
「可愛いんだ……」
「綺麗……」
「私も綺麗で可愛いのか?」
「私もずっと一緒に居たいわ」
本心をあからさまにすると、カティーシャが恥ずかしがり、キャスリンが少し微妙な表情を見せた。ミルルカは自信がなさそうにしているのだが、ガルダルはパッと表情を華やかにした。
ただ、声を発することのなかったクラリッサが気になる。
視線を向けてみると、彼女は当然だというように黙って頷いていた。
そう、これまでの積み重ねもあって、クラリッサは拓哉を信じているのだ。
五人の未来の嫁は、拓哉の想いを聞いて気分を良くしたのだが、どうやらその言葉が悪い方向に展開する。
「すばらしいです。それでこそわたしのダンナ様です。わたしも末永くお願いします」
キラキラとした瞳を向けるコレティカは、もはや決定だと言わんばかりに頭を下げた。
ただ、拓哉としては、さすがに食指が動かない。それに、「お願いします、はいそうです」なんて流れで結婚相手を決める訳にはいかないのだ。
どうしたものかと考え込んだ拓哉は、助けを求めて隣のクラリッサに視線を向ける。
しかし、彼女は処置無しとばかりに、首を横に振った。
結局、ここで拒否してもきっと受け入れてもらえないだろうと考えて、拓哉は一つの妥協案を提示する。
「コレット」
「はい! 何でしょうか」
コレットの名前を呼ぶと、彼女は両手を胸の前で組んで願いのポーズを取ると、キラキラとした瞳を向けてくる。
――ぬぐっ! 話しづらい……いてっ!
頗るその気のコレティカに怯んでいると、またまたクラリッサの肘鉄が脇腹にヒットした。しかし、それに文句を言う訳にもいかない。
「俺はこれから戦場へと向かわなければならない。簡単にやられる気はないが、戦場では何が起こるかもわからん。だから、現時点でコレットの気持ちを受け入れる訳にはいかないんだ。だって、コレットはまだ幼くて、これから成長するうちに、もっといい相手が見つかるかもしれないからな。だから、コレットが今の俺と同じ年頃になった時に同じ気持ちなら、その時、会いに来てくれるか?」
実にうまい作戦だった。時間が経てば覚めるだろうと考えたのだ。拓哉としては、最善の策だった。
その証拠に、コレティカが輝かせていた瞳から光を消した。
――可哀想だが、これで良かったんだ。いくらなんでも、現時点で六歳児のプロポーズを受ける訳にはいかないからな。
拓哉の考えは当然だ。十の齢の差など、自分が老いてしまえば気にならない。しかし、まだまだ気になる年頃だった。
コレティカがションボリと項垂れるのを目にして、胸を痛めつつも、諦めてくれたことに安堵する。そして、視線を未来の嫁達にと向けると、誰もが納得の表情で頷いていた。
――ふうっ、これで何とかなったな。
何とか解決できたとホッと一息吐いたのだが、表情を沈ませていたコレティカが勢いよく立ち上がった。
あっ、ショックが大き過ぎたかな……
やっと落ち着いたと思ったのに、立ち上がったコレティカを目にしてハラハラとしてしまう。
ところが、彼女は表情を引き締めると、ララカリアと変わらない薄い胸を張った。
「分かりました。わたしが年頃になったら、かならずおむかえにまいります。ただ、先に言わせていただきます。わたしは絶対に心変わりはしません。必ずタクヤ様の妻となります」
彼女はそう言うと、そのまま席を外すかと思いきや、元の席にすとんと腰を下ろした。
その豪胆さを見た時、まるでミリアルの小型版だと感じてしまった。そして、恐怖の未来が思い浮かんだ。
それは、誰もが知るミッシェルの如く顎で使われる光景だ。
それに慄き、助けを求めて周囲に視線を向けるのだが、クラリッサを始めとした誰もが、ゆっくりと首を横に振った。
――それは、俺に観念しろと言っているのか?
そんな想いを乗せて、再び視線を送ると、今度は誰もが仕方ないというように首を縦に振った。
こうして拓哉は諦めさせる任務に失敗し、コレティカを未来の嫁予備軍として迎え入れることになった。