14 疑問
2018/12/27 見直し済み
未だに陽は高く、多くの訓練生が講義に頭を捻り、実技に汗を流している。
そんな中、クラリッサは出席すべき講義をすっぽかして初級機体の格納庫――拓哉の職場へとやってきた。
そもそも、拓哉とララカリアの関係を確かめるべく、おんぼろのプレハブに怒鳴り込んだクラリッサだったが、当の本人――ララカリアから「SBAのナビ席に座って試運転だ!」と言われて断れなかったのだ。
なにしろ、ララカリアはこの世界において右に出る者がいないと言わしめた天才プログラマーだ。
それを知っているクラリッサは、呆れつつも首を縦に振るしかなかった。
ところが、倉庫の如き格納庫に到着したところで、予定が変更となってしまった。
というのも、ララカリアが手掛けている一〇七号機の機体から、パーツがあれこれ外されていたからだ。
「こらこら、何やってんだ」
「なにって整備に決まってるだろ」
「勝手に整備してんじゃね~!」
「なんだと、この野郎! プログラムはお前の役目だが、機体の整備はこっちの仕事だ。馬鹿野郎」
「誰が野郎なんだ!? おまけに馬鹿までつけやがって! ああ、デク。そういや、この前、ノーパンパン屋に行ったらしいな。楽しかったか? この変態! さぞかし嫁が喜ぶだろうな」
「ぬぐっ……」
予定が狂ったララカリアが罵声を浴びせかけると、当然ながら自分の仕事を全うしているデクリロがブチ切れる。
ところが、口にした言葉が拙かった。いつものララカリアアタックが炸裂する。
そんなやり取りを黙って眺めている拓哉だったが、ノーパンパン屋の存在に疑問を抱く。なにしろ、字面だけ見れば、パンが売られていないはずだ。というか、間違いなくこの世界の性産業だろう。
――ノーパンパン屋……拓哉が連れていかれないようにしておかないと拙いかしら……いえ、取り敢えず、それはいいわ。それよりも全く話に付いていけないのだけど、ナビをしろって、試運転って、どういう話なのかしら。それに、SBAってなんのことなの?
現在、ララカリアと拓哉で新しい機体を開発していることを知らないクラリッサは、腕を組んだまま首を傾げる。
もちろん、拓哉がノーパンパン屋に行くなど言語道断だと思っている。
「ねえ、拓哉」
「ん?」
「行ってはダメよ」
「ん? どこにだ?」
察しの悪い拓哉が首を傾げると、クラリッサはチラリと視線をデクリロに向けた。
さすがに、それで察したのだろう。拓哉が顔を引き攣らせる。
「ああ。いかね~って。大丈夫大丈夫」
「ほんとかしら」
「ほんとだって!」
「まあいいわ。それは置いておくとして、彼女が何をしたいのか、ぜんぜん理解できないのだけど」
「ん? ああ、試運転の件? そうだよな。いきなりナビゲーターをやれって言われても、意味不明だよな」
クラリッサが気を取り直して話を代えると、拓哉は鼻の頭を掻きながら、おずおずと話し始めた。
「ララさんが、サイキックなしでPBAを上回る機体を作りたがっているのは知っている?」
――それは、PBAに関わる世界では有名な話だけど……
そもそも、ララカリアの存在は有名であり、引く手数多のプログラマだった。
そんな彼女がこんな訓練校で初級機体の整備をやっている方が不思議な話だ。それなのに、彼女は数多の好待遇を蹴ってここに来ている。そして、その時に口にした台詞が「サイキックを不要とした兵器の開発」だった。
それ故に、ララカリアがサイキックを不要としたPBA――もはやPBAではないが――兵器を作るために研究をしているのは、ここにいる誰もが知っていることだ。
「それは分るんだけど、それと今回の話がどう繋がるの?」
クラリッサは頷きつつも、話の続きを催促する。
「どうやら、今回その試作プログラムができたみたいなんだ。一応ドライバーのテストは俺が受け持っただけど、ナビゲーターを含むテストが終わってないんだよ」
「えっ!? あの機体って……確かに初級訓練機体はサイキック不要だけど。あれって、普通の初級訓練機体と違うの?」
クラリッサは驚きを露わにすると、すかさずパーツの取り外された一〇七号機に視線を向けた。
なにしろ、どれだけ技術が発達しても、二足歩行型機動兵器というのは色々と制御が難しく、この世界の最先端技術を以てしても、最終的にはサイキックの能力頼みとなっている部分が大きい。逆に、サイキックを全く使用しない機体でなくとも、サイキックの負担を減らせることで、機体を操作できる者が増えることを意味している。
それ故に、その試みが成功したのなら、信じられない程の画期的な開発だと言える。
――本当なのかしら。いくら天才プログラマといえども、そんなに簡単な話ではないと思うのだけど……
未だに信じられないという思いが強いのだが、どこまで本当の話なのか、実際に使える代物なのかか、そんなものは乗ってみれば解る話だ。
そう判断して、クラリッサは納得の表情で頷く。
「そのテストのために、私にナビをやらせたいのね」
「そういうこと」
「分ったわ。だったら、明日の夕方、授業が終わってからにしましょう」
「ああ。了解したよ。ララさんにもそう伝えておくよ」
拓哉はそう返事をすると、そそくさとララカリアの住まい――プレハブへと脚を向ける。
――ちょっ、ちょっ、ちょっ、用が済んだら、終わりなの? もう戻ってしまうの? マジでララカリアと……って、どうして私が……
クラリッサは自分の中で込み上げてくる怒りに疑問を抱く。
別に拓哉を愛してるとか、大好きだとか思ってる訳ではない。
それなのに、胸の内がモヤモヤすることに葛藤を感じる。
――でも……不純異性交遊は駄目よね? 拓哉は異世界から来てるし、この世界の事をまだ殆ど知らないんだから、放置できないわ。それってやっぱり、この世界に連れてきた私に責任があるはずよ。そうよ。そうだわ。
クラリッサはそう自分に言い聞かせると、残りの講義を放置して、慌てて拓哉の後を追うことにした。
――はぁ~、バカみたい……
大きな溜息がこぼれる。
クラリッサは思いっきり自己嫌悪の最中だった。
――心配する必要なんてなかったのに……講義までサボってしまって……
講義をサボったことで、教官からこってりと絞られたクラリッサは、自分の行動を後悔していた。
なにしろ、あのあと、なぜか彼と一緒になってララカリアの部屋を片付ける羽目になったのだ。
それについては、クラリッサの性格が災いしたというべきだろう。
彼女としては、あのプレハブ倉庫の有様が許せなかったのだ。
――でも、手伝って正解だったかも……あんなものをタクヤに片付けさせるのは論外よ。
彼女は昨日の片付けを思い出す。
――汚れたパンツがあちこちに転がっていし、必要もないのにブラがあるし、彼女はいったい何を考えているんだか……まあ、天才と変態は紙一重だと言うし、仕方がないのかも知れないけど、さすがにあの部屋をタクヤ一人に掃除させるには問題があるわ。ただ……
ララカリアに呆れるクラリッサだったが、今度は夕食時のことを思い出して脱力する。
というのも、彼女が講義をサボってララカリアのところに怒鳴り込んだことが、どういう訳か周囲に知られてしまったのだ。それ故に、今は新たな噂が伝染病の如く広まっている。
「あの無能者を取られた氷の女王が、ララカリアの処へ一騎打ちに向かったらしいわよ」
「マジかよ! プログラムの天才と氷の女王の戦いかよ」
「てか、氷の女王にそんな心があったことの方が驚きだ」
「あれじゃない? 一発ぶち込まれた所為で、調教されてしまったとか」
「えっ!? それで従順になるんなら、俺がやっとくんだった」
「はぁ? きっと、あんたなんて、それ以前に近寄れもしないわよ」
「ちっ、だったら、あの無能者はどうやって氷の女王を垂らし込んだんだ?」
――あ~~~、鬱陶しい! というか、完全に私が拓哉に犯されている設定になってるんだけど……
彼女はこれまでも散々と下種な噂を耳にしてきたつもりだった。そして、その度に愚か者の言葉は届かないとばかりに無視してきたのだが、今回ばかりは腹に据えかねていた。
――だいたい何を根拠に下品な噂話で盛り上がっているのかしら。私が拓哉となんて……少し、お姫抱っこされただけだし……まだ、キスすらしていないのに……って、なんで私がこんなことでヤキモキする必要があるのよ。
噂による怒りと共に、胸の内に広がる葛藤が、無意識に行動となって表れる。
「バン!」
けたたましい音が教室の中に響き渡る。
そう、彼女が気付いた時には、両手で力強く机を叩いた後だった。
周囲は一瞬にして凍り付き、静寂の時が訪れた。
それに焦りを感じるクラリッサだったが、今更なかったことにはできないし、言い訳するのも可笑しな話だと感じた。結局は、そのまま席を立ち、スタスタと教室を出て行く他なかった。
そうなると、もはや体裁を取り繕う必要がない。誰もが噂話で盛り上がる。
ところが、クラリッサは未だ教室を出たばかりだ。どれだけ無視しようとしても、嫌でも噂話が耳に入ってくる。
そして、それはメルトダウンのトリガーとなった。
「まだ教室を出たばかりなんだけど、少しは頭を働かせたらどうなのかしら。いえ、そんなくだらないことよりも、もっと頭を使うべきことがあるのではなくて?」
クラリッサの罵声が何処までも響き渡るかのように轟くと、ざわついていた教室が一瞬にして静寂に包まれる。
誰もが顔を引き攣らせ、まさに氷漬けの状態だ。
それを目にしたところで、クラリッサの気分が少しばかり晴れる。そして、それに満足したのか、彼女はスタスタと軽い足取りで格納庫へと脚を進める。
ただ、追い打ちとばかりに独り言を口にする。
「そもそもサイキックを使えば、多少離れていても聞こえるのだから、コソコソ話を人前ですること自体が能無しの証だわ。ここはサイキックの優れた者が集まっているのでしょ? だったら、それくらいは認識すべきよね」
もちろん、彼女の独り言は筒抜けだ。
それでも、彼女は「偶には良い薬だわ」なんて思いながら、スッキリした気持ちでテスト機について思考を巡らせるのだった。
クラリッサがまるで倉庫の如き様相の格納庫に辿り着くと、既に拓哉が何時もの作業服で待っていた。
――ん~、改めて見ると、作業服姿もなかなか似合っているわね。タクヤって、背は高くないのだけど違和感がないわよね。多分、スタイルが良いせいね。それに、顔もそれほど悪くないし……って、私は何を考えてるのよ。
「遅いぞ! 女王」
こっそりと拓哉の容姿を再評価していると、ララカリア叱責が飛んだ。
――遅れたのは申し訳ないけど……その呼び方は止めて欲しのだけど。
「ミス・ララカリア。クラリッサと呼んでください」
「ああ、そうだった。すまんすまん」
ララカリアは全く悪びれることなく謝るが、きっと三秒もすれば忘れるだろう。
これが天才プログラマとか言われても、誰もがその事実を疑いたくなるはずだ。
「やあ、クラレ。気合が入ってるな~」
クラリッサが疑わしげな視線をララカリアへ向けていると、拓哉がいつもの調子で話しかける。
ただ、彼女はそこで紫色の髪を揺らして首を傾げる。
――気合が入ってるって、もしかしてパイロットスーツの所為かしら。
「というか、タクヤは着替えないの?」
拓哉はといえば、何時もの作業服だ。彼女はもしものことがあったら困るのではないかと考える。
「てか、そんな物は持ってないぞ?」
「そ、そうよね。パイロットではないし、配給されている訳もないわね……」
改めて拓哉の境遇を思い出し、彼の言い分に納得する。
「さあさあ、さっさとテストを始めるぞ」
拓哉をこの世界に巻き込んだことを思い出して、少し気持ちを落ち込ませるのだが、ララカリアが待ちきれないとばかりに急かしてくる。
「はいはい。始めましょうか。タクヤ、行きましょ。」
肩を竦めたクラリッサは、拓哉に視線を向け、PBA、もといSBAに乗り込むことにした。
――ん~、見た目は初級訓練機のままだわ。何処が最新なのかしら。まあいいわ。動かしてみれば分かるでしょ。
クラリッサはナビゲータ席に座りながらコックピットの内部を隈なく見渡し、PBAとの違いを確かめるが、見た目に大差ないことを知ると、あっさりと興味をなくす。
『あ~、あ~、女王、ナビもサイキック補助はないからな。気を付けろよ』
「分りました。というか、女王はやめてください」
『すまんすまん』
――はぁ~、言うだけ無駄みたいね。まあいいわ。それよりも、補助ナシという話だけど……初級機体で体験してるし、特に問題はないでしょう。
ナビゲータ席に座ると、ララカリアが注意事項を無線で知らせてくる。
全く呼び名が訂正されていないことに不満を抱くが、直ぐに気持ちを入れ替えて表情を引き締める。
実戦や訓練ではないにしろ、PBA――この場合、SBAだが、機体の操作は慎重に行われるべきなのだ。
そうでなければ、ちょっとしたミスで大被害が生まれる可能性があるからだ。
ただ、そこで今更ながらに不安を抱く。
――そういえば、タクヤが操縦するのよね? 大丈夫なのかしら。
この機体が拓哉によって既にテスト済みだと聞かされてはいるものの、機体の操縦には常に危険がつきまとう。それを嫌というほどに理解してるクラリッサは、モニター越しに拓哉の様子を確認する。
ところが、拓哉は全く緊張感のない表情だった。いや、いつもと同じ通りと言った方が良いだろう。
――いざとなれば、私が動かせばよいのだし、なんとかなるでしょ。
「じゃ、起動させるよ」
ぼんやりとモニターに映る拓哉を見やりながら、自分が完全にフォローすることを考えていると、眼前のドライバー席から声がかかった。
とはいっても、内部無線通話なので、サーチゴーグル付ヘッドシステムのスピーカーからマイクを通した声だ。
「了解!」
拓哉の言葉に軽い調子で答えたクラリッサ。だが、この後の事態は、彼女の想像を絶する展開へと発展するのだった。




