165 思わぬ伏兵
2019/2/24 見直し済み
激しい炎を巻き上げる五隻の小型戦闘艦が黒々と汚した空。
その向こうから、一際巨大な戦艦とそれよりも小ぶりな護衛艦がやってきた。
「タクヤ、締めがのこのことやって来たわよ」
その様子をモニターで確認していると、思わぬ人物からの通信が入った。
『お疲れ様! タクちゃん。さすがは、黒き鬼神ね。圧倒的な強さだわ。カティも良い旦那様を見つけて幸せ者ね』
一気に脱力させる台詞を口にしたのは、カティーシャの母親、ミリアルだった。
――このタイミングで、どうしてミリアルさんから連絡が?
もちろん、結婚した訳ではないので、お母さんと呼ぶには抵抗がある。況してや、ママやお母さまなんて、結婚してからも呼べないだろう。
それはそうと、予想していなかったミリアルからの連絡に驚きつつも、黙っている訳にもいかない。
「いえ、機体性能のお陰です。素晴らしい機体を用意していただいて、本当にありがとうございます」
なんだかんだ言っても、この機体を作ってくれたのはモルビス財閥だ。
少しばかり規格外の機体となっているが、拓哉としては感謝しきれなかった。
黒鬼神のお陰で、ミルルカやガルダルを助けることができたのだ。拓哉にとっては、それだけで価値のあることだった。
しかし、ミリアルからすると、それは拓哉の勘違いらしい。
『何を言っているの。そんな機体、誰も扱えないわよ。それに、この世界のために造ったのだもの。礼を言われる筋合いではないわよ』
確かに、ミリアルの言う通りだ。しかし、機体を与えられた者としては、礼を述べない訳にはいかない。
ただ、そろそろ戦艦の攻撃範囲に入る。呑気に彼女と話している訳にもいかない。
「すみません。あと二隻ほど残ってます。またあとで……」
楽しそうにする未来の母親には申し訳ないが、モニターに映る二隻の戦艦と東側の敵を片付ける必要がある。
ところが、ミリアルから予想もしていなかった指示がもたらされる。
『ああ、その二隻は放っておいていいから、東側の応援に向かってもらえるかしら』
「えっ!? いいんですか?」
『ええ。大丈夫よ』
拓哉としては、ここで旗艦を潰さない理由が分からない。
それは、クラリッサにおいても同感だった。
「どういうこと? 彼女は一体何を考えているかしら」
「さあな。ただ、もともと彼女の情報源って、怪しくなかったか? まあいいや、取り敢えずは、ガルダルの機体を回収しよう」
訝しげにするクラリッサをウインドウ表示となっているサブモニターでチラリと見やるが、ここでミリアルの言葉を無視する訳にもいかない。
結局、拓哉はミリアルの言葉を怪訝に思いながらも、ガルダルの機体を抱き上げて大空へと舞い上がった。
南と西が壊滅したという事実は、イストレ=トリアラスに動揺を与えることになった。
しかし、イストレとしては、それを表に出す訳にはいかない。
そんな小物臭が漂う行いなど、彼のリトアラスという家名が許さない。
ただ、黙っていることはない。この責任について言及する必要がある。
「ドランガ将軍。これはどういうことかね?」
「どういうことかとは?」
さすがに、不機嫌な表情を隠せないイストレが、今回の作戦を立案した将軍に詰め寄った。
ところが、ドランガはどこ吹く風といった様子だった。
――この男、本当に分かっているのか? 自分の作戦で艦隊が次々に壊滅しているのだぞ?
飄々としたドランガの態度が癇に障る。
そもそも、負け戦となりつつあるのに、まったく態度が変わらないのだ。
イストレは、それを不満のみならず、訝しく感じていた。
「将軍が四方から攻めれば大丈夫だというから、そうさせたのだが?」
「四方から攻めるのが得策でしょうとは言いました。しかし、大丈夫だと言ったつもりはありませんが?」
「それは詭弁だ。どちらも同じではないか!」
「何か勘違いされているようですが、戦いに確実や大丈夫という言葉など存在しないのですよ?」
「ぬぬぬっ! ああ言えばこう言う。血気盛んな将軍だと聞いていたが、どうやら噂は誇張のようだね。口ばかり達者な臆病者だったとは」
ドランガの箸にも棒にも掛からぬ物言いに、キレたイストレが罵声を浴びせ掛けると、艦橋に居る兵士達から冷たい視線が突き付けられる。
少なからず、兵士はドランガを信用しているようだ。
しかし、ドランガは全く気にしていなかった。
「気にせずとも大丈夫です。北側に道が開けたようですから、そこからディートに侵攻すべく向かっている処です」
罵りをサラリと流したドランガが肩を竦めた。それに反応してか、周囲の兵士達も大人しく業務に戻る。
「くっ、分った。それならよかろう。ただ、今回のことは、上に報告させてもらうよ」
「どうぞ。お好きなように」
憎らしいドランガから視線を外し、メインモニターに視線を向けた。そして、驚愕してしまう。考えてもいなかった光景が映し出されたからだ。
「こ、これはどういうことだ!? 北の艦隊がどこにも居ないではないか!」
艦隊からの煙で真っ黒に染まる空と燃え盛る地上を映し出したメインモニターを目にして、イストレは取り乱してはならないことすら忘れて、叫び声を上げてしまった。
「ドランガ将軍、これはどういうことだ?」
視線を外したばかりの将軍に戻し、すぐさま戦況について問い詰める。
ところが、その映像を目にしても、ドランガの余裕は崩れなかった。
「どうやら、私達が到着する前にやられたようです」
「はぁ? やられたようですだと!? なぜ、事前にわからないのだ? おかしいだろ! というか、敵も居ないではないか。艦隊は何にやられたんだ?」
ムキになるイストレを他所に、ドランガが指差した。
「あそこに黒い機体がいます。恐らく、西と南を壊滅させたのも奴でしょう」
ドランガが指差す方向に、ボロボロの機体を支える黒い機体が映っていた。
それは、ガルダルの機体を支える黒鬼神なのだが、イストレ達がそれを知らない。
ただ、それ以前に、一機の敵に殲滅されたと聞いて、はいそうですかと納得できるはずもない。
「はぁ? 何を言っているのだ? 単機のPBAに艦隊がやられたというのか? お前、頭は大丈夫か?」
正気とは思えず、罵声を浴びせ掛けた。しかし、イストレは疑問に思う。
「なんで、西と南が壊滅した原因を知っているのだ? これまでそんな報告は上がってないぞ?」
イストレは何も知らなかった。
北と南の敵が単機であることも、西側と南側の味方が全滅したことも、なにも知らされていなかった。
そう、ドランガが情報規制をかけていたのだ。
「艦長。女史から連絡が入ってます」
混乱したイストレを他所に、ドランガの側にやってきた副官が報告する。
それを聞いた途端、ドランガがニヒルな笑みをみせる。
次の瞬間、メインモニターに一人の女性が映し出される。
「こ、こいつは……」
『ごきげんよう。そこにリトアラス家のバカ息子がいるのかしら?』
映し出された女性が、誰かなどと聞く必要もなかった。
なにしろ、ミリアルは、社交界でも有名だった。
その美貌もさることながら、彼女の手腕は多くの者が知るところであり、『ディートの魔女』と呼ばれるほどに名を馳せていた。
――バカ息子だと!? 思い出したぞ。こいつは女だてらにモルビス財閥の総帥を遣っている奴だ。
「おいっ! なんでモルビスのメスから通信が入ってくるんだ?」
突然の不可解な出来事に、顔を顰めたイストレが詰め寄るが、ドランガは肩を竦めると、視線をメインモニターに戻した。
「バカ息子なら、ここに居るぞ? 久しぶりだな、ミリアル」
『お久しぶりですわ。ドランガ将軍。お元気かしら?』
「いや、向こうの空気は悪くてね。散々と気分を壊したよ。ガハハハハ」
『あらあら、それは災難でしたわね』
イストレはまるで旧知であるかのよう話を進める二人を怪訝に思う。
――どういうことだ? なぜだ。なぜ、この男は敵と楽しそうに話しているのだ? いや、この雰囲気、これまでと全く違うではないか……もしや……
『あら、バカ息子はまだ気づいてないのね。ああ、バカ息子だし、仕方ないわね。ウチのクーちゃんの爪の垢でも煎じて飲む?』
ミリアルから放たれた毒は、イストレに事態を理解させるのに十分だった。
――そうか、そういうことだったのか……そういうカラクリだったのか……
「お前は裏切り者だったんだな。おい! 誰かこいつを拘束しろ!」
不可解なことばかりが起きる理由をやっと解った。
ドランガが噂と違うのも理解できた。
そう、ドランガ将軍は裏切り者だったのだ。イストレを騙していたのだ。
しかし、イストレが正体を暴いて引っ立てるように告げたのだが、不思議なことに誰も動かなかった。
訝しく思うイストレは周囲に目を向ける。しかし、誰もが険悪な視線を向けてきた。
すると、ドランガがこれまでに見せなかった残忍な笑みを浮かべた。
「裏切り者? ふざけるな! ワシは初めからお前等の仲間などではない。そう、ワシの大切な息子が殺されたあの日から、この日をどれだけ待ち焦がれたことか」
ドランガは鬼の形相で胸の内を吐き出す。
――息子が殺された? 何のことだ? いや、この得体の知れない圧迫感はなんなんだ?
ドランガの圧力に屈しそうになったイストレは、即座に周囲に視線を巡らせて大声で叫ぶ。
「何をしている。早くこいつを拘束しろ! 反逆罪だ」
「くくくっ、どれだけ騒いでも無理だ。この艦はアンチ純潔派で構成されているからな。ワシがこれまでに少しずつ集めた仲間だ。お前などの言うことを聞くはずがない。くくくっ」
不気味な笑いが艦橋に響き渡ると、周囲の兵が親の仇でも見るかのよう視線で、イストレを射抜く。
「く、く、くそっ! お、お前等、見てろよ! 絶対に後悔させてやるからな」
ドランガの台詞で、周囲の者が見せた視線で、ここは敵だらけだと悟る。そして、この艦に居るもの全に復讐を誓う。
ところが、次の瞬間、ドランガの副官がイストレの手首に手錠を填めると、憎々しげな表情で毒を吐いた。
「見てろ? 後悔させてやる? 何を言ってるんだ? 次はないんだ。お前は後どれだけ生きられるのかな? まあいい。私の妹の受けた苦しみを受けるがいいさ」
「こらこら、恨みを持っているのは、お前だけじゃないからな」
毒づく副官を窘めるドランガ。
「はっ! 申し訳ありません」
「まあいい。気持ちは痛いほど分かるからな」
副官を諫めたドランガは、頷きつつもモニターに映るモルビス財閥の総帥に視線を移す。
「これで終わりだ。こちらの二隻を収容してもらえるか?」
『ええ、もちろんですわ。また、あとでお話しましょう』
「ああ、またあとでな」
ドランガは満足そうに頷くと、そのままは会話を終わらせようとしたのだが、モニターに映るミリアルが少しだけお道化た様子を見せる。
『東側に鬼神が向かったけど、片付けちゃっていいわよね?』
「ああ、もちろんだ。ただ、初めに送った名簿以外の者は、もし生きていたら助けてやってくれ」
『それは問題ないわ。丁重に対応させてもらいます』
「悪いな。助かる」
『いえいえ、こちらこそですわ』
こうして裏切りという結末により、ディート殲滅作戦とイストレの運命に終わりが訪れたのだった。