162 黒鬼神発射
2019/2/22 見直し済み
どこまでも続くかのような、透き通った青い空が綺麗だ。
しかし、その美しい空に見惚れている訳にはいかない。況してや、空を飛ぶ機体に胸を膨らませている場合でもない。
「くそっ! 酷い目に遭ったぞ! てか、まだ終わってないけどな」
「確かにあの初速は地獄だったわ」
思わず愚痴を零すと、後部座席のクラリッサが目を白黒させていた。
なにゆえ愚痴が零れたかと言うと、彼女が言うように、拓哉達はつい先ほど地獄の苦しみを味わったからだ。
それを説明するには、少しだけ時間を遡る必要がる。
それは、出撃許可を受けた時のことだった。
装備の換装が完了したと聞き、拓哉は即座に出撃する旨を伝えると、待っていましたとばかりにクラリッサからの応答あった。
ただ、そのタイミングで、換装が終わったことを告げてきたララカリアから、再び無線で連絡が入った。
『おいおい! これから呑気に走っていくつもりか?』
――いやいや、新しい仕様書には、飛行能力があるって書いてあったぞ?
この機体――黒鬼神には、飛行能力が実装されている。
それなのに、巡航ミサイルを用意した理由がある。
黒鬼神の飛行性能では、ミラルダに到達するのに時間やエネルギーの浪費となるからだ。
しかし、近距離では何の問題もない。
拓哉は西側の戦場に飛行能力を使って移動するつもりだった。ところが、ララカリアには別の案があるらしい。
「いえ、飛んで行くつもりでしたが……」
『それだって、そこそこの時間が掛かるだろ! いまは急いでいるんだ。いいから機体をこちらに移動させろ』
いつの間にか軍用車両に乗ったララカリアは、有無も言わせずに機体を移動しろと告げてきた。
「どういうことだ?」
彼女の指示を理解できない。急いでいるのは確かだ。すぐさま移動したい。
その想いは、クラリッサも同様だったようだ。ただ、彼女の場合、悩むことが無駄だと考えたようだ。
「取り敢えず行きましょう。時間が勿体ないわ」
彼女の言葉は尤もであり、一分一秒を惜しんでいる状況なのだ。
拓哉は仕方なく、機体を言われるが儘に移動させる。
ただ、ララカリアの乗る軍用車両の後を追った先で頭を傾げた。そこには、レールのようなものがあった。
「これって何なんだ?」
「カタパルトかしら?」
二人でそのレールらしき存在に疑問を抱いていると、軍用車両から降りたララカリアが急かしてくる。
『さっさと、あの上に乗れ!』
あの上というのは、レールに設置された装置のことだ。
色々と思うところはあったが、ここでモタモタしている場合ではない。
クラリッサの判断は早かった。やや呆れ気味ではあるが、素直に拓哉を即した。
「仕方ないわ。あそこに移動しましょ」
「そうだな」
いまだ焦りを感じている拓哉は、すぐさま指示された場所に移動した。
すると、またまた注文が入る。
『じゃあ、そこで機体を俯せにしろ』
――これって、アニメで見たドダイみたいなものかな? まさか、飛行機能があるのに、これで空を飛ぶのか?
某機動戦士ものアニメで見た爆撃機を思い出す。しかし、その思考は、あっという間にねじ伏せられることになった。
次の瞬間、機体の周りを囲うような障壁が出現した途端だった。
『じゃあ、いってこい!』
ララカリアの声は、拓哉とクラリッサに聞こえることはなかった。
二人の身体は、一瞬にしてシートに押し付けられてしまったからだ。
「ぐあっ~~~! 殺す気か~~~~~~!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ~~~!」
そう、カウントダウンもなければ、なんの準備をする時間もなく、ララカリアによってロケットよろしく空高く撃ち出された。
打ち放つ代物といえば、世の中に色々と存在する。
ロケット、ミサイル、花火、弾丸、野球のボール、子種……失礼しました。
しかし、多々あれども、人間が放たれることは少ない。
中には、スペースシャトルなどの有人宇宙船もあるのだが、まさか自分が大空に打ち出されるとは思ってもいなかった。
「くそっ、それならそれで、簡単にでもいいから説明すればいいのに……」
諄いようだが、空に撃ち出された時の事を思い出し、いまだに愚痴を零している。
ところが、クラリッサとしては、悪い事ばかりじゃないと考えているようだ。
「確かに死ぬかと思ったけど、そのお陰で敵が目の前よ」
「ほ、ほんとだ」
モニターに映る敵影を確認し、すぐさまその情報を脳内にインプットする。
そう、今日からクラリッサはナビではなく、攻撃要員となったのだ。
ナビは機体のナビゲーターシステムを利用し、彼女はアタックキャストを始めとする攻撃オプションの操作を行うことになった。
そうなると、敵の状況は自分自身で確認する必要がある。もっとも、それについては何の問題もない。拓哉にとってはお茶の子さいさいだ。
ただ、クラリッサがナビの仕事を全くしなくなった訳ではなく、様々な計器の確認などを行ってくれることになっている。
「おいおい! なんだ、あの小型の戦艦は……」
「さあ、ただ分かることは、あれは撃ち落とす敵だということだけね」
「うむ。確かに、その通りだ」
拓哉は聞いていた状況と違うことに首を傾げてしまった。
大型戦艦が分離型だとは知らなかったのだ。
しかし、特に悩むこともない。クラレの意見が正鵠を得ていると考えて、即座に脳内に敵の座標をインプットしていく。
「どうやら、大ピンチのようね。防衛線が決壊しているわ」
焦りをみせるクラリッサだったが、拓哉としては、敵の座標を確認したところで、その状況を既に理解していた。
敵味方識別反応からして、それは直ぐに理解できた。
無数の敵が、我が物顔で街に向かっているのだ。自ずと分かることだ。
「よしっ! 敵味方のインプット完了。じゃ、おっぱじめますか!」
「そうね。急いだほうが良さそうよ」
「じゃ、手始めに遠距離銃の威力と精度を確認するかね」
クラリッサとしても、急いだほうが良いと判断したようだ。すぐさま首肯すた。
それをサブモニターでチラリと見やり、拓哉は黒鬼神に実装された新たな武器を敵のPBAに向ける。そして、容赦なく引き金を絞った。
全周囲モニターに、物凄いエネルギー反応が表示される。
それは、どう考えてもPBAに持たせる武器のレベルを超えていた。
その証拠に、敵機が吹き飛びながら木っ端微塵になるだけではなく、地面が悲鳴を上げるかの如く、土砂を宙に舞い上げていた。
「おいおいおい! 精度は良いとしても、この威力って、戦艦の主砲を超えてるんじゃないか?」
「確かに……今の一撃で一機だけじゃなくて、左右に居た機体までバラバラになって吹き飛んだわよ」
「ちょっと危険すぎないか? 周囲の畑が再起不能になるぞ?」
「そうね。使い方を考えないと……あの二人は、いったい何を考えてるのかしら。こんな武器、使う場所を選ぶじゃない」
右手に持つ巨大な銃の攻撃力が、あまりの異常で呆れてしまう。いや、銃の威力よりも、それを作ったララカリアとリカルラに呆れたと言った方が良いかも知れない。
「でも、敵のシールドを軽く突破できるのは、面倒がなくていいな」
「そうね。お誂え向きに小型の飛空艦が居るし、タクヤはそっちをお願い。この武器では被害が拡大しすぎるわ。PBAの方は私に任せて』
「お~~け~~っ! じゃあ、悪いが沈んでくれ!」
アタックキャストでPBAを仕留めるというクラリッサに頷き、拓哉は小型戦闘艦にその過剰な攻撃力を向けると、躊躇することなく撃ち放つ。
――本当は「狙い打つぜ!」って言いたいんだけど、世界が違ってもパクリはダメだよな?
どうでも良いことを考えているうちに、小型戦闘艦が火を噴いて降下していく。
恐ろしいことに、一撃で撃沈させてしまった。
「おお~! 戦艦でも一撃か! 精度も悪くないな。よし、次! アタレ~~~~!」
一撃で小型戦闘艦を撃ち落とせたことで気を良くすると、次々に引き金を絞っていく。
なんといっても数が多いのだ。出来る限り早く撃ち落とした方が、ドールを操る者達も楽だろう。
そんな思いもあったが、実はその威力と精度が悦に入って、ついつい撃ち捲っていただけだ。
「さあ、自分達の行いが招いたツケだからな。悪いけど遠慮なく粉砕させてもらうぜ」
『タク、来てくれたんだね。ありがとう』
調子に乗って、小型戦艦を次々に撃沈させていると、聞き慣れた声が届いた。
声が湿っていることで、カティーシャがベソを掻いていると察した拓哉は、申し訳なさでいっぱいになる。
実際は、感動の涙なのだが、拓哉が知るすべはない。
「いや、遅くなってすまん」
『そんな事はないよ。もうダメかと思ったけど、ちゃんと間に合ったし』
――まあ、カタパルトで打ち出されて死ぬ思いをしたが、その甲斐があったというものだな。
「取り敢えず、先に敵を片付けるぞ」
『そうだね。ギッタンギッタンにしてやってよ』
「ああ、任せろ! ララさんからとんでもない武器を作ってもらったからな。戦艦だろうと空母だろうと全て叩き落してやるぜ」
『あはは。期待してるね』
悔しがるカティーシャだったが、拓哉の言葉を聞くと、いつもの調子を取り戻した。
そのことで、拓哉はホッと安堵の息を吐く。
――さあ、ウチの嫁を泣かした償いをしてもらおうか!
通信を終えた拓哉は、再び容赦なく敵を撃ち落としていく。
怒りで燃え上がる拓哉の攻撃によって、全ての小型戦闘艦が空から地に這いつくばるまでの時間は、僅か三分だった。
「PBAの粗方は、片付いたわ」
「よし、じゃ~残るはあのデカ物だけだな」
「さっさと落としてしまいましょう。他の戦場も気になるわ」
――そうだった……
ついつい浮かれていたが、拓哉の嫌な予感は、いまだ消えていない。
それを思い出し、すぐさま空母に新型長距離銃――神撃を向ける。
因みに、この武器の命名はララカリアのものだ。というか、仕様書にそう書かれていた。
その異常な攻撃力が由来だが、機体名である黒鬼神とも絡めているのだろう。
本来、戦艦とは、それほど軟ではない。それをいとも容易く廃棄できるのだ。神の一撃と命名しても問題ないだろう。
もちろん、その攻撃力は、拓哉のサイキックに比例している。それ故に、誰もが使える代物ではない。
そんな規格外の武器を向けられたというのに、空母は撤退することもなければ、白旗を上げることもなかった。
その行動を訝しく思わなくもなかったが、時間を惜しんでいる拓哉は、容赦なく神撃を連射した。
「ぐはっ! なんか生気をゴッソリ持っていかれた気がするぞ」
空母に向けて銃発のエネルギー弾を連射したところで、身体に倦怠感を感じてしまう。
当然ながら、精気ではない。悲しいかな、そっちは嫌というほど溜まったままだ。
「まあ、あの威力だし、それは仕方ないわよ」
――生気を費やす武器というのも、最先端技術とは乖離してる装備だよな……
思わず、異世界ファンタジーチックな武器だと感じながらも、空母が地上に向かって降下していくのを眺める。
しかし、拓哉の思考は、怪訝な表情を浮かべたクラリッサに奪われる。
「どうも、おかしくないかしら」
「なにがだ?」
「敵機が少ないような気がするんだけど」
――確かに、その通りだ……
大型戦艦が分離したことを除けば、敵の数は当初の報告通りだった。
そこから推測できることは、大きく二つだ。
撃沈が速過ぎて出撃できなかったか、もしくは、出撃した数で全てだったかだ。
そして、拓哉は後者だと感じた。
そうなると、自ずと敵の作戦が見えてくる。
「こっちは囮か! 本命はどこだ?」
「北か南でしょうね。いえ、向こうがこっちの情報を握っているのであれば、北側だと思うわ」
「どうしてそう思う?」
「だって、強固でも破り易くて簡単なのは、一機が待ち構えている場所よ。それに、ガルの機体は新機体ではなわ。技量が同じだと考えれば、ギルルに比べて崩しやすいわ」
――そうだな。その通りだ。
クラリッサの見解は、否定する余地がなかった。
それ故に、拓哉はすぐさま北側に向かおうとしたのだが、事態は悪い方に転がる。
『リカルラよ。南のクアントがピンチみたい。装甲がパージされたという通知があったわ』
本人の報告ではなく、機体から発信された情報でピンチだと悟ったようだ。
「ミルルが!? 分かりました。直ぐに向かいます。ところで、ガルダルから何か連絡はありましたか?」
『いえ、いまのところ、何も言ってきていないわ』
「そうですか……わかりました。とにかく、急いで南に向かいます」
ガルダルの機体が、よもや無線すら使用できないほどにダメージを受けていると知らず、拓哉はピンチだと聞かされて、ミルルカの居る南側に向かった。