159 二度あることは三度ある
2019/2/21 見直し済み
――私は、戦場を舐めていただろうか……
ミルルカは、少しばかり反省していた。
敵から放たれた攻撃をサイキックシールドで弾き、それほど遠くない敵に向けて発砲する。
その攻撃は、距離が近いこともあって、彼女でも命中させることができた。しかし、その敵機は吹っ飛ぶものの、致命傷には程遠い。直ぐに体勢を立て直して機体を走らせる。
とても残念なことだが、一撃で敵機沈黙なんてことは起こらない。
相手もシールドを機体の周囲に張り巡らせているのだ。そう簡単に撃破とはいかない。
「くそっ、想像以上に硬いな……」
新たなシステムで、ミルルカのトリガーに拘わらず、単独で攻撃を行えるようになったトトも、彼女と同じ気分に陥っているようだ。
「訓練なら、もっと楽勝だったんちゃ……」
勝手が違うと感じているのだろう。いつもの元気が失われていた。
ミルルカもそうだが、決して戦場を軽んじていた訳ではない。
ただ、現状における認識の違いは、経験が不足していたということなのだろう。
目の前の敵は、強い弱いという問題ではなく、任務を遂行するべく着実にやることを熟しているのだ。それが、ミルルカの機体を無視する行動となっている。
彼等の目的は、ミルルカの撃破ではないのだ。
そもそも、我こそはと名乗りを上げて、清々堂々と戦うなんて妄想していた訳ではない。ただ、これほどに徹底した行動を執るとは考えていなかった。それが、実戦を知る者と訓練でお山の大将でいた者の違いだろう。
――それが、私の甘さだというのなら、見直す必要がありそうだな……
彼女を無視して街へと急ぐ機体に攻撃を集中させながら、自分の甘さに悲観する。
そう、彼女は敵の狡猾さに脅威を抱いていた。いや、狡猾でもなんでもない。戦いとはそんなものだ。それを知らない彼女自身が認識不足なのだ。
「くそっ! こんなことなら、もっと出力の高い武器を実装してもらうんだった」
今のところ、一機を倒すのに、五発は攻撃をぶち込む必要があった。
それを面倒だと思って口にした愚痴は、相棒の同意を得ることになった。
「確かにそうなんちゃ。一発に消費するサイキックと五発に消費するサイキックが同じなら、攻撃力の高い一発の方が効率的なんちゃ」
――その通りだな……
狙いを外してしまうような未熟者であれば、手数を増やした方が効率的だ。しかし、トトのように追尾でほぼ百パーセントを着弾させる者にとっては、手数よりも威力の方が重要だった。
――まあ、そのホーミングも、タクヤには通用しなかったのだが……
今更ながらに、トトのホーミングアタックを躱し続けたタクヤの凄さに驚かされていたのだが、今はそんなことに思考を浪費する訳にはいかない。
頭を切り替えたミルルカは、直ぐに現在の状況を把握しようとする。
「トト、敵の損耗率は?」
「PBAは五十パーセント、ファルコンは全滅させたんちゃ」
――ということは、全体の損害で考えると、五十パーセントも与えてないということか……なんといっても戦艦や空母は健在だからな……
「こっちの損耗率は?」
「こっちは被弾ゼロ。まだまだ大丈夫なんちゃ」
自分の記憶通りの返答に、聞くまでもないことだったと反省する。
ところが、次の瞬間、敵に異変が起きた。
「敵が離れていくんちゃ」
トトが告げてきた通り、ミルルカの近辺に居た敵が一斉に引き始めたのだ。
――どういうことだ? 撤退するような雰囲気じゃないぞ。
敵の行動を不審に思った時だった。システムがエネルギー反応を検知した。
その反応は、一隻の戦艦だ。
「ぐあっ! 拙いぞ!」
モニターに戦艦のエネルギー反応が表示された時、彼女は直ぐに気付いた。
それは、相棒のトトも同様だったが、なんだかんだと言っている暇はなかった。
「戦艦の主砲が来たんちゃ」
その言葉を耳にした途端、モニターの表示がホワイトアウトする。
「ちっ! 」
戦艦の攻撃に気付いたミルルカが全力でシールドを強化する。
彼女の防御は間に合った。間違いなく直撃を避けていた。
その証拠に、彼女は生きている。恐ろしいほどの衝撃を受けて、意識がもうろうとするが、彼女の視線の先にはモニターが映しだす空があった。
あまりの威力に、シールドごと吹き飛ばされてしまったのだ。
「ぐはっ! トト、損害状況!」
「防御装甲の損傷率が三十パーセント。本体への影響は五パーセント」
「くそっ! 被害がデカいな。てか、さすがに、いまのはビビったぞ」
身体の痛みを感じながらも、被害状況の確認を行い、もたらされた損傷に、思わず愚痴を零してしまった。
しかし、トトの認識は異なっていた。
「あの攻撃でこれなら、無傷みたいなものなんちゃ。普通の機体なら、五回は大破してるんちゃ」
――マジか……それほどの攻撃か……となれば、これはモルビス財閥とララカリアに感謝すべきなのだろうな。
トトの考えからすれば、ミルルカが生きているのは奇跡に近い。
そして、それを実現させたのは、この新しい機体のお陰だ。
ただ、いつまでもこうしてはいられない。いつまた攻撃されるか分かったものではないのだ。
横渡った機体を素早く起こし、敵の状況を確認する。そして、疑問を抱く。
再び侵攻を始めていた敵の機体が、何を考えたのか足を止めていたのだ。
「どうしたんだ? 急に足を止めて」
ミルルカが不思議に思うのも当然だろう。
戦場で脚を止めるというのは、死を意味している。
それを嫌というほどに思い知らされた彼女は、行動を止めたことを訝しく思う。ただ、その理由は簡単だった。
「無事なのが信じられないんちゃ。普通なら大破どころか、搭乗者すら融解する威力なんちゃ」
――くくくっ! そうか、私達が生きていることに驚いているのか。楽しいじゃないか。よしよし、ここだな!
トトからもたらされた理由が、とても面白いと感じてしまう。それと同時に、ミルルカは気分がハイになっていくのを感じていた。
死からくる恐怖が、精神に影響を及ぼしているのだろう。いつになくミルルカの感情は高ぶっていた。
「さあ、トト。ガンガン撃ち捲れ! 奴等が動揺してる今がチャンスだ。お返しは十倍でいこうじゃないか!」
「アイアイサ~~~~! くたばるんちゃ!」
威勢よく答えたトトの反撃は、見事に戦艦の片翼を撃ち抜いた。
その戦艦は、ミルルカ達を主砲で攻撃した艦だ。
先程まで弾き返されていた攻撃で被弾したのは、攻撃のためにシールド強度が低下した所為だろう。
「やったっちゃ!」
「ナイスだ! というか、向こうもやせ我慢をしていたようだな。ガンガン撃ち捲れ!」
「ほらほらほら! 沈むんちゃ!」
敵の被害に気を良くしたトトは、俄然やるきになった。
味方であっても、恐ろしいと思えるほどの集中砲火を戦艦に見舞う。
「きたきたきたっちゃーーーーー! これで一隻撃沈なんちゃ!」
集中砲火を食らった戦艦は、もうもうとした煙を上げながら地上へと落下していく。
間違いなく動力源を粉砕していた。降下する戦艦は、もはや唯の鉄の塊でしかない。いや、間もなく地上に激突して、本当の鉄屑となるはずだ。
その様子をモニターで見やり、ミルルカはさらに気分を高揚させる。
もはや無敵モードだった。彼女の中では、無意味な戦いを引き起こす奴等は、自分が引導を渡すつもりだった。
そう、いまこのとき、蹂躙すべきだと思えた。
「トト、薙ぎ払え!」
「了解なんちゃ!」
戦艦が落とされたことで、ミルルカの機体を無視できなくなったのだろう。
地を行く敵の機体の全てが、彼女を標的とした。
「ほれ、的が来たぞ!」
「くらえ! くらえ! くらえ! 食らうんちゃ~~~!」
高らかな声を上げたトトが、地を這う敵にむけて隙間を探すのも苦労するほどの弾幕を張る。いや、全て着弾するのだから弾幕と表現するのもおかしな話だ。
トトの攻撃を食らった敵は、否応なく吹き飛ぶ。その殆どが地に転がるのだが、ミルルカは容赦なく攻撃を叩き込んでいく。
つい先程まで、面倒だと感じていた戦いだが、いまの彼女にとっては、とても簡単なように思えた。意図も容易く、敵を撃破していく。
ところが、敵は思いもしない行動に出た。
「なに! 味方が居るのに主砲を使うのか? くそっ!」
ミルルカの機体は装甲の所為動きの鈍い。それでも必死に機体を移動させる。
当然ながら、その鈍い動きで戦艦の主砲を躱せるはずもなく、転がる敵の機体を盾にしてシールドを強化する。
すると、モニターがホワイトアウトした。ただ、先程よりも激しい衝撃が加わったことで、彼女は少しばかり動揺する。
「ちっ! やってくれるじゃないか……トト、被害状況……」
すぐさま状況を確認したところで、思わず息が止まる。
モニターの表示を見ただけで拙いと察したのだ。
なにしろ、正面モニターのあちこちには、赤い文字で警告が表示されているのだ。
「防御装甲の損耗率が八十を超えたんちゃ。本体の損害も十パーセントを超えたっちゃ。不味いんちゃ」
――くそっ! これでまた主砲を食らったら最悪の展開になるぞ。
それまで気分を高揚させていたミルルカだが、トトからの悲痛な叫びを聞いて、焦燥感に襲われる。
無意識に唇を噛みしめる彼女は、慌てて対処を考える。
ところが、モニターには思いもしない光景が映し出されていた。
「はぁ? なんで、戦艦が墜落している?」
そう、ミルルカ達に主砲をぶち込んできた戦艦が、真っ逆さまに地上へ向かっているのだ。
その理由が解らなくて、思わず間抜けな声を発してしまった。そこに自慢げなトトの声が届く。
「うちがやったんちゃ。主砲を撃つタイミングでシールドが弱まるのが見えたんちゃ。一隻目の時に向こうのシールドの色を理解したんちゃ。だから、こっちがやられる代わりに、ウチもブチ噛ましたんちゃ」
――どうやら、主砲を発射すると一時的にシールドが弱まるようだな。まあ、それは原理的にも解かる。エネルギーを供給するパスの問題だからな。それにしても……肉を切らせて骨を断つか……確か、タクヤがそんな諺を口にしてたが……いや、ほんと、トトには感謝だな。
「最高だ! さすがは、私の相棒だ! 帰ったら死ぬほどお菓子を食べさせてやるからな」
「マジ? マジなん? やったっちゃ~~~! 敵機も向こうの主砲に巻き込まれて残り少ないから、さっさと片付けて帰るんちゃ!」
トトの機転に喜びを隠せなくなる。思わず死亡フラグをオッ立ててしまうのだが、トトがその上に更なるフラグでコーティングする。
「あっ、まずっ!」
「どうしたんちゃ?」
「タクヤから、死亡フラグには気を付けろって言われてたんだった」
拓哉からの忠告を思い出し、ミルルカが焦りを見せるのだが、トトは全く気にしていないようだ。そもそも、妖精にフラグなんて通用しないのかもしれない。
「残り僅かなんちゃ。油断しなければ大丈夫なんちゃ」
トトが簡単に切って捨てた時だった。
正面モニターに、新たなエネルギー反応が表示される。
――ちっ! 空母にも主砲を積んでるのか!?
舌打ちするミルルカの想いを他所に、機体のモニターは三度目のホワイトアウトを表示させた。