157 思わぬ苦戦
2019/2/20 見直し済み
その光景は、圧巻だと言う他なかった。
地を進む機体は蟻の如く群れ、空を舞う機体は羽虫の集団に見えた。
さらには、空母を含めた飛空艦が三隻もいる。これを目にして、平然としていられる者は多くないだろう。
その規模はというと、彼女の視界を埋め尽くすと言っても良いほどの光景だ。
「さあ、景気よくやるか! 遠距離攻撃は任せたからな!」
ミルルカの機体は、拓哉と模擬戦を行った時と違って、いまや完全フル装備だ。
彼女の赤い機体――紅孔雀は、遠距離攻撃オプションと特殊装甲の外殻を纏っている。
大群と戦うのに接近戦では分が悪い。それもあって、重火器装備で戦いに臨んだのだ。
本来は近距離戦闘を得意とするところなのだが、それで負けるとは言わないが、無視されて街に向かわれる可能性もある。
――まあ、私にとっては無用な装備だが、こちらにはトトが居るからな。なにせ、奴はタクヤからお墨付きをもらったほどだし。
数日前のことを思い出すミルルカだったが、そこでトトの乱心を思い起こしたのか、少しばかり不安を抱く。
あの時、トトは彼女との契約を解除して、拓哉と契約するなどと言い出したのだ。
――さすがに、あれには参ったな。何だかんだ言っても、こいつが居ないと、私の力は知れているからな。
以前なら強気に出られたミルルカだったが、拓哉に完敗してからは、身の程を弁えるようになっていた。
ただ、強気の性格は、そう簡単に直る訳ではない。
苦い想いをしつつも、好きにすればいいと意地を張ってしまった。結局は、拓哉が執成してくれたのだが、かなり焦っているのが事実だ。
――あいつは、本当にいい奴だよな。強いし、賢いし、それに優しい。一緒に居て幸せな気分にさせてくれる男だ。
拓哉のことを思い出し、思わず頬が熱くなるのを感じる。
気が付けば、火炎の鋼女は恋する乙女に変貌していた。しかし、だからと言って腕が鈍った訳ではない。それどころか、拓哉との鍛錬で、恐ろしく成長しているのだが、本人はそれに気付いていない。
「ぞろぞろ来たんちゃ。じゃ~、やるけ~ね!」
「ああ、私は防御に徹するから、お前は奴等を一網打尽してやれ」
敵の接近を知ると、ミルルカは好きなようにやれと頷く。途端に、トトが景気よく砲撃を始めた。
トトが放った攻撃は、物の見事に敵を葬っていく。
ただ、気になることがあった。
――思ったよりも練度が高いな……奴の攻撃でダメージが少ないな……ミリアルさんから聞かされた戦果では、もっと弱い敵だと思っていたが……
百機以上の敵をほんの一時間程度で退けたと聞いていた。
しかし、この敵の動きからすると、それほど容易い相手ではないように感じる。
――よくこの敵をそこまで簡単に倒したものだな……もしかして、モルビス家に凄腕の者がいたのか?
モルビス家側の戦果を不思議に思いつつも、気持ちを引き締める。
油断すれば、やられるのは彼女の方なのだ。
「こいつら、思ったよりもやるんちゃ!」
――どうやら、奴も気づいたようだな。まあ、訓練と違うのは当たり前だが、もっとやれると思っていたのだろう。
そう、ミルルカ達も、これが初めての実戦なのだ。
緊張しないでもないが、負けるつもりもなかった。
相手を侮っている訳ではなく、確固たる決意なのだ。
――さて、決意は良いのだが、この手強い相手の戦意をどうやって挫くかな……そうだ。あれにしよう。それがいい!
ミルルカは敵の攻撃をシールドで弾きながら、一つの作戦を思いついて、すぐさま実行に移す。
「トト、あの戦艦を落とせ。そうすれば奴等も動揺するだろ?」
「まあ、当たり前だけど、ミルルにしては良く頭を使った方なんちゃ」
「一言多いぞ! は――」
いつもなら羽虫扱いするのだが、それを口にしたら契約破棄だと騒ぎそうだと感じて、ミルルカは口を閉ざす。
そんな私の気持ちを知らないトトは、気にする事無く戦艦に向けて砲身を向けたかと思うと、透かさず砲撃を始めた。
しかし、ミルルカの予想に反して、その攻撃は簡単に退けられてしまった。
「なかなか硬そうだな」
「悔しいんちゃ!」
硬いと言っても装甲が硬い訳ではない。いや、装甲も硬いはずなのだが、その周囲に展開されているシールドが強固なのだ。
トトの攻撃は戦艦に着弾するかと思いきや、寸前で見えない壁に弾かれてしまったのだ。
そう、ランランが簡単に沈めたのには理由がある。ただ、それを知らないミルルカは首を捻った。
「あ~~~、ファルコンまで出してきたんちゃ」
――拙いな。敵の機体はガンガン攻めてくるわ、ファルコンを放たれるわで、戦艦どころではなくなってきたぞ。
思惑が外れたミルルカは、顔を顰めて歯噛みする。
なにしろ、敵の数が尋常ではないのだ。どれだけ攻撃しても、全滅させるのは至難の業だ。
「間違っても、後ろに行かせる訳にはいかんからな」
「もちろんなんちゃ。ただ、数が多いんちゃ」
向かってくる敵や横方をすり抜けようとする敵を、戦闘不能に陥れつつも、トトは泣きを入れ始めた。
ミルルカ達は、膨大な戦力に対して単独で戦っているのだ。
本来であれば、無謀の一言であり、死地に赴くようなものだ。
それでも、嫌とは言わなかった。いや、嬉々として頷いた。
その理由は簡単だ。何といっても味方の戦力を葬る訳には行かないのだ。
実のところ、基地の戦力の一部を回すと言われたのだが、豪快に断ったのだ。
すると、向こうは向こうで、ミルルカの二つ名を出して感嘆していた。いまさら泣き言なんて言えない。
それこそ、ランランが居れば、ミルルかに同情したことだろう。
ただ、あっちはドールであり、やられても命が奪われる訳ではない。
「とにかく、撃ち捲るしかないぞ」
「分かってるんちゃ。こんなことならレナレからアタックキャストを習うんだったんちゃ」
必死に攻撃を放つトトが愚痴を零す。
こういう場合は、各個撃破できるアタックキャストの方が向いている。
戦艦を相手にするなら、ミルルカの重火器仕様の方が良いが、数が多い相手だと少しばかり辛い。
――確かに……あの攻撃オプションは、神の目を持つトトほど相応しい者はいないよな。
ミルルカは敵の攻撃を弾き返しつつ、のんきにアタックキャストという攻撃オプションの導入について検討しはじめた。
こんなところで、こんな戦いをすることになるなど、ガルダルは考えてもいなかった。
ただ、現在の状況を全く嫌だと思っていない自分が居る。
そう、いまの彼女は、これまでにないほどに幸せなのだ。
――だって、だって、レナレはみんなに良くしてもらっているし、いえ、良くしてもらうというよりも、人間として当たり前に接してくれている。いや、少し妬けるけど、たっくんなんてチロチロと興味ありそうにレナレのことを見てるし……
彼女は自分が幸せである理由に思考を向けていた。
というのも、これまでに感じたことがないほどに、居心地が良いからだ。
――彼氏も……いや、未来の旦那様もできたし……あは、めちゃめちゃ幸せかも。うふふふ。
『ガル、ニタニタして、でどうしたですニャ? 敵が沢山いるんだから、気を引き締めないと危ないですニャ』
ガルダルの表情をモニターで見たのだろう。珍しくレナレが窘めた。
ただ、それのお陰で、彼女は目の前の敵に意識を戻すことができた。
「そうね。これは実戦だものね。気を付けないと……」
初めての実戦で、こんなに浮かれていては、足をすくわれる可能性もあるのだ。
気合いを入れ直すために、彼女は自分の両頬を両手で叩く。
『今日のガルは、なんだかおかしいですニャ。大丈夫ですかニャ~』
レナレの心配そうな声が届く。
確かに、いつものガルダルと違う。
ただ、それは悪い意味ではなく、より若い女性らしい姿になったのだ。いや、あるべき姿に落ち着いたのだ。
そして、幸せの絶頂にある彼女は、景気よく拳を突き出す。
「もう大丈夫よ! さあ、ガンガンやるわよ! レナレ、初めから出し惜しみなしよ!」
『もちろんですニャ! さぁ~、出撃ですニャ。レッツゴー! ゴーニャンズ!』
彼女が勝手に名付けたアタックキャスト達が射出され、縦横無尽に空を駆け巡ると、敵の機体が次々に行動不能に陥っていく。
その追撃速度は半端ない。まるで着弾する予定が決まっているかのように、敵を撃ち抜いていく。
――さすだわ。私も頑張らないと……
レナレの攻撃に感服しながらも、ガルダルは次々と撃ち込まれてくる敵の攻撃を素早く躱す。
以前ならシールドで受けていた攻撃だが、いまの彼女はあの頃――あの最悪な訓練校に居た頃とは違うのだ。
――たっくんの教え方がいいのよね。面白いように敵の攻撃を躱せるわ。
相手の攻撃を躱しつつ、ガルダルもレナレに負けじと長距離銃で応戦する。
その回避にしろ、攻撃の正確さにしろ、全て拓哉から学んだことだ。
彼女の能力は、元から高い水準だった。それ故に、拓哉の教えは真綿が水を吸収するかのように浸透した。
その結果、以前とは比べ物にならないほどのドライバーとなっていた。
――彼は凄いわ。ミルルも凄いけど、彼は格別。いや、この世界最強を名乗ってもいいわね。
未来の旦那様で拓哉を思い浮かべながら、その凄さを思い起こす。
戦いの最中、彼女は、彼だったらどうする。彼ならここで攻撃する。なんて思わず考えてしまうほどに心酔しきっていた。
『キリがないですニャ。ファルコンまで大量に出てきたですニャ。さすがに、ちょっと多すぎるですニャ。ミケ! そこですニャ! シロ、クロ、下ですニャ! ブチ、トラ! ファルコンをやるですニャ』
愚痴を零しながらも、レナレは器用に敵を撃ち倒していく。
それでも、多勢に無勢というのが、これほどまでに辛いものだと思わなかった。
そもそも、敵はガルダルを標的にしているのではなく、後方にある街を狙っているのだ。自分に向ってくる敵だけを倒せば良いという訳ではない。
「援護は要らないって言っちゃったけど、早計だったかな?」
出撃前のことを思い起こしながら、彼女はポロリと愚痴を零してしまった。
――でも、いまさら以て援護をくださいとは言えないのよね。だって、大見栄を張ったら「さすがは殲滅の舞姫だ」なんて感服してたし……
軍の幹部たちが、ガルダルとミルルカの発言に慄いている光景を思い起こしつつも、彼女を無視して街に向かおうとする敵を倒していく。
「それにしても……」
敵を倒しつつ、ガルダルは少し考え込む。
彼女には、気になることがあった。
それは、敵の数だ。
――ミルルの方は、PBAが百二十機と空母を含めた戦艦が三隻だって言ってたわよね。どう見てもこちらも同じくらいだわ。
ガルダルは北から侵入してくる敵を討っている。
それに対して、ミルルは南の敵から街を守っているのだ。
出撃前に聞いた情報では、敵は三方から攻めてきていると言っていた。
それは、西を除く方角であり、北にガルダル、南にミルル、東は財閥と基地の戦力となっている。
ただ、戦闘寸前に聞いた情報では、どの方角からくる敵も同じ規模だった。
そうなると、かなりの敵が後ろに控えていることになる。
それは、三方からの攻撃で崩れた方向に、残りの戦力が雪崩込むのかもしれない。
というのも、敵の艦隊は東からディートにやってきた。そのことを考えると、西から攻めてくる可能性は低い。
もし実行しようとしても、かなりの遠回りになる。昨夜の間に移動できなくもないが、それを悟られないようにするのは不可能だ。
それでも、嫌な予感が拭えない。
そんな時だった。ミラルダの飛空艦からの無線連絡が入る。
『ダグラスだ。クアント、ミーファン、現在の状況はどうだ?』
『すみません。こちらは思いのほか手間取ってます』
ダグラス将軍からの状況報告を求める声が聞こえてくると、彼の姪であるミルルカが悔しそうな声色で苦戦していると告げた。
――彼女の方も大変そうね……
「こちらも楽勝とは言えません。今のところ、三割の敵を葬ったぐらいですし、空母を含めた三隻の飛空艦も健在です」
ミルルカの状況を耳にして、彼方も同じような状態なのかと思いつつ、ガルダルが戦況を報告すると、ダグラス将軍が嫌な予感を言い当てるかのように、状況の変化を伝えてきた。
「西から敵が来た。どちらか西に向かえるか?」
『現在の状況では無理です』
「こちらも難しいですね」
ダグラス将軍の問いに、ミルルカが不可であることを表明する。ガルダルとしても同じ内容を伝えるほかない。
すると、ミルルカの悔しそうな声が届く。
『タクヤは出られないのか? 彼が出れば簡単に片付くはずだが』
――そうね。たっくんが出撃すれば、この程度の敵なんて、あっという間に葬ってしまうでしょうね。
ミルルカの問いは、ガルダルにとっても同感だった。
それほどまでに、二人は拓哉を慕っているだけでなく、その力を認めていた。
『残念ながら、彼の機体はまだ調整が終わってないのだ。分かった。こちらで何とかする。とにかく、そっちはなるべく早く片付けて西に向かってくれ』
『了解しました』
「了解です」
ダグラス将軍からもたらされた本当に残念な情報は、彼女に言い表しようのない焦りと苛立ちを募らせることになった。