13 誤解
2018/12/27 見直し済み
雨漏りこそしないものの、かなり草臥れた倉庫。いや、一応は格納庫と呼ぶべきか。
サイキックが使えてなくても動かせる初級訓練機を整備するための場所。
正規のPBAが格納されている倉庫に比べると、数段どころか、数十段くらい下がる見た目だが、設備的には全く劣っていない。
拓哉がそんな格納庫で働き始めて、今日で二週間になる。
「おい、今日は一〇七号機の整備をやるぞ。こっちに持ってこい」
草臥れた倉庫内に、初級訓練機体の整備班長であるデクリロが声が響き渡る。
「いや、隊長。あれはオレっち等には動かせませんよ」
「そうですよ。あれは、もはやPBAではないです」
「ちっ、ララの野郎!」
一〇七号機とは、いまや完全にララカリアの玩具となっている機体だ。
そして、今のところ、それを動かせるのは拓哉しかいない。
デクリロはその事実に毒を吐くが、トニーラは瞳をキラキラさせて感動している。
「あれは最高峰ですよ。凄すぎます。というか、あれを操れるタクヤ君を尊敬します」
「確かに、あれはPBAとは言えね~な。そもそもサイキックを使わなくても動く機体だからPBAって言わないか……」
トニーラの感嘆に続き、クロートが一〇七号機を眺めながら肩を竦める。
そんな処に通り掛かったララカリアがニコリと笑むと、大きな声を張り上げる。
「これこそが、あたいの念願だったスペシャルバトルアーマー。SBA、サーバだよ!」
「何がSBAだ! 何がサーバだ! 勝手に訓練機を弄り回しやがって! バカ野郎!」
自慢げに宣うララカリアの言葉を聞いたデクリロが叱責の声を飛ばす。だが、また禁句が含まれていた。
「バカ野郎? へ~~ぇ、この前、女ばかりが働くエッチな飲み屋に行ってたことを嫁に報告するしかないな」
「あ、な、な、なぜ、それを知って……まってくれ、オレが悪かった! この通りだ」
怒りで顔を真っ赤にしていたデクリロが、一瞬で表情を凍りつかせたかと思うと、両手を合わせて頭を下げた。
――それにしても、ララさんは幾つの弱みを握ってるんだ? 俺としてはそちらの方が気になるんだが……
拓哉がララカリアの情報源を気にしていると、クロートが肩に手を置いた。
「タクヤ、悪いけど、一〇七号機をピットに入れてくれないか」
「あっ、了解です!」
クロートに頼まれて、拓哉は慣れた感じで一〇七号機に搭乗すると、機体を起動させてピットへと移動させる。
既に何度も実機を動かしていることもあって、このくらいの作業は目を瞑っても可能だ。
『それにしても、タクヤ君の操縦能力は半端ないですね』
『だよな。機体の能力というより、奴の腕の方が凄すぎだっつ~の』
無線オンの状態で話しているのだろう。トニーラとクロートの会話が機体の中に届く。
『まあ、少し動かすくらいなら、あたいのプログラムなんて関係ないからねぇ。でも、かなりの出来になってるみたいだし、そのうち本気で模擬戦をやらせてみたいもんだ』
クロートかトニーラかは解らないが、彼等のマイクが楽し気にするララカリアの言葉まで拾う。
――ララさんも満足してるみたいだ。良かった。
声色からララカリアが喜んでいると察した拓哉は、自分がプログラム変更前の機体をコキおろしたこともあって、安堵の息を吐く。ところが、直ぐにそれが間違いだと気付くことになる。
ララカリアが手掛けている機体。一〇七号機がピットで整備中ということもあって、やることのなくなった拓哉は、彼女に呼ばれてゴミ屋敷へとやってきた。
「タク、実は相談なんだが」
ララカリアが真剣な表情で見上げた。
拓哉と彼女の身長差が五十センチ以上あることから、どうしても見上げる形になるのだ。
そもそも、拓哉も長身という訳ではない。身長は百七十センチに届かない。同年代の平均身長からすれば、やや低い方だろう。ただ、ララカリアの体格が十歳児くらいということもあって、その差は大人と子供だ。
「な、な、何ですか?」
鋭い眼差しから鬼気迫るものを感じ取り、拓哉は本能的に身を竦め、恐る恐る返事をすることになった。
すると、彼女は腕組みをしたままコクリと頷く。
「うむ。実はSBAの運動効率をもう十パーセントくらい向上させたいんだ。恐らく、それでPBAの能力を上回ることができるはずだ」
彼女は何としてもPBAよりも優れた機体を作りたいらしい。ただ、それには幾つもの問題がある。
というのも、そもそもPBAに搭載されているサイキックシステムは、操作補助のために使用されている。そのお蔭で難しい操作をしなくても自由に動けるという代物だ。
それに比べ、サイキックシステムのないSBAは、機体のコントロールを全て物理操作だけで行う必要があり、どうしても操作だけでは困難な動きをプログラムでカバーしている。
それを理解している拓哉は、自分の考えを包み隠さず伝える。
「それをやると、操作が今と比べ物にならないくらい複雑で敏感なものになりますよ? それこそ普通の者では動かせる代物ではなくなるかと……」
「そうだな……ただ、将来的にはプログラムでカバーできる部分を増やすつもりだ。ただ、今は実用の必要性について確かめてみたいんだ」
――要は、まずは動きや問題を確認しないとプログラムも作れないということか。
プログラムに精通していない拓哉は、彼女の想いを勝手に解釈する。
「分りました。やってみましょう」
「そうしてもらえると助かる。トレースプログラムで動きを記録することも出来るからな」
彼女は真剣な表情を解き、笑顔で拓哉の腕をバンバンと叩く。
これは、彼女が嬉しい時の癖なのだ。
「それじゃ、早速、プログラムの修正に取り掛かるぞ!」
彼女は意気込んで自分の椅子に座ると、ピコピコと端末の操作を始めた。
そうなると、途端に拓哉はやることがなくなる。
致し方なく部屋を片付けることになるのだが、このことがどこで漏れたのか、瞬時にして学校中に広まることになってしまった。
それは、拓哉がロリコンであり、天才プログラマを手籠めにして、彼女の部屋に居着いてしまったという根も葉もないものだったが、誰もが真実かのように話し始めることになったのだ。
勢いよくプレハブの扉が開かれた。
それと同時に、怒号の声が響き渡った。
「拓哉! 何をやってるの!」
思いっきり開け放たれた扉。その薄い扉を持つ部屋は、ララカリアの住処であり、日々、拓哉が掃除している部屋だ。
そして、怒気を隠すことなく露わにした声の主は、般若……いや、失礼、クラリッサだった。
「なにって、掃除だけど? てか、クラリッサ、授業は?」
突然のことに目を丸くした拓哉は、続けて首を傾げた。
ところが、入ってくるなり騒ぎ立てるクラリッサはと言えば、怒りの形相を更に濃くする。
「クラリッサ? クラレ……じゃないの?」
――あっ、そういえば、そう呼べと言われてたんだっけ……
クラリッサとの会話を思い出し、慌てて愛称で呼び直す。
「クラレ、授業は?」
ところが、せっかく呼び直したというのに、彼女はそれを無視して機関銃のように捲し立てる。
「なんであなたがここの掃除をしてるのよ。学生棟じゃあなたの噂で持ちきりよ! どういうことか説明しなさい」
「はぁ!? 噂? なにそれ」
怒り露わに責められる理由が解らなくて、拓哉は思わず首を傾げてしまう。
それに苛立ちを感じたのか、クラリッサは物凄い勢いで詰め寄ってくると、キツイ視線で拓哉を突き刺す。
「なにそれ、じゃないわよ。拓哉がロリコンで、ララカリアを手籠めにしたとか。通い旦那になったとか言われているのよ」
「な、なんじゃ、それ!」
「正直に吐きなさい」
――いやいや、正直に吐くもなにも、いかがわしいことなんて何もしていないぞ?
「クラレ、待ってくれ。何かの間違いだ。まずは話を聞いてくれ――」
拓哉は慌ててことのあらましを話し始めた。
彼女は腕を組んだまま眉間に皺を寄せていたが、ここに至るまでの説明を聞かされるうちに、少しずつ剣幕を収めた。
ただ、話を最後まで聞いたところで、彼女はその紫色の眼差しを細め、念を押すように確認する。
「本当に、本当に何もないのね」
「ああ、何もないぞ。てか、俺がララさんを手込めにするなんて、ある訳ないだろ!?」
事実無根だと拓哉が言い切ると、彼女はホッと息を吐いた。
「どうやら、あなたを嫌っている人達の仕業みたいね。全く最低な奴等だわ。そんな暇があるのならもっとPBAを上手く使い熟せる努力でもすればいいのに……」
彼女は憤慨するように吐き捨てる。
――こういうやっかみは何処でもあるよな。相手をすればするほどエスカレートするから、無視するのに限る。まあ、なんにしろ誤解が解けて良かった。
人が持つ負の感情に呆れて肩を竦めつつも、拓哉は安堵の息を吐く。
ところが、それまでプログラムに集中していたララカリアが割って入った。
「何が起こったのか知らんが、少しうるさいぞ! って、女王じゃないか」
「ミス・ララカリア。その女王というのは止めてもらえませんか」
「ああ、わるいわるい」
ララカリアは、今更ながらにクラリッサの存在に気付く。
おまけに『女王』という呼び名が、クラリッサの癇に障ったようだ。
途端にクラリッサの表情が険悪なものとなるが、ララカリアは大して悪いとも感じていないようだ。サラリと流した。
ただ、ララカリアはそこで閃きを得たようだ。座ると足が床に届かない大型の椅子から飛び降りたかと思うと、大きな声で自分の提案を口にした。
「丁度いい。女王よ! SBAのナビ席に座って試運転だ!」
再び女王と呼ばれたことに、クラリッサはすぐさま顔を顰めるが、その後の発言が気になったのか、苦言を述べることなく質問だけを返した。
「SBAってなんですか?」
水と油の如き二人の少女を見遣りながら、拓哉はこの先のことに頭を悩ませることになった。
もちろん、片方は見た目だけの少女だ。