155 廃案
2019/2/19 見直し済み
目の前に並んだ料理は、レナレでなくても思わず「ニャ~」と鳴きたくほどに素晴らしいものだった。
それは豪華という意味ではなく、最高に美味しいという意味でだ。
豪華さからすれば、金持ちはもっと贅沢をしているのではと、疑問を持つほどに質素な料理だったが、その味は最高だと感じた。
というのも、よくよく考えてみれば、拓哉はこの世界に来てからというもの、加工食品しか食べていなかったのだ。
そう、訓練校で出されていた料理は、全て加工食品だった。
それもあってか、人が作った料理の美味しさに感動して、レナレと二人で物言わず貪り食べたのだった。
まあ、レナレに関しては、焼き魚や煮魚をほぼ独占したと言っても過言ではないだろう。
会議と思ってやってきたモルビス財閥の屋敷で、予想もしていなかった晩餐となった訳だが、食事の最中は当たり障りのない会話だけで終わった。
ただ、拓哉は食べることに集中していたので、全くと言って良いほどに会話に参加していない。
それは、現在は食事も終わり、誰もが満足してお茶を楽しみ、トトがお茶菓子を食べている最中だった。
「やはり、手作りの料理は美味しいわね。タクヤなんて無言で食べてたし……私も料理を覚えようかしら」
「うちは料理人が居るからね。ボクも久しぶりに食べたけど、やっぱりウチの料理は最高だね。訓練校の加工食品も当たり障りのない味だけど、どう足掻いても手作りの料理に敵わないよね。ああ、タクは、ボクの婿だから毎日これを食べられるよ」
食後のお茶を飲みながら、クラリッサが少しばかり思案していると、カティーシャが自慢げにした。
別に、カティーシャが自慢することではないのだが、彼女としては我が家の食事が素晴らしいと言いたいのだろう。しかし、拓哉が婿となっても、ここでのんびりと暮らすわけにはいかない。
「でも、これからも戦闘が続くし、いつまでもここに居る訳にもいかないですよね?」
「そうだな。戦場では食べられるだけ幸せだろうしな」
キャスリンとミルルカは、現実を直視しているのか、残念そうに肩を竦めた。
否定されたカティーシャとしては面白くない。しかし、彼女が反論する前に、静かにお茶を飲んでいたミリアルが笑顔で頷いた。そして、何でもないかのように、軽い調子で本題に入る。
「まあまあ、先の話はどうなるか分からないし、目の前のことを先に片付けましょう。という訳で、目前に迫っている艦隊について話しましょうか」
彼女は当たり障りのない言葉を前置きにすると、さっそく本日の戦果を披露する。
「取り敢えず、今日は空地の機体を合わせて全部で百三十機を戦闘不能にしたわ。あと、戦艦を二隻落としたわね。それに載せていた機体が五十だから合わせれば百八十機ね。残念ながら殆どが出動していたようね。ミッシェルがそれの掃除をしているはずよ」
――マジか!? 百三十機と戦艦二隻を片付けてるのか? それは幾らなんでも可哀想だろう。戦果も半端ないが、旦那の酷使も桁違いだな……
倒した数よりも、ミッシェルが頑張って処理している敵機の数に慄き、思わず入り婿に同情したくなってしまった。
ただ、直ぐに思考を入れ替える。そう、拓哉としては、夕方近くに敵が攻めてきたことが解せなかったのだ。しかし、拓哉の疑問はミルルカに持っていかれる。
「というか、あの時間からの戦闘に、何か意味があったのですか?」
戦術的に明るいミルルカが訝しげにすると、ミリアルは首を横に振った。
「分らないわ。ただ、情報からするとリトアラス家のバカ息子が同行しているようだから、簡単に落とせると考えての行動じゃないかしら」
「リトアラス家……」
リトアラス家と言われても、拓哉にとってはチンプンカンプンだ。しかし、ガルダルがその家名を聞いた途端に眦を吊り上げた。
その表情から読み取ったのか、ミリアルは説明を付け加えた。
「そうよ。デスファル上級訓練校の会長をやっているアルレストの兄で、リトアラス家の次男坊が来てるの。まあ、ノコノコとやってきた恰好のカモという訳ね」
「ふふふっ」
リトアラス家と聞いて表情を強張らせていたガルダルが、彼女の言葉を聞いて思わず含み笑いをする。
どうやら、ミリアルには場を和ませる力があるようだ。冗談交じりの毒を口にしつつ肩を竦める姿は、どこか悪戯好きの少女を思わせる。
「それで、今日は向こうもこちらの戦力を舐めてくれたお陰で、上手く退けることが出来たのだけど……明日はこう簡単にはいかないと思うの。というのも、恐らく奴等は隊を分けると思うわ」
どこから情報を得ているのか、ミリアルは何もかもがお見通しであるかのように語る。
もしかすると、何らかの情報源があるのであろう。ダグラス将軍も黙って首肯していた。
ただ、彼女の娘はというと、一気に落ち着きをなくして立ち上がる。
「それじゃ、明日はどうするの? 今日の戦果は聞いたけど、こっちの被害はどうなってるの?」
実娘だけあって遠慮のない物言いだ。しかし、ミリアルは全く気分を害していないようだ。ただ、少しだけ眉を顰めた。
「こっちはドールの四割が使用不能になってるわ。だから、明日は基地の戦力も出撃してもらわないと拙いのよね」
「一日で、四割も……」
「基地の戦力は、如何ほどですか」
財閥側の被害を聞いてカティーシャが顔を青くするが、それを横目で眺めつつも、ダグラス将軍が戦力を気にした。
「基地の戦力を全て把握している訳ではないけど、恐らく出撃できる機体は二百が限界でしょうね」
「向こうの戦力は、少なく見積もっても、三百は残ってるのでは?」
ミリアルの返事に、クラリッサが敵戦力について口を挟んだ。
すると、彼女はまたまた情報を曝け出す。
「入手した情報では、六百五十を搭載しているらしいわ。だからまだ四百七十は残っている計算ね」
「六百五十……四百七十……」
敵の残った戦力を聞いてキャスが声を詰まらせていた。
どこから情報を得ているのか、少しばかり疑問を抱く拓哉だったが、それに触れることなく、彼女の要望を先読みする。
「それで、明日の戦いに出撃して欲しいと?」
ミリアルは全く表情を変えない。微笑んだまま首肯すると、ゆっくりとした動作で両手を合わせた。
「タクちゃんの機体が仕上がっていないのは聞いてるわ。だから、鋼女と舞姫に出動して欲しいのだけど……頼まれてもらえるかしら」
「もちろん、出撃します」
「私も出ます。相手がリトアラス家と聞いては、他人事ではありません」
ミリアルが二つ名持ちの二人に視線を向けた。
威勢よく立ち上がったミルルカが嬉々として頷く。まるで、当たり前と言わんばかりだ。
ガルダルとしても、色々と思うところがあるのだろう。快く承諾した。
拓哉としては、そんな二人を嬉しく思う。彼女達の意気込みと気持ちが伝わってきたからだ。
「俺も、機体が仕上がりしだい出動します」
拓哉としても、この街が襲われると知って黙ってはいられない。
別に愛着がある訳ではないが、カティーシャの故郷というだけで、そう思うには十分だった。
ところが、ミリアルが首を横に振った。
「残念だけど、タクちゃんは予定通りミラルダに向かって欲しいの。向こうの敵の進攻が思ったよりも早いみたいね」
ミラルダの進攻と聞いた途端、クラリッサが物凄い勢いで立ち上がった。
「それは本当ですか? いつ頃、ミラルダにやって来るのですか?」
落ち着きをなくしたクラリッサの心境を察したのか、ミリアルが神妙な面持ちで、自分が知っている情報を出し惜しみなく伝える。
「ミラルダと交戦が始まるのは最短で五日後よ。でも、飛空艦の換装は間に合わないの。だから、別の高速飛空船を用意するわ。ただ、それでもギリギリかもしれないわ」
「なら、今すぐ……」
ギリギリと聞いて、クラリッサは居ても立っても居られなくなる。直ぐにでも出発したいと言い出すが、そこで言葉を止めた。
彼女も分かっているのだ。準備なく向かっても、無駄死にするだけなのだと。機体の完成していないうちに助けに行っても、屍が増えるだけなのだと。
しかし、頭で理解できても、感情のコントロールはそれほど優しくない。
ただ、彼女が悔しそうにしているタイミングで、食堂の扉が景気よく開かれた。
「あたいの飯はどこだ? タクを探してたら、モルビス財閥の邸宅で晩餐だと聞いたぞ!」
入るなり苦言を放ったのは、拓哉の機体を調整しているはずのララカリアだった。
「ララさん、プログラムの更新は?」
行き成りの登場に驚いたのだが、拓哉としては機体のことが気になった。
「今、アップデート中だ。自動インストールにしてあるから、朝には終わってるだろう」
「それなら、明日には移動可能なんですか?」
薄っぺらな胸を張ったララカリアが頷くと、落ち着きをなくしたクラリッサが割って入った。
しかし、無情にもララカリアの解答は、彼女の望むものではなかった。
「無理だな。攻撃オプションが仕上がってない」
そう、予てから告げられていた通り、いや、それどころか攻撃パーツの完成が予定よりも遅れているのだ。
「それでも――」
いまだ完成していないと聞いても、先を急いでいるクラリッサが自分の想いを吐き出そうとする。しかし、ララカリアが嘆息した。
「はぁ~、また言ってるのか……ミラルダに行って丸腰で戦うか? 止めておけ、それこそ死ぬために行くようなものだ」
「でも、それじゃぁ――」
クラリッサも、頭では理解しているのだ。ただ、どうしても自分の気持ちを抑えることができないのだ。
焦燥感に蝕まれた彼女は、必死に食い下がるが、どうにもならないことを思い知る。
しかし、突如として、ララカリアが高笑いを始めた。
「カハハハハハハ! 心配するな。女王! 全てのオプションが揃ってからでも間に合うぞ! 上手くやればディートの戦闘にも参加可能だ」
「「えっ!?」」
自慢げにするララカリアから思いもしない朗報がもたらされ、拓哉とクラリッサの驚きの声が重なる。
それが思う壺だったのか、さらに笑いを大きくすると、彼女はその理由を披露する。
「全てのオプションが揃えば、お前達は二日で到着できるぞ。なにせ、お前達の機体は空を飛べるからな。それも戦闘機並みにな」
そう、陸戦用だと思っていた拓哉の機体に、飛行オプションが装着されることが明かされた。
ところが、終始穏やかな表情を浮かべていたミリアルが、突如として血相をかえた。
「ララカリア。まさか、あの廃案を掘り起こしたのですか?」
「「廃案……」」
拓哉とクラリッサが揃って絶句する。
ミリアルの動揺を見れば、その廃案に問題があるのは、誰にでも簡単に分かることだ。
しかし、ララカリアの考えは違った。全く動じることなく言ってのける。
「大丈夫だ! そう、大丈夫。きっと、タクなら何とかするさ」
「あの~、ララさん、一体どんな飛行オプションなんですか?」
普通ではないと感じた拓哉が、恐る恐る割って入ると、ミリアルが微妙な表情を見せる。
「確かに速いのだけど、操作が難しいのよ。あと、人間があの圧力に耐えられるのかしら」
彼女は信じられないと言わんばかりに、チラリとララカリアに視線を向ける。
すると、ララカリアはとんでもない事実を暴露する。
「がははははは! そんなのは当たり前だ! だって、原型はミサイルだからな」
おいおい、それは飛行オプションじゃなくて棺桶の間違いだろ? 昔見たアニメにあったぞ。宇宙葬に使うロケット棺桶……てか、ミサイルって、トマホークみたいな巡航ミサイルなんじゃ?
二人の言葉を聞いて、宇宙に脱出するのに棺桶ロケットに乗るアニメを思い出しつつ、巡航ミサイルに搭乗することを想像した。
そう、拓哉は急いでいるという理由だけで、廃案となったはずのミサイルオプションを、無謀にも機体に装着されることになってしまったのだ。