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超科学の異世界が俺の戦場!?   作者: 夢野天瀬
第0章 プロローグ
156/233

153 快感

2019/2/19 見直し済み


 緑の多い街並み。

 近代的な街の中にも沢山の木々が植えられ、どこに居ても緑を目にすることのない場所はない。

 あまり高い建物が多くないこの都市は、街の中に沢山の木々が植えられていることで、『緑の都』や『エルフの都』と呼ばれている。

 都市の外は麦の穂が黄金色の海を作り出していて、遠くに見える山は様々な緑を作り出している。

 その全てが心洗う色彩を織りなしている。


 ランランは、この街が大好きだった。

 モルビス財閥の意向で様々な政策が実行され、街並みは綺麗だし、犯罪も少ない。それは、この街の良さの一部でしかない。

 彼女の両親はビトニア地方からの移住者であり、向こうでは低階級の家庭だというだけで迫害されていた。

 それもあって、いつもこの都市の素晴らしさ、ビトニア連邦のおぞましさを語っていた。

 その両親は、彼女がモルビス財団のメイド試験に合格すると、まるで生涯で一番の幸福がやってきたかのように喜んだ。

 今時、メイドというのも時代錯誤の産物であり、差別的な仕事だという者も居るが、モルビス財閥でのメイドは一風変わっていた。

 当然ながら、普通のメイドとして業務もあるのだが、それとは別に、様々な技能や教養を身に付けさせてもらえるのだ。

 そう、この都市でモルビス財閥のメイドというだけで、誰もが羨むほどの仕事なのだ。

 それ故に、彼女はこの仕事に誇りを持っているし、この都市を作り出したモルビス財閥に感謝している。そして、この都市を心から愛している。だから、この都市の平和を乱す者を許せなかった。


 ――それが何人であろうとも、私が全て葬りさってやるわ。


 久しぶりの操縦席は、思いのほか心地よく感じられた。

 モニターには、未だ格納庫の壁しか映されていない。

 それでも、その席に着くと、なぜか心が落ち着くような気がしていた。

 その理由は本人にも分からない。ただ、メイドになって一番の成績を収めたのが、このアーマードールの操縦だった所為かもしれない。

 しかし、少しやり過ぎて、近くの山を半分ほど焼いてしまったのが拙かった。

 それからというもの、メイド達の間で焦土のランランと呼ばれるようになってしまった。いや、それだけではない。ミリアルとメイド長トーラスからこってりと絞られた挙句、彼女だけエッグの使用禁止と命じられてしまった。


 ――私だって、禿山にしたかった訳じゃないんだけど……ちょっと、手が滑ったのよ……


 正直言って、エッグが封印されたのも当然だろう。ちょっと手が滑っただけで焼け野原にされては堪らない。

 しかし、彼女はそれほど気にしていなかった。故郷を愛する気持ちに矛盾しているのだが、わざとではないし反省もしているからだ。


『ランラン機準備完了です』


 ――よし、いよいよだ。くだらない理由で争いを仕掛けてくる奴等を叩きだしてやるわ。


「ランラン、出撃します」


 管制担当の仲間から連絡が入ると、ランランはすぐさまドールを出撃させる。

 すると、複数のモニターが外の状況を映し出した。


 酷い……なんてことを……


 モニターに映れた光景は最悪だった。

 黄金色の海が見るも無残な姿をさらしていた。あちらこちらに、壊れた敵の機体とガラクタとなったアーマードールが転がっている。

 その所為で、黄金の海が燃え上がっている。


 ――あの綺麗だった黄金色の海が……許されない。いや、許さないわ。こんなことをする奴等は、純潔の絆なんて、叩き帰してやるわ。


 怒りを胸の内に秘め、ランランはモニターに映った標的を即座にロックした。









 空にはハエの集団が飛び交い、地にはダニの群衆が我が物顔で突き進んでいた。

 なんとも偏見に満ちた思いだったが、今のランランにとっては、それでも温い例えだと感じていた。


「ハエやダニと一緒にしては、虫が可哀想ね。まあいいわ。見なさい、私のアーマードールを!」


 出撃した彼女のドールは、他の機体と一味違う。

 それが何かというと、なにもかもが違うのだ。

 装甲は分厚く、まるでサイの鎧のようであり、至る所に装着された砲身は、ハリネズミを思わす風貌ふうぼうだ。

 そう、彼女が使用するドールは、他と違って重火器仕様なのだ。


「さあ、食らいなさい!」


 ターゲットをロックオンすると、即座に挨拶代わりの砲撃を放つ。


 ――いまので、飛空型が二機落ちたわね。まずますかな!? でも、本番はこれからよ。


 地に落ちて爆散する飛空型PBAをモニターで確認し、これまでの鬱憤うっぷんが少しだけ晴れたような気がした。

 しかし、敵はまだ百機以上も残っている。ここで手を緩める訳にはいかない。


「さあ、ダニ共も駆除だわ」


 黄金色だった麦畑を無残に散らしながらやってくる陸戦用PBAに向けて、全ての砲身から強化サイキック弾をぶっ放す。

 その弾は、敵を前にして放射状に分裂し、横殴りの雨のようにサイキック弾を浴びせる。

 彼女が操る機体には、榴散弾仕様の強化サイキック弾が設定されていた。この攻撃を避けられるものなどそうそう居ない。

 その証拠に、麦畑を踏み散らしていた陸戦用PBAが続々と膝を突く。


 ――今ので、五機は片付いたわね。さあさあ、これからよ。


 一気に五機の陸戦用を倒して気分を良くする。そして、続けざまに榴散弾を撃ち放つ。

 内線では、他のメイド達が発した喝采で盛り上がっている。


『来てくれたのね。ランラン! さすがだわ』


『助かったわ。ランラン! 頼むわよ』


『これで奴等も一網打尽ね。悔しいけど、あなたが居ないと始まらないわね』


『こっちは、もう機体がないのよ。ランラン、あとは任せたわ』


『これで一息吐けるわ』


 彼女達はランランと違って、初めから戦っていた者達だ。その疲労も相当なものだろう。


「みんな、お疲れ様。あとは私に任せて! みんな少し休んでいいわよ!」


 仲間達を労いつつ、無数の敵に砲弾を撃ち捲る。


 ――最高だわ。ここ最近は、模擬戦すら参加させてもらえなくて、シミュレーションしかやってなかったから、気分が壮快だわ。ん? また感謝の言葉かな? まあ、みんなから有難がられるのは気分がいいわね。


 久しぶりの戦いで、ランランは気分を高揚させていた。

 そんなところに、仲間からの連絡が入る。またまた喝采に塗れるのかと思ったのだが、大きな勘違いだった。


『こら! ランラン! 榴散弾だからって、やたら目ったら撃ち捲るんじゃないの! 危うく当たるところだったわ』


『私の機体が後ろからの弾で爆散しましたが、まさかと思うけどランランじゃないわよね?』


『後で覚えてなさいよ! この大変な時にフレンドリーファイアーなんて、覚悟しなさいよ』


『ミリアル様とメイド長に言いつけてやるわ。せっかく、調子が上がってきたのに、後ろ弾でやられるなんて……ランランのバカ!』


 仲間が口にしたのは、明らかに苦情だった。

 それは、敵を確認した端から、味方の位置も気にせずに、やたらめったら撃ちまくった結果だ。

 通常であれば、敵味方識別信号に応じて、着弾と回避が選別されるのだが、ランランが使用している榴散弾の場合、その判定を自分のサイキックで行う必要がある。しかし、彼女にその余裕はなかった。そう、彼女はブレーキの壊れた車みたいな存在だった。


 ――あっちゃ~、調子に乗り過ぎたわ。てか、みんな退いて欲しいんだけど……


 唯でさえマーキング能力が低いのに、榴散弾を使用しているのだ。味方に被害がでるのも仕方ないだろう。

 ただ、攻撃に自信があるランランは、何を血迷ったのか、仲間が邪魔だと思い始めた。それこそ、火炎の鋼女と良い勝負だ。

 そんなタイミングで、メイド長であるトーラスからマルチキャスト通信が届く。


『みなさん。ランランが出動しましたから、後退しなさい。無駄な被害が増えますから、くれぐれも前に出ないように』


 ――さすがは、メイド長だわ。分かってらっしゃる。


 トーラスの機転に感謝するランランだが、それは少しばかり早かったようだ。


『ランラン!』


「はい! メイド長、ありがとう御座います」


 すぐさま感謝の気持ちを伝えたのだが、トーラスはそれをサラリと流して要件だけを伝える。


『ミリアル様からの伝言です。味方機を壊した修理費は、給料から天引きらしいです』


「えっ!? ドールって幾らすると思ってるんですか! 給料から天引きされたら、私は一生タダ働きじゃないですか!」


 メイド長からもたらされた話は、彼女を仰天させるものだった。

 そもそも、ドール一機の価格は、彼女の生涯年収よりも高いのだ。

 その修理代を払えと言われると、親子リレーで払っても十世代では終わらないだろう。


『大丈夫ですよ。リボ払いにしてくれるそうです。六十年均等払いで良いそうです。ああ、金利はニパーセントだそうです』


 ――うぎゃ! 金利まで取るの~~!? というか、六十年のリボ払いって……死ぬまでこき使われるわけ?


 どう考えてもドールの価格を考えると、それでは払いきれないのだが、その辺りはミリアルの優しさなのかもしれない。

 しかし、ランランにとっては死活問題だ。それこそ、敵を巻き込んで無理心中しているようなものだ。


「メイド長、それは、いくらなんでもあんまりです」


『え、あ、はい! 分かりました』


 ランランが悲痛な叫びをあげる。しかし、トーラスは全く聞いていない。それどころか、通信回線をオープンにしたまま、他の者と会話をしていた。そう、ミリアル様と話しているのだ。


 ――もしかしたら、ミリアル様に掛け合ってくれたのかな? もしそうなら、一生メイド長に付いていくわ。


 攻撃の手を休める事無く、僅かな希望を託してトーラスの言葉をまつ。

 それは、大した時間ではなかったが、彼女にとっては恐ろしく長く感じた。というか、その間に、敵を五機、味方を二機ほど片付けている。


『ごめんなさい。ミリアル様が譲歩じょうほの話をしてこられたので』


 ――やっぱりだ。メイド長、大好きです! 私はあなたを一生(あが)めます。


 彼女は、わらをも掴む心境になっていた。

 できれば、借金生活なんて遠慮したいのだ。

 ただ、告げられた内容は、全く予想すらしていないものだった。


『戦艦一隻で半額、二隻で免除らしいです。ああ、三隻落としたらボーナスを出してくれるらしいですよ』


 ――戦艦を落とせと? それも二隻も? ボーナス? 今、ボーナスって言った? やったら~~~~! ボーーーーナス! カモーーーーーーン!


 ドールで飛空艦を仕留めるというのは、それほど簡単なものではない。

 地にあっては、恐ろしく防御能力が低いが、空にあっては非の打ち所がないほど堅牢だ。

 そもそも、サイキック弾の威力は、距離が長くなるほど減衰していく。また、重力に対しても影響を受ける。

 それ故に、飛空艦の高度に届くサイキック弾の威力は、地にある時よりもかなり低下している。そのうえで防御シールドを撃ち抜く必要があるのだ。どう考えても、無理難題だ。

 おまけに、ドールが飛空艦に攻撃を仕掛ける距離となると、向こうも簡単に攻撃を仕掛けられる距離なのだ。間違いなく弾幕を浴びることになるだろう。

 しかし、ランランに拒否権はない。いや、拒否するとローン地獄が待っているのだ。


「了解しました。必ず三隻落としてみせましょう」


 実際、一隻落とすのも至難の業なのだが、ランランの脳裏にはボーナスという言葉が焼き付いていた。

 そう、ローン地獄の恐怖をボーナスで乗り越えたのだ。

 ボーナスと聞いて引き下がるのは、女が廃ると言わんばかりに、ランランが意気込む。

 彼女はボーナスに目を眩ませて快諾した。なにしろ、借金どころかボーナスちゃんが懐に入ってくるのだ。

 ただ、それは、借金獄に陥った者が、万馬券を夢見て競馬場に入り浸るようなものなのだが、本人は全く気付いていない。


「ボーーーーーナス! イケーーーーー! いや、こいーーーーー!」


 地上の陸戦用PBAに向けていた砲身を空にと向けて撃ち放つ。

 空を飛んでいたPBAが、巻き添えになって墜落した。


「邪魔なんだよ~! ハエがちょろちょろするんじゃね~!」


 金とは恐ろしいものだ。あっというまに人間を狂わせてしまう。

 ボーナスという言葉で色気づき、性格が変わってしまったランランは、興奮しすぎて下半身がヤバいことになっていた。

 間違いなく、居残りでエッグの掃除をする羽目になるだろう。


『敵の残りが七十機を切りました。あと少しです。みなさん頑張ってください』


 指令室からの応援が聞こえてくるが、ランランにとって、もう敵のPBAなんてどうでも良いのだ。

 あれだけ郷土愛を語っていたのに、いまやボーナスしか頭になかった。いや、それを狙うしかないのだ。然もなければ、ローン地獄なのだ。


 ――狙いは戦艦! 何をしようとも戦艦を落とす! 男を落とせなくても戦艦は落とす! パンツの汚れが落ちなくても戦艦は落とすぞ!


 やや動転気味だが、彼女は興奮する気持ちを抑えながら、空に向けて撃ち捲る。


「よっしゃ! 戦艦が煙を噴いたぞ! ちっ、落ちね~か! 食らえっ! 食らえっ! 私のために落ちろ!」


 直撃を食らって煙を噴き出したが、そう簡単には墜落してくれない。

 それでも、一隻目の戦艦が傾く。イケると感じて、加速的に気分が高揚させる。いや、興奮していく。

 正直な話、彼女は絶頂を迎えそうなほどに興奮していた。

 そんな彼女は、パンツが大変なことになっているのにも気づかず、必死に攻撃を繰り返す。

 その執念が届いたのか、二隻目の戦艦が傾き始めた。


「落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! よっしゃ~! あと一隻だ。ボーナス! ボーナス! ボーナス!」


 雨霰あめあられのような砲撃を食らわると、一隻目の戦艦がゆっくりと降下し始めた。

 実際、彼女の攻撃で、そう簡単に撃沈できるはずもない。それについては裏があるのだが、今の彼女は知る由もない。

 ただただ興奮し、快感の所為で全身が痙攣けいれんしそうになる。

 どうやら、それが拙かったのか、こんな時に限って、裏目裏目に物事が進む。


「な、なんで撤退するだよ! そんな、殺生な……あと二隻でボーナスなのに! まて! こら! あああああああ! ボーーーーーナーーーーーース!」


 二隻を撃沈したところで、艦隊が撤退を始めたのだ。


「いや、まだ間に合う! 狙える距離だ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! キターーーーーーーーーー!」


 撤退する戦艦の左翼を撃ち抜いて歓喜する。


「もうちょいだ! ほら! 食らえっ! 食らえって! く、ら、えっ? ……弾が出ない……あれ?」


 弾が出ないことを不思議に思った彼女の瞳に映ったのは、モニターの左隅に表示されているエネルギーゲージだった。

 それは、レッドゾーンを通り過ぎてゼロを指し示している光景だ。


「あぅ……エネルギー切れ? なんでこんな時に? ああ~~~、私のボーナスちゃんが……」


 そう、艦隊に集中し過ぎていた所為で、自分のサイキックが底をついたことに気付かなかったのだ。


 朦朧とした意識の中で、あっという間に豆粒の大きさに変わっていく艦隊をモニターで眺めながら、彼女は悲痛な叫びをあげるのだった。


「ボーーーーナーーーース! カムバーーーーーーーーーック!」


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