150 襲撃の被害
2019/2/16 見直し済み見直し済み
それは、何処までも見渡せるかのような視界だった。
その気になれば、目標物を多方向から見ることさえ可能だった。
それが自分の処理能力の成せる業だということまでは理解できなかったが、何処までも、何もかもが、見通せると表現するのが大袈裟ではないと思えた。
クラリッサの言葉に頷いて、拓哉はタイムストップを発動させた。
そうなると、クラリッサ達は美少女戦士に変身しただけなのか、という疑問が頭を過ったのだが、彼女達にポロリをされても困るので、それには言及しないことにした。
――まずはあの鳥籠のような障壁を突破しないとな……解除する方法が全く思いつかん……こんな時は、力押しだ!
先程まで見えなかったものが、いまではトトのお陰で全てが見渡せる。そしていま、拓哉にはキャスリンがぶつかった障壁が鳥籠のように見えていた。
ただ、その原理が理解できず、力尽く押し破ると決めると、手っ取り早くファントムブローをぶち込むことにする。
ファントムブローなんて、ちょっと厨二ぽいが、正直言って嫌いではなかったりする。というか、着ぐるみでは全く様にならない。
「食らえっ! ファントムブロー!」
ファントムブロー攻撃を放つと、これまで見えなかったサイキックの軌道が見事に見えた。
「おおお! 黒い影が飛んで行ったぞ!」
全くファントムではない攻撃を目にして、拓哉は感嘆する。
――ふ~む。トトの視界だと、俺の攻撃は黒く見えるのか……
どうでも良い感想を抱いている間に、厨二技は物の見事に鳥籠を粉砕した。
まるで光の粒子が花火のように艶やかな光景を作り出したが、次の瞬間には、綺麗に霧散して消えていった。
――よし、次はっと……さすがに、子供を殴るのは気が引けるな……でも、大人はいいだろう? だって、俺達の命を狙ってきたんだから、それくらいの罰はあっても良さそうだ。
拓哉としては、のんびりと考えているのだが、周囲の者達はスローモーションでしか動けていない。
「まあ、それがこの技のチートなところだけどな」
自分だけが動ける世界で、思わず肩を竦める。
すると、脳内にトトの声が届いた。
『これがタクヤの能力なん? 凄いっちゃ。みんなが止まってるっちゃ。これこそチートなんちゃ』
「おっ! タイムストップを使っても、トトは普通なんだな」
これまで、この世界で独りぼっちだった拓哉は、トトの言葉を聞いて思わず嬉しくなってしまう。
『融合してるけ~ね。ウチもタクヤの力の恩恵を受けてるんちゃ』
「ああ、なるほどな」
トトと融合することで、拓哉が彼女の力を得ると同時に、彼女は融合した者の力を得ていた。
――これって、なかなか画期的な技だな。マジでトトと組んだら無敵かもな。
現在の状態でPBAを操ることを想像し、以前にカティーシャが進言していたことに納得する。
ただ、拓哉としては、クラリッサとのペアリングを止めるつもりはない。
ところが、トトは無敵という言葉に感銘を受けた。
『無敵……カッコいい言葉なんちゃ! ウチ、ミルルとの契約を破棄して、タクヤと契約するんちゃ!』
――おいおいおい、さすがに、それはあんまりだろ! ミルルが泣くぞ! てか、融合すると俺の心も読めるみたいだな。
ミルルカが聞けば、間違いなく発狂するだろう。
ただ、拓哉はそれよりも、彼女の言葉で、自分と思考が筒抜けになっていることに気付く。
『そうなんよ。タクヤの考えは筒抜けなんちゃ。ミルルなんて泣けばいいんちゃ。てか、タクヤの思考の速さと並列処理能力は半端ないんちゃ』
「そうか? 普通だろ?」
『そんなことないんちゃ、こんな多方向からの視界を瞬時に処理できる能力なんて、普通の人間には無理なんちゃ』
――ふむ。俺には良くわからんが、トトが言うのだから間違いないんだろうが……
彼女の発言を信じない訳ではないが、自分が異常だと言われているような気がして否定したくなる。
ただ、驚愕の表情を貼り付けた襲撃者の姿を目にして、やるべきことを思い出す。
そう、呑気にしているが、今は戦闘中の真っただ中だ。
「やば、こんなことをやってる場合じゃなかったんだ。トト、悪いが先に片付けるぞ」
『了解なんちゃ!』
襲撃者を片付けることを思い出して、拓哉は戦闘を再開する。
――さてさて少し脱線したが、まずは大人からっと!
軽い気持ちで一番体格の良い男に拳を叩き込む。
拓哉と違って、普通の時を過ごす襲撃者は、それを瞬きすらする間もなくモロに食らった。
実際、恐ろしく卑怯な手段かもしれない。なにしろ、無抵抗の者を攻撃するようなものなのだ。
しかし、相手が暗殺者となれば、同情する余地はない。
「少しは痛いだろうが、それもお前達が遣ってきたことを考えれば、然程のことでもないだろ?」
ミルルから教えてもらった要領で強烈な一撃を食らわせた。ただ、宙を漂っている男がどう思ったかは知らない。もしかしたら、卑怯だと訴えるかもしれないが、その声すら拓哉に届くことはない。
「さて、次はこの色男だな。にっくき二枚目は、もう少し格好良くなってもらうことにしようか」
相手が二枚目だったこともあり、嫉妬の分だけ威力が上乗せされたのは、人としての摂理かもしれない。
こうして二人目が、無抵抗のまま宙を舞っている。
タイムストップを発動させているが故に、彼等がぶっ飛ぶのもスローモーションとなっているのだ。
そんな二人から視線を移して、頭を悩ませる。
――子供か……でも、ララさんの例を考えると、見た目と違った年齢というのもないとは言えないよな……ただ、本当に子供だったら可哀想だよな。って、ここに居るという事は、このあどけない少年も暗殺者稼業なのか? だったら……うりゃ! うりゃ!
色々と思案したのだが、子供を殴り飛ばすのに抵抗を感じて手加減してしまう。
「まあ、この子供達が凶悪だったら、またタイムストップすればいいだけだしな」
そう、子供達にはかなり手加減したゲンコツを入れたのだ。
『てか、タクヤ、強すぎるんちゃ。これは、さすがにインチキなんちゃ』
「そんなこと言っても、これも俺の力なんだから、インチキじゃないだろ!?」
確かにタイムストップはズルく感じるが、能力の一つだとおもえば、正当な手段だと言える。そもそも、単に周りよりも早く動いているだけだ。インチキでもズルでもないはずだ。
ただ、トトは苦言に反応することなく、興味深い話を始める。
『そうなんちゃ。タクヤのオーラが凄いんちゃ。こんな大きなオーラは初めて見たんちゃ。それに、黒き鬼神だけあって黒いオーラなんちゃ』
「えっ!? オーラなんて見えないぞ?」
慌てて自分の身体を確かめてみるが、拓哉の目には黒いオーラなんて見えない。
思わず首を傾げてしまうのだが、トトは返事ではなく、ワードを唱えた。
『フィルターオフ!』
「な、なんじゃこりゃ! ちょっ、ちょっ、ちょっ! 燃えてるぞ! やべ~!」
途端に、拓哉は黒い炎に包まれる。あまりに急な変化に、思わずその場から飛び退くのだが、黒い炎は全く離れない。
恰も、拓哉を中心に燃え上がっているかのようだ。いや、その黒い炎は拓哉自身から放たれているのだ。
「――って、熱くない……トト! これはどういうことだ?」
『だから言ったんちゃ。凄いオーラだって!』
「こ、こ、これって、オーラなのか?」
『そうなんちゃ』
――おいおい、これじゃスーパーサ〇ヤ人だぞ!?
黒い炎が自分のオーラだと知って、拓哉は唖然としてしまう。そして、黒く燃え上がる両手に視線を落として首を傾げる。
「なんで、急に見えるようになったんだ?」
『ウチがフィルターを解除したんちゃ。さすがに、このオーラじゃ周りが見えないだろうと思って、初めからフィルターしてたんちゃ』
急に見え始めた理由は、簡単だった。単に、トトが気を利かせただけだったのだ。
なにしろ、黒い炎で視界が掻き消されているのだ。フィルターをかけないと、歩くことすら儘ならない。
「トト、悪いけどもう一回フィルターを掛けてくれないか?」
『了解なんちゃ。フィルターオン!』
「ふう。これで元通りだな。よし、じゃ~そろそろタイムストップを解除するか。リスタート」
取り敢えず、四人の襲撃者は片付けたのだ。無理をして、またぶっ倒れる訳にはいかない。なによりも、あのリカルラの注射だけは避けたいのだ。
タイムストップを解除するワードを唱えると、すぐさま元の時間の流れに戻る。
ただ、時間の流れが戻った途端、様々な声が聞こえてきた。
「ぐほっ」
「うぐっ」
「いって~~~~~!」
「いた~~~~~い!」
大人二人が地面に転がって呻き声を上げ、子供二人は頭を押さえて蹲っていた。
もちろん、どれも拓哉の仕業だ。
「さて、誰に言われて俺達を狙ったんだ? いや、誰を狙ったんだ?」
「「「「……」」」」
タイムストップを終わらせた拓哉は、呻き声を上げる二人の大人に尋問した。
ただ、拓哉の姿は着ぐるみであり、真面目な顔で尋問する姿は、とてもシュールだ。いや、危機感を抱けという方が無理だろう。
それもあってか、誰もが口を噤んでいた。
「じゃ、もう少し痛い目に遭ってもらうかな。今のはかなり手加減したからな。次は五体満足とはいかないかも知れないぞ?」
「「「「……」」」
――もう一度脅しを掛けて駄目なら、気は進まないが、もう少し痛い目に遭ってもらうしかないな。
拓哉としては、その四人になんて興味はない。ただ、暗殺者を放った相手は知っておく必要がある。
今後の対策もだが、忘れることなくお礼参りをするためだ。
「しゃ~なしだな。じゃ~誰がいい? いまのは年上順だったから、今度は年下順でいいか?」
「や、や、やめろ! 弟達に手を出すな!」
――ほう~。この四人は兄弟らしいな。ということは、この子供は見た目通りの歳だということか……つ~か、気に入らんな。
声をあげたキトルが顔を引き攣らせ、慌てて弟達の前に出ようとする。
それは、兄弟愛によるものであり、普通であれば涙ぐましい光景だ。
ところが、拓哉は胸の内から込み上げてくる怒りを感じた。
「なあ、お前達、この任務が初めてじゃないだろ? どれだけ殺してきたんだ? なのに、弟達に手を出すなとは、都合が良すぎると思わないか?」
「ぬぐっ! う、うるさい! お前等に、ぬくぬくと育ったお前等に、何が解かる!」
拓哉が怒りをぶつけると、キトルが逆ギレした。
それが、さらに火をつける。
キトルの叫びは、自分本位であり、理不尽なのだ。
彼等が始末した者が聞けば、何と言うだろうか。間違いなく自業自得だと答えるだろう。
「人を殺していい者は、殺される覚悟を持った者だけだ。だったら、この子供たちを殺されても文句は言えないぞ? ハッキリ言っておく。お前達ではどう足掻いても、俺には勝てない。生殺与奪の権利は、俺が握ってるんだ。さあ、キリキリ吐けよ」
「ちくしょう~~~~~~~~!」
キトルが顔を歪ませて、悔しそうに叫ぶ。
その態度を目にして、拓哉は実力行使に出ようとすると、顔を腫らしたリトアが素早く立ち上がった。
「兄さん。ここは大人しく従いましょう。今回は相手が悪すぎました。瞬きする間もなくやられるとは、さすがに思ってもみませんでした」
――こいつ、なかなか素直じゃないか。二枚目が気に入らなくて少し強めに殴ってしまったが、悪い事したな~。
『男の嫉妬は見苦しいんちゃ。でも、タクヤもカッコいいんちゃ!』
――そ、そうか? カッコいいのか……いやいや、そんな場合じゃないよな。
思わずニヤケそうになってしまうのだが、そんな場合でないと気付いて、直ぐに表情を引き締める。ただ、着ぐるみのせいで、そもそも顔が見えない。
「わ、分った……でも、都合のいい話かもしれんが、弟達には手を出さないでくれ。オレならどうなっても構わないから……た、頼む……後生だ」
確かに都合の良い話だ。しかし、いつまでもこんなことに時間を費やしたくなかった。それもあって、チラリとクーガーに視線を向ける。
すると、彼は黙って頷き返してきた。
――うむ。じゃ、あとはクーガー先輩に任せることにしようか。
こうして突然の襲撃事件の幕が閉じる。
結局、目に見える被害はというと、見えない障壁にぶつかったキャスリンが、鼻の頭を赤くしたことだけだった。