143 素晴らしいママ
2019/2/13 見直し済み
まさかこんなことになるとは、思ってもみなかった。
拓哉はいま、カティーシャの両親とお茶を飲んでいた。
カティーシャではなく、彼女の両親とだ。一応は、彼女も居るのだが、これがどういう状況であるのか、誰もが理解できることだろう。
実際、こんなことをしている場合ではないのだが、カティーシャの母親――ミリアルの圧倒的な押しに負けてしまった結果だった。
当然ながら、クラリッサを始めとした未来の嫁達だけではなく、レナレやトトも同席している。
ただ、二人は、お茶というよりも、お茶菓子を頬袋にでも詰め込むかのように、物凄い勢いで口の中に放り込んでいる。
「さすがに、出来る男は連れている女性も並ではないわね」
微笑ましげな雰囲気でミリアルが話し掛けてくる。しかし、拓哉は寒気を覚えた。
彼女の目が笑っていないのは、きっと誰もが気付いているはずだ。
「すみません。俺の不徳とするところです」
「あら、どうして謝るの?」
「……」
――どうしてと言われても、その台詞は嫌味にしか聞こえないんだが……
ミリアルの言葉を額面通りに受け取ることができず、思わず謝ってしまったのだが、彼女は追い打ちをかけた。
拓哉としては、この状況自体を納得できず、少しばかり機嫌を悪くしている。
それ故に、彼女に対して不平を訴えることにしたのだが、どうやらそれは少し遅かったらしい。
その想いは、クラリッサによって代弁される。
「今は、ここでのんびりしている場合ではないと思うのですが……」
彼女の言う通り、敵は直ぐ近くまで来ているのだ。おまけに、機体の調整などもある。のんびりとお茶を楽しんでいる暇はないのだ。
しかし、ミリアルは全く表情を変えることなく、笑みを浮かべたままだった。
「それは理解しているわ。でも、どうしてもカティの夫になるタクヤ君の人柄を知りたくて。聞くところによると、カティ以外にも未来のお嫁さんが四人も居るって話だし、親としては気になるのが当然でしょ?」
――まあ、それは間違ってない。ただ、時と場合を考えるべきだと思うんだよな。というか、ガルダルが加わったことも知ってるんだ……
ガルダルが未来の嫁と決定したのは昨日のことだ。ところが、ミリアルは既にそのことを知っているようだった。
考えられるとすれば、カティーシャかクーガーだが、別に口止めしている訳でもないので、敢えて文句を言う気もない。
それでも気になってチラリと視線を向ける。
二人とも拓哉の考えを読み取ったようだ。しかし、どちらも小さく首を横に振った。
――おいおい、それじゃ、どっから情報をゲットしたんだ?
彼女の情報源を気にしていると、今度はカティーシャの父親であるミッシェル=モルビスが罵り声を上げた。
「お前のような女誑しに、うちの大事なカティを嫁に出すことにしたなんて……」
――女誑し……俺的には、そのつもりはないんだが、この状況は誰が見てもそう感じるよな……てか、もし俺が父親なら、そんな男なんて瞬殺するわな。でも、こういうオチになるとは……
拓哉は、少なからず自業自得だと理解していた。
五人も嫁が居れば、女たらしと言われて、ノーと言えるはずもない。
ただ、ミッシェルの態度を疑問に感じる。
婚約を認めたのはミッシェルだ。その時は、まだクラリッサだけだったが、カティーシャの方が後から加わっている。そういう意味では、複数の相手が居ることは、初めから分かっていたことであり、いまさらとやかく文句を言う話でもない。
憎々しげな視線を向けてくる父親の態度を不思議に思っていたのだが、そこにゲイルがやってきた。そして、ミッシェルではなく、ミリアルに耳打ちをした。
「そう……分かりました。こちらも準備を始めましょう」
「では、出動させるのですか?」
「ええ。仕方ないわ。恐らく、軍だけでは辛いでしょ」
「もしかして、純潔の絆の艦隊がやってきたの?」
ミリアルとゲイルの会話から察したのだろう。カティーシャが勢いよく立ち上がった。
しかし、ミリアルはそれに返事をすることなく、ゆっくりと立ち上がった。
「さあ、メイド隊よ。出撃の時が来たわ! みなさん、準備なさい。指揮に関しては、メイド長であるトーラスに一任します。ああ、でも、ランランは待機よ」
「「「「「「「はい! 畏まりました」」」」」」」
ミリアルとミッシェルの背後にずらりと並んでいたメイド達が、声をそろえて返事をしたかと思うと、即座に移動を始めた。
ただ、一人だけが一歩前に出てお辞儀をしてきた。
「ミリアル様、私の出撃もお許しください」
「だめよ! ランラン、あなたが出たら被害が拡大するわ」
「そ、そ、そのようなことは御座いません」
「だ~め! 敵を葬り去ったはいいけど、街が焼け野原では困るのよ」
「うぐっ……」
――まるで、どこかで聞いたことがあるような台詞だな……
沈黙してしまったランランから、味方までも殲滅してしまう火炎の鋼女――ミルルカに視線を移動させると、金髪巨乳美人は知らぬ顔でお茶を口にしていた。
どうやら、自分は違うと主張しているのだろう。
ただ、敵と聞いて、居ても立っても居られないのだろう。カティーシャがイライラした様子を見せる。
「ママ! ちゃんと答えてよ! 敵が来たの? メイド隊を出すって、正気なの?」
街をも焦土にしてしまうという話のインパクトが強すぎて、拓哉はメイドが戦うという違和感を失念していた。
ランランが焼け野原にしてしまうという話からすると、PBAで出動すると考えるのが妥当だが、まさか、年若いメイド達が戦場に行くとは思えず、思わず首を傾げてしまう。
しかし、ミリアルはメイドのことには触れず、敵の状況だけを口にした。
「そう、カティの言う通りクズ共がきたわ。ただ、距離的に直ぐに襲ってくることはないと思うけど、一応は警戒しておいた方が良いでしょう? まあ、ちょっかいを掛けてくるようなら、メイド隊で処理させるわ」
全く危機を感じさせることのない様子で告げてきたのだが、相手は十三隻の大艦隊なのだ。ここに居るメイド二十人程度ではお話にならないだろう。
誰もがそう考えていると思ったのだが、カティーシャは違っていた。
「メイド隊なんて出したら、ランランが居なくても大変なことになるよ!」
「大丈夫よ。一応、毎日訓練しているし、機体に安全装置を付けてるわ。間違っても街を攻撃することはないでしょ」
カティーシャの物言いからすると、パンダみたいな名前のメイド以外も、相当に問題ありのようだった。しかし、十三隻から降り立つPBAの数は単純計算しただけでも三百以上の数になる。それを二十人そこらのメイドで相手をするとか、まるで死地へ送り出すようなものだ。
「どのくらい強いのかは知らないけど、二十人程度で戦場に出るなんて、死地に赴くようなものですよ」
――例え、メイドのひとりひとりが最上級クラスの腕前だったとしても、勝てる見込みが無いというのに、一体この親子は何を考えてるんだ?
まるでメイドに死んで来いと言っているようで、拓哉が思わず口を挟んだ。しかし、直ぐにカティーシャがそれを否定する。
「大丈夫だよ。説明してないから理解できなかったと思うけど、メイド隊は戦場にいったりしないんだよ」
「えっ! だって出撃だって言ってたじゃないか」
「飛空艦にエッグがあったよね。あれのPBA版なんだよ。だから、彼女達が現地に行く必要はないんだよ」
――マジかよ……それじゃ、無人戦争じゃないか……
拓哉は思わず呆れてしまう。ただ、それと同時に疑問を抱く。
カティーシャの話が事実なら、訓練校でPBAのパイロットなど育成する必要がないのだ。
「でも、敵がどこまで来てるのかは知らんが、遠隔操作ならそれほど遠くで戦えないんじゃないのか?」
エッグの操作は電波ではなくサイキックで行われる。それ故に、その操作距離はたかが知れているはずだ。
ところが、カティーシャはそれを否定する。
「このディートから半径二十キロの範囲は遠隔操作用のサイキック増幅装置を至る所に設置してあるんだよ。だから、その範囲なら問題なく戦えるし、色んな場所に機体を格納してあるから、やられても直ぐに次の機体で出撃できるんだよ」
――なんてこった。これが金持ちのやりかたか……確かに金で人の命は買えないからな。それを考えると画期的なアイデアなんだが、一体どれほどの金をつぎ込んでるんだ?
その恐ろしい発想に慄いていると、ミリアルが口を開く。
「まあ、それでも足止めにしかならないわ。だから、本命のあなた達は、格納庫に行きなさい。タクヤ君は当然だけど、ミルルカ=クアント、ガルダル=ミーファン。申し訳ないけど、二つ名を持つあなた達に期待しているわ」
先程までの笑みを消したミリアルは、拓哉達を見回すと、ゆっくりと頭を下げる。
「この街を救ってください。お願いします」
彼女は分かっているのだ。金がどれだけあろうとも、人が居ないことには世の中が成り立たないことを。だから、こうして拓哉達のような年若い者に頭を下げているのだ。
拓哉は、そんな彼女に感服した。普通の金持ちなら、きっとこんな対応はしないだろう。金に物を言わせて戦地に向かわせるか、頭ごなしに自分本位な正義感を押し付けてくることだろう。
そんな彼女の想いを察したのだろう。ミルルカが勢いよく立ち上がる。
「頭を上げてください。私達は初めからそのつもりです。自分の二つ名に誇りを持っている訳ではありませんが、それに恥じぬ戦いをお見せしましょう」
――ミルル……いい女だな。
珍しく真面なミルルカを見て感動する。彼女ほどの美しさと力強さを兼ね備えた者なんて、そうそう居ないだろう。
まるでヴァルキリアを思い起こさせるミルルカに見惚れていると、ガルダルが己の気持ちを口にした。
「私は人に上も下もないと思ってます。でも、世の中の人々は違う。特に地位やお金のある人は、傲慢で自分本位です。だから、あなたの言動には感銘を受けました。及ばずながら、全力でこの街を守らせて頂きます」
ガルダルが清楚な雰囲気を崩さないまま、強い意志を見せていた。
絶対的な意思を見せるガルダルを見て、本当にこの素晴らしき女性が、自分の嫁で良いのだろうかと考えてしまう。
ミルルカが動だとすると、ガルダルはまさに静を象徴しているように思えた。
そんな美しく可憐な二人が意気込むのを目にして、拓哉も戦い抜くことを己に誓う。
――男として、彼女達ばかりに戦わせる訳にはいかないよな。俺も機体の調整を早々に済ませて戦地に向かうぞ。
そのタイミングで、ラウンジのスピーカーからララカリアの声が鳴り響いた。
『おい! いつまで呑気にお茶を楽しむつもりだ? こっちの用意はできてるぞ。さっさと格納庫にこい!』
拓哉達がいつまで経ってもこない所為で、かなりご立腹らしい。
「じゃ、みんな行くぞ! 申し訳ありませんが、話の続きは戦いが終わってからにしてください」
仲間に声をかけ、ミリアルとミッシェルに頭を下げる。
すると、ミッシェルが顰め面のまま口を開いた。
「女と言えば手を出して、ハーレムなんて作っていることは気に入らんが、お前の力には期待している。トップガン……いや、鬼神としての力を見せてくれ。この街を頼む」
ミッシェルは顰め面のまま頭を下げる。そして、それを見たミリアルが、少し嬉しそうに微笑む。
「でも、絶対に死んではダメよ。まだ結婚式も済ませてないのだから。それじゃ、行ってらっしゃい。カティも気を付けてね」
「こんなところで死んだりしませんよ」
「そうだよ。タクが居れば、艦隊なんて泥船みたいなものだよ」
まるで聖母のような微笑みを見せるミリアルに問題ないと告げると、カティーシャも元気に頷く。
こうして拓哉達は急ぎ足で格納庫に向かったのだが、世の中とは思うようにいかないものだと、溜息を漏らすことになるのだった。