141 ディートの街
2019/2/12 見直し済み
悪い事をすれば、叱られる。
それは当然のことであり、大人も子供も関係ない。
それが些細なことであれば、叱られて、反省して、ごめんなさいと言えば終了する。
しかし、法を破ったり、罪を犯したりすれば、ごめんなさいでは済まされず、当然ながら罰せられる。ただ、その行為に対しての正当性や必要性、その他諸々の事柄から刑の重さが変わってくるのも確かだ。
事実や背景を確認し、内容によっては情状酌量などということもある。
それが行われる場所、裁きを行う場所は何処かといえば、誰もが知る裁判所なるところだ。
ただ、裁きとは、時として裁判所以外で行われることもある。
そして、今まさに拓哉の部屋では裁判行われていた。
しかしながら、悲しいことに、正当性を声高らかに叫ぶのだが、全く情状酌量されそうな気配がない。おまけに、被告人は拓哉一人だけであり、ガルダルは飽くまでも重要参考人となっていた。
――なんで、俺だけが……てか、犯罪者扱いか?
心中で不平を述べるのだが、それを口に出してしまうと、重刑となる恐れがあるので黙秘権を行使する。
しかし、尋問は粛々と進められる。
「被告人は、参考人の胸を触りましたか?」
――てか、なんでキャスが判事を遣っているんだ?
真ん中に座るキャスリンに疑問を抱きつつも、記憶を辿って正直に答える。
「い、いえ、触ってません……」
確か抱き寄せた時に触れてはいたが、故意に触ったりはしていない。
それも仕方ないだろう。なにしろ、ガルダルの胸は、ミルルカに負けず劣らず大きいのだ。
ただ、故意でなくてもハンドはハンドだ。ルールとはそういうものだ。いや、この場合、リカルラに文句を言うべきかもしれない。
キャスリンは例の『見抜く君』を眺めて顔を顰める。
「ギルティ!」
途端に、クラリッサ、カティーシャ、ミルルカの視線が拓哉に突き刺さる。
――おいおいおい! どこが有罪なんだよ! てか、リカルラの作ったその機械、ぜって~、壊れてるだろ! というか、証言してくれよ! なあ、ガルダル!
藁をも掴む想いでガルダルに視線を向けたのだが、申し訳なさそうに手を合わせていた。
なぜかその仕草だけは、異世界共通だった。地球と変わることのない合図。そう、ごめんのサインだ。
「ねえ、タクヤ。どういうつもりなの?」
ガルダルからの救いが居ないと知って溜息を吐いていると、腕を組んだクラリッサからの尋問が始まる。
どういうつもりと問われても、拓哉はガルダルを大切にしたいと思っただけなのだ。確かに接吻はやり過ぎだったが、彼女を守りたいと思っている。もちろん、リカルラの作ったシンクロシステムの影響もあるが、それを口にするほど無責任ではないし、無神経ではなかった。もしそうしたなら、間違いなくガルダルが傷つくはずだ。
そうなると、やっと彼女を殻の中から連れ出したのに、元の木阿弥となりかねない。いや、逆に悪化する可能性さえあるのだ。
だから、言い訳することなく自分の気持ちを伝えることにした。
「みんな、すまない……でも、ガルダルの力になりたいんだ。大切にしたいんだ。幸せになってもらいたいんだ。」
「一体何があったの?」
拓哉の必死さが伝わったのか、クラリッサが困惑の表情を浮かべる。
当然ながら、クラリッサからすれば、今回の出来事は突拍子もなく、信じられないという思いだった。
ガルダルの魅力には気付いていたし、少なからずそれに危機感を抱いていた。
ただ、一回シンクロしただけで、恋人宣言をするとは思わなかったのだ。
――どうする……このまま黙秘じゃ、収まらないよな……でも、そうなると彼女のことを口外してしまうことになるし……
拓哉としては、できればガルダルの過去に触れたくなかった。しかし、このままでは終わらないのも理解している。
どうしたものかと悩みつつ、視線をガルダルに向けると、彼女は真面目な表情で頷いていた。
彼女が納得しているのなら、きちんと話し合うべきだと感じて、拓哉は事のあらましをゆっくりと説明しはじめた。
地上には、綺麗な街並みと沢山の人混みがあった。
それが、活気ある街並みとしての光景であれば、素晴らしいと言えるだろう。ただ、その人混みは避難のために移動する住民の姿であり、戦闘を忌避しての避難行動だった。
それは、我先にというものではなかったが、誰もが焦りを感じさせる表情を見せている。
その民衆は、拓哉達が乗る飛空艦に気付くと、蜘蛛の子を散らすように慌てた様子で建物に隠れ、怯えた表情で空を見上げている。
「まだ随分と人が残っているのね……何をやっていたのかしら」
自室の大型スクリーンに映る街の様子を目にして、クラリッサがややキツイ口調で想いもらした。
大艦隊がこの街に向かっていることは、数日前に分かっていたはずだ。
彼女からすれば、もっと早く避難できたのではないかと言いたいのだろう。
クラリッサは難しい表情で愚痴をこぼしていたが、拓哉としては、無事に辿り着けたことに安堵していた。
というのも、拓哉の本意でないとはいえ、日に日に増えていく女性の数に、業を煮やしたクラレ達が、リカルラに頼んで矯正するための強制学習を行うべきだと言い始めたからだ。
ただ、リカルラの行う強制学習には、色々とリスクがあるという話になり、なんとか難を逃れた。結局、二度と女を増やさないと約束することで、執行猶予付きでの釈放となり、現在に至っている。もし、この禁を破ると、間違いなくリカルラのところに、強制連行されることだろう。
そんなこんなで、首の皮一枚で生き残った拓哉は、ディートの様子を映し出す巨大スクリーンを眺めている。当然ながら、仲間――未来の嫁達やその相棒であるレナレやトトも一緒だ。
住民の表情は、拓哉達の乗る飛空艦を目にしたことで、恐怖と絶望で色をなくしていた。
そんな住民の映るスクリーンを見遣り、ガルダルが首を横に振った。
「たかが一週間程度では無理だわ。だって、この街の人達は戦いに慣れていなのだから……それよりも、大艦隊に襲われるなんて、信じていない人すら居そうだわ」
モニターの映像では、街は完全に麻痺していて、道には逃げ出す者の乗り物で、とんでもない渋滞ができていた。
中には、徒歩で逃げている者達も居て、どう考えても避難が上手く言っているようには見えない。
そもそも、戦争を忘れた者達に向けて、適切に避難しろというほうが無理だろう。
誰もが戸惑うのも当然のことだ。
「み、みんな、早く避難してよ! 危ないんだよ。命の危機なんだよ」
クラリッサやガルダルの言葉など聞こえていないのだろう。表情を硬くしたカティーシャは、両手を固く握りしめて独り言のようにブツブツと呟いていた。
心配で、心配で、堪らないのだろう。
なにしろ、ここは彼女の故郷なのだ。不安にならない方が異常だ。
そんな彼女の気持ちを察したのか、ミルルカが笑顔で励ます。
「カティ! 心配するな! 例え避難しそびれても、敵兵の一匹すら街に入れたりしないからな。私が艦ごと叩き落してやる」
なんだかんだ言っても、仲間意識が強いのだ。少しおっちょこちょいだが、情熱的な女なのだ。情熱的過ぎて感情的になりやすいのが玉に瑕だが、拓哉としては、そんなミルルカのことが気に入っていた。
カティーシャも同じように感じたのか、藁にもすがる思いでミルルカに視線を向ける。
「ありがとう。ギルル……」
「ギルルいうな!」
感謝の言葉までは良かったのだが、結末は少し残念だった。しかし、憤るミルルカを他所に、トトとレナレがカティーシャを元気づける。
「ミルルなんてギルルで十分なんちゃ! それよりも、カティ、心配しなくてもウチが全部撃ち落としてやるっちゃ! だから、心配せんでもええんよ?」
「そうですニャ! ウチもゴーニャンズで穴だらけにしてやるですニャ。だから、安心するですニャ! まあ、鬼神が本気で戦ったら、戦艦の十隻や二十隻なんてあっという間に片付くと思いますけどニャ」
――いやいや、さすがに、それは無理だろ。と言いたいが、装備しだいかな。てか、作戦的に考えると、そうはいかないかも知れないが……
いかに拓哉が人並外れているとはいえ、大規模戦闘となると個の力などたかが知れている。実は、拓哉もそれに気付いていなかった。というのも、拓哉のやってきた対戦ゲームでは、大規模戦闘がなかったからだ。
それでも、みんなが励ましてくれていると感じたのか、カティーシャは笑顔で頷いた。
「そうだね。ボクの仲間は最強軍団だもんね。街に被害なんて出ないよね」
それは、みんなを信じているというよりも、彼女の願望だった。
それでも、先程までの暗い表情を消した彼女は、いつもの元気な様子を見せる。
ただ、誰もが無理をしていると気付いていた。拓哉もその一人だ。
「そうだぞ。状況次第だが、俺が出たら襲ってくる不届き者達を木っ端微塵にしてやるからな」
拓哉自身、自分が敵を全て片付けられるとは思っていない。それでも、カティーシャの力になりたいと思う気持ちは本物だ。
それを感じ取ったのだろう。カティーシャは明るい表情で抱き着いた。
「ほ、ホント? タクがそう言ってくれるのなら、大船に乗った気になれるよ」
「おい! 私の時と態度が違い過ぎるだろ!」
背中に飛びつき、拓哉の首に両腕を回したカティーシャが嬉しそうな声を上げた。
すると、ミルルカが不服そうに苦言をもらした。しかし、それはクラリッサによって宥められる。
「まあまあ、好きな男と同じという訳にもいかないでしょ? ミルルだって同じでしょ?」
「ぬぐっ……まあ、そうだが……」
納得できていなさそうなミルルカだったが、そこで艦内放送が鳴り響く。
『まもなく西部方面軍ディート基地に到着します。乗組員は所定の業務に戻ってください。繰り返します……』
「どうやら、もう直ぐ到着するようだな。ところで、基地に着いたら俺達は何をすればいいんだ?」
艦内放送を聞いて、気になっていたことを口にしたのだが、そのタイミングで部屋の扉が開かれた。
「タク~~! さあ、いくぞ!」
――行くって、どこに! てか、セキュリティはどうなってんだ? 外から誰でも開けられるのか?
突如として現れたララカリアに驚いたのだが、それよりも部屋のセキュリティのことが無性に気になってしまった。
それでも、気を取り直して疑問を投げかける。
「ララさん、行くって! どこに、ですか?」
ごくごく当たり前の質問に対して、ララカリアは平坦な胸を張って告げる。
「モルビスの開発施設だ。最終調整が残ってるからな。ああ、武装がまだらしいが……」
もう、その話でバレバレなのだが、新しい機体がそこにあるのだ。
それの調整に、拓哉も同行させるのだろう。
――てかさ……それを告げるのに、胸を張る必要がどこにあるんだ? まあいいや、それよりも新しい機体か……楽しみだな。
ララカリアの言葉に胸を躍らせていると、すかさずミルルカが割って入った。
「私のもあるよな?」
瞳をキラキラと輝かせたミルルカだったが、そこでララカリアが無いと答えたらどうなるのだろうか。きっと、大変な事態になると予想されるのだが、彼女はしっかりと頷いた。
「よし! トト、私達もいくぞ!」
「ウチはあんまり興味ないけど……仕方ないんちゃ……付いていってやるっちゃ」
「な、なんだ! その物言いは!」
喜び勇んでいたミルルカだが、トトの言葉で発狂し始める。
もちろん、トトはわざとやっているのだ。こうやってミルルカを揶揄って、その反応を楽しんでいるのだ。
いい加減に気付いてもよさそうなものだが、この単純でハッキリした性格が彼女の良さでもある。敢えてそれを教えたりはしないし、これがスキンシップなのだと思うことにした。
ただ、またまたセキュリティ問題が気になる。
というのも、ミルルカ達の口喧嘩を微笑ましく見守っていると、今度はリカルラが慌てた様子で部屋に入ってきたからだ。
「なあ、この部屋のセキュリティってどうなってるんだ?」
不安を抱きながら思いを露わにすると、肩を竦めたクラリッサが首を横に振る。
「きっと、この部屋の解除コードを知っているのよ。プライバシも何もあったものではないわね……」
呆れた様子で彼女は苦言を述べるのだが、リカルラはそれを無視して悪いニュースを告げてきた。
「リトルラに集まっていたヒュームが動き出したわ」
リカルラからもたらされたのは、拓哉達が想定していた最悪のシナリオだった。そして、その知らせは、それを聞いた者達に沈黙を強いることになった。