140 マキシマムん?
2019/2/11 見直し済み
その素早さはといえば、異次元としか思えなかった。
瞬間移動のように、拓哉の前から姿を消したかと思うと、次の瞬間には背後に現れる。
これほどの対戦相手など、今まで見たことがないと断言できるのだが、残念ながらこれがチートであると知っている。
「いくら何でもこれはあんまりだな」
「な、なにを言っているのよ! た、対戦相手はあなた自身でしょ」
拓哉は思わず愚痴を零してしまう。すると、後部座席――ナビゲーターシートに座っているクラリッサが、やや苦しそうな声で指摘した。
シンクロ状態でシミュレーションを行っているのだが、情報量の多さに目を回しているのだ。
――まだ大丈夫そうだな。
瞬時に消えたり現れたりする敵を相手取りながら、本日二人目のシンクロ挑戦者の様子をサブモニターで窺う。
もちろん、一人目はミルルカだが、現在はトイレに引き篭もっている。
昨日の威勢は何処に行ったのか、あっという間にトイレ行きになってしまった。
ただ、昨夜のこともあり、拓哉は同情する気にはなれなかった。なにしろ、最高に盛り上がっていたところを邪魔されたのだ。これも自業自得だろう。
――流石だな。昨日の今日で耐えられるようになったのか? だけど、かなり苦しそうだな。この辺りで止めておくか。
「大丈夫か? ここで終わりにしようか?」
「い、いえ、だ、大丈夫よ。つづ、続けて」
あまり大丈夫そうではないのだが、本人がそういうのだから止める訳にはいかない。
しかし、拓哉としては、あまり無理をして欲しくない。
「それじゃ、俺の判断で止めるからな」
「え、ええ。わ、わかったわ」
意識がハッキリしていることから、まだ行けると判断する。
ただ、この様子だと彼女も時間の問題だろう。いや、拓哉がやられる方が早いかも知れない。
というのも、昨日よりはチートの相手にも慣れたのだが、勝てるようになるには、まだまだ時間が掛かりそうだった。
しかし、あっという間に、クラリッサの顔色が悪くなってきた。
――そろそろ、限界みたいだな。俺がのめり込む前に止めた方が良さそうだ。
「終了だ」
「あぅ……」
未だ戦闘は続いていたが、限界だと考えてシミュレーションを停止すると、ぐったりと脱力したクラリッサが声を漏らした。
恐らく、かなりの無理をしていたのだろう。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
返事はあるものの、あまり大丈夫ではなさそうだ。
それに、かなり疲れているようだ。時間にして十分程度だったが、その様子だけで見れば、数時間もやっていたかのようだ。
「少し休んだ方がいいぞ」
「そ、そうね……そうさせて貰うわ」
やはり、かなり堪えているようだ。いつもなら、強がるクラリッサが素直に頷いた。
彼女を心配しつつも、コックピットのハッチを開ける。すると、そこにはガルダルが立っていた。
ただ、いつもと比べて表情が硬い。
「やっぱり考え直した方が良さそうね……」
肩を借りてヨロヨロと降りてくるクラリッサを見て、顔を引き攣らせてポツリと零した。
既にミルルカとクラリッサがリタイアしたのだが、現在はナビゲーターシートにガルダルが座っている。
これについては、クラリッサからの頼み事だった。
昨夜、それを聞いた時には、どうしたことかと不思議に思ったのだが、拓哉としては特に問題はないので、直ぐに了承した。
ただ、二人がダウンしたことで、拓哉も少し不安になっていた。
「じゃ、始めるぞ。いいか?」
シンクロ用の器具の所為でヘッドシステムが使えないため、直接話しかけるしかないのだが、どこかぎこちない。
というのも、拓哉はあまりガルダルと接していないからだ。
それは、クラリッサの思惑によるところが大きいのだが、控えめなガルダルの性格が影響している。
それでも、ダンマリという訳にもいかないので、シンクロを始めることを告げると、少し顔を強張らせたガルダルが頷く。
「え、ええ、いいわよ」
――なんか、話し難いんだよな~。そもそも、ガルダルって少し取っつき難いオーラが出てるんだよな……
特に陰鬱ではないし、ルックスもかなりのものだが、なぜか近寄りがたい雰囲気を持っていた。
それこそ、ミルルカとは正反対だと言えるかもしれない。
ミルルカの場合は、きつそうに思えるのだが、少し天然で可愛かったりもする。それに、根が正直者なので付き合い易いのだ。
そんな理由もあって抵抗を感じてしまうのだが、ガルダルには別の理由があって拓哉を畏怖していた。
そう、人間離れした拓哉の能力を知って、自分達とは違う存在だと感じているのだ。
それは、差別や偏見ではなく、本能的な行動だった。
「あ、あの、ありがとう……」
「ん? 何がだ?」
いざシンクロを始めるぞというタイミングで、ガルダルがぼそぼそと礼を述べてきた。
ただ、それが何に対する礼なのか分からない。
「ううん。何でもないの……」
――全く意味不明だな……何に感謝してるんだ? シンクロについてか? それとも……まさか対戦で負けたこと、じゃないだろうな……まあ、考えるだけ無駄か……今はシミュレーションに集中しよう。
イマイチ何を考えているか理解できない。そんなガルダルのことを棚上げして、シンクロシステムを起動させる。
しかし、システムが起動した途端、拓哉は動揺する。
――な、なんだ、これは……えっ、泣いているのか? これは誰なんだ?
それはシンクロを起動させた途端に始まった。
小さな子供が、誰にも愛されることなく悲しみに暮れていた。
鏡に映った幼女の姿は、可愛らしいのだが、寂しさを溜め込んでいるように見えた。
親もなく、友達もいない、そんな毎日を施設で過ごしていた。
施設には、職員や他の子供もいるが、誰一人として彼女に近寄ってこない。
その幼女は、独りぼっちで地面に絵を書いて過ごしているのだが、突如として、その地面に穴が開く。
――こ、これって、もしかして、ガルダルの記憶なのか? それにしても、全く幸せを感じさせないこの光景は何なんだ?
それは、感覚ではなく光景として脳裏に映し出された。
シンクロシステムの影響で間違いないのだが、そんなことなど気にならないほどに、拓哉はその記憶にのめり込んでいく。
その記憶の内容は、彼女が幼少期にサイキックの暴走を引き起こして、実の両親から捨てられたものだった。そして、放り込まれた施設でも、度々暴走を起こしたことで、誰一人として彼女に近づかなくなっていた。
――なんて悲しい記憶なんだ……俺なら耐えられない。
捨て子だった拓哉だが、それでも姉が、母が、父が、家族として分け隔てなく育ててくれた。
それ故に、この悲しい記憶に、酷く胸を痛めてしまう。
気が付くと、頬に温かい感触があった。
――あっ、俺は……泣いているのか……
応えてくれ、呼んでくれ、愛してくれ、抱きしめてくれ、誰か必要としてくれ。
幼女から少女へと記憶が移り変わるが、常に彼女の想いはそれだけだった。
それが彼女の望みであり、悲痛な叫びとなって聞こえてくる。
泣きじゃくりながら叫び声をあげている。必死に助けを求めてくる。
成長した彼女が、何かを掴まんと手を伸ばしていた。
――ああ、これは記憶じゃないんだ……これは、彼女の……
暫くして、拓哉は気付いた。それが記憶ではなく、彼女の想いなのだと。助けを求める声なのだと。
彼女は情に飢えていたのだ。誰かに必要とされたかったのだ。誰かに愛されたかったのだ。
それを知った時、拓哉は無意識にドライバー席から立ちあがっていた。
「ガルダル。俺が傍に居てやる。俺が必要だと言ってやる。俺が愛してやる! だから大丈夫だ! もう、お前は独りぼっちじゃないんだ」
自分でも傲慢な台詞だと感じた。しかし、そんな想いが口から出てしまった。
拓哉の態度で、ガルダルは察したようだった。自分の想いが知られたのだと。そして、顔を強張らせた。
しかし、彼女は怒りを露にすることはなかった。いや、大きく開いた瞳で、拓哉を凝視していた。
そんな彼女に向けて右腕を伸ばす。手を差し伸べる。
「さあ、大丈夫だ。俺に任せろ」
彼女は差し出された拓哉の右手をじっと見つめていたが、おずおずと口を開いた。
「シンクロシステムのせいなの? あなたの記憶と感情が私の中に入り込んできたわ……もしかして、私の記憶を見たの? いえ、その態度からすると見たのね……」
彼女はその手を取ることなく、寂しげな表情を見せたかと思うと、そのまま俯いた。そして、ポツリと呟いた。
「だめ……」
その言葉は、拓哉にではなく、自分自身に言い聞かせるように感じた。いや、拓哉には理解できた。彼女のことを知ったことで、それが本意によるものではなく、これまでの経験から得た危機回避なのだと。
そう、彼女は自分から離れることで、嫌われることを避けていたのだ。
しかし、今の拓哉には通用しない。彼女の本当の想いを知った拓哉は、もはや折れることはない。
「だめじゃなさ! 俺達は仲間だ! 家族だ! もちろん、レナレやトトもな」
彼女にとって、拓哉の言葉は砂漠のオアシスのように思えた。しかし、そこからまた砂漠に戻ることが脳裏をよぎる。
彼女は勢いよく顔を上げると、独り言のように話し始める。
「それを信用しろというの? いえ、あなたの感情は本物……でも、怖いの……愛されたい。必要とされたい……だけど……捨てられたくない……一度幸せを知ってから要らないと言われたら、もう壊れてしまう……」
壊れそうなほどに病んでいた。
愛されたい。必要とされたい。求めて欲しい。しかし、それが脆くも崩れ去るのを恐れて、自分の殻に篭っているのだ。
それでも、なんとかやってこられたのは、レナレが居たお陰だった。
「大丈夫だ。俺は見捨てたりしない。いや、俺達は、みんなお前を必要としているし、大切に想ってる。見限ったりしないぞ」
まるで自分のことのように感情移入した拓哉にとって、次の行動は明確だった。
彼女には支えが必要なのだ。そう、心の支えが。そして、拓哉は自分が彼女の支えになりたいと思った。いや、そうなると決意した。
どうしてそう思ったのかは分からない。拓哉自身が捨て子だった所為かもしれない。もしかしたら、シンクロシステムの所為なのかも知れない。少なからずシンクロシステムは影響しているだろう。そうでなければ、度胸のない拓哉がこんなに強気になれるはずがない。
ただ、その意気込みは、拓哉の思考から大切なことを消失させていた。
「う、嬉しい……でも、もう四人も居るのに、大丈夫なのかしら?」
彼女の一言が一番の問題を思い出させる。拓哉には既に将来を誓った相手が四人もいるのだ。
ところが、シンクロシステムは最強だったようだ。
「問題ない! 俺に任せろ!」
どこからそんな自信が湧き出たのかは解らないが、この時の拓哉は強者だった。最強だった。
「さあ! ガルダル!」
まるで世界最強となったかの如く力強い口調で、再び手を差し伸べる。
すると、今度は嬉しそうな表情をしたガルダルが、そっと自分の手を重ねた。
恥ずかしそうに手を握るガルダルに頷き、透かさずコックピットのハッチを開く。
そこでは暇そうにする五人の少女と一体の妖精が、ピットで会話をしていたのだが、拓哉とガルダルが出てきたのを見て首を傾げる。
時間的に出てくるのが早かったことが理由だが、瞳を潤ませているガルダルに疑問を感じたのかもしれない。
しかし、不思議そうにする、クラリッサ、カティーシャ、キャスリン、ミルルカ、レナレ、トト、彼女達を前にして、婚約者のお披露目でもするかのように、嬉しそうに告げる。
「今日から、ガルダルは俺の女だ!」
「不束者ですが、宜しくお願いします」
突如として、拓哉とガルダルから恋人宣言を聞かされ、眼前の五人と一体が呆気にとられているのだが、拓哉は気にすることなくガルダルを抱き寄せて熱い口付けを交わす。
それはそれは、猛烈としか表現できないほどの口付けだったのだが、ガルダルも嫌がることなく拓哉の背に腕を回すと、しっかりと力を込めていた。
そう、これが拓哉のマキシマムだった。