138 不名誉な体験
2019/2/10 見直し済み
複数のモニターには、アタックキャストが表示される。
それは意識を集中させることで、クラリッサの思う通りに空を駆け巡る。
それはサイキックによる操作で動かしているのだが、既に無意識で疎通できるくらいには使いこなせるようになった。
「ミケを右ですニャ! クロを左ですニャ。タマをもっと速く動かすですニャ。トラとブチは、その間にけん制させるですニャ」
レナレの指示は、ハッキリ言って煩い。
しかし、教えてもらっている立場としては文句も言えない。指示の通りにアタックキャストを操作する。
――彼女はもっと多い数を自由自在に動かすのよね? 異常だわ……今の私にはこれでも手に余るのに……
四苦八苦しつつも、なんとか五機のアタックキャストを操っているクラリッサは、改めてレナレの凄さを思い知る。
「ふ~っ」
なんとか全ての敵を撃墜してホッと息を漏らした。すると、ガルダルが話しかけてきた。
「凄いわね。さすがは、氷の女王と呼ばれるだけはあるわ」
彼女は感嘆の声を漏らしたのだが、クラリッサとしてはレナレの足元にも及ばない自分の力に、絶望したくなる気分だった。
「まだまだ駄目です。これでは使える内に入ってません」
肩を落としたクラリッサが、絶望的な気分のまま自分の想いを正直に吐き出すと、ガルダルが長い髪を揺らして首を横に振る。
「クラリッサは勘違いしてるのかもしれないけど、レナレも初めは散々だったわよ? どれだけフレンドリファイアーを食らったことか……それに比べると、恐ろしいほどの成長だわ」
「う、うるさいですニャ! ガルダルが勝手に射線に飛び込んだだけですニャ。てか、狭いですニャ。ガルダルはさっさと降りるですニャ」
「ちょ、ちょっと、押さないで! はいはい。もう言わないから」
「ふんっ!」
「そう怒らないの! 新作アニメを録画しておいたわよ」
「新作アニメですかニャ! マジですかニャ! まあ、仕方ないですニャ~。いまのは忘れてあげるですニャ」
レナレが耳を立てて抗議する。いや、退場だと騒ぎ立てる。
過去の失敗を持ち出されたのが気に入らなかったのだろう。無理やりに追い出そうとしたのだが、ガルダルの一言で収束した。
アニメと鰹節をこよなく愛するレナレは、瞳を輝かせて頷く。なんともお手軽な娘だ。
――本当に、レナレとガルダルは仲がいいわよね。
サブモニターで二人のやり取りを眺めつつ、クラリッサは微笑ましく思う。
現在のクラリッサは、ガルダルの機体に乗っていた。
いつもならレナレが座るナビ席に座り、ガルダルとレナレの二人は、ドライバー席で窮屈そうにしている。
当然ながら、彼女達は本来の座り方をしている訳ではない。
というのも、ドライバー席はひと一人が座るスペースしかないのだ。
それ故に、彼女達はシートに脚を乗せて、左右の肘置きに座っているのだ。
「まあまあですニャ。まだ数日だということを考えれば、良くできた方ですニャ」
レナレの褒め言葉は控えめだが、少し目が泳いでいるところを見ると、少しばかり焦っているのかもしない。
もちろん、それは、直ぐに追いつかれてしまうのではないかという不安によるものだ。
隣では、そんなレナレを見て、ガルダルがクスクスと笑う。
「自信を持っても良いと思うわ。相手がミルルカやタクヤ君なら辛いでしょうけど、大抵の相手なら問題なく倒せると思うわ」
自分では全く上手く出来ているとは思えないが、二人から褒められて少しだけ気を取り直す。
そもそも、数日で完璧になんて成れない。落ち込むよりも頑張って鍛錬をしたほうが建設的だ。
「ありがとう、レナレ。今日も鰹節を沢山用意しておくわ」
「ほ、ほんとかニャ? や、やったニャ~~!」
「はぁ……本当に現金なんだから……」
褒めてくれたレナレに礼を言うと、彼女は面白いほどに喜びを表していた。
間違いなく、礼よりも報酬を喜んでいるのだ
お調子者のレナレに半眼を向けたガルダルが溜息を零す。
しかし、ガルダルは直ぐに話を代えた。ただ、変えたのは話だけではなく表情もだ。
「ねえ、どうしてそこまで頑張るの? あなた達は十分に強いじゃない」
クラリッサの行動は、ガルダルからすれば不思議なものだった。
なにしろ、対校戦で桁違いの強さを見せつけたのだ。彼女からすれば、これ以上の強さを求める理由が分からないのも当然だ。
ただ、それは拓哉の強さであって、間違ってもクラリッサの強さではない。少なからず役には立っているが、今や拓哉がサイキックまで使えるようになってしまった。そうなると、もはやクラリッサの役目がないのだ。
特に、ミルルカとの対戦では、クラリッサは絶望を感じた。あの時は、怒りが勝っていたが、今ではわかる。自分がお荷物なのだと。
そう、カティーシャが指摘した通りだ。トトやレナレであれば、拓哉の役に立てるだろう。しかし、クラリッサは自分が共にありたいと願っていた。
それ故に、彼女は決断したのだ。
「ガルダルが強いと感じているのは、間違っても私ではないわ。あの時の私は、唯乗っているだけの存在だった。気分を悪くするかもしれないけど、きっと私が居なくても、拓哉はあなたを倒したと思うわ。それほどまでに、彼の力は隔絶しているのよ。ミルルの時もそう。私なんて座っているだけだった。だから、決めたの。役に立つ存在になりたいって。今のままだと、拓哉は一人で戦った方がきっと強くなれるわ。でも、それは嫌なの。私も一緒に戦いたいのよ」
「いくら何でも、一人の方が強くなれるということはないと思うけど……でも、もしあなたのいうことが本当なら、彼は超人的な存在ね。よくあんな凄い人を見つけてこれたわね」
拓哉を連れてきたのが偶然だと知らないガルダルは、この世界に彼を召喚したことを感心していた。
実際、彼女達からすれば、拓哉はずば抜けた存在だ。いや、ガルダルが言う通り超人であり、クラリッサが言うように隔絶した能力者だ。誰でも同じ感想を抱くだろう。
――本当は唯の偶然なのだけど……いまさら言えないわよね……
クラリッサは事実を口にすることなく肩を竦めた。
別に話しても問題ないのだが、拓哉がミクストルのシンボルになると考えている彼女は、敢えて神秘性を残したかった。
危機的状況を回避するために、否応なく連れてきたなんて間違っても口にできない。
ただ、ガルダルは答えを求めていなかったようだ。特に気にした様子もなく話を代えた。
「ところで、その彼は、鋼女とシンクロしてるのよね?」
「ええ、どうも、ミルルも伸び悩んでいるみたいで、タクヤに頼み込んだみたいなの」
シンクロについて肯定すると、ガルダルは腕を組んで黙考し始めた。
その態度を怪訝に思うのだが、直ぐに考えを纏めたのか、ガルダルはその綺麗な眼差しをクラリッサに向けた。
「あの……とても言い辛いのだけど、もしよければ、私にも体験させてもらいたいの。いえ、ダメだと言うのなら無理にとは言わないけど……それとクラリッサ、あなたも体験した方が良いと思うわ」
クラリッサとしては、できれば拒否したかった。
というのも、シンクロという言葉が彼女にとって重いのだ。
どうしても、男女の関係を意識してしまう。
ミルルカに関しては、少なからず拓哉の彼女となることを認めた相手なので我慢できるのだが、ガルダルとなると色々と不安があった。
なにしろ、クラリッサから見ても、ガルダルはとても魅力的な女性なのだ。できれば、拓哉に近づけたくないとすら考えていたからだ。
しかし、彼女達には色々と協力してもらっている。それもあって、拒否するのはあまりにも不公平だと感じる。
それ故に、クラリッサは腹を括ることにした。
ただ、シンクロしたいという考えが少しだけ気になる。
「大丈夫、ガルダルもシンクロしてみるといいわ。ただ、どうして体験した方がいいのかしら」
「特に理由はないんだけど、彼の見ているものを、自分の目で見てみたいの。ただ、クラリッサは同乗するのだから、それに慣れておいた方が良いと思ったの」
――確かにその通りだわ。ギルルだけがシンクロするなんて以ての外だわ。
ガルダルから告げられた理由は、至極真っ当なものであり、クラリッサは納得する。いや、今も拓哉とシンクロしているであろうミルルカに嫉妬していた。
「そうね。さっそく試してみるわ。ガルダルには悪いけど、私が先に試してからでいい?」
「もちろんよ!」
「それなら、早速いってくるわ」
ガルダルの言葉で目が覚めたクラリッサは、挨拶もそこそこにコックピットから降りると、そそくさと拓哉の機体に脚を向けた。
その足取りは、とても軽く、どこか楽しそうに見えた。
拓哉の作り出す光景は、もはや常人では成しえない世界だと思えた。
これまでも、クラリッサは共に戦ってきた訳だが、サイキックを使えるようになってからの拓哉は、飛躍的に技術を向上させていた。
ただ、それでも、彼女はタイムストップを体験した所為か、ミルルカのように嘔吐するようなことはなかった。
――凄いわ。タクヤがサイキックを使えるようになってから、初めてこの席に座ったのだけど、これほどまでに上達していたのね。これはもう神の域と言っても差し支えないわね。
モニターの映像が目まぐるしく入れ替わる中、クラリッサは拓哉の技能に感嘆する。ただ、同時に別のことを考えていた。
――こうしてタクヤとシンクロしていると、絵の具で塗り潰されたようなモニターの内容が理解できるような気がする。いえ、少なからず敵の動きを認識できるわ。それにしても、この察知能力と判断能力は尋常ではないわ。コンピューターの演算よりも速いのではないかしら……これでは、まるでヒュームだわ……
操作能力ではなく、常軌を逸した拓哉の思考能力に驚かされる。
そう、操作が速いだけでは何の意味もない。必要に応じて的確に動くこと、いかに有利な状況を作り出すか、戦闘とはそういうものだ。
――凄い、相手の動きの先を完全に読んでるわ。このシミュレーションの相手は彼自身なのに……
「くくくっ! 確かに判断もいいし、動きも速い。だが、所詮はシミュレーションだな」
突然、機体を操作していた拓哉が笑い声をもらしたかと思うと、独り言を口にした。
普通なら、その意味を知ることはできないのだが、シンクロしているお陰で、拓哉の気持ちが伝わってきた。
――ああ、そうなのね。相手が自分だからこそ、次が読めるのね。だから、相手がどれだけ優れていても、次の行動を予測できると言いたいのね。でも、それを瞬時に読む能力そのものが異常なのだけど……というか、相手も拓哉なのだから、こちらの行動を読んでるのでは?
拓哉の考えは理解できた。ただ、その考えに矛盾を感じたクラリッサは、対戦中だと知りつつも思わず尋ねてしまう。
「相手もタクヤなんだから、向こうもこっちの行動を先読みしてるのではない?」
「違うぞ! クラレ! 相手は過去の情報から作り出されてた俺の幻影だ。だから、次の行動を決めているのは、俺の行動パターンから算出された結果を、この機体のコンピューターが演算結果としてはじき出しているだけだ」
――ああ、なるほど。過去の拓哉の行動パターンから次の行動を選択しているだけなのね。だから、こちらの行動を先読みしている訳ではないというのね。
「それでも厄介だけどな。ほら来た! タイムストップだ」
「えっ! タイムストップまで使えるの?」
タイムストップと聞いて、クラリッサが驚きを露わにする。
というのも、現在行われているのは、飽くまでもシミュレーションであり、相手は拓哉を模擬したプログラムだ。そんな戦いの中で、プログラムがタイムストップを実現できるとは思えなかったのだ。
――どういうことかしら、タイムストップはタクヤしか使えないのだから、幾らコンピューターでも実現不可能だわ。
「ちっ! くそ! このインチキ野郎が!」
――ちょ、ちょっと、それって鏡に向かって言っているようなものよ?
憤慨する拓哉が滑稽で、彼女は思わず呆れてしまう。
それこそ、猫が鏡に映る自分に向かって威嚇するのと大差ない。
しかし、肩を竦めつつも、タイムストップを実現するプログラムの仕様が気になって仕方ない。
「ねえ、どうしてコンピューターがタイムストップを使えるの?」
「ぬぐっ! まだまだ! ん? ああ、ドライブシミュレートのプログラムは、俺のタイムストップをインチキスキルとして読み込んだみたいなんだ」
「それってどういうこと?」
「ぐあっ! ちょっと、今は忙しいんだが……」
「あっ! ごめんなさい」
「くっそ~! このインチキ野郎め! こっちもタイムストップだ!」
――えっ! シミュレーションでタイムストップを使うの? うわっ! 一気に凄い量の情報が……だめ、頭がパンクしそうだわ……あっ……
拓哉がタイムストップを発動させた途端、頭の中が爆発しそうなほどの情報で埋まってしまい、思考が完全に止まってしまう。いや、クラリッサの頭はその情報に耐えきれずに、最終的に意識を手放してしまった。
こうしてクラリッサは、PBAのナビ席で、生涯で初めての気絶という不名誉な体験をしてしまうのだが、なんとか失禁や嘔吐という惨事だけは免れたのだった。