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超科学の異世界が俺の戦場!?   作者: 夢野天瀬
第0章 プロローグ
139/233

136 ダメージ

2019/2/9 見直し済み


 目の前で繰り広げられる光景は、一言で表すなら、まさに圧巻だった。

 動く度に移り変わる場景は、目まぐるしいほどに次から次へと違う世界を映し出す。

 まるで早送りの映像を見ているかのように、その動きに全く思考が追い付かない。


 ――これほどまでに見ている世界が違うのか……私は……これまで何をしていたのだ……


 それは、まさに別世界だった。

 メインモニターに映し出される風景は、既に認識できる映像ではなく、様々な色彩が混ざり合った画面としか思えない。

 そんな世界で、ミルルカの目の前に座る男は、まるで水を得た魚のようにスイスイと機体を操っている。


 ――次元が違い過ぎる……どうやったらこれほどまでに操れるのだ? 私がこの域に到達できるのか?


 これまでつちかってきた自信が、もろくも崩れ去っていく。

 確かに、遠距離攻撃は苦手だし、決して飛び抜けた技量を持っている訳ではない。

 それでも接近戦においては、誰にも負けないと自負していたし、それなりに自信もあった。

 しかし、対校戦で彼女を倒した男は、別次元の能力を持っていた。


 ――トトと融合すれば、これくらいは私にもできる。だが、タクヤは単独で操っている。いや、まだタイムストップすら使っていないと言っているのだ。


 あまりに次元の違う操作能力に、もはや自分の敵う相手ではないと嫌でも理解してしまう。

 そう、現在のミルルカは、タクヤのナビ席に座っている。


「ちっ、こいつ、結構やるな! だが、遅い!」


 ――いやいや、モニターに移っている敵影は、お前自身だからな……


 異次元とも言える領域で機体を操る拓哉に、ミルルカはツッコミを入れたくなる。

 なにしろ、拓哉がやっているシミュレーションは、ララカリアがプログラムした『タクヤレボリューション』なのだ。

 そう、拓哉が操る機体のドライブレコーダーを元に作り出したシミュレーションであり、誰もが一瞬で撃破されるという無理ゲーだった。いや、拓哉一人が楽しく遊ぶシミュレーションかもしれない。

 それはそうと、ミルルカがナビ席に座っているのには理由があった。

 あれは、第一会議室で今後について話し合った後だった。


 伸び悩むミルルカの苦悩を真摯に受け止めた拓哉が、リカルラとララカリアに願い出た。

 もちろん、ミルルカが成長するために、何をすればよいかという相談だ。

 真剣に頼み込む拓哉を見やり、ミルルカは胸を熱くした。しかし、クラリッサは面白くなかったのだろう。不機嫌な表情をあらわにしていた。

 そんなクラリッサの姿を見て、人前で散々ラブシーンを繰り広げておいて、その態度はなんだと言いたくなるミルルカだったが、拓哉に負担をかけたくないという思いから、その不満を胸中に留めることにした。

 業界にリカルラありと呼ばれた彼女は、拓哉の問いに二つ返事で頷いたかと思うと、直ぐにその場を去っていった。

 その行動を不思議に思っていると、幼女が口を開いた。

 もちろん、その幼女はララカリアであり、年齢的にはミルルカよりも年上だ。

 ただ、ミルルカも彼女がプログラムの世界で名を馳せていることは知っていた。それ故に、黙って彼女の意見に耳を傾ける。


「そうだな。こんなこともあろうかと思って、あの新機体にはドライブシミュレート機能を搭載とうさいしてるんだ。それを使えばあの対校戦時のお前自身と戦えるぞ? もちろん、舞姫や鋼女ともな」


「そうなんですか!? それは面白そうだな~。早速やってみますよ。ありがとう御座います」


 幼女姿のララカリアが自慢げにツルペタの胸を張ると。拓哉は嬉しそうに礼を述べた。

 しかし、拓哉にとっては面白いものだが、ミルルカにとってはなんの意味もない。拓哉と戦うだけなら、対戦型シミュレーションで可能なのだ。

 ただ、ミルルカはその事よりも別のことが気にかかる。なぜか幼女が頬を赤らめていたことだ。


 ――こ、こいつは、敵だ! 間違いない! 私達に割って入ろうとする存在だ!


 ミルルカは直ぐに察した。女の勘が囁いたのだ。

 そう、ララカリアの態度は、拓哉に興味を持っていることを見抜いた。

 そして、今後の対策を考える。


 ――この件は、クラリッサ達と相談しないと拙いな。


 いつの間にか目的を見失っていることに気付くことなく、今後の対処を決めた。

 そんなところに、ヘルメットのような器具を二つ持ったリカルラが戻ってきた。

 その表情はやたらと明るい。ただ、それと反比例するように、拓哉が表情を曇らせる。


「さあ、これでバッチリよ!」


 戻ってくるなり、そのヘルメットのような器具を突き出しつつ、リカルラが告げたのだが、拓哉は怪しい物でも見るかのような視線で、少し距離を取った。

 その行動から、ミルルカは間違いなく怪しい代物だと感じる。

 しかし、興味がないと言えばウソになる。なにしろ、相談した内容は、彼女の成長に関することなのだ。

 ただ、拓哉は胡散臭いと言わんばかりの眼差しを向けた。


「それは、何ですか?」


「これはシンクロ装置よ。そう、名付けてシンクロ君よ」


 ――君……君って……わざわざつける必要があるのか?


 明らかに疑いの視線を向ける拓哉を他所に、リカルラは楽しげな表情で頷くのだが、ミルルカは装置の名前を聞いてドン引きする。

 この場合、ミルルカの神経は正しいだろう。とかく物の名前に『君』をつけるなど、胡散臭いことこの上ない。

 それでも、拓哉には、その装置について尋ねるしか選択肢がない。


「それで、何とシンクロするんですか? 変な事にならないでしょうね?」


 ――どうやら、タクヤはリカルラを全く信用していないようだな。まあ、エッチな内容を強制学習させられた挙句、最後には巨大な注射をぶち込まれたし、タクヤでなくても信用できなくなるわな……


 ミルルカはいぶかしげな視線を向ける拓哉に同情する。しかし、リカルラは気にせず話を続けた。


「もちろんよ! 大丈夫、悩ましい気分になったりとかしないから。それで、これは装着者同士の感覚を同調する装置なの。きっといい結果が出るわ」


 ――きっと? きっととは、どういうことだ? もしかして試験を行ってないのか?


 リカルラの説明を聞いたミルルカは、拓哉が浴びせるジト目の理由を知った。いや、その装置を使うことなく同調したような気がしたのだった。


 結局、他に方法がないと知り、拓哉は胡散臭いと感じながらも、シンクロ君を使うことにした。

 まるでモルモットのような気分でシンクロ君を使い、ミルルカは拓哉と同調しているのだが、全くと言って良いほどに未知なる体験となった。

 それは、シンクロがという意味ではない。

 もちろん、シンクロ自体も未知なる体験なのだが、そんなことなど簡単に忘れてしまうほどに、未知なる世界が彼女を飲み込んだ。

 そう、拓哉から流れ込んでくる情報があまりにも異常で、彼女の思考や神経が追いつかないのだ。

 タクヤの思考、タクヤの腕の動き、タクヤの脚の動き、タクヤの気持ち、タクヤの鼓動、そんな何もかもが同調している。

 ただ、同調していない感覚もあった。それは視覚と聴覚だ。

 それを不思議に思うのだが、その理由にたどり着く前に、彼女の精神と身体が限界を迎えた。


「タ、タクヤ、ス、ストップだ。ストップ!」


「ん? どうしたんだ?」


 ミルルカがストップをかけると、拓哉は機体を操作しながらサブモニターに視線を向ける。


 ――いや、操作を止めて欲しいんだが……


 限界まで我慢したのが拙かった。ミルルカは既に決壊寸前のダムの如く末期を迎えていた。


「あ、あの、あのな……吐きそうなんだ……」


 その台詞は、ミルルカにとって、裸を見せるよりも恥ずかしかった。

 もう、穴があったら入りたいくらいに恥じていた。


「わ、わかった。まて、ここは不味い! 直ぐに止めるから」


 慌ててシミュレーションを停止する拓哉だったが、時既に遅いと彼女の身体が告げていた。

 彼女の意思に反して、身体がギブアップしてしまった。


「だ、ダメだ……も、もう、限界……げほっ! げほげほげほ」


「うわ~~~~!」


 こうして拓哉との初めてのシンクロは、開始から僅か十分で、ミルルカがゲロをぶちまけることで幕を閉じるという不名誉な結果となった。









 ミルルカは未だクラクラする頭に冷水を浴びせている。

 しかし、流れているのは、シャワーヘッドから出る水だけではなかった。


 ――恥ずかしい……火炎の鋼女の二つ名になんの自負もないが、強い女として頑張ってきたのに……


 格納庫に一番近い一人用のシャワーブースで、冷水を頭からぶっ被っているミルルカは、滴る水に乗せて涙をこぼす。

 彼女にとって、弱みを見せない強さこそが絶対だった。勝ち負けよりも、自分を強く保つことが重要だった。

 しかし、今の彼女は、惨めな弱者に成り下がっていた。あの傲慢で豪快な彼女は消え失せ、唯のか女々しい存在となっていた。


 ――もうダメかもしれない……何もかもがこの水のように流れ落ちていく気分だ。機体操作の自信も、誰にも負けないという気概きがいも、強い人間になるという望みも……私は井の中の蛙だったのか? 全てはトトの力による恩恵だったのか? これから努力すればタクヤのようになれるのか? いや、あれほどの技能を身に付けるのは無理だろう……


 ミルルカは狭い個室のシャワーブースで、今にも泣き崩れそうになる。

 完全に打ちのめされていた。拓哉の見る世界についていけないと知って、根底から崩れていくような脱力感が彼女を襲う。


 ――ダメだ。涙が止まらない……足に力が入らない……どうしよう。こんな姿を誰にも見せられない。見られたくない。でも、もう以前の私には戻れそうにない……いったいどんな顔をすればいいのだ?


 まさに力無く膝を突こうとしていた時だった。彼女をはるかに凌駕りょうがする拓哉の声が届いた。


「ミルルカ、着替えのドライバースーツをここにおいて置くぞ」


 りガラスの向こうに拓哉が居る。

 しかし、下心あらわに覗いたりしない。それが拓哉の良いところであり、ミルルカが快く思う性格でもあった。本当は興味があるのに、一生懸命に我慢している姿が可愛いとさえ感じていた。

 その想いが衝動に替わったのだろう。気が付けば、ミルルカは磨りガラスのドアを押し開けていた。そして、拓哉の腕を握ると、無理矢理にシャワー室に引っ張り込んでいた。


「ちょ、ちょ、どうしたんだ? ミルルカ! てか、つめて! これ、水じゃないか!」


 その行動に驚いた拓哉が慌てて声を上げたのだが、冷水を浴びて悲鳴をあげる。

 しかし、そんなことなどお構いなしに、彼女は抱き着く。

 冷たくなった身体に拓哉の温もりを感じた時、必死に押し込めていた心の声が噴出する。

 誰にも言えないと思っていた気持ちが、震える声となって流れ出る。


「わ、わ、私はもう……もうダメだ……今回のことで、トトの居ない私は、何の力もない女だったことが分かったのだ……私はダメな女なのだ……」


 ミルルカはポロポロと涙をこぼしつつ、拓哉の胸に顔を埋める。

 恥ずかしさのあまりに顔を見せられないと感じていた。いや、拓哉に突き放されまいとする気持ちが、無意識に働いていた。

 まるで、捨てられた子犬のように怯えていた。


 ――ああ……私はタクヤに嫌われたくないのだな……捨てられたくないのだな……女々しくか弱い無力な小娘と同じなのだな……


 自分の行動で、今更ながらに弱さを知ることになる。そして、絶望する。自分自身に失望する。


 ――ダメだな……きっと、タクヤも呆れているだろう。これでは見放されても当然だな……


 絶望的な気持ちで心が押し潰されそうになっていた時だった。

 背中に温かな温もりを感じた。そう、拓哉が冷たくなったミルルカの身体を抱きしめたのだ。


「何を言ってるんだ? ミルルカは十分強いぞ? 俺はお前の強さを認めてるんだ。いや、きっと、これから更に強くなると思う。多分、今は壁にぶちあたっているだけだ。だから、これを乗り越えれば、新たな鋼女として生まれ変われるんだ」


 拓哉は自信満々に告げると、冷たくなったミルルカの頬を撫でる。

 その言葉が、その行動が、その手が、彼女に温もりを与える。


 ――温かい……タクヤの身体が、優しく力強い言葉が、温かい……心に染み入るようだ。でも、本当に強くなれるのか? いや、強くなれないと駄目なのか?


 拓哉の温もりに安堵する反面、彼女は心が冷たくなっていくような気がした。

 喜びの笑みが消え、彼女は俯いてしまった。


「タクヤ、私は自分が弱い人間だと知ってしまった……タクヤはこんな惨めな女々しい女なんて嫌だろ? 正直に言って欲しい……」


「何を言ってるんだよ。人間、誰もが弱いんだ! だから助け合って生きていくんだろ? 俺はミルルカの支えになりたいと思うぞ? いや、俺だけじゃない。恐らくクラレもカティもキャスもそう言ってくれると思う。それに、そんなことで嫌いになったりしないさ。ミルルカ、お前はもっと自信を持っていいんだ。ドライバーとしても、女としても、まるで宝石のようにキラキラ輝いているぞ」


 ――宝石のように……本当なのか? いや、なぐさめの言葉だよな……でも、嫌いじゃないと言ってくれた……


 拓哉の言葉は、真っ暗だった彼女の心にわずかかな光を灯した。

 まるで、今にも消えそうな小さな灯火だが、弱々しくも温かな温もりを与えていた。


「ほ、本当か? 弱い癖に口ばかり達者な女だと思ってないか? 勝手に自分が強いと思っていた勘違い女だぞ? おまけに押しかけ女房……それも五つも年上なんだぞ?」


「そんなこと思ってないし、頼りにしてるぞ? それに初めはビックリしたけど、今は俺の大切な未来の嫁だと思ってる……って、恥ずかしいから言わせるなよ」


 自分を受け入れてくれる言葉に感激して、俯かせていた顔を上げると、拓哉は照れ隠しなのか、そっぽを向いていた。しかし、直ぐに顔の向きを戻すと、彼女の瞳を見詰めた。

 その真摯な瞳に感じ入ったミルルカは、ゆっくりとまぶたを閉じた。

 すると、彼女の唇に温かい感触が伝わってくる。そして、その温かさを感じた時、クラリッサが癖になっている理由を理解した。

 なにしろ、さっきまで膝を折りそうだった身体に力がみなぎる。冷水のシャワーで冷えた身体に温かさが伝わってくる。いや、それは身体だけではなく、折れていた心にまで伝わってきた。


 ――やる! 私は頑張る。まだできるはずだ。タクヤがそう言ってくれているのだから。彼が私を支えてくれる限り、私は折れたりしない。もう泣き言なんて口にしない。


 拓哉が与えた温かな優しさで、彼女は自信こそ取り戻すことはなかったが、立ち上がれる力が湧いてきた。その全ては拓哉のお陰だった。力ある拓哉の温かさが、その優しさが、彼女に力を与えてくれたのだ。


「タクヤ、あ、あ、愛してる。私はどこまでもお前に付いていく。だ、だから、私を離さないでくれ」


「ああ、もちろんだ! 俺も愛してるぞ」


 その言葉は、ぶっ飛ぶくらいの喜びを彼女に与えた。

 そう、飛び回りたいほどに幸せだと感じていた。

 その気持ちは、彼女の気持ちを大きくする。気が付くと、彼女は吐しゃ物で汚れていた拓哉の服を脱がしはじめた。


「ちょ、ちょっ、ミルルカ! な、何をやってるんだ?」


「なにを言ってる? 今更じゃないか。いつも一緒に入浴しているのだから。それに、私のことはミルルと呼んでくれ。私のやった後始末は自分で処理しないとな」


「ちょっとまて! そ、それはいいんだが、せめてシャワーをお湯にしてくれ」


「あっ! そうだった! 体調を崩したら大変だよな」


 思わず、いつまでも冷水を浴び続けていたことを思い出し、慌ててシャワーを温水にすると、彼女は拓哉の全身を隅々まで洗い流した。

 その間、胸をチラチラと盗み見る拓哉を可愛く思い、ミルルカは大人の階段を上る覚悟をしてしまうのだった。


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