135 意気投合
2019/2/9 見直し済み
アーガスからもたらされた純潔の絆の情報は、拓哉に衝撃を与えた。
ただ、その情報を聞いて、拓哉以上に驚いていた存在が居た。
「そ、それは本当なのですか? ディートが戦場になると?」
慌てた様子で叫ぶように問いかけたのは、ディートを故郷とするカティーシャだった。
顔を青くする彼女に向けて、アーガスとリカルラが厳しい表情で頷く。
「くそっ! なんて奴等だよ! ボクの手で鉄槌を食らわせてやりたいよ」
カティーシャが思いの丈を露わにすると、ガルダルとミルルカも憤りを隠すことなく吐き出す。
「本当に最低な奴等ですね。あそこから抜け出せて本当に良かったわ。みなさんには感謝の言葉もないです」
「人間同士が争っている場合ではないというのに……いや、奴等にとって、自分たち以外はどうでもよいのだろうな」
ガルダルが純潔の絆を罵りつつも、その最悪な環境から救ってくれたことに感謝した。
その横では、腕を組んだミルルカが頭を横に振りつつ、奴等の悪辣さを口にしていた。
憤る二人を眺めながら、拓哉はこの問題の影響について考えていた。
――俺達がディートへ辿り着くのにあと三日。そこから機体のチェックや飛空艦の換装。奴等がどこから出立するかはしらないが、ディートまで何日で辿り着くのだろうか……更には、ミラルダにもヒュームが攻めてくる。こちらの方が最悪だよな。非戦闘員にも容赦ないと言ってたし……俺達はこれからどうすればいいんだ? もしかして、ディートとミラルダが同じタイミングで戦火に焼かれるなんてことが起こるんじゃないのか? その場合、俺達はどうすればいいんだ?
最悪のケースを想定して、今後の行動をどうすべきかと考える。どうやらクラリッサも同じことを考えていたようだ。
「純潔の兵がディートに攻めてくるのは、何時頃になるのですか? それと、大規模と言ってましたが、その規模は?」
それは拓哉のみならず、誰もが抱く疑問だ。
戦うにしても、情報がなければ、どうにもならない。
それを理解しているが故に、誰もが息を呑んで返事を待つ。
すると、表情を強張らせたアーガスの口から、恐ろしい解答が吐き出された。
「空母級が二隻と護衛艦が十隻、旗艦が一隻の十三隻がこちらに向かっているようです。恐らく、一週間くらいで到着するだろうと連絡が入ってます」
「じゅ、十三隻だと!? それだと四百機以上のPBAを投入できるということだぞ? 奴等はディートを灰にするつもりか?」
「十三隻……四百以上……ゆ、許せない……」
その規模を聞かされて、ミルルカが絶句し、カティーシャがその小さな手を固く握りしめて怒りを露にした。
ところが、その場の空気を一気に変える元気な声が上がる。
「カティ、安心するですニャ! ウチ等に掛かったら、PBAの四百や五百なんてゴミと同じですニャ。ぎったんぎったんにしていやるですニャ」
その垢ぬけた元気な声は、猫耳をピコピコさせているレナレのものだった。
猫耳の間にちょこんと座っているトトも、カティーシャを元気づける。
「そうなんちゃ! 戦艦だろうが、空母だろうが、ウチがぶち抜いてやるっちゃ! ねぇ、ミルル!?」
「あ、ああ! もちろんだ! 自分達こそが優れているなんて勝手にほざいて、他の者を虐げるような奴等の艦隊など、私がゴミクズに変えてやるぞ!」
レナレの頭上に腰を下ろすトトが元気よく腕を振り上げながら、相棒であるミルルカに話を振ると、彼女は力強く艦隊を殲滅すると言って退けた。
すると、レナレの相棒であるガルダルが、気合を入れた表情を作ると、自分もと告げる。
「そうね。相手があいつ等かと思うと、心置きなく暴れられそうだわ。これまでのツケを一気に晴らさせてもらいましょうか」
――あはは、こいつらって、みんないい奴だよな。他人の痛みを感じることができるんだよな。よし、俺も気合を入れるぞ。
カティーシャを元気づける者達の言葉で胸の熱くなるのを感じる。
そして、拓哉は自分も力になりたいと告げようとしたのだが、クラリッサが先に割って入った。
「私もできる限り力になりたいのだけど……機体は直ぐに使える状態なのですか? それにヒュームの侵攻状況は? 向こうが行動を起こせば、一週間程度でミラルダに達するはずです。ディートからミラルダは三、四日で到着できますが、それで間に合うのですか? 飛空艦の換装にどれくらいの時間が掛かるんですか?」
冷静に状況を見据えるクラリッサに、全員の視線が集中する。
それは、決してこの場の空気を変えた彼女に不満に感じているものではなかったが、少なからず温度差を感じているような眼差しだった。
しかし、拓哉としては、彼女の気持ちも理解できる。
ここがミラルダであり、ヒュームが襲ってくるという話になれば、誰もがカティーシャに接したように、クラリッサを元気付けただろう。いや、実際にミラルダには、ヒュームの部隊がいつ侵攻してきてもおかしくない。
彼女の気持ちを理解する拓哉は、全員が聞こえるように告げる。
「どちらも守るぞ! 敵は全て俺が倒す。純潔の絆もヒュームも退けてやる。ミラルダもディートも俺からすると異世界の都市だが、俺はお前たちの大切にしているものを守るのに、力を惜しんだりしない。全力で守ってみせるぞ」
クラリッサ一人を悪者にしたくない。その想いが、拓哉に決意を口にさせる。
その言葉に思うところがあったのか、呼応するかのように、レナレの猫耳がピクピク震え、尻尾がピンと伸びた。
「同感ですニャ! ウチもここにきて、前みたいな視線を浴びなくなったですニャ。みんな優しく受け入れてくれたし、とっても良くしてくれるですニャ。ウチもみんなの大切なものを守るですニャ!」
レナレが力強く告げると、それに同調したトトは、レナレの頭から飛びあがってヒラヒラと宙を舞う。
「そうやね。ウチも同じなんちゃ。美味しいものを沢山食べさせてくれるし、ここは最高なんちゃ。だから、ウチもみんなの力になるんちゃ!」
「おい! お前は食べ物のためか!? このショウジョウバエ!」
「ムキーーーーーー! ミルルのバカ! アホ毛女! 単細胞!」
「誰が単細胞だ! 誰がアホ毛だ!」
――いやいや、お前だよミルルカ!
トトのアレな発言に、ミルルカが憤慨する。それが何時もの騒ぎを呼んだのだが、そこに和やかな表情となったカティーシャがボソリと漏らした。
「確かに……前から思ってたけど、ミルルってアホ毛が生えてるよね」
「ちちちち、ち、ちが~~う。これは寝ぐせだ!」
――いやいや、どちらにしても、女としての嗜みの問題だと思うんだが……
「うニャ! 前から気になってたんニャ。そのアホ毛! 本物かニャ?」
「だだだだ、だから、ちが~~う! アホ毛いうな!」
カティーシャに続いてレナレからも突っ込まれて、ミルルカが発狂寸前となるが、張り詰めていた空気が和らいだことにホッとする。
すると、クラリッサが申し訳なさそうに、拓哉を見上げた。
「ごめんなさい。また暴走してしまって……」
「いや、気にするな。誰だって守りたいものがあるし、それは誰もが同じだとは限らないからな」
正直言って、拓哉にとっては、ミラルダやディートの住人と接したことがなく、知らない人ばかりだ。その者達が戦争の犠牲になるのは、本意ではないが、命を懸けてまで守ろうという気概は起こらない。しかし、それがクラリッサやカティーシャの大切なものだとなれば話が変わる。拓哉からすれば、彼女達が悲しむ姿を見たくないのだ。
「ありがとう。タクヤがいてくれて本当に良かったわ。勘違いしないでね。戦ってくれるからという理由ではないの。あなたが傍にいてくれるだけで、私の心が落ち着くからなの」
クラリッサが嬉しそうに笑みを浮かべた。
それは、拓哉の求めていた笑顔であり、彼が求めていたクラリッサだった。
「何をいってるんだ? お前の笑顔が見られるなら安いものさ」
幸せそうな彼女にそう返すと、照れたような仕草をしながらも身体を寄せてきた。
ところが、世の中とは本当に上手くいかないものだ。透かさずそれを遮る声が上がった。
「は~い! そこっ! それ以上近づかない!」
「そうだぞ! クラリッサばかり良いムードになるのはズルいぞ。さあ、離れろ!」
カティーシャが身体ごと間に割って入ると、いつの間にかトトとの騒ぎを収めたミルルカが、拓哉の腕を取って引っ張る。
ミルルカの強引な行動は、拓哉の腕に大きな胸に押し付ける格好となる。
途端に、拓哉の顔が緩んだ。まあ、これも男の性なので仕方ない。
――うむ……やっぱりミルルカの胸の感触は最高だな……
思わずミルルカの胸の柔らかさに感嘆してしまう。すると、今まで笑顔を湛えていたクラリッサの表情が一変する。
本当に女の嫉妬とは恐ろしいものだ。寸前まで幸せそうな笑みを浮かべていたクラリッサが、眦を吊り上げて報復を実行した。
――いてっ! うぐっ! また尻を抓りやがった! ちょっとくらい、いいだろ?
頬を膨らませたクラリッサに対して、物言わず不満を露わにすると、彼女は究極奥義を発動させた。
「いい加減にしないと、リカルラに言って注射を用意してもらうわよ」
「ちょ、ちょっと待て、それだけは待て! 待つんだ! 悪かった! 悪かったよ! なっ! だから、それだけは勘弁してくれ」
巨大注射のネタで威嚇されて、拓哉は恥も外聞もなく焦って謝罪する。
その態度が可笑しかったのか、クラリッサは笑みを見せるのだが、釘を刺すことも忘れていなかった。
「だったら、ミルルの胸くらいでデレデレ鼻の下を伸ばさないの。それに毎日見ているでしょ?」
――そうだけどさ……見ると触るは、大違いなんだぞ?
その通り、見ると触るは大違い。温かさや柔らかさを直に感じるのは、目で見る感覚よりも素晴らしさを感じることができる。
しかし、それを口にすればどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。その意見は心中に留めることにした。
ただ、先程からの騒動を見かねたリカルラが、怒りの声を発した。
「もういい加減にしなさい。子供の遠足ではないのよ。もう少しシャキッとしないと、全員に注射をお見舞いするわよ」
彼女の言葉で、一気にその場が静まり返る。いや、僅かながらヒソヒソと話し声が漏れ聞こえてくる。
「おい、リカルラ博士の注射と言うと、例のあれか?」
「そうなんちゃ。タクヤがぶっ刺されてたんちゃ。痛そうだったんちゃ」
「あれは要らないですニャ。あんなのをお尻に刺されたら戦闘不能になるですニャ」
「私もあれは勘弁願いたいですね。というか、私は騒いでませんよ?」
ミルルカが渋い顔で囁くと、トトがそれに同調する。続いてレナレが両手で体を抱いたかと思うと、尻尾を股の間に収めた。最後にガルダルが自分は関係ないと言いながら物理的に距離を置く。
――ぶっちゃけ、俺も騒いでないんだけど……この中でぶち込まれそうなのは、やっぱり俺なんだよな?
「よし、みんな静かに話の続きを聞こう」
あれだけは勘弁して欲しいと思い、拓哉が全員に静まるように声をかけると、リカルラを除く誰もが黙って頷いていた。
ただ気になったのは、なぜか、ダグラスまでもが頷いていたことだった。
――あのおっさん、何かしたのか?
ダグラスの態度を不審に思うが、それを追及している場合でもない。直ぐに、視線をアーガスに向ける。
彼女は明るくしていた表情を厳しいものに変えて小さく頷くと、騒ぎで中断された話を再開させる。
「機体に関しては、武装まで含めるとあと一週間くらい掛かります。それで……飛空艦の換装ですが、早くて二週間の時間が必要です」
重苦しい雰囲気で告げられた状況を聞いて、誰もが静まり返った。
それは、リカルラから注射を突き付けられた時よりも、静寂に包まれていると表現しても過言ではないだろう。
しかし、その静寂を破るようにミルルカが口を開いた。
「それでは全然間に合わないではないか。ディートは何とかなるとしても、ミラルダが焦土にされてしまうぞ」
「移動まで含めると三週間……」
ミルルカの台詞の裏で、表情を曇らせたクラリッサが呟く。
――大丈夫か? また情緒不安定になるんじゃないか?
俯くクラリッサを気にしてると、ダグラスが本題に入った。
「それ故に、相談があってみんなを呼んだのだ」
そう、ここまでの話は唯の前置きだった。そして、ここからが本題なのだ。
いつになく真剣な表情を作るダグラスに視線を向け、どんな話が飛び出てくるのかと、拓哉は嫌な予感に襲われながらも、次の言葉に耳を傾けた。