134 二つの問題
2019/2/8 見直し済み
無機質な壁と床が続く通路をミルルカと共に歩いてると、別方向の通路からクラリッサ、ガルダル、レナレ、トトの四人がやってきた。
この場合、トトの数詞を人間と同じにしているのは、羽が生えていることや小さいことを除けば、その見た目は人間と変わらないからだ。
「ねえ、何が起こったのかしら」
合流したクラリッサが呼び出しについて尋ねてくるのだが、それは拓哉にも分からないことだ。
ただ、分かっていることはある。それは、行けば分かるということだ。
「分らん。でも、重要な話なんじゃないかな。もしかしたら、また敵が現れたとか? どちらにしても、直ぐに分かることさ。急ごう」
「そうだな。ここでウダウダと言っていても始まらん」
思うところを口にすると、意気込んだミルルカが割り込んできた。
どうやら、今度こそはと、血気盛んになっているようだ。
――まあ、前回はいいとこなしだったからな。血気に逸るのも解からなくもないんだが……
息巻くミルルカの気持ちを察していると、彼女は鋭い視線を拓哉に向けた。
「タクヤ! お前は防御エッグに入れよ! 私は攻撃エッグに入るからな。ガルダル! お前も攻撃エッグに入れ! 私と勝負しようではないか」
「えっ!? 勝負ですか? その意図が分からないんですが……」
何が何でもガルダルに負けていると思いたくないのだろう。
ミルルカは強引に勝負を申し込む。些か血気に逸り過ぎて暴走気味だ。ガルダルはといえば、意表を突かれたせいか小首を傾げていた。
しかし、猫耳娘がぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を上げる。いや、手だけではなく尻尾も上がっているようだ。
「勝負ならウチが受けるですニャ! 負けないですニャ~!」
「よかろう。アタックキャストの使い手との勝負なら望むところだ」
完全に目的を逸している訳だが、まるでゲームでも楽しむかのようなレナレに対して、ミルルカは嬉しそうに胸を張る。
誰もがガルダルとの勝負だったのでは? と疑問符を頭に浮かべる。
そんなところに、トトが茶々を入れる。
「止めるんちゃ。ミルルが負けて落ち込むだけなんちゃ」
普通に考えて、ミルルカが勝てるわけがない。
どれだけアホっぽく見えても、レナレは異世界人であり、異常な力を持っているのだ。逆に、そうでなければガルダルが連れ帰ることもなかったはずだ。
しかし、激昂するミルルカは、自分の相棒に怒りをぶつける。
「何だと! このハエが! 黙ってろ!」
「は、は、は、ハエ!? 言うに事欠いてハエとは……ミルルなんかケッチョンケッチョンにやられるんちゃ! このアホ毛女!」
そう、ミルルカにはアホ毛があった。
別にアホという意味ではなく、ただ単に、アホ毛保持者だった。
実際、その美しい見た目と違って、瞬間湯沸かし器だったり、天然だったり、おっちょこちょいだったり、喜怒哀楽が激しかったり、おちゃめだったりするのは事実だ。
――そうなんだよな~。アホ毛が生えてるんだよな~。
「アホ毛の話は、またにしましょ。さあ、行くわよ!」
誰もがミルルカのアホ毛に視線を向けていると、クラリッサが手を叩いてみんなを急かした。
彼女の指摘で我に返った拓哉達は、未だに興奮気味のミルルカとトトを宥めて、急いで会議室に向かう。
生体認証を済ませて会議室に入ると、そこには既にダグラス、アーガス、リカルラ、ララカリア、カティーシャ、それと彼女の兄であるクーガーの姿があった。
ただ、今回に関しては、リディアル達は呼ばれておらず、拓哉達が会議室に辿り着いたことで、全員が揃ったことになる。
というか、拓哉達が最後だったと言った方が良いだろう。
会議室に入るなり、遅れてやってきた拓哉達に向けて、リカルラから叱責の言葉を投げつけられた。
「遅いわよ。ここは軍隊じゃないけど、一応、規律はあるのよ? いつまでも訓練生気分ではダメよ」
確かに、戦闘が行われることを考えれば、常に迅速な対応を行えるようにする必要はある。
そう考えた拓哉が、すぐさま謝ろうとした。しかし、ダグラスが和やかに告げる。
「まあまあ、彼等はパイロットだし、本領は戦闘で発揮してもらうさ」
ダグラスはそう口にしたのだが、彼とその隣に居るアーガスのスッキリした表情を見て、拓哉は無性にぼやきたくなった。
――ちっ! 毎晩二匹のウナギのように絡まってるんだろうな~。こちとら据え膳で毎日蓄積量を増やしているってのに……
艶々した二人を見て心中で愚痴っていると、その考えをクラリッサが察したようだ。彼女は肘で拓哉のわき腹を突いてきた。
その行動に、拓哉は不満を抱く。
――いてっ! ちぇ! お前達にもその原因があるんだからな? 責任とれよな! でも、身体で……なんて言えないし……
無言で拓哉を窘めるクラリッサに不満の視線を向ける。しかし、彼女は場所を考えろとでも言うように、己の視線を巡らせる。
確かに彼女の言う通りだ。これから重要な話が始まるのだ。個人的な欲望は仕舞っておく方が良いだろう。
「それで、今日の招集は、どういうことですか?」
拓哉が肩を竦めて嘆息していると、クラリッサが本題について言及した。
途端に、これまで和やかな表情をしていたダグラスの表情が一変する。
その表情からして、かなり拙い話ではないかと感じとる。そして、また戦闘でも始まるのではないかと先読みする。
ただ、嫌な予感を抱きながらも、ダグラスの言葉を待つ。すると、隣に立っていたアーガスが凛とした表情で話し始めた。
「私の方から説明します。良くない話が二つあります。一つ目はミラルダを狙っているヒュームの部隊についてです。現在、リトルラに集結し終えたとの報告が入ってます」
「直ぐに進攻が始まるのですか?」
ヒュームの話が出た途端、クラリッサが冷静さを欠いた声色で食いつく。
ただ、アーガスは顔色一つ変えずに首を横に振る。
その冷静な態度を見て、拓哉は感心してしまう。
――うむ、あの情熱的な喘ぎ声を発していた女性と同一人物とは思えんな……
少し場違いな事を思い浮かべていたのだが、隣からブツブツと聞こえ始めた声に驚き、慌てて隣に立つクラリッサに視線を向ける。
「早く行かなきゃ! 早く行かなきゃ! 早く行かなきゃ! 早く行かなきゃ! 早く行かなきゃ! 早く行かなきゃ! ……」
俯いて同じ言葉を繰り返す、クラリッサの異常な姿があった。
その異様な雰囲気を感じ取り、拓哉はこれまでにないほどの焦りを感じさせられる。
というのも、これほどまでに情緒不安定な彼女を見たことがなかったからだ。数日前に、ヒュームの侵攻を聞いた時でさえ、これほどまでに動揺していなかった。
そのことで、拓哉までもが不安に駆られてしまうのだが、それをグッと堪えて彼女の肩に手を乗せる。
「クラレ! 大丈夫だ! 俺も居るからな」
「タ、タクヤ……」
彼女は掠れた声で拓哉の名を呼ぶと、周囲の目も気にせずに抱き着いた。
そんな彼女を優しく抱きしめてやり、ゆっくりと頭を撫でていると、リカルラが声を発した。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。住民の避難は始まっているし、ミラルダ駐屯軍はこちらの味方だから、防衛線を展開することになっているわ」
「それで、たったそれだけで、大丈夫だと言うのですか? 相手はヒュームです。避難している処にだって平気で襲い掛かる奴等です。それに、朱い死神が現れたらミラルダ駐屯軍なんて居ないのと同じです」
安心させるつもりで情報を追加したのだろう。しかし、それは完全に裏目となった。
拓哉に抱き着いたままのクラリッサが激昂した。
彼女は知っている。ヒュームの残虐さを。人を物であるかのように始末する奴等の行動が、いかに恐ろしいものか、己が目に焼き付けているのだ。
ヒュームに感情はない。あるのは演算とルールだけだ。ただ、そのルールの中に、非戦闘員を死に至らしめることを禁止する内容はない。それが故に、淡々と殺戮を繰り返す。まるで、害虫を駆除するかのように、人間を始末するのだ。
そんな状況で生き延びたクラリッサにとって、リカルラの言葉は何の価値も持たなかった。
――参ったな。こうまで荒れるクラレをどうやって鎮めればいいんだ? いや、ここは俺の男らしさを見せるところだな。てか、みんなはそれを期待してるんだな……ちぇ! 丸投げかよ。おい、その「お前の嫁だろ!」って、視線は止めろ!
外野から投げかけられる、何とかしろという視線をヒシヒシと感じる。
丸投げしてくる者達に向けて、心中で悪態を吐きながらも、クラリッサを抱く手の力を強めて優しく囁く。
「俺が居る限り奴等の好きにはさせないさ。俺が全て片付けてやる。例え、朱い死神であろうとな。俺がお前の大切なものを守ると誓うぞ」
自分ではかなり決まったなと感じていた。
というか、本人としては出来過ぎだった。
そして、その気持ちは、クラリッサに伝わったようだ。
拓哉に抱き着いている彼女が、潤ませた瞳で訴えかける。
「本当に? 本当に大丈夫なの?」
「ああ、間違いない。それとも、俺の言葉を信用できないか?」
未だ不安げなクラリッサに笑顔を向けると、彼女は即座に首を横に振った。
「ううん! 信じてる。それに、あの朱い死神と戦えるとしたら、タクヤしかいないもの」
固くしていた表情を少しだけ和らげ、クラリッサはゆっくりと顔を近づける。
その行動が意味するところは一つだ。
ただ、クラリッサは直ぐに周りが見えなくなる癖があるようだ。感情に流されて、どこでも口付けを求める傾向があった。
しかし、拓哉としては、至って冷静だ。もちろん、周囲のことも意識していた。
――こ、これは口付けの合図なんだが……周囲の目が……お前等! その嫌らしい視線を止めろ! 見るな! 目を瞑れ! てか、カティ、ミルルカ、俺を睨むな!
生暖かい視線と抗議の視線を浴びながらも、拓哉は目を瞑っているクラリッサの柔らかい唇に、優しく自分の唇を重ねる。
両腕で抱いていてクラリッサの緊張が、ゆっくりと解けていくのが伝わってくる。
しかし、逆に憤りを感じた者も居たようだ。
「ねえ、もうオーバータイムだよ」
「少し長すぎるぞ。もういいだろ! クラリッサだけ甘やかし過ぎだ!」
もちろんクレームを入れたのは、言わずと知れたカティーシャとミルルカだ。
二人は冷やかな視線をクラリッサに向け、抗議の声を上げた。
それが耳に入ったのだろう。彼女は少し名残惜しそうに、その柔らかい唇を離す。
「ありがとう。ごめんなさい。少し取り乱してしまって……でも、もう大丈夫よ。ただ、少し外野が煩いわ!」
彼女は礼を述べると、ゆっくり身体を離したのだが、すかさずカティーシャとミルルカを睨みつけた。
ただ、二人としても憤りを隠せない。クラリッサの言動を看過できなかったようだ。
「それはないんじゃない? 本当は阻止したいところなのに!」
「そうだぞ! 私達の優しさに感謝すべきだろ!」
いつもの諍いが起るわけだが、不思議と拓哉は安堵した。そう、いつもの調子が戻ってきたからだ。
ただ、調子が戻ったのは良いが、この騒ぎを収めるために四苦八苦するのも拓哉の役目だ。
安堵したのも束の間、直ぐに焦りが生まれる。
しかし、そこに助け舟が出された。
これまで空気を読んで静かにしていたガルダルが、ひと段落したと考えたのか、それまで閉ざしていた口を開いたのだ。
「ところで、もう一つの問題は何なのでしょうか?」
――そういえばそうだった。問題は二つだと言っていたよな?
ガルダルの言葉で誰もが我に返る。
すぐさまアーガスに視線が集中する。
ただ、彼女は若いっていいわねとでも言いたげな表情を見せていた。
どうやら、いまだ現実の世界に戻っていないらしい。
「うほんっ!」
アーガスを引き摺り戻すために、ダグラスがワザとらしい咳払いをすると、彼女は慌てて手に持つ端末を操作し始める。
そして、もう一つの問題について説明を始める。
「あ、あ、すみません。えっと、もう一つの問題ですね。純潔の絆が決起しました」
アーガスからもたらされた二つ目の問題だが、拓哉にとっては、それが問題だと思えなかった。
というのも、今までも暗躍していることを考えると、立場をはっきりとさせた方がやり易いのではないかと考えたのだ。
――ふむ。それで、どんな影響があるんだ?
奴等の決起が今後の展開に及ぼす影響について、全く思いつかない拓哉は、思わず無知であることを露呈させてしまう。
「奴等が決起すると、何が起きるんですか?」
拓哉が疑問を素直に言葉にすると、アーガスではなく、リカルラが肩を竦めて溜息を吐いた。
「国が割れるのよ。三つにね」
「国が割れる? それほどの規模……でも、三つ? 一つは純潔派、もう一つは俺達ミクストル、あと一つは?」
「中立派よ! ヒュームについては滅ぼしたいと思っているけど、純潔派には同調したくない者達ね」
拓哉は全く理解できていなかった。一応は、クラリッサの叔父であるキャリックから話を聞かされていたが、まったくピンとこなかったのだ。
それに、国が割れるのは問題だが、次に何が起こるかが想像できなかった。
「それで、何が起きるんですか?」
「内戦が起ります。いえ、既に動きはじめました」
「えっ!? この状況で、内戦ですか?」
「はい」
驚きの声をあげると、アーガスが肯定する。そして、大きな問題を伝える。
「純潔の絆はミクストルを敵対勢力と見做したようです。そして、第一目標をディートとしたようです。既に大部隊がディートへ向かったという連絡を受けています」
そう、純潔の絆は、拓哉達が向かっている都市に、大部隊を差し向けたのだ。