133 ジレンマ
2019/2/8 見直し済み
なんだかんだと、文句を言っていた訳だが、裸の付き合いが与える威力は、つくづく半端ないと感じてしまった。
もちろん、いやらしい意味ではなく、純粋に人の距離を縮めるという話だ。
例の誤学習事件から数日しか経っていないというのに、拓哉の目の前には、長年の親友であるかのように接する少女達の存在があるからだ。
「タクヤ、今日の防御にタイムストップを使ったでしょ?」
「あ、こら! クラレ、口止めしたはずだぞ!」
「あっ、ごめんなさい」
内緒だと言っておいたはずなのに、クラリッサが思いっきり暴露してしまった。
しかし、拓哉はそれほど怒っていない。いや、どちらかというと笑顔を見せていた。
それは、彼女の発言が、ここに居る者を仲間だと認めた証だと感じたからだ。
溜息を吐きつつも、特に怒ることなく終わらせる。
しかし、他の三人は、はいそうですかと頷くはずもない。
「ん? タイムストップってなんだ?」
一番初めに言及したのは、対校戦の時に、そのタイムストップの能力で負けてしまったミルルカだ。
――さて、どうしたものか……この面子に対して、内緒というのも申し訳ないような気がするしな……
ミルルカの質問にどう答えたものかと思案していると、クラリッサが横から口を挟んできた。
「ここのメンバーなら問題ないと思うわ だって、みんな嫁なのでしょ?」
クラリッサは豊かな胸を揺らして肩を竦めた。
拓哉としては、少し棘のある台詞に肝を冷やすが、一つ頷いてから三人に打ち明けることにした。そして、全てを話すと、ミルルカが眦を吊り上げて食いついてきた。
「それじゃ、私がやられたのは、そのタイムストップなのか。ズルいぞタクヤ」
「いやいや、ズルいって……」
タイムストップの話を聞いたミルルカが、頬を膨らませて苦言を述べてくるのだが、それはおかしな話だ。
なにしろ、タイムストップは拓哉の技能であり、サイキックを使うのと何ら変わらないのだ。
そもそも、ズルいと言えば、特殊な機体を使っているミルルカの方だ。
しかし、負けたミルルカは納得がいかないのだろう。浴槽の中で立ち上がると、拓哉に詰め寄った。
ああ、この浴槽も、何の策略か、五人で入っても余裕があるサイズだ。
ただ、深さは普通の風呂と変わらない。それ故に、立ち上がってしまえば、拓哉の眼前に、ミルルカの下半身がお目見えしてしまう。
――ぐはっ、そんな近くで見せるなよ。目のやりどころにこまるだろ。
心中で文句を言いつつも、ついつい好奇心が勝って視線が外れない。
そんな拓哉の顔に、膨れっ面のクラリッサがお湯をかけたかと思うと、ミルルカに負けじと立ち上がった。
「うわっ、クラレ、何を――」
思わず拓哉がクレームを入れようとするのだが、クラリッサが立ち上がったことで、視線はやはり彼女の下半身に釘付けとなる。
まあ、元気な年頃だし、未経験者の性というものだろう。
「ミルルだって、トトと融合していたのよね? それの方がズルいと思わない? タクヤは一人で戦っていたのよ?」
「ぬぐぐっ。というか、どこでその話を……」
「トトから聞いたわよ? というか、少しトトを蔑ろにし過ぎだと思うわ。もう少し優しくしてあげないと、逃げられるわよ」
「うぐっ……」
クラリッサから痛い反論を食らって、ミルルカは苦々しげな表情で押し黙ってしまった。
ただ、拓哉としては別の不満が募る。
――てか、二人とも立ち上がるのはやめろよ。恥ずかしくないのか!?
なにしろ、ずっとお預けを食らったままなのだ。それなのに、ありのままの姿を見せつけられると、ムクムクとふしだらな感情が湧き起こっても仕方ない。
ところが、拓哉の視線が気になったのか、キャスリンまでがお湯を散らして立ち上がった。
「ミルル、融合ってなんなのですか?」
裸の付き合いですっかり馴染んだキャスリンも、いつの間にかミルルカを愛称で呼んでいた。
それは良いのだが、キャスリンが参戦したことで、いよいよ拓哉の我慢も限界に近づく。
――マジでヤバいわ……
そろそろ決壊しそうな精神を抑えつけるのだが、それと知らないミルルカはゴニョゴニョと誤魔化そうとする。
その態度で、大きな胸が揺れる。プルンプルンと拓哉を誘う。
しかし、クラリッサがトトから聞いたという話を説明しはじめて、拓哉の意識がそちらに引き付けられる。
「どうやら、妖精であるトトと融合すると、千里眼のような力を得ることができるみたいなの。それに感覚が鋭敏になって、人間以上の反射神経を持てるみたいね」
――おいおい、それって、完全にチートじゃないのか?
思わず、自分のことを棚上げして、拓哉が不満を抱くのだが、今度はカティーシャが立ちあがった。
こうして四人が、拓哉の前で生まれたままの姿を晒すことになった。
ただ、彼女の言葉は、拓哉の心から邪な部分を消し去る。
「それなら、タクとトトが組んだら最強なんじゃないのかな?」
「何を言ってるのよ! タクヤのナビは私よ!」
カティーシャの意見は尤もだ。拓哉とトトが融合すれば、それこそスーパーチート人だ。
しかし、クラリッサがすぐさま反発した。
そのことで、拓哉の中に安堵が生まれる。
――良かった。クラレは俺のナビで居てくれるんだな。
このところの彼女の不可解な行動に、不安を抱いていた。
そう、自分のナビを辞めるつもりじゃないかと、内心で冷や冷やしていたのだ。
それ故に、過剰な反応を示した彼女を見て、ホッと胸を撫でおろしてしまう。
しかし、そんな拓哉を他所に、気が付くと、その話は思いのほか炎上していた。
「クラリッサの気持ちはわかるけど、最強になるなら、レナレやトトと組んだ方がいいんじゃない」
「そんなことはないわ。私が適任よ」
カティーシャの意見に、クラリッサが食いさがる。
ただ、クラリッサはかなりムキになっているが、カティーシャは至って冷静だった。
「だって、トトやレナレの方が有用性のある能力を持ってるよね。それに、タクもサイキックを使えるようになったんだし、特殊な能力を持っているナビの方が有利なんじゃない?」
「ぐっ……」
反論できずに、クラリッサが押し黙る。
すると、キャスリンが意味不明な意見を口にする。
「キャラも向こうの方が濃いですし……」
――いやいや、キャラが濃いのは戦闘に全く関係ないよな? てか、お前達は、薄すぎるんだって。丸見えじゃんか……
場違いなツッコミに、拓哉も思わず場違いな感想を抱く。
そんなところに、ミルルカが個人的な見解を告げる。
「だが、どちらもうるさいぞ!?」
――確かに……戦闘中にうるさいのもちょっと嫌だな~。
それは、ミルルカの感情的な意見ではあったが、少なからず間違っていない。
そんな調子で、拓哉のナビは誰が良いのかという議論になっていたのだが、レナレが出てきたところで、何かを思い出したのか、ミルルカが顰め面を見せた。
「そういえば、ガルダルとレナレは、あの時、なにをやってたんだ?」
それは、拓哉も気になっていた。ただ、ミルルカとのこともあり、すっかり忘れていたのだ。
ただ、拓哉としては、あの二人が戦闘を放棄するようないい加減な人物に思えなかった。
「それは、みんなに説明があったわ」
拓哉がミルルカから拉致されている間に説明があったのだ。
ただ、クラリッサは、そこで嫌味というスパイスを利かせるのを忘れていなかった。
チラリと、拓哉とミルルカに冷たい視線を向けた。
「タクヤがミルルカの胸の感触で鼻の下を伸ばしている時に、リカルラがやってきて話してくれたの。彼女が二人を引き止めたのだと言っていたわ」
スパイスの効果で、拓哉が口を開けないでいると、ミルルカがその理由に言及する。
「どうして、リカルラ博士は、そんなことをしたんだ?」
それは、拓哉も感じた疑問だ。
ただ、リカルラが絡んでいるという時点で、もうどうでも良くなったというのが正直な気持ちだ。
――リカルラだろ? 何でも在りの女だよな……
肩を竦める拓哉を他所に、クラリッサがその理由を話し始める。
「どうも、みんなの育成のためだって言っていたわ。ああ、保険で拓哉を残したのだけど、それが失敗だったとも言っていたわよ」
――もうその時点で全く意味不明だ。育成のためだというのは分かる。でも、それを行き成り実戦で行うリスクを考えないのだろうか。一歩間違えれば飛空艦撃沈なんてことも起こり得るのに……恐ろしい女だ。
リカルラの考えは理解できなくもない。ただ、時と場合を選ぶべきだ。
その強引なやり方に憤りを感じていたのだが、別の意味で憤りを感じた者も居た。
「それじゃ、私が残されたのは、育成が必要だからということか? 確かに拓哉には後れを取っているが、舞姫に負けるつもりはないぞ?」
「いや、負けてたし……」
鼻息荒く不満を露わにするミルルカだったが、キャスリンから遠慮なく否定されていた。
しかし、それでも納得がいかなかったのだろう。すぐさま噛みついた。
その勢いで大きな胸が揺れる。
「どこがだ!」
「ブロック数」
憤慨するミルルカだったが、カティーシャから簡単に論破されてしまう。
悲しい現実を突き付けられたミルルカは、何を血迷ったのか、その憤りを拓哉に向けた。
「ぬぐぐっ! ダメだ! これじゃ眠れん! タクヤ、シミュレーター室へ行くぞ」
「おいおい、今、何時だと思ってるんだ? もう食事の時間だぞ」
ミルルカの発言に呆れつつも、拓哉はなんとか彼女を宥めすかすことで、ようやく入浴が終わることになった。
視界には、瓦礫となった街並みが広がっている。
そんな虚しく儚い光景の中で、高速で向かってくる機体があった。
それは、訓練校ではお目にかかれないほどの速さで攻撃を避け、素早く拓哉の後方に回り込もうとするが、そう簡単にやられる訳にはいかない。
拓哉は機体の進行方向にエネルギー弾をぶち込み、相手の脚が止まったところで、逆に背後を取るべく高速移動を始める。
すると、向こうの機体も背後を取られまいと必死に移動を始めるが、拓哉がその機体を誘導するかのようにエネルギー弾を連射すると、物の見事に思惑通りに嵌ってくれる。
「ミルルカ、動きが単調すぎる。トトと融合している時の癖だな。自分よりも速い者と戦う場合は、それじゃ駄目だ。それと、簡単に罠に嵌り過ぎだ。相手の攻撃の思惑を感じ取れ。馬鹿正直に戦い過ぎだ」
『ぬぐっ! 分かった。もう一回だ』
ミルルカの機体の背後に立ち、近距離銃を突きつけた拓哉が容赦なく叱責すると、彼女は唸りながらも、悔しそうな声で、お代わりだと告げてきた。
そんな彼女の言葉を聞いた拓哉は思い悩む。
――このままシミュレーター戦を繰り返していて上達するのか? いや、俺も数を熟すことで上達したはずだ。だが、彼女にとって既にその段階を超えているような気もするし……では、どうすれば……
『どうしたんだ? もう一回頼む』
拓哉が黙考していると、焦れたミルルカが催促してくる。
しかし、彼女には申し訳ないと思いながらも、シミュレーター戦をここまでにした。
「ミルルカ、ちょっと休もう。というか、このまま続けても、あまり効果があるとは思えないんだ」
『うぐっ、それじゃ、どうするんだ? 他に何かいい方法があるのか?』
正直な考えを伝えると、ミルルカは少しトーンをあげた。
彼女も焦っているのだ。
拓哉との力の差を感じた上に、ガルダルの力をも見せ付けられているのだ。
彼女としては、居ても立っても居られないだろう。
ただ、その気持ちは理解しているのだが、今の拓哉には、最適な方法を見つけることができなかった。
「解からん。だから、ちょっと嫌だけど、リカルラさんとララさんに相談しようと思う。何かのヒントを見つけられるかも知れない」
『そうか……分かった』
ミルルカは暫し沈黙していたが、成長したいという気持ちが強いのか、素直に拓哉の意見を聞き入れた。
彼女も煮詰まっているのだ。そして、藁にも縋る思いなのだ。
ミルルカが大人しく同意したこともあって、早速とばかりにリカルラのところに向かおうと思ったのだが、唐突に艦内放送が響き渡った。
『これから呼ばれる者は、速やかに第一作戦室に集合してください。タクヤ=ホンゴウ、クラリッサ=バルガン、ミルルカ=クアント、――』
その声に、シミュレーターから降りていた拓哉とミルルカが顔を見合わせる。
「何が起こったんだ?」
「さあな。取り敢えず行くしかあるまい」
拓哉が発した疑問の声に、ミルルカが即座に答えてくるが、その言葉に答えは含まれていない。
それでも彼女の答えは尤もであり、共に第一作戦室に向かったのだが、そこで新たなる局面を突き付けられることになるのだった。