132 それぞれの悩み
誰もが知っていることかもしれないが、戦いとは非情だ。
戦場に駆り出される理由は、様々だろう。
それは、生活のための職業かも知れない。
それは、強制による出兵なのかも知れない。
それは、家族を守るための手段なのかも知れない。
それは、使命であるかも知れない。
それは、理想の世界を追い求めるためなのかも知れない。
それは、唯の狂気かも知れない。
今、目の前で機体を操る者達が、いったいどんな意思を抱いて、ここに居るのかは分からない。
もしかしたら、もっと他の理由があるかもしれない。
しかし、戦っている拓哉達からすれば、そんな理由は関係ない。
矛先を向けられ、敵と判断した瞬間から、その者の意思など関係ない。敵と見做さした瞬間から、容赦なく攻め立てる他ないのだ。
なぜなら、そうしなければ、大切な命を失うのは自分達になるからだ。
そう、戦いとはそんなものだ。故に個人の情動なんて関係ない。
目の前の敵のように、まるで羽虫の如く叩き落されるのだ。
――残りは……あれだけだな。哀れだと思わなくもないが、自業自得だな。
逃げ惑う最後の一機を眺めながら、思わずそんな感傷的な気分になってしまう。
そう、逃げているから許してやるなどという生温い選択肢は存在しない。
一度向かってきた敵には、完膚なきまで恐怖を与えるしかない。それが戦争なのだ。
非情であり無情でもある世界だが、逃した敵の所為で、自分達に被害が及ぶ可能性もあるのだ。
結局は、戦争を起こすべきではないのだ。それが結論だ。
最後の一機に複数のファルコンが集中攻撃を見舞う。
まるで、ライオンが群れで草食獣を追い詰めているかのような光景だ。
それで、ジ・エンドだ。
穴だらけとなった飛空型PBAは地上に向かって墜落し、全く制動が行えないままに地表へ激突する。
それで起こる爆発は、想像したよりも小さなものだった。
だからといって、搭乗者が生きていることはないだろう。
その敵も投降すれば助かっただろう。しかし、何を考えたのか、降伏を受け入れなかった。
――明日は我が身だな。肝に銘じるべきだ……
最後の一機が爆発する瞬間をモニターで確認して、拓哉は瞑目する。
しかし、この世界の者は慣れっこになっているのか、全く異なる反応をみせる。
『すげ~! 流石は氷の女王だ!』
『こら、そんな大きな声を出すな! まあ、その気持ちは分からんでもないけどな……』
『それにしても、凄いぞ! 二機のファルコンを手足のように操っていたぞ』
『今回はレナレが居なかったが、もしかしたらいい勝負なんじゃないのか?』
『いやいや、それよりも鬼神の絶対防御だ』
『結局、一発も逃すことなく全て封じてみせたぞ。半端ね~~!』
『おいおい、もしかして、この艦って最強なんじゃね?』
『それは、さすがに大袈裟だ』
『だって、舞姫も居るんだぞ?』
ブリッジではクルーがお祭り騒ぎを始め、今回の戦いの論評を繰り広げていた。
微妙な表情を浮かべた拓哉は、そこで外部通信のスイッチをオフにする。
「分かってはいても、やはり、やり切れない気分だな……」
外部に聞こえないことを理解しているが故に、思わず心境が肉声となって零れ落ちた。
ところが、人間の範疇を超えた存在は、それをも聞き盗ることが可能だ。
「タクヤは戦いが嫌なん?」
拓哉の本心を拾ったのか、ミルルカの相棒であるトトが、エッグの壁を擦り抜けて入り込んできた。
「おうっ! びっくりした!」
――てか、お前こそ異常だろ?
突然の声に驚くが、彼女は悪びれることなく話を続けた。
「気持ちは分かるけど、戦わないと、こちらがやられるんちゃ」
「ああ、解かってるぞ」
「じゃ、なにを悩んでるん?」
「解かっているからといって、何もかもが割り切れる訳ではないだろ? やはり人が死ぬのは嫌なものさ」
「ん~ウチには分からんちゃ。だって、ウチの居た世界は、弱き者が生き残れない世界なんちゃ。やけ~、力ない者が死ぬのは自然の摂理なんちゃ」
彼女の意見には一理ある。
常識や価値観は必要だ。ただ、それは立場や状況によって変わることもあれば、時代によって変化することもある。況してや、人間以外では弱肉強食なんて自洗の摂理だ。
人間だって、命の遣り取りこそ忌避するが、様々な分野で争いが起き、どちらが上かが競われる。それは、仕事でも同じだ。そして、負けたものは廃れていく。
ただ、人間には感情がある。それ故に、自然の摂理だけでは片付けられないのだ。
――確かにトトの言う通りなんだろうな。でも、弱いからといって死んでもいいなんて思いたくない。いや、出来ることなら弱きものを守る力になりたいよな。そうだ。それが力ある者の役目だろう。人間である以上は、そう思いたい。じゃ、この戦いで俺は弱きものを助けられるのか? ん? 誰だ?
今更ながらの葛藤に頭を悩ませていると、エッグの扉が激しく叩かれた。
それに気付いてエッグの扉を開くと、物凄い剣幕のミルルカが現れる。
「こらーーーー! いい加減にしろよ! 私の出る幕がなかったじゃないか! 何度も声をかけたのに無視しやがって!」
彼女は自分のやることがなくなって怒ってしまったのだ。
――あぅ……タイムストップを使ったからな……その所為で周りの声が全く聞こえなかった……これからは使いどころに気を付けよう……
「す、すまん。次からは気を付けるよ」
ミルルカの逆鱗に触れた拓哉は、素直に謝った。しかし、彼女の怒りは収まらない。
余程に我慢できないようだ。すぐさま拓哉の腕を取って引っ張る。
「ダメだ! シミュレーター室にいくぞ! ストレス発散だ!」
どうやら、溜まった鬱憤を模擬戦で晴らしたいのだろう。
「わ、分った! 分かった! じゃあ、一戦だけな。お互い疲れているしな」
正直、ミルルカは全く疲れていない。疲れているのは拓哉だけだ。なにしろ、一人で全ての攻撃を防御したのだから、疲れて当然だろう。
それでも、自分も悪かったと感じたのか、拓哉は肩を竦めつつ応じた。
ところが、眦を吊り上げて綺麗な顔を歪ませるミルルカに、横から茶々を入れる存在がいた。それは、彼女の相棒であるトトだった。
「甘やかしたらダメなんちゃ。どうせ一戦で終わったりしないっちゃ。それに、また負けて余計にストレスを溜めるだけなんちゃ!」
「ぬお~~~! うるさいぞ! このショウジョウバエが!」
ミルルカは眼前でヒラヒラと宙を舞うトトに向けて罵声を吐き出すと、拓哉の腕を取って引いて歩き出す。
「きーーーーーーーぃ! ミルルなんて、タクヤからギッタンギッタンにやられるんちゃーーー!」
トトの罵り声が響き渡る中、拓哉は強引にミルルカから連れ去られることになったのだが、不思議と彼女の行動に癒されるような気がしていた。
それは、間違っても彼女の胸の感触によるものではないとだけ言っておこう。
一戦だけという約束など、どこに消えてしまったのか、結局は六戦も模擬戦を突き合わされた拓哉は、戦闘の疲労も重なってクタクタだった。
それもあって、割りてられた部屋に向かう足取りは重い。
そんな拓哉の横では、憤慨する者がいた。
「くそっ! なぜだ? なんでこんなにも違うんだ? 前はもっとやれたはずなのに……」
模擬戦で手も足も出なかったミルルカが、立ったまま興奮している。恐ろしく悔しそうだ。
それに口を挟むと大変なことになると知っているが故に、拓哉は耳を塞いで黙々と部屋に向かう。
しかし、黙っていても、結局は彼女に捕まってしまう。
「なあ、タクヤ。お前、上達してないか?」
手も足も出なかったのは、自分の調子が悪いのではなく、拓哉の能力が向上したことに気付いたようだ。
そう、拓哉は恐ろしく上達していた。本人も気付いていなかったが、サイキックが使えるようになって、以前よりも格段に進歩していた。
「上達したかどうかは分からないけど、前はサイキックが使えなかったからな」
仕方なしと瞼を上げて素直に答えると、彼女は食いつかんばかりに近づいてくる。
「それじゃ、今はサイキックを使っているから、前よりも技術が向上したんだな?」
「まあ、比べた訳じゃないから分からないけど、恐らくそうだと思う」
「そうか……じゃ、私の腕が鈍った訳じゃないんだよな?」
「ああ、それを気にしていたのか。そういう意味では、鈍ってないんじゃないか?」
自分が鈍っていないと知って、ミルルカは安堵するが、それはどこか滑稽にも思える。
彼女は誰よりも強くなりたいと願っていたのだ。それなのに、拓哉の進歩に追いつけない自分に腹を立てることなく、安堵するのはどこか変だ。
しかし、彼女はそのことさえ忘れて、満足そうな表情を浮かべた。
それを無視して、拓哉は部屋の扉を開ける。といっても、生体認証による照合を行うだけだ。
すると、拓哉の後ろからミルルカも入ってくる。
「お帰り~。お疲れ~」
「お帰りなさい。疲れたよね? お風呂を沸かしてますよ」
部屋に入るとリビングにカティーシャとキャスリンが迎えてくれた。
拓哉に気付くと、すぐさま労いの声をかける。
気が利くことに、風呂の用意までしてあるらしい。
「ありがとう。悪いけど、先に使わせてもらうよ」
礼の言葉を述べて、そそくさとバスルームへと移動する。
しかし、彼女達は拓哉の言葉をどう解釈したのか、徐に立ち上がった。
――先にっていったんだが……はぁ~。
まるでトレーサーの如く、背後からカティーシャとキャスリンが付いてくるのを感じ取って溜息を吐いた。
拓哉としては、ゆっくり休みたいのだ。このところ、彼女達の所為で、おちおちゆっくり風呂にも入っていられないのだ。
いつものことだと知りつつも、少しばかりウンザリしてしまう。
大抵の者からすれば、それこそ「死ねばいいのに」と連呼されそうだが、人間とはない物ねだりなのだ。
彼女がいないときであれば、綺麗な少女達と入浴なんて夢か幻かと疑うほどに浮かれる内容なのだが、入浴の度に諍いが起れば、誰でもうんざりするだろう。
それでも仕方ないと諦めて、無言で広い脱衣所に入ると、普段通りに服を脱ぎ始める。
その間も、ミルルカはPBAの操作について話しかけてくる。もちろん、当たり前であるかのように、彼女も脱衣を始めている。
「なあ、タクヤ、正直言って、今の私をどう思う?」
嫌というほどシミュレーションに付き合わされている拓哉には、少なからずミルルカの欠点が見えていた。
しかし、ミルルカは黙って受け止めるほど素直な性格ではない。
「ん~、正直に言うと怒るだろ?」
「うぐっ!」
図星を突かれたミルルカが、思わず顔を引き攣らせる。
それを無視して、拓哉は丸裸になったのだが、横ではミルルカがボリュームのある胸を曝け出していた。
――相変わらずデカいな……
彼女は話に熱中しつつも、生まれたままの姿になっていた。
そして、その大きな胸を揺らして懇願した。
「頼む。お、怒らんから教えてくれ」
さすがに、丸裸の女性に懇願されると、嫌とは言えなかった。いや、そんな気がした。
仕方なく、拓哉は裸のミルルカに向き合う。
「じゃ、正直に言うぞ! 怒るなよ? 実は対抗戦の時の方が良かったように思うぞ」
「そ、そうか……そ、それは本当か!?」
率直な意見を聞かされたミルルカは、ガックリと項垂れた。
それを見た拓哉は、心なしか胸まで張りを失ったように思えた。
しかし、これも彼女のためだと考えて話を続ける。
「多分、トトの存在じゃないか? 例の技は置いておいても、やはりトトが居ないと精彩を欠いていると思うぞ」
「うぐっ……悔しいが、タクヤが言うのならそうなんだろうな。模擬戦でも全く歯が立たなくなっているし……なあ、タクヤ、私を鍛えてくれないか? お前のようにとはいかなくても、もっと強くなりたいのだ」
怒るどころか、珍しくも萎らしくなったミルルカは、裸の状態で縋りつく。
当然ながら弾力ある胸が、拓哉に押し付けられる。
ただ、彼女の真剣な眼差しに心撃たれた拓哉は、その柔らかな感触を意識することなく首を縦に振った。
「ん~、分ったよ。何ができるかは分からないけど、協力するぞ」
拓哉が願いを聞き入れると、彼女はパッと表情を明るくして抱き着いてくる。
物凄く柔らかい感触が、拓哉に襲い掛かるのだが、喜ぶ彼女がどこか可愛らしくて、そっちが気になってしまう。
「本当か? いいのか?」
「ああ、その代り時間のある時だけだぞ?」
「もちろんだ」
明るく可愛らしい表情を見て、気が付けば拓哉も自然に彼女の背に手を回していた。
それは自然な動作であり、別に疾しい気持ちはなかったのだが、その行為自体が問題だった。要はサッカーのハンドと同じだ。故意であるがないかではなく、手を使ったこと自体が拙いのだ。
そして、運悪く脱衣所の扉が開く。そこに現れたのは、クラリッサだった。
当然ながら、彼女は眉を顰める。
「私がちょっと目を離すとこれなの? ねえ、タクヤ、ミルル、これはどういうこと? そもそも、タクヤとミルルの関係って数日しか経ってないのだけど、これはちょっと異常だと思うわ」
遅れて戻ってきたクラリッサは、拓哉が入浴に向かったことを感じ取って、直ぐにやって来たのだ。もしかすると、女の勘が働いたのかもしれない。
しかし、わりと真面目にミルルカの相談に乗っていた拓哉は、自分の状態を認識していなかった。
クラリッサに追及されて、今更ながらに現在の状態を確かめるべく視線を下に向ける。
すると、そこには大きな胸を押し付けたミルルカが居た。
更に悪いことに、いつの間にか元気になっている自分の下半身に気付く。
「く、クラレ! こ、これは違うんだ! 話に夢中になっていて、裸になっているなんて考えもしなかったんだ」
自分の状態に気付いた拓哉が慌てて弁解すると、顔を赤らめたミルルカも直ぐに離れて胸と下半身を両手で隠しながら有りの侭を口にする。
「ちょ、ちょっと、タクヤに鍛えてもらうことになって、嬉しくてつい……あっ、当然、機体操作の話だぞ!」
誤解を招くような言葉を口にしたミルルカが、慌ててそれを訂正すると、クラリッサはチラリと別の二人に視線を向けた。
「本当にそれだけかしら? ねえ、カティ、キャスリン」
クラリッサの冷やかな声が届いたのか、やはり素っ裸のカティーシャとキャスリンが浴室から顔を覗かせる。
彼女達は二人に付き合っていられないと、先に浴室に入ったのだ。
「うん。特に嫌らしいことはなかったよ?」
「そうですね。わりと真剣な話をしてましたよね?」
「ふっ! じゃ、今回は不問にするわ」
事実を知ったクラリッサは、小さな溜息を吐くと、徐に自分も服を脱ぎ始める。
拓哉は返事をしてきた二人を眺め、今度は裸で立っているミルルカを見やる。
そして、ホッと安堵の息を吐いた。
すると、速攻で全ての服を脱ぎ捨てたクラリッサが、何を考えたのか、拓哉に抱き着いてきた。
「さあ、一緒に入りましょ」
――これって、幸せなのかな? そうだよな。こんな可愛くて綺麗な彼女が四人も居るんだ。これで不幸だなんて言ったら罰が当たるよな。
クラリッサの柔らかな感触に包まれた拓哉は、自分自身に恵まれているのだと言い聞かせて疲れを癒すことにした。
 




