131 自己嫌悪
2019/2/7 見直し済み
しつこく艦内放送を繰り返された。しかし、どういう訳か、ガルダルとレナレが戻ることはなかった。
彼女達が何を考えているかは知らないが、それを詮索するよりも目の前の敵を片付ける必要がある。
それに、彼女達が居ないことで動揺が生まれるどころか、逆に血気盛んな様子を見せたことで、ブリッジ内は明るい状況を取り戻していた。
『まあ、鬼神がいれば被弾することはないからな』
『確かに、それは言えてるぜ』
『ああ、恐ろしいほどのブロック率だからな。てか、彼が張ったシールドは一回も空振ってないぞ』
クルーからの音声がエッグの中に流れてくる。
――これから戦闘だというのに……もう少し緊張感を持っても良さそうなものだが……
先の戦闘で完勝したことにより、ブリッジの空気は軽かった。
これから戦闘が始まるというのに、まるで映画が始まるかのように瞳を輝かせている。
そんな状況に、やや気の抜ける思いをしていると、トトのツッコミが届いた。
『ミルルはブロック数と同じくらい空振ってたっちゃ』
『ううううう、うるさい! 少し黙ってろ! この羽虫!』
『きぃーーーーー! だれが羽虫なんちゃ! ミルルなんか、やられちゃえ』
『な、なんだと!』
激怒したミルルカが暴言を吐くと、いつもの身内喧嘩が始まってしまった。
いつものことだが、ある意味で、これも緊張感がないと言えるだろう。
――いやいや、ミルルカがやられるということは、飛空艦が撃沈というオチなんだが……
トトの物言いに少しばかり呆れていると、そこでオペレーターの声が聞こえてきた。
『ファルコン五機、射出します』
『あ、待ってください』
『ほへ?』
オペレーターがファルコンの射出を告げると、なぜか、クラリッサがそれを遮った。
その声にオペレーターの女性が少し間抜けな声を上げる。しかし、クラリッサは気にすることなく要望を口にした。
『ファルコンは六機でお願いします』
ファルコンは一人一機の勘定だ。
なにしろ、操っているのは飽くまでも人間であり、一人が複数のファルコンを操作するということが、非現実的なことは誰もが知っている。
もちろん、複数のアタックキャストを操るレナレなら、苦も無くやってのけるかもしれないが、彼女は飽くまでも異世界から連れてこられた特別な存在だ。
それ故に、その意図が理解できなかったのだろう。オペレーターの女性が訝しげな表情を見せる。
『それだと一機は操作できませんが……』
オペレーターが怪訝に思うのも当然だ。クラリッサの発言は、この世界において常識を逸脱しているのだ。
しかし、クラリッサは即座にその理由を伝える。
『大丈夫です。私が二機のファルコンを操作します』
『えええ!?』
あまりに突拍子もない台詞に、女性は驚きの声を上げるのだが、他のクルーからの声も聞こえてくる。
『おいおい! 二機同時に操作だってよ』
『どうやってやるんだ? 目が四つあって思考が分離してでもいないと無理だぞ』
『マジか! もう人間業じゃないな』
『さすがは、氷の女王だ。ナビ以外でも、これ程とは……』
人外発言が飛び交うが、拓哉はクルーの不謹慎な言葉よりも、クラリッサの考えが理解できずに思い悩んでいた。
――何を考えてるんだ? まさか、ドライバーにでもなるつもりか? いや、悩んでも仕方ないか……彼女はじきに分かると言っていたんだ。それまで待つことにしよう。それよりも、今は戦闘に集中する必要があるしな。
いつまでもウダウダと思い悩むのを止め、エッグの全視界型モニターに映された敵影に集中する。
すると、射出された六機のファルコンが、大空に羽ばたいている姿が映し出される。
もちろん、翼を動かしている訳ではない。ただ、そんな風に感じただけだ。
モニターに映るファルコンには、情報が付加されている。
それもあって、どのファルコンを誰が操っているかも、直ぐに確認できるのだが、宙を自由に舞うファルコンの内、クラリッサが操る二機だけが、どこかぎこちないような雰囲気がする。
それを目にして、やはり複数操作は無理があるのだと感じた。
二兎を追う者は一兎をも得ず。そんな言葉を思い浮かべるが、それでも、拓哉は全力でフォローするつもりだ。
――まあ、俺が頑張って防御すれば済む話だ。
「クラレ、艦の防御は俺が完璧にしてやる。好きなだけやってみろ!」
『あ、ありがとう……こ、こ、心強いわ……』
拓哉が励ましの言葉を掛けると、彼女からの返事が聞こえてくるのだが、やはり二機の操作に四苦八苦していた。返事の声色もどこか精細を欠いている。
しかし、既にやると決めたのだ。ここは貫き通すことにする。
――よし! 張り切っていこうか! どうせなら完全防御を目指すぜ!
自分自身に気合を入れて操作桿を握ったところで、モニターに映る敵影に動きがあった。
――ふむ。戦闘機が上層と中層に分かれて、飛空型PBAが下方向から攻めてくるつもりか……なるほどな。こちらの戦力が乏しいことを知ってるんだな。だが、そうは問屋が卸さないぜ。見てろよ!
まずは足の速い戦闘機が上層から攻撃してきた。
その数は六機。親の仇と言わんばかりに雨霰の如く、エネルギー弾をぶち込んでくる。
しかし、拓哉は恐ろしく冷静だった。
――こんなのは、弾幕系シューティングゲームと同じさ。よし、出し惜しみはなしだ。
クラリッサのこともあり、今回は初めから全開でいくつもりだった。
拓哉は即座に時を止める。
そう、現在の拓哉は、己が意思で時を止めるスキルを身に着けていた。
ただ、その時間凍結は無意識で行われる時の半分程度だ。
それでも、眼にも留まらぬほどの弾幕が、ゆっくりと近づいてくるように見えるのだ。
それこそ、チートと呼ばれても仕方ない能力だ。
――ふふふん! ふふ! ふんふふ! ふふふん!
『あ、また、鼻歌が始まった』
気分を向上させた拓哉が、いつもの癖を露呈させてしまう。
それに気付いたトトがツッコミを入れてくるのだが、違う時の住人となっている拓哉には、その言葉を聞き取ることができない。いや、それ以前に、戦闘に集中している拓哉は、周囲を気にすることなく両手が消えたのではないかと思えるほどの速さでフリーシールドを展開していく。
『な、なんだ! あの数のシールド数は!』
『おいおい、一瞬にして数十のシールドで敵の攻撃を全て遮断しやがった! マジで人間か?』
ミルルカとルーミーが感嘆の声を上げるが、今の拓哉には届かない。
しかし、目にも留まらぬ速さで展開されるシールドを目にした誰もが、呆気に取られて慄きを声にする。
『どうやったら、あんな操作ができるんだ?』
『分かりません。ですが、腕が十本あっても無理そうですね』
『サイキックを使えるようになってから、一段と神に近づいたね』
『あの力で女を攻めたら、どうなるのかな? 一度に十人くらいの相手ができそうだよね』
早くも二重人格化したルーミーが驚愕を露わにすると、レスガルとカティーシャがそれぞれの感想を口にする。
最後のトーマスが発した場違いな台詞は、この際、どうでもいい。
その間も、拓哉は気にする事無くシールドを展開していく。
ただ、展開速度があまりにも速過ぎて、見ている者としては、強力なシールドが飛空艦を覆っているかのように感じていた。
その操作速度を生み出したのは、サイキックを使えるようになったお陰であり、その裏には、ミルルカの貢献もあった。
これまで時間を止めると、意識や思考は通常通りなのだが、どうしても身体の動きが鈍かった。
しかし、ミルルカと鍛錬を始めたことで、身体が思考に付いてくるようになった。
そのお陰で、時間を止めていない時は勿論のこと、止めている時でも少しずつ思うように操作できるようになったのだ。
そんな桁外れの能力で、上層から襲い掛かる戦闘機の攻撃を防ぎ切り、中層からの攻撃も完全に遮断する。
途端に、恐ろしいほどの歓声が鳴り響く。
『すげーーー!』
『さすがだ! これが鬼神の力か』
『凄すぎて、その凄さを表現できないわ』
『これなら、ヒュームとも戦えるぞ』
『そういえば、バルガン将軍が言ってたらしいぞ』
『ああ、聞いた! 聞いた! あれだろ?』
『そう、彼がミクストルのトップガンだって奴だよな』
『こりゃ、バルガン将軍の言葉も誇張じゃなさそうだな』
『いやいや、これはオレたちにとっての神剣だろ!』
『神剣! 鬼神! かっこいい……』
――なんか、周囲がうるさいな。おっと、今度は下方向のPBAからだな。
言葉としては聞こえないが、雑音となって耳に入ってくる周囲の声に集中力を乱すが、直ぐに敵の動きを警戒する。
そこで、拓哉の眼が別のモノを捉える。それは、まるで本物の鳥の如く空を舞いながら敵を討つ二機のファルコンだった。
その空を飛ぶ姿には、初めに見たぎこちなさはなく、次々と敵機にダメージを与えていた。
――クラレ……もう、これほどまでに上達したのか……凄いな……
クラリッサの成長速度に感嘆しながらも、チラリと撃墜数に目を向ける。彼女の撃墜数が既に四機になっていた。
通常であれば、二機を同時に操るなど逆効果なのだが、彼女はそれを否定するかのように、己の手足としてファルコンを操っていた。
――よし、この調子なら大丈夫そうだな。
クラリッサがしっかり戦っていることに安堵し、拓哉は下方向のPBAに集中する。
やはり、飛行能力自体は戦闘機に劣るが、その攻撃能力と細かな機動性に関しては、さすがとしか言いようがなく、ファルコンの追撃を上手く躱して、攻撃を放ってくる。
しかし、拓哉はそれを冷静に処理していく。
――まだまだ! こんなものじゃ俺の壁は破れんぞ?
少し物足りなさを感じつつも、目まぐるしく放たれる攻撃を瞬時にブロックしている時だった。
突如として、女性オペレーターの声が響き渡る。
もちろん、その言葉も認識することは出来ないのだが、その悲痛な声色で直ぐに異変を察知した。
すぐさま、全視界型のモニターで異変を見つける。
――ちっ、こういうオチか……
状況を把握して、思わず舌打ちする。
両翼にダメージを食らった戦闘機が、この飛空艦に目がけて墜落しているのだ。
それが、意図した特攻なのか、それとも偶々落下ポイントに飛空艦が居たのかは分からない。
ただ言えることは、あれがこの飛空艦に激突することがあれば、甚大な被害が発生するということだ。
『まずいんちゃ』
『くそっ! 間に合わん』
『みんな、気合いを入れてシールド強化だよ』
『ああ、もちろんだぜ』
『やっと見せ場がきたのかな』
『とうぜんや』
『そうですね。今こそ私達が踏ん張る時です』
いち早く気付いたトトが悲鳴の如き声をあげると、ミルルカが悔しそうにした。
しかし、誰も諦めていない。すぐさまカティーシャが声を張り上げると、ルーミー、トーマス、メイファ、レスガルが頷く。
そんな仲間と違う時を過ごす拓哉は、瞬時に危機を察して、即座にフリーシールドに自分のサイキックを上乗せする。そして、墜落してくる戦闘機にそれをぶつけた。
次の瞬間、誰もが目を疑った。
『えっ!? 爆散させたの? いえ、爆発なんて起きなかったし、霧散したのかしら』
驚きを露わにするクラリッサの指摘が、まさに的を射ていた。
サイキックシールドで、墜落してくる戦闘機をバラバラした。恰も機体を砂に変えたかのように、粉々にしてしまったのだ
それを目の当たりにした誰もが、次々に驚きの声を漏らす。
『シールドで粉々にしたのか?』
『防御機能で相手を倒すとか、もう開いた口が塞がらんぞ』
リディアルが疑問を口にすると、ティートが呆れて肩を竦めた。
それに続くように、トルドが口を開く。
『どうやった、こんなことができるんだ? てか、実はタクヤ一人で全て倒せるんじゃないのか?』
『さすがです。やはりタクヤ君は最強ですね。あたしの旦那様、最強ーーーー!』
呆気に取られているトルドを他所に、キャスリンが有頂天になって叫ぶ。
何時もなら、「おいおい、まだ戦闘中だぞ!」と窘めるところだが、その声を聞き取れない拓哉は、下方向に居るPBAの対処を行っていた。
そんな拓哉に向かって、ミルルカが不満を爆発させる。
『タークーヤー! 少しは手を抜け! 私のやることがないぞ! おい! 聞いてるのか!』
もちろん聞いていない。いや、聞こえていない。ああ、唯の雑音として拓哉の耳に届いてはいるが、全く気に留めていない。
それ故に、返事すらすることなく、淡々とPBAの攻撃をシールドで弾き飛ばしていく。
すると、二機のファルコンがやってきた。
――おっ、クラレのファルコンだな。いい感じだ。
ファルコンは縦横無尽に駆け巡ると、次々にPBAにダメージを与えていく。
しかし、残念ながらファルコンの攻撃力では、PBAを一撃で倒すことはできない。ダメージを与えることはできるものの、即座に撃墜という訳にはいかない。
それでも、彼女の操るファルコンは、縦横無尽に空を駆け巡ると、正確に、着実に、的確に、相手にダメージを蓄積させ、ついには撃墜してしまう。
――やるな~。もう完璧じゃないか!
洞察力、操作能力、判断能力、どれも素晴らしいクラリッサの戦いを目にして、拓哉は感嘆の声を漏らすのだが、どこか寂しさを感じたのも事実だった。
もしかしたら、拓哉のナビを辞めるかもしれないという考えが、否応なくそうさせるのだ。
拓哉はPBAの攻撃を防ぎつつも、そのもしかしたらを恐れ、彼女の成長を手放しで喜ぶことができない自分の矮小さに、嫌悪の感情を抱くのだった。