129 思わぬ展開
2019/2/6 見直し済み
広い部屋はコの字型に区切られおり、真ん中に艦長席、左右に通信オペレーターやレーダーオペレータが座っている。正面には操舵系や機関系のオペレーターが座っていた。その数は、それぞれ三人程度だ。
拓哉からすると、この巨大な飛空艦を飛ばすには少ない人数だと思えたのだが、この世界では一般的な配置であるらしい。
ただ、拓哉にとっては、それよりも気になる物があった。
ブリッジの最前段、操舵席よりも一段降りたところに置かれた卵型の物体だ。
人が入れるくらいの大きさであり、それは一つではなく、幾つも綺麗に並べられている。
「あれって、なんだ?」
初めてブリッジに入った拓哉が、物珍しそうにキョロキョロと観察していたのだが、同様に初見だったリディアルが卵型の物体について言及した。
ところが、キャスリンが少し呆れたようすで窘める。
「なにいってるの? 授業であったじゃない。赤いラインが入った方が攻撃エッグで、青いラインが入っている方が防御エッグでしょ」
「あれ? そ、そうだっけ?」
指摘を受けたリディアルが頭を掻いている横では、拓哉が首を傾げる。
それも当然だ。拓哉にとっては始めて見るものだからだ。
――そんな授業なんてあったっけ? 俺の記憶力からすると、そんな授業を受けたはずはないぞ?
もちろん、拓哉がその授業を受けたという事実はない。
「授業があったのは、タクが来る前だから知らなくても当然だよ。リディに関しては勉強不足だけどね」
――なるほどな。道理で知らないわけだ。
納得する拓哉の後ろでは、ティートが冷やかな視線をリディアルに向けていた。いや、視線だけではなく、思いっきりツッコミも入れている。
「というか、リディの場合は、そもそも勉強しているかが怪しいな」
「うぐっ……」
どうやら、ティートの指摘は図星だったらしく、その一言でリディアルが撃沈した。
ただ、彼のフォローをする訳ではないが、授業と言っても講義の中で出てきた情報であり、実物を目にするのは、誰もが初めてだった。
おまけに、その授業を受けていない拓哉にとっては、そのエッグが何かなんてさっぱりだ。
しかし、それを問う前に、ダグラスが会話に割って入ってきた。
「悪いな。みんな聞いてくれ。実は悪い知らせだ。映してくれ……」
艦長席に座るダグラスは立ち上がると、正面モニターに視線を向ける。
頷きで返していた誰もが、ダグラスに釣られてモニターを仰ぎ見る。
「ん? 飛行型PBAか?」
正面を映す巨大モニターにウインドウとして映し出されたレーダー情報を見て、ミルルカがぽつりと声を漏らす。
さすがは火炎の鋼女と呼ばれるだけあって、その存在が何かにいち早く気付いた。
それは、もう一人の二つ名持ち、殲滅の舞姫――ガルダルも同様だったようだ。
「移動速度からすると混成のようね。PBAが十機、戦闘機が三十機というところかしら、かなりの数ね。それよりも敵かどうかよね?」
ガルダルがウインドウに映る戦力を的確に予測すると、ダグラスが満足そうな表情で頷いた。
ただ、直ぐに表情を引き締めて、自分の意見を口にする。
「間違いなく追手だろう。どうやら、既にミクストルのメンツが割れているようだな。内通者がいるとしか思えんが……それは置いておくとして、この艦についてだが、驚くほどに戦闘能力が乏しい」
「まだ未完成なんだ。ディートで攻撃オプションを実装して初めて完成だからな。仕方ないんだ!」
万年幼女姿のララカリアが不機嫌な表情で主張するのだが、そんな言い訳を理由に、敵が攻撃の手を緩めてくれるはずもない。
ただ、そもそも初級訓練校の飛空艦なのだ。完全装備であるほうが怪しまれるというものだ。
それについては、ダグラスも重々承知だった。それ故に、ララカリアの言葉に反発することなく、対処について言及する。
「どんな理由であれ、ここで我らが沈むわけにもいかんからな。そこで、ミーファンに出てもらおうと考えたのだが、現在、機体の整備中ということで出動できる状態ではないらしい。そうなると、この艦の戦力で戦わなければならないのだが……」
そう、相手は空を飛んでいる。拓哉達の陸戦用PBAではお話にならない。
おまけに、初級訓練校の機体は実戦用武器が装備されていない。ミルルカの機体に至っては、時間がなくて砲撃装備を放置してきたので、接近戦しかできない始末だった。
「という訳で、君達にやってもらいたいことがある」
その言葉で、誰もが顔を見合わせる。そんな中、拓哉は何をやらされるのかと、戦々恐々とするのだった。
それは、想像以上に快適な空間だった。
広さ的には、PBAのコックピットよりも狭いのだが、こちらは一人用で、あちらは二人用だ。
それを考えると、横になることはできないが、人ひとりが座っている分には、十分なスペースだ。
『思ったよりも広いな』
室内を見回して、一通りのチェックを済ませた拓哉が、ホッと息を吐く。
そう、現在の拓哉は、エッグの中に居るのだ。
両サイドに設置された操縦桿や眼前に置かれたキーボードの配置からして、PBAと然して変わらない光景に、拓哉は不思議と安心感を抱いていた。
そんな拓哉が発した声が、無線で流れたのが切っ掛けとなったのか、猫耳娘――レナレから無線連絡が入った。
『じゃ、ウチがレッドエッグの指揮でいいのですかニャ?』
「ああ、頼むよ」
『ふにゃ~~~! やったるですニャ~~~!』
まるで緊張感のないレナレの声に、拓哉が苦笑交じりに答えると、彼女は嬉しそうな声で気合を入れていた。
それがあまりにも場違いで、思わず和んでしまったのだが、拓哉は編成に些か疑問を持っていた。
というのも、レッドエッグは攻撃用のポッドだ。その担当はと言うと、レナレ、リディアル、ティート、ファング、トルドの五人が搭乗しており、レナレは例外として、基本的にドライバーで構成されている。ところが、何を考えたのか、クラリッサが加わった六人体制なのだ。
――いったい何を考えてるんだ? クラレ……
クラリッサがレッドエッグに立候補した時のことを思い出し、考えが分からずに悶々としていると、ミルルカからの無線が入った。
『タクヤは、攻撃に回らなくていいのか?』
「ああ。最悪の場合は交代するさ」
『そうだな。それがよかろう』
実のところ、拓哉自身も攻撃に回った方が良いと思ったのだが、防御に徹してくれと頼まれてしまったのだ。
――防御っていってもな~。これまで真面にやったことなんてないぞ?
両手の操作桿を確かめながら、ララカリアから説明のあった防御シールドのことを思い起こす。
この艦全体を覆うシールドはかなり脆弱だ。
というのも、この規模の飛空艦を強化したシールドで包むのには、かなりのエネルギーを消費ことから、あまり現実的ではないとされている。
それ故に、戦闘時の防御用に可変式防御フィールド発生装置が組み込まれていて、攻撃に対してピンポイントにシールドを強化することで強力な攻撃を回避するというのだ。
簡単にいうと、ブロック崩しで弾を受け止めるようなものだ。
それを聞いて、先端技術を駆使している飛空艦の割には、アナログな防御システムだと感じた。
本来であれば、その防御をオートで行えるのだが、脱出時の攻撃でその機能が壊れているのだ。
なんとも、お粗末な結果だ。というか、ミルルカがかなり焦っていた。なにしろ、彼女が守り切れなかったのが原因なのだ。
という訳で、そのピンポイントシールドの強化を行う必要があるのだが、さすがに飛空艦の規模が多きことから、反射能力の高い、拓哉、ミルルカ、ガルダルの三人が主軸となることになった。
――まあ、防御ゲームだと思えば、これはこれで楽しいかもな。
ブルーエッグの中で気分を入れ替えていると、ミルルカのナビゲーターである妖精トトの声が届いた。
『ミルルが守れなかったせいなんだから、ここで汚名返上するしかないっちゃ』
『う、うるさい! というか、お前は、どうせまた食い物で釣られてるんだろ!』
『そ、そ、そんなことはないっちゃ! ほ、ほんとに、ストロベリーバニラクレープをもらう約束なんてしてないっちゃ!』
――おいおい、思いっきりゲロってるじゃないか……
『トト、頑張ったら沢山作ってあげるの。材料は沢山あるから大丈夫なの』
どうやら、約束したのはトルドのナビであるルーミーだったようだ。
彼女が目の前にニンジンをぶら下げると、トトからさっきの倍はありそうな声が響き渡る。
『わ、わかったっちゃ! イチゴを沢山入れて欲しいっちゃ。ほら! ミルル、頑張るっちゃ!』
『ちっ! うるいぞ! この食いしん坊が!』
その余りの元気良さに、同じエッグに入っているミルルカが苦言を述べるが、雑談をしていられるのもそこまでだった。レーダーオペレータからの報告が入る。
『距離五千、戦闘機数三十六、飛空型PBA数十二』
『いよいよ来たな! ふふふっ。思ったよりも多いが、私が全て叩き落してやる』
――いやいや、お前の役割は防御だからな! 分かってるよな? てか、シールドで叩き落すつもりか?
オペレーターの報告を聞いたミルルカが歓喜の声をあげるのだが、彼女が入っているのはブルーエッグであり、防御システムしか操作できない。
あまりの阿保らしさに、ツッコミを入れる気もなれず肩を竦める。そこに、別のオペレーターからの連絡が入った。
『ファルコン。射出します』
このファルコンというのが、この飛空艦が装備する唯一の攻撃オプションだ。
エッグの中のモニターに映るそれは、小型戦闘機というか、鳥のロボットと表現するか、少しばかり悩むような形状をしていたが、どちらにしても攻撃的な形をしているのは確かだ。
仕様としては、レナレが使うアタックキャストみたいなもので、拓哉の言うところのファ○ネルと同じようなモノだ。
モニターに映ったファルコンは、透き通った青空を自由に飛び回る。
その操作は、全て人力であり、レナレの操るファルコンは、目にも留まらない速度で飛び回っているのに対して、キャスリンが操作しているモノは、少しばかり動きがぎこちない。
――おいおい、大丈夫か? ここはレナレに頑張ってもらうしかなさそうだな。
レナレと違って、不慣れな者達が操るファルコンをモニターで見やり、少しばかり不安を抱くのだが、もはや後戻りできる状況ではなくなった。
さすがは戦闘機というところか、報告にあった敵の戦闘機があっという間に近づいてきたのだ。
「まずは十二機の編隊か! てか、行き成りぶち込んできたぞ。シールド強化!」
エッグ内の三百六十度オールフリーとなっている全周囲モニターで、敵影から放たれたエネルギー弾を確認すると、すぐさま青エッグのメンバーに指示を送る。
『了解や! 一発も当てさせん』
『これが綺麗なお姉さんなら、いつでも歓迎なんだけどね~。こんな弾は要らないねっと!』
『どこまでやれるか分かりませんが、全力で阻止します』
『おらおら! オレの乗る飛空艦に傷一ついれさせるかよ!』
『さっきまで眠そうだったけど、ルミはエッグでも性格が変わるんだね。その原理を知りたいところだよ』
メイファ、トーマス、レスガル、ルーミーが、威勢よく吠える。最後に、カティーシャが二重人格性について言及するのだが、今はそんな余裕などない。
ただ、五人の役目は、予め設置されているシールドの局所強化をすることであり、着弾に合わせてシールドを強化するだけだ。
それ故に、カティーシャを含め五人のナビゲーターにとって重要なポイントは、いかに早く着弾ポイントを予測するかだ。
それに比べ、拓哉、ミルルカ、ガルダルの三人は、フリーシールドを使用し、事前に敵の攻撃を遮断するのが役目だ。
そのフリーシールドだが、通常のシールドの外側に展開される障壁であり、早い段階で敵の攻撃を駆逐する防御システムだ。
簡単に言えば、拓哉達三人が全ての攻撃を防げば、局所強化シールドを展開する五人の役割は、ただの見物ということになる。
『ほら、見たか! 五発は防いだぞ!』
ミルルカの自慢げな声が聞こえてくる。
彼女は、十二機の戦闘機から放たれた攻撃を防いだのだ。
ただ、そこに彼女の相棒であるトトからのツッコミが入る。
『なにいってるんちゃ! 舞姫なんて、十発は防いだんちゃ!』
もちろん、十二機の戦闘機から五発の攻撃で終わるはずもない。それどころか、一機当たりの攻撃が五発以上あった。
『ぬぐぐぐぐ』
トトの台詞に歯噛みするミルルカだったが、引き合いに出された殲滅の舞姫ことガルダルが呆れた声を発した。
『いえ、私なんて……鬼神は残りの全てを霧散させましたよ。どうやったらあれだけの数の攻撃を防げるのやら……』
『やっぱり、鬼神は異常なんちゃ!』
『う、うむ。負けたくはないが……タクヤは異常だな……』
今更ながらに、ガルダル、トト、ミルルカ、三人が溜息を吐く。
しかし、拓哉にとっては、それに不満があった。
――いやいや、俺としては、お前達に異常だと言われたくないんだけど……だいたい、今の攻撃は、それほど難しくなかっただろ。
確かに拓哉の言う通り、まだ小手調べの段階なのか、戦闘機から放たれた攻撃は単調なものだった。
戦闘機の動きも単純で、拓哉にとっては、簡単に予測できた。
逆にいえば、よほど予想外の攻撃でなければ、拓哉がしくじることはないだろう。
そして、攻撃面はというと、レッドエッグからの声が聞こえてくる。
『凄い! レナレの攻撃力は半端ないわ』
その声は、キャスリンのものだった。
元々、アタックキャストを得意としており、ファルコンに関しても簡単に使いこなしている。
それ故に、レナレの戦闘力は、初めから当てにされていた。
ただ、予想外の出来事に、ファングが驚きの声をあげる。
『レナレは分かるが……在り得ね~! あのノーコンリディが……』
エッグ内が全周囲モニターであるため、防御を行いながらでも追撃される敵の様子を確認することができる。
当然ながらフリーシールドを展開している拓哉は、敵の動きを逐一察知しているのだが、そこでは物凄い勢いで敵が撃ち落とされている。
その多くはレナレの攻撃だ。しかし、拓哉の目に止まったのは、この大空を自由自在に飛び回りながら敵機を討つリディアルのファルコンだった。
さっきまで、ヨタヨタしていたのに、いまや水を得た魚の如く宙を舞い、雷の如く鋭い攻撃を食らわせていた。
――おいおい、もしかしてリディは空中戦の方が得意なのか? でも、なんだあの戦い方は……この大空で接近戦か?
そう、リディアルのファルコンは、敵が射程に入っても攻撃しないのだ。その代りに、素早い動きで簡単に相手の背後をとるのだ。それも物凄い近距離に付いて、そこで初めて攻撃を食らわせる。
――ああ、空でも遠距離攻撃は当たらないらしいな……
結局のところ、どれだけ凄くてもリディアルに変わりはなかった。それに呆れつつも、拓哉は残った敵からの攻撃を見逃すことなく防いでいく。