128 戦いの始まり
2019/2/6 見直し済み
疲れた後の風呂は格別だ。
特に仕事や運動で疲れた者であれば、誰もが否定することなく頷くだろう。
拓哉も癒しを求めて入浴した訳だが、世の中とは、本当に上手くいかないものだ。
なにしろ、現在の拓哉は、冷風呂に浸かっているかのような気分だったからだ。
というのも、拓哉の眼前では、小、中、大、特大が睨み合っていた。いや、実際に睨み合っているのは、それの持ち主だ。
ただ、この場から逃げ出したい拓哉が、睨み合う彼女達と視線を合わせないようにすると、どうしても合計八つの乳房に行き当たるのだ。
決して拓哉がオッパイ星人だからという理由ではない。
――まあ、嫌いではないが……いや、かなり好きだが……
「ちょっと、そこの四つが目障りなんだけど。ボクに喧嘩を売ってるのかな? 夜中にもぐよ?」
「そうですよ。大きいのが良いというのなら、牛の乳でもいいですよね」
完全に目を座らせたカティーシャが威嚇すると、キャスリンも冷やかな視線でそれに便乗した。
しかし、拓哉としては、牛なんて勘弁だ。
――いや、さすがに、牛の乳はちょっと……俺の気持ちも考えてくれ……
ミルルカとの鍛錬を終わらせて自室に戻ると、既に、クラリッサ、キャスリン、カティーシャ、三人が戻っていた。
そんな彼女達と当たり障りのない話をすませ、慣れない鍛錬で掻いた汗を流すべく入浴することにした。
すると、いつものことながら、クラリッサとカティーシャが立ちあがる。もちろん、一緒に入浴するためだ。
ところが、ここにきて新たなメンバーが二人増えた。キャスリンとミルルカだ。
二人はクラリッサとカティーシャの行動が理解できなかったのか、キョトンとした顔で首を傾げた。しかし、拓哉に続いてバスルームに入っていく彼女達を見やり、直ぐに気付いたのだ。
キャスリンは意を決したように表情を引き締めて後に続き、ミルルカは口元を吊り上げてニヤリと笑んだ。
こうして、五人での入浴になったという訳だ。
因みに、カティーシャが女だった事実は、例の乱痴気騒ぎで露呈していた。
ただ、ミラルダ初級訓練校が廃校となったことで、いまさら性別を隠す必要もなくなったのか、本人も気にしていないようだ。
風呂に入っているはずが、拓哉は冷や汗を流しながらキャスリンの意見を否定する。
当然、それを口に出したりはしない。それを言葉にすれば、どんなオチになるかくらいは、鈍感な拓哉にも分かろうというものだ。
「胸の小さい者ほどよく吠える」
二人の少女から冷たい視線を浴びせ掛けられているのだが、全く動じた様子を見せないミルルカは、サラリと訳の分からないことを口にした。
どちらかというと、より一層、自慢げに大きな胸を揺らした。
しかし、拓哉としては、その言葉に異議がある。
――いやいや、お前は乳がデカくてもよく吠えるよな!?
拓哉の胸中では、ツッコミが蓄積していくばかりなのだが、そんなことなど知る由もないクラリッサが爆弾を投下する。
「無い者が不憫だとは思うけど、その不満を周囲の者に当たり散らすのは慎むべきだわ。唯の八つ当たりだわ」
これこそ勝者の立ち振る舞いなのだろう。
しかし、劣る者からすれば、どう考えても核ミサイルを発射しているとしか思えない。
核弾頭を投下されたカティーシャとキャスリンがキレるのも当然だ。
「キーーーー! クラリッサ! それはボクに対する勝利宣言かな?」
「ちょ、ちょっと大きいからって……悔しい……」
――いや、クラレにしろ、ミルルカにしろ、ちょっとじゃないんだが……飽く迄も俺の感覚でしかないけど、かなり大きいよな!? いやいや、それよりも、これからどうすれば……
拓哉は再びキャスリンの意見を否定しつつも、この場をどう乗り切るかに思考を巡らせるのだが、その視線は彼女達の胸にロックオンしたままだった。
一時はどうなることかと悩んだ拓哉だが、ひたすら沈黙を貫くことで、なんとか悪夢の入浴を終わらせることができた。
実際、入浴する前よりも疲れているような気がしているのだが、大事がないことにホッと安堵の息を吐いた。
女性陣はといえば、その対応を不服そうにしていたが、丸く収めるためにはそれしかないと判断したのか、邪な行動を執ることはなかった。
そのお陰で、なんとか生き延びた拓哉は、リビングのソファでぐったりとしている。
この部屋はかなり広い造りとなっていて、室内に小部屋を幾つも備えていた。
誰が何の意図で、拓哉達をこの部屋に押し込んだのかは知らないが、今やキャスリンやミルルカまで居座っている始末だ。
因みに、レナレと仲の良いトトは、ミルルカと別行動であり、何故かガルダルの部屋に居る。
無事にディラッセンを出発して、既に一日が立っている。
目的地については、モルビス財閥の本拠地であるディートなのだが、現在の場所から五日程度で到着する予定だ。
拓哉としては、その五日で休息を執りたいという気持ちがあったが、今度のことを考えると、そうもいかなかった。
移動の間はミルルカから格闘系のサイキックを教えてもらい、PBAの操作系についてはガルダルから助言してもらっているのだ。
その代わりと言ってはなんだが、拓哉はシミュレーション対戦の相手をさせられている。
ただ、拓哉には気になることがあった。
それは、ミルルカやガルダルの相手をしている間、クラリッサが完全に別行動となっていること。カティーシャとキャスリンが二人で雲隠れしていることだ。
彼女達が何処で何をしているのかは全く知らないし、現在の状況では根掘り葉掘りと聞く気にもなれず、場の空気を変えるために、話題をヒュームに向けた。
「なあ、ヒュームの規模ってどれくらいなんだ?」
本当に今更ながらの話だが、これまでは不思議とその話題に触れることがなかった。
ちょうど良いと思って話し掛けたのだが、クラリッサは考え事をしているようで相手にしてくれない。
ただ、ミルルカが任せろと言わんばかりに口を開いた
「なんだ! そんなことも知らんのか? 私が教えてやる。ヒュームの戦力は約百万と言われている。反乱当時はその半分だったのだが、かなり増やしたようだな」
「えっ!? たった百万人?」
――百万人といったら、地球の兵数トップファイブにすら入れないぞ?
思わず助数詞を『人』としてしまったのだが、そのことに突っ込む者はおらず、それよりも驚く拓哉を面白がっているようだった。
「フフフ、驚くのも無理はない。誰もがそう思うのだ。ただ、その百万人は全員が戦闘を行えるのだ。それも人間の倍以上の能力がある。いや、これまでの実績からいくと、三倍の戦闘能力といっても過言では無かろう」
――となると、純粋に戦える兵数が三百万人いることになるな……さすがに、それは脅威だろう。つ~か、全員が戦える、それも人間の三倍の能力で。あれ? じゃ、誰が生産してるんだ? ヒュームのエネルギーって、そもそも何なんだ?
全員が戦闘員だと聞かされて、拓哉は思わず根本的な疑問に辿り着いた。
というのも、戦うためには武器が必要だ。三倍の能力を持つとはいえ、さすがに素手で戦うことはない。
そうなれば、必然的に武器が必要だし、兵器の生産を行う必要もある。
そして、一番の疑問は、食料だった。
もちろん、人間ではないので、食事をする訳ではないのだが、動くためにはエネルギーが必要だ。
「なあ、ヒュームのエネルギー源って何なんだ? それと……ヒュームの死って人間と同じなのか?」
「やはり、そういうことが気になるよな」
腕を組んだミルルカは頷くと、ヒュームについて、まずは容姿やエネルギーについての説明を始めた。
殆どのヒュームが少年少女の容姿を持っているが、中には年配に見えるヒュームも居る。
飽くまでのヒュームは製造物であり、使用用途によってさまざまな容姿と仕様が用意されている。
ただ、見た目に関係なく、能力が人間を遥かに超えているのは間違いない。
次に、エネルギー源に関してだが、人間と同じ食物でもエネルギーを補給することが出来るがごく僅かだという。では、何がエネルギー源のメインとなるかというと、人工血液の摂取だ。
それで、連続二十四時間稼働が可能となる。これは完全に人間の方が不利だといえるだろう。
なんといっても、彼等はその間に集中力を切らさずに稼働できるからだ。
それに比べて、人間でも二十四時間稼働は可能ではあるが、集中できる時間は限られている。
ただ、ヒュームのエネルギー補給に四時間を要するという。しかし、たかが四時間だ。人間よりも完全に有利だろう。どれだけ頑張っても、人間には食事と睡眠が必要なのだ。
「それじゃ、戦場での戦い方が、人間と全く異なるんじゃないか?」
拓哉が自分の考えを口にすると、彼女は真面目な表情となって頷いた。
「そうだ。奴等と戦う時は、人間側は交代制で対応する他ない。そうしないと、先に自滅するからな」
――いや、それでは……そもそもの能力が違うのに、それで対応できると思えない。
人間と連続稼働時間が違うだけではなく、能力的にも凌駕しているのだ。交代なんて上手くいくとは思えない。
それが拓哉の結論だ。そして、それは間違っていない。
「唯でさえ能力の違いがあるのに、それで対応できるのか?」
「無理だな。というか、これまでの実績では、人間側の完敗だ」
当然の結果が、渋い表情を浮かべたミルルカの口からもたらされる。
ただ、これまでの情報を整理して、拓哉は疑問に感じることがあった。
それは簡単な話だ。そこまでの戦力差があって、なぜ人類が存続しているかという疑問だ。
そんな疑問を拓哉の表情から読み取ったのか、彼女はニヤリと笑みを見せた。
「よくわかったな。お前が疑問に思うのも当然だ。普通なら人類なんて、とっくの昔に葬られているだろう。そうなっていない理由は簡単だ。資源だ。奴等には資源が少ない。だから、生産が追い付かない。奴等も機動兵器を使用して攻めてくるのだが、ここ最近では接近戦しか行わなくなったと聞いている。おそらく弾薬が尽きたのだ」
――あれ? あ、そうか……確か、ヒュームはサイキックを使えないのか。なるほど、個々の戦闘力が高くとも、距離を置いて弾幕を張れば、早々は近寄れないということか。いや、それでも……
ミルルカの説明は間違っていない。ただ、不足している点もある。
生産が追い付かない理由は、弾薬のみならず、様々な資源が不足しているという問題を抱えていた。それと、決定的な問題は、個体の少なさと言う理由だ。
殆どの者が戦闘員として活動していることもあって、生産に回る個体が足らないのだ。
そして、現在、新しい個体は生産できない状態だ。その裏には、キルカリアの存在があるが、もちろん、拓哉のみならず、ミルルカも知ることはない。
これは、ヒュームにとってジレンマだった。いや、彼等にジレンマという感情はないかもしれない。ただ、大きな問題として圧し掛かっている。
「仮に弾薬がないとしても、奴等の能力と稼働時間なら、人類を葬るなんて難しくないんじゃないのか?」
個の戦力に大きな違いがあるとすれば、弾薬など然したる問題ではないように思えたのだ。
ところが、ミルルカが鬼の首でも取ったかのような笑みを見せた。
「タクヤ、自分の事を考えてみろ。奴等はサイキックを使えないんだぞ? 機体がそんな長時間の稼働に耐えられると思うか?」
――ああ、なるほど……奴等の能力がどれだけ高かろうと、機動兵器の性能まで上がる訳ではないからな。
ミルルカの指摘で、自分が機体をぶっ壊したことを思い出す。
そう、PBAにおいてサイキックは必要不可欠だ。
ララカリアの夢には申し訳ないが、サイキックによる保護がなければ、どれだけ優れたプログラムを乗せても、機体の消耗は抑えられないだろう。
そうなると、二十四時間の稼働が可能でも、機体はそれについていけないということだ。
「分かったか? じゃ、次の説明をするぞ」
拓哉の表情を見て理解したと判断したのだろう。ミルルカは返事を聞くことなく話を進める。
――なんとも、せっかちな性格だな……まあ、解かってはいたがな……
拓哉は肩を竦めるが、次に始まった話に意識が向く。
それは、ヒュームの機能停止――死についての話だった。
ヒュームにとって重要な部位は、頭と胸だ。
頭には演算装置があり、胸部にある人口血液循環装置がある。
それが破壊されることで機能を停止する。それ以外の場所がどれだけ損傷しようとも、割と簡単に修復が可能だ。
逆に、頭と胸部を破壊されると、修理による再起を行っても、フォーマットされた状態でしか起動できない。
それが意味するところは、再生だ。そして、再生がもたらす結果は、初期化であり、基本プログラムのみの使えない代物と成り果てるのだ。
ヒュームの演算は情報のみならず、経験や学習によるものが大きい。そういう意味では、人間と同じかもしれない。
それ故に、強制学習を行っているのだが、それも決まった情報を送り込むだけであり、経験値という部分が不足して、実戦で使えるようになるのに時間が必要となるのだ。
よって、仮に復旧するにしても、長期の離脱となるのだ。
ふむ。その理屈はなんとなく分かるような気がする。そもそも、生産時に特に手を入れない限り、作り出されて直ぐのヒュームに個体差は生まれないはずだろう。じゃあ、奴等を粉々にしなくても、機能を停止させるだけでいいのか……いや、蓄積した記憶がなくなるということ、その個が死ぬのと同じことか……
機能停止に関して考えを巡らせていたのだが、結局のところ、機能の停止は彼等の死と同義だと判断する。
そんな時だった。まるで拓哉の尻を叩くかのように、けたたましい音が鳴り響く。
その警報音と同時に艦内放送が部屋のスピーカーから聞こえてきた。
「PBAの操縦者は、至急ブリッジに集合。繰り返します。PBAの……」
無機質な女性の声が響き渡る。
もちろん、それは機械音声であり、オペレーターの操作によってシステムが発しているだけだ。
「どういうことかな? 緊急事態?」
「とにかく、行きましょう。ここであれこれ言っていても始まらないわ」
カティーシャの疑問の声を一蹴し、クラリッサが立ち上がる。
――もしかして、戦闘か?
疑問を抱く拓哉の中では、それが間違っていないと勘が囁いていた。