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超科学の異世界が俺の戦場!?   作者: 夢野天瀬
第0章 プロローグ
119/233

116 鋼女と舞姫

2019/2/1 見直し済み


 自室というにはいささか簡素、いや、殺風景といった方がよいだろう。

 そんな部屋にはベッドだけが設置されていて、その向こうにはむきき出しではないが、やたらと遮蔽物しゃへいぶつの小さなトイレがあった。


 ――あそこで用を足すのか? くそっ! どんな嫌がらせだ? いや、それはいい……こんなところ、脱走しようと思えばいつでも可能だからな。それよりも……


 いきどおりを感じつつも、ミルルカの頭の中は、一つの事案で一杯だった。


 それは、当然ながら個人戦の結果であり、未だに納得がいかず、いつまでも悩んでいた。

 あの時、ミルルカは勝利を確信した。それは自惚れでもなければ勘違いでもない。あの状況をひっくり返せる者などいるはずがないと思えたからだ。しかし、気が付くと、彼女の機体は地に這いつくばっていた。そう、彼女は物の見事に負けたのだ。


 ――分からん……


 トトと融合した彼女は、もはや人間とは呼べない程の能力を有していた。全能ではないが、全知であるとさえ思えるほどに、何もかもを見通せていた。それほどの力をもってしても、拓哉のやったことが理解できないでいた。いや、見えなかったのだ。それは、人間あらざる者であり、人知を超える力を有したトトの力をも超えているのだ。

 それ故に、ミルルカはいつまでも腕を組んだまま唸っていた。


 ――どうやれば、あそこで逆転できるのだ? 考えられるのは……


 叔父であるダグラス将軍が、ヒュームの内通者として捕らえられ、彼女まで巻き添えで拘束されてしまったのだが、それが冤罪だと知っている彼女は、慌てることなくそれに従った。

 というのも、こんな軍施設などいつでも逃げ出せるし、やろうと思えば壊滅すら可能だからだ。いや、一番の理由は、鬼神との戦いのことが頭から離れなかったからだ。


「トト、お前に解かるか?」


 独りしか居ないはずの独房で、相棒に助けを求める。

 もはや、彼女の考え及ばない領域だと思ったからだ。


『無理なんちゃ。ただ分かるのは、ウチを超えた存在。そう人間じゃないってことくらいなんちゃ』


 ――やはり、そうなるか……いや、それしかないよな。だが、人間でないとしたら……


 妖精であるトトの意見と、己が導き出した答えを合わせ、その信憑性しんぴょうせいについて考える。


「なあ、人間でないとしたらなんなのだ?」


『そんなん、ウチにも分からんちゃ。でも、異世界人なんやろ? だったら、そんな人間が居てもおかしくないっちゃ』


 トトの返事は尤もだ。

 異世界人に基準なんて存在しない。

 見た目が人間のようでも、中身は全く異なることすらあり得る。


 ――確かにそうだが……それを人間と呼べるのか? 気になる……奴のことが無性に気になる……奴はいったい何者なのだ?


 人に見えて人ならざる存在に、興味が尽きない。

 そんなミルルカに向けて、トトが念話で話しかけてきた。

 おそらく、彼女が気を遣ったのだろう。


『何をそんなに気にしてるんちゃ? これから沢山知る機会があるっちゃ』


 トトはごく当たり前のように言ってのけるのだが、それが理解できなくて、ミルルカは思わず首を傾げた。


「ん? それは、どういうことだ?」


『だって、ミルルは奴に負けたんよ? だったら、奴のメイドなんちゃ。夜伽よとぎの相手とかもさせられるんちゃ。うきゃ! とうとうミルルも女になるんちゃ。あは!』


 ミルルカは負け方が納得できなくて、思考がそこまで追いついていなかった。そう、賭けに負けたことをすっかり失念していたのだ。

 しかし、他人事ということもあってか、トトはかなり興奮していた。

 精霊にとっても、男女の情事があるかは不明だが、彼女にとっては、とても美味しい話のネタになっているようだ。


 ――ぐはっ! そうだった……私は賭けに負けた……メイド……夜伽……マジか! 私があの男と交わるのか? あの男とまぐわうのか……あぅ……優しくしてくれるかな……


 今更ながらに、賭けに負けたことを考えて、ミルルカは両手で己が身体を抱いて悶える。

 ただ、恥ずかしいと感じながらも、なぜか嫌だという気持ちが起らなかった。


『ミルル、顔が真っ赤なんちゃ』


「ううううう、うるさい!」


『あっ、そういえば、ご褒美ほうびもなくなったんちゃ……あぅ』


 ――こいつの頭の中は食べ物で一杯なのか!?


 拓哉との夜伽を想像して胸を熱くしたミルルカが、相棒であるトトに呆れていると、小さな声が彼女の耳を揺さぶる。


「クアント殿、ミルルカ=クワント殿。お迎えに参りました」


 その声に反応して視線を向けるが、鉄格子となっている入り口には誰も居ない。

 しかし、相棒であるトトの眼は誤魔化せなかったようだ。


『入り口に、黒装束が立ってるんちゃ』


 ――ふむ……黒装束か……もしや……


 黒装束と聞いて、ミルルカはピンときたようだ。

 身悶えしていたことを隠すかのように、自慢の胸を強調するかのように腕を組む。


「迎えは良いが、お前はどこの誰だ?」


「デンローシャの配下です」


 ――そうか、奴が動き始めたか……ということは、何かしら大きな問題が起きているようだな。となると、叔父の拘束もそれに関連しているのか。そうか……叔父か……


 予想通りの相手だと知り、すぐさま思考を巡らせる。

 ただ、ここを動くわけにもいかないのだ。


「叔父が拘束されているのでな。ここを出る訳にはいくまい」


 こんな臭く下品な場所など、いつでも抜け出せるのだ。

 ただ、それを実行しない理由がある。それは叔父――ダグラス将軍が拘束されているからだ。

 彼女が拘束される時に、「反抗するならダグラス将軍が唯ではすまんぞ」と言われ、その言葉に怒りを感じもしたが、その時の彼女は対戦結果で頭がいっぱいだったこともあり、何時でも抜け出せるという理由から、逆らうこともしなかったのだ。

 だいたい、ここの連中程度で、彼女を普通に拘束することすら不可能なのだ。


彼方あちらには別部隊が向かいました。問題なく救出することでしょう」


 ミルルカに話しかける人物は、どこか自信満々だ。

 ただ、その自信の根拠が気になる。


「やたらと自信満々だが、ケルトラが出張ったか?」


 不敵な笑みを作りつつ、自分の考えを口にするのだが、もたらされた返事は、彼女の想像を超えるものだった。


「いえ、鬼神が向かっております」


 ――なぜ、鬼神なのだ? 奴がそれに加わる理由が分からん。


 返事の内容をいぶかしく感じるが、それを口にすることなく、ミルルカは立ち上がる。

 ここに必要もない助けが来たということは、ケルトラに何らかの思惑があり、彼女に行動を始めろという合図だと感じたからだ。

 そうなると、何時までもここでゴロゴロしながら腐っている訳にもいかない。


「分かった。それで、私に何をさせたいのだ?」


 不敵な笑みを崩さずに鉄格子の入口へと向かうと、格子の扉が自動的に開く。

 もちろん、姿を消しているケルトラの部下によるものだ。


「隊長は、少しばかり暴れて欲しいと申しておりました」


「そうか。ケルトラからの命令と思うと少しムカつくが、その内容は気に入った。私もムシャクシャしていたのだ。丁度よかろう」


 拓哉との対戦で訳も分からずに負けたことで、悶々《もんもん》として欲求不満を募らせていた彼女は、望むところだと言わんばかりに頷く。

 予想に反して快く受け入れてもらえた所為か、姿なき者がホッと息を吐き出す。


「よろしくお願いします。機体はこれまでと同じ場所に……」


「装備は? 訓練用で暴れるのか?」


「いえ、実戦用に換装済みです。あまり派手にやり過ぎると味方にも被害が及びますので、手加減が必要かと思います」


 機体の場所を知らされたものの、ミルルカとしては装備が気になるところだった。ただ、ケルトラの部下からすると、装備よりも被害の方が気になったようだ。

 しかし、ミルルカに手加減しろなどと、F-1マシンにレースで徐行しろと頼むようなものだ。


「味方には通達しておけ、死にたくなければ、赤い機体に近づくなと。近づく機体は全てスクラップにするからな」


 これまで最強と呼ばれてきたミルルカがそういうと、実際、どう感じているかは不明だが、ケルトラの部下は一言だけ答える。


御意ぎょい!」


 いささか古臭い物言いだったが、ミルルカはそれが気に入った。


「よし、トト、さ晴らしにいくぞ」


『了解なんちゃ! 暴れるんちゃ!』


 ミルルカは姿を消したトトを肩に乗せたまま、意気揚々と独房を後にした。









 呼ばれざる客がやってきたのは、レナレがお気に入りのアニメを見ている最中だった。


「誰かしら……ぐはっ、脳タリンズだわ……」


 インターホンが鳴ったことで端末を確認したガルダルが、思いっきり嫌そうな表情をみせた。それどころか、思いっきり毒を吐く。


「最悪の客だわ。今度は何を言いにきたのかしら。レナレ、塩を用意しといてね――」


 レナレは透かさずベッドの下に隠れることにしたのだが、ガルダルはブツブツと毒を撒き散らしながら入り口に向かった。

 もちろん、レナレに塩なんて用意する暇もなければ、準備する気もない。ただただ、ベッドの下から覗くのが関の山だ。

 なにしろ、彼女はあの二人が大嫌いだった。というか、あの二人と顔を突き合わせるくらいなら、台所の悪魔と暮らした方がマシだと豪語していた。

 そんな彼女がベッドの下で耳を伏せていると、脳タリンズの背の高い方が発した嫌味たらしい声が耳に届いた。


 ――こういう時だけは、自分の耳の良さが恨めしくなるですニャ……


 尻尾を股の間に仕舞い込み、耳を伏せた彼女は、聞きたくないと言わんばかりに両手を耳の上に乗せるのだが、思いっきり無駄な抵抗だった。


「なんだ? いい歳してアニメなんて見てるのか? だから負けるんだよ」


 ――ニャ、ニャんですと! ウチがこよなく愛するミワオ=ハヤザキの名作アニメを馬鹿にするなんて、許せないのですニャ! 死刑決定ですニャ!


 脳タリンズ二号――副会長の台詞で、彼女は思いっきり憤慨する。

 それでも、面と向かって文句を言う気にはなれない。それどころか、同じ空気すら吸いたくないと思っていた。


 ――ガル、早く追い返すのですニャ。空気が汚れるのですニャ。公害ですニャ。PM2.5よりも有害ですニャ。


 心中で悪態を吐くレナレの気持ちが届いたのか、ガルダルがすぐさま本題に入るように促す。


「今日はどうされたのですか?」


「どうしたかだと! それが――」


「まあまあ、それよりも、今日はお願いがあってやって来たんだ」


「お願い? それは何でしょうか?」


 ガルダルの対応に副会長が憤慨するが、脳タリンズ一号――会長が、それを宥める。

 ただ、問題なのは、その後の台詞だ。

 願いと聞いたガルダルがいぶかしげな表情を見せる。

 しかし、レナレからすれば、聞くのが間違いだという結論だ。


 ――が、ガルはバカですニャ。どうせロクでもない頼みごとですニャ。聞く方がバカですニャ。


 レナレ的には不満タラタラなのだが、ガルダルには断れない理由があるのだ。

 そう、それは、レナレの存在だった。

 レナレ自身、それを知っていることもあって、すぐさま申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 ――ごめんですニャ。ガル……ウチの所為で……


 レナレがベッドの下で涙ぐむ。

 実際、ガルダルは気にするなと言うのだが、彼女はいつも気にしていた。それ故に、何があってもガルダルを助けたいと思っているのも事実だった。

 そんな悲しい気分になっているレナレを他所に、会長がつらつらと話を進める。


「実を言うとね。ダグラス将軍やあの鬼神達が、ヒュームのスパイだと分かったんだ。道理で私達の話に耳を傾けない訳だ。なんとも困ったことだね」


「それが頼み事と何の関係が?」


 遠回しな物言いに、ガルダルが驚きの表情を押し殺しつつ問い返す。

 彼女からすれば、全く信憑性に欠ける話だけに、次に出てくる言葉が不安なのだろう。少し引き攣った表情となっている。

 しかし、会長は嫌な顔を見せることなく話を続ける。


「まあまあ、そう焦らなくてもいいよ。不穏分子の粗方は捕らえたから。ただね、どうやら鬼神達は黙っていうことを聞きそうにないんだ。今も飛空艦に閉じこもったままのようだし……」


 実は、当の昔に飛空艦から抜け出しているのだが、会長はその事実を知らなかった。

 もちろん、ガルダルがそれを知るはずもない。ただ、彼女は直ぐに願い事を察した。


「私に飛空艦を攻めろと?」


 奥歯に物が詰まったような物言いが気に入らなかったのか、ガルダルは先読みした内容を口にする。

 すると、会長は笑顔で手を叩きながら、大袈裟に褒め称える。


「さすがは舞姫だ。なかなかの洞察力だね。そう、頼み事というのはそれだ。ちょっと潰してきてくれないかな?」


 馬鹿な話だ。そんな愚かな願い事など誰も聞かないだろう。しかし、ガルダルに拒否権はない。

 そう、ガルダルにとっては、なによりもレナレが大切なのだ。ここで断れば、間違いなくとんでもないことを言い出すはずだ。

 そんなガルダルの考えを見越しているのか、その対価だと言わんばかりに、嫌らしい笑みを浮かべた会長が取引材料を用意した。


「もちろん、タダでとはいわないよ。君の可愛い相棒が幸せに過ごせる居場所を用意しよう。それでどうかな?」


 その言葉は、一ミリも信用ならない。少なからず、レナレはそう感じる。


 ――ガル、そんなの嘘っぱちなのですニャ。頷いちゃダメですニャ。


 レナレが必死に首を横に振るが、当然ながら彼女はベッドの下だ。ガルダルに見えようはずもない。

 そして、ガルダルは大切な友達を守るために頷くことになる。


「それは本当ですか? 幸せに過ごせる場所が、監獄なんてオチはなしですよ」


「勿論だとも。私は約束をたがえたことなどないよ。そんな罠なんて用意するのも面倒だし」


 ――嘘ですニャ。騙されちゃダメですニャ。ガル! お願いだから頷いちゃダメですニャ。


「分かりました。その役目を引き受けましょう」


 ――あう……ダメだって言ったのにニャ……やっぱり、ウチの所為……


 悲しいかな、レナレの願いが届くことはなかった。そして、脳タリンズの二人は、この部屋から去っていく。

 それを見計らって、レナレはベッドの下から這い出す。そして、ガルダルに抱き着いた。


「ダメですニャ。これ以上、奴らのいうことを聞いちゃダメですニャ」


「大丈夫よ。これが終わったら二人で幸せに暮らしましょう」


「そんなの無理ですニャ。奴らは、そんなに温くないですニャ」


「大丈夫、大丈夫。もし約束を違えたら私が始末するわ。間違いなく地獄に送ってやるわよ」


 ガルダルは笑顔を見せると、レナレの頭を優しく撫でる。

 普段はガサツなガルダルだが、こういう時は、とても優しいのだ。


 ――ん? さっきから気になってたんだけど、これって、何ですかニャ……


 ガルダルの優しさに感動しつつも、レナレは鼻をピクピクと動かす。

 そう、彼女には、気になることがあった。

 それは、脳タリンズが入ってきた時から感じていた。

 奴等と一緒に嗅ぎ慣れない臭いが入ってきたことを。そして、その臭いは、いまも部屋に留まっている。


 ――さて、どうしたものですかニャ。嫌な臭いではないような気がするのですけどニャ……それに、奴等が約束を守るはずはないですしニャ……


 レナレは何もない空間をチラリと見やり、これからについて考えるのだった。


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