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超科学の異世界が俺の戦場!?   作者: 夢野天瀬
第0章 プロローグ
117/233

114 戒め

2019/1/31 見直し済み


 その光景は、拓哉の顔を青くさせることに成功した。

 目の前に転がる四肢を失ったアームズ以外に、五体のアームズが現れたからだ。

 ただ、それはパワードスーツに脅威を感じておののいている訳ではない。

 拓哉が恐怖しているのは、自分が発動させるサイキックの威力だった。


「このままでは、拙いわ」


 アームズが放つ嵐のような弾幕を、クラリッサは必死に障壁で防いでいる。しかし、その表情には焦りが浮かんでいる。

 彼女の表情から危機を感じて、すぐさま対処しようとするのだが、四肢の無くなったアームズを目にして、拓哉は躊躇ちゅうちょしてしまった。


 ――この兵士達は、敵と決まったわけではないんだよな? それなのに……こんなむごいことに……


 そう、拓哉は初めての実戦で負傷した兵士を見てビビっているのだ。

 先の血に塗れた兵士、四肢の吹き飛んだアームズを目の当たりにして、完全に委縮してしまったのだ。

 これが他人の手によって行われたことであっても、おそらく怯んだに違いない。それほどまでに、平和の中で生きてきた人間は脆いのだ。それも、それを為したのが自分なのだ。躊躇するのも当然かもしれない。

 それでも、一体目のアームズがバラバラになったことで、残りの五体が距離を置いている。それが唯一の救いだった。

 そんな中、アームズがなんだとばかりに、威勢いせいの良い声が響き渡る。


「おらおら! 食らえ! アームズ如きが偉そうに! 地をいつくばれ!」


 未だハッピーなキャスリンが、嬉々としてサイキック弾をぶち込んでいた。

 しかし、残念なことに、どう見てもダメージを与えているようには見えない。

 相手は、唯でさえ装甲を持っている。通常のサイキック銃でも太刀打ちできるか怪しいのに、殺傷能力のない銃では、何ともし難い状況だった。

 その証拠に、男勝りなティートから悲痛な声が発せられる。


「タク、何をやってるんだ! このままじゃ、みんなやられるぞ」


 彼女は狂ったように撃ち捲るキャスリンの隣で、負けじとサイキック弾を放ちながらも、危機感を露にした表情で訴えた。


「引くか!? このままじゃジリ貧だ。いや、やられるのが目に見えてる」


 拓哉が普通ではないと感じたのか、リディアルが撤退を進言した。


 ――そ、そうだ。今は退くしか……


 心理的に情緒不安定となっている拓哉は、思わずそれに便乗してしまう。

 しかし、その思考は甘かった。弱気になった途端、何もかもが裏目になって現れる。

 これまでサイキック銃を使っていたアームズ達だが、その中の一体が手榴弾を投げ込んできた。


「まずいわ。みんな伏せて!」


 鬼気迫る声色で叫ぶクラリッサが、まるで自分が盾になるかのように立ち塞がると、悲痛な顔で両手を突き出した。

 もちろん、その手で爆発を防ぐ訳ではない。

 彼女が突き出した両手の先に、透明度の低いまくができあがる。

 それは、これまで張ってきた障壁とは異なり、物理衝撃に対抗するためのサイキックシールドだった。

 そして、次の瞬間、耳をつんざくような爆発音が響き渡る。


「クラレーーーー!」


 呆然としていて自分で伏せることもできず、リディアルから無理に押し倒された拓哉は、その爆発音に恐怖する。

 それは、己に危機が迫ったことによる恐怖ではない。クラリッサが怪我をすることを、彼女を失うことに恐怖したのだ。

 爆発の粉塵ふんじんが収まるのを待たずして、拓哉は体を起こして、クラリッサが居たはずの場所に駆け寄る。

 青ざめた拓哉の表情は、焦りを全く隠せていない。それどころか、慌てたせいで這い寄るかのように近づく。

 そんな拓哉の中では、ドロドロとした怒りが渦巻く。


 ――お、俺が……俺が躊躇ちゅうちょしたばかりに……彼女の力になるって言ったはずなのに……そう覚悟していたはずなのに……


 後悔しても遅いのに、後悔しても何も変わらないのに、それでも後悔してしまう。

 人間である以上、それは、仕方ないのかもしれない。しかし、拓哉は自分自身に怒りを覚えた。

 そして、拓哉が目にしたのは、頭から真っ赤な鮮血を流して横たわるクラリッサの姿だった。


「くそーーーーーーーーーーーっ!」


 次の瞬間、拓哉の中で何かが爆発した。まるで自分が炎に包まれたと感じるほどに、拓哉の中で憤りが湧き起こる。極度の怒りで、感情が壊れる音が聞こえたような気がした。いや、壊れてしまったのだ。血濡れたクラリッサを目にしたことで、拓哉の心は壊れてしまった。


 ――俺が……俺が……くそっ! くそーーーーーーーーーっ!


 壊れた拓哉が、クラリッサのかたわらに力無くひざまずいていると、彼女を挟んで反対側にやって来たカリナが、容態を調べ始める。


「命に別状はないわ。怪我も軽傷です。恐らく頭を打って脳震盪のうしんとうを起こしているのでしょう」


 既に心の壊れた拓哉は、その意味を悟ることはできても、答える気が起らなかった。そして、己が心に残っていたもの、壊れていなかったものを感じ取った。


「クラレ……俺は……すまない……俺は最低だ。だが、二度と間違わないと約束する」


 拓哉の心には、クラレに対する罪悪感、自分に対する嫌悪感、攻撃を仕掛けた者に対する怒り、それがメラメラと燃え上がる炎をさらに燃えたぎらせる。

 今や負の感情だけの塊となった拓哉は、その長い睫毛まつげを伏せたままのクラリッサに誓う。しかし、血濡れた彼女は、閉じたまぶたを開くことはなかった。

 それを見て、怒りを爆発させた。


「俺が悪かったんだ。甘っちょろかったんだ。だが、お前らも消え失せろよ」


 己が悪いと知りつつも、直接的に攻撃を加えてくる兵士達に対して燃え上がるような怒りが込みあがる。いや、既に燃え盛っているのだ。

 拓哉が立ち上がると、五体のアームズからの攻撃が再開される。しかし、それは、拓哉の二メートル手前で弾かれた。

 その不思議な光景を目にしても、今の拓哉は何の疑問にも感じなかった。

 息をするかのように、力を行使していた。全てが自在だと感じていた。

 それは深く思考することなく、使用方法を考えることなく、まるで持って生まれた力であるかのように、己が手足のように操ることができた。


「ゆるさね~。ぜって~ゆるさね~!」


 怒りに燃え上がる拓哉が、カリナに視線を向けた。

 彼女は「分かっている」とでも言うかのように黙って頷いた。

 その合図を確認した拓哉は、ゆっくりと視線を五体のアームズへと向けた。

 その行動だけで、サイキック弾を放ち続けるアームズが後ろに下がる。

 その理由は分からない。サイキックの力量を知るセンサがついているのか、将又はたまた、拓哉の怒りを感じ取ったのか。それについては定かでない。ただ、間違いなく拓哉を脅威として認識していた。


「おせ~よ。絶対に、逃がさん」


 何時もなら、おびえる兵士を蹂躙じゅうりんするなんて考えもしないだろう。しかし、今の拓哉は違った。アームズを借る兵士には残念なことだが、それが敵であろうとなかろうともはや関係なかった。

 奴らは、クラリッサを傷つけたのだ。その代償を負うべきなのだ。その気持ちがどれだけ理不尽であろうと、拓哉の罪悪感と嫌悪感が、間違いなくそう主張していた。

 そう、奴らは極刑に価すると、奴らに実刑判決をくだすべきだと。


「消えろ!」


 未だ攻撃を続ける敵に向かって、左腕を一振りする。

 その途端、一体のアームズが、目にも留まらぬ勢いで地下四階の壁に叩きつけられた。

 それだけで、その兵士は動きを止める。

 それは、兵士の死を意味しているのかもしれない。しかし、拓哉は全く気にしていなかった。


「次は……」


 罪悪感の塊となっていた拓哉だったが、アームズを装着する兵士に対しては、全く異なっていた。

 罪悪感どころか、奴らには嫌悪感しか持てなかった。

 それ故に、遠慮なく右腕を横に振る。

 すると、二体のアームズが壁に激突してひしゃげた。

 その攻撃で、装着する者に何が起きているかを理解するが、現在の拓哉は何にも感じていなかった。


「これで三人目の刑の執行が終わったな。あと二人だ。懺悔ざんげでもしていろ」


 誰にともそうしにそう口にすると、今度は左腕を縦に振り下ろす。

 次の瞬間、残り二体のうち左側のアームズが床に叩きつけられ、嫌な音を響き渡らせた。

 四肢の関節はあらぬ方向に曲がり、本体は陥没しそうな床にめり込んでいる。

 それを目の当たりにした最後の敵は、もはや戦意を喪失していた。慌てて後退りを始めるが、それを今の拓哉が許すはずもない。


「いまさら逃げ出すとか、卑怯だと思わないか? 最後まで戦え!」


 小刻みに揺れるアームズを睨みつけると、敵は背を向けて全力で走り始めた。

 その速度はといえば、さすがはパワードスーツだと言えるだろう。しかし、拓哉は気にすることなく降ろしていた右腕を振り上げた。

 その途端、逃げ出したアームズは、まるで振り上げた右手で掴まれたかのように宙に浮かぶと、もの凄い勢いで天井に突き刺さった。


「……」


 胸まで天井にめり込んだアームズを眺め、次に周囲に敵が残っていないことを確認する。

 拓哉が瞬く間に敵を殲滅したのだが、誰もが唖然とするばかりだった。

 それも当然だろう。生身の人間がパワードスーツを着込んだ敵を、まるで紙屑のように処理してしまったのだ。

 驚きのあまり、声さえ出せない状態だった。

 しかし、拓哉にとっては、それさえもどうでも良かった。


「終わりか……あとは……」


 戦闘の終了を認識すると、拓哉は視線を床に向けた。

 そこには、アームズの装備していたサイキックナイフが転がっていた。

 そして、何を考えたのか、拓哉はそのナイフを引き寄せた。

 もちろん、その行為もサイキックで行われている。そのナイフは、まるで吸い込まれるように、拓哉の手の中に納まった。


「えっ!?」


 誰の声か分からない。ただ、驚きの声だけが響き渡る。

 しかし、次の瞬間、リディアルの声が轟く。


「タクヤ、何をやってんだ!」


 拓哉は手にしたナイフで、自分の左手の甲を切り付けたのだ。


 ――これは誓いの証だ。俺自身に対する戒めだ。甘い自分に鉄の意思を刻み込む必要があるんだ。


 痛みを噛みしめて、拓哉は手の甲にバツ印を刻み込んだ。手の甲からは、溢れんばかりの鮮血が流れ出す。


「た、タクヤ、な、何をやってるの!」


 その声は、手の甲に意識を向けていた拓哉を、即座に振り向かせる。

 なぜなら、それは、先程まで血を流して倒れていたクラリッサの声だったからだ。


「クラレ!」


 壊れたはずの拓哉の心が、彼女を見た途端に落ち着きを取り戻す。

 クラリッサは鮮血で濡れた顔を引き攣らせる。そして、直ぐに近寄ると、血を流す拓哉の左手を掴んだ。


「な、なんてことをするのよ。大事な手なのに……どうしてこんなことをするの? その兵士達に対する贖罪しょくざい?」


 血相を変えたクラリッサは、叱りつつもポケットからハンカチを取り出すと、拓哉の手に巻き付ける。

 その行動で、彼女の手が拓哉の血で染まる。

 それでも嫌がることなく、険しい表情で必死に止血をする彼女に、拓哉は自分の気持ちを伝える。


「クラレ、身体は大丈夫か? すまない。俺が甘かったばかりに……」


「大丈夫よ。そんなことはどうでもいいの。それよりも、どうしてこんなことをするのよ。手を傷つけるなんて、ドライバーにとって大問題じゃない」


 その美しい顔に憤りを感じさせるクラリッサは、聞く耳も持たずに噛みつく。

 しかし、怒られているというのに、拓哉は満足そうに頷いた。その表情は、まるで心地よい音楽でも聴いているかのようだ。


「これは俺自身に対するいましめだ。クラレを守れなかった自分自身に対する罰だ。お前の力になると約束したのに、結局は足手纏あしでまといになっている、甘ったれた自分に対する罪過ざいかだ。だから、それを目に見えるところに刻み込んで、己を戒めるんだよ」


 何時もなら恥ずかしくて口に出来ないような言葉が、次から次に零れ出る。

 見詰めてくるクラリッサに微笑みを浮かべるのだが、彼女は血の付いた右手の拳を拓哉の胸に突き付けた。そして、少し悲しそうな表情で告げる。


「な、なにを言っているのよ。適材適所でしょ。私だって拓哉を守る力になりたいのだから、そんなことを言わないで。あなたが罪悪感を持つ必要なんてないのよ。私が勝手に巻き込んだだけなのよ。だから、そんな寂しいことを言わないで。私はいつもあなたの力になるし、側にいるのだから。それが、私の役目よ」


 彼女は烈火の如く捲し立てると、そのまま拓哉の胸に顔を埋めた。

 すると、拓哉は何の抵抗もなく、クラリッサの身体を優しく抱いた。


 ――良かった。無事で……


 それだけで、なぜか心が癒されるような気がしてくる。

 クラリッサの温かさを感じ、拓哉はホッと安堵の息を吐く。

 すると、彼女は目をつむったまま顔を上げてきた。

 拓哉は躊躇することなく、彼女の柔らかな唇に、己の唇を重ねる。


 ――温かい。良かった。本当に良かった。


 心が安らいでいくのを感じ、少しずつ落ち着きを取り戻す。

 怒りが収まり、烈火の如く燃え上がっていた憤りが鎮火する。

 そして、いつもと同じ状態に戻っていくのを感じる。

 ただ、落ち着いた所為か、唇を重ねる拓哉は、別のことに気付いた。


 ――クラレの頭の位置が低い……ああ、俺っていつの間にか身長が伸びてたんだな。そうか、俺の身体も成長してるんだな。じゃ、心も成長しないとな。


 周囲のことをすっかり忘れている拓哉は、クラリッサと抱き合って口付けを交わしたまま、いつまでも二人だけの世界に浸るのだった。


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