111 引き金
2019/1/29 見直し済み
隠形のサイキックとは、恐ろしく便利な能力だった。
今更ながらに、普段、カティーシャが使っている能力に感嘆の声を漏らしそうになる。
というのも、拓哉、クラリッサ、リディアル、キャスリン、ティートの五人は、飛空艦を包囲するPBAの真っ只中を悠々《ゆうゆう》と闊歩しているのだ。
あの後、問答無用と言わんばかりに、なし崩し的に頷く他なかった拓哉を他所に、今後の作戦について議論した。その結果、カリナと現在の五人が、ダグラス将軍救出に向かうことになった。
もちろん、拓哉と別行動になったカティーシャが、思いっきり膨れっ面となったのは話すまでもないだろう。
彼女は、リカルラから別の任務があると告げられて、渋々それに従うことになった。
「これが隠形サイキックか……凄いものだな」
驚きの声を上げたのは、ティートだった。
彼女は周囲に立つPBAを恐る恐る見やりながら、感嘆の声を漏らすのだが、その声は隠形に相反して、少しばかり大きなものだった。
それ故に、キャスリンが周囲を気にしながら窘める。
「あんまり大きな声で話さないの。幾ら隠密サイキックでも派手な行動を執るとバレるんだから」
カティーシャと共に居ることが多いお陰で、キャスリンは隠密サイキックについて、色々と知っているようだった。
しかし、彼女の認識は少しばかり違っていたようだ。
「これくらいなら大丈夫よ。まあ、派手にサイキックを使用したり、銃を使ったりすればバレるでしょうけど」
微笑むカリナは首を横に振るのだが、キャスリンはそれを否定する。
「いいえ、リディとティトは声が大きいから、放っておくと……絶対にどこかでチョンボをしますから」
「オレまで一緒にするなよ」
「な、なんだと!」
「声が大きいわ。キャスリンの言う通りよ。それに急いでいるのよ。足手まといになるようなら、今直ぐ飛空艦に戻ってちょうだい」
リディアルとティートが抗議の声を上げたのだが、即座にクラリッサから窘められた。
彼女の発言は至極真っ当なものだ。先はまだまだ長いのだ。こんなところで揉めている場合ではないのだ。
「わ、わるい……」
「す、すまん」
さすがに、自分達が悪いと思ったのか、二人は素直に頭を下げた。
そんなやり取りを見ていたカリナが、クスクスと笑いながらスタスタと先を急ぐのだが、チラリと後ろに視線を向けた。
「ところで、装備の方は?」
彼女が聞きたいのは、拓哉達の装備のことだろう。
一応は、サイキックを使用した銃を装備しているのだが、それ以外には何もない。
それを告げようとするのだが、クラリッサが先に口を開いた。
その表情は、どこか優れない。いや、やたらと冷たい表情を浮かべていた。
「ご心配無用です。全員がサイキック銃を装備していますから」
彼女が敵対心を剥き出しにしているように感じるのは、決して拓哉の勘違いではないだろう。
それでも、カリナはニコリとするだけで、彼女の態度を不快に思っている様子はなかった。
――勘弁してくれよな……まあいいか、それよりも、サイキック銃を使うとは思わなかったな……
サイキック銃だが、全員が二丁ずつ携帯している。
拓哉とリディアルはショルダータイプのホルスター、クラリッサ、キャスリン、ティート、三人の少女は、レッグタイプのホルスターに収めている。
一般的に、女性の場合はリーチの問題で、ショルダータイプよりもレッグタイプの方が使い易いのだ。
見るからに走り難そうなのだが、彼女たちは文句も言わずに脚を進めている。
そのホルスターに収めているサイキック銃だが、それは、間違いなく実戦用武器だ。
但し、威力を調整できる代物であり、拓哉達が持つ銃には、相手を気絶させることはできても、死に至らしめることはない。
それもあって、ララカリアは遠慮なくぶっ放してこいと言っていた。
「それはそうと、タクヤ。その袋はなに?」
「これか? 武器? らしい……」
「らしいって? ハッキリしないわね」
拓哉の腰に下げている袋を見て、クラリッサが首を傾げた。
実際、携帯している本人も気になって仕方ない。
なにしろ、リカルラから持たされたというだけで、恐ろしく怪しいと感じていた。
その袋だが、中にはシリコン玉が入っていて、その一つ一つはBB弾ぐらいのサイズで、割と柔らかいものだった。
それをどうするのかと尋ねると、リカルラはニヤリとしながら、拓哉の武器だとだけ告げた。
その意図が分からずに頭を傾げたのだが、彼女はそそくさと拓哉のサイキック防止リングを取り外した。
「その弾を相手に目がけてぶち込むと念じなさい。それだけで上手くいくはずよ」
そうは言われても、全く上手くいく気がしなかったのだが、取り敢えず持ってきたのだ。
ただ、注意事項も聞かされていた。
「一度に使う数は一発。多くても二、三発にしなさいね」
その意味も理解できなかったのだが、取り敢えずは面倒なので、黙って頷くことで終わらせたのだった。
そんなやり取りを思い出していると、建物の入り口が見えてきた。
「さあ、あそこから入ります。あと、殺傷能力のない武器なら気にせず打ちまくって良いですよ。誰が敵だなんて確認している暇はないですから」
カリナは、恐ろしく乱暴なことを口にしたが、それも当然だろう。
確かに、純潔の絆が敵だと分かっていても、兵士がそれを証明する名札をつけている訳ではない。
誰が敵で、誰が味方で、誰が無関係なのか、その場で判断する方法がないのだ。
「うっしゃ~! 血祭だ!」
――おいおい! 殺傷能力はないって言ってるだろ! どうやって血祭にするんだ?
気合の入ったティートの声を聞き、思わずツッコミを入れそうになったのだが、その前にリディアルの言葉が放たれた。
「よし! ここでストレス発散だ!」
どうやら、対校戦での不完全燃焼をここで晴らす気のようだ。
その不完全燃焼も、自身の不甲斐なさであり、唯の八つ当たりでしかない。
それを理解しているキャスリンが、思いっきりツッコミを入れる。
「なに言ってるの、二人とも。これで撃たれても血なんて出ないわよ。それにリディ! 対校戦で一発も当たらなかった腹いせを、ここでやるのは止めなさい。唯の八つ当たりよ」
「き、気分だ! 気分!」
「……」
その言動とは打って変わって、見た目が可愛いいだけに、突っ込まれて焦るティートの様はなかなか可愛い。
しかし、リディアルはといえば、古傷を抉られたのか、どっぷりと落ち込んでしまった。
「あちゃ~! 言い過ぎたわね。ご、ごめん。リディ、悪気はなかったのよ」
「……いいんだ……どうせオレはノーコン男さ……」
キャスリンの指摘で、一気に急降下したリディアルを横目にしつつ、拓哉はカリナの言葉に疑問を持つが、ここで足を止めたくないという理由もあって、それを口にはしなかった。
「それでは、行きます。それと、建物の中では隠形を止めますから、気を付けてください」
――えっ!? 隠形を止めるのか?
怪訝な様子を見せる拓哉を他所に、カリナはそう言って扉を押し開ける。
隠密行動を止める理由が理解できない拓哉だったが、それを読み取ったのか、カリナが申し訳なさそうな表情を見せた。
「さすがに、この人数をいつまでも隠形させるのは、サイキック量的に辛いのです」
――ああ、なるほどな。それなら仕方ないか……
ダグラス将軍が拘束されている場所は、既に判明している。
拓哉達は、目的地である地下四階の特別収監室に向かうだけだ。
ここからは、実力行使という訳だ。
「ぐあっ!」
「ぐおっ!」
「かはっ!」
「いてっ~~!」
扉を開いたところに居た兵士を、あっという間に片付ける。
それを行ったのは、もちろん、拓哉ではない。
発射音のしないサイキック銃を手にしていたのは、クラリッサ、キャスリン、ティートだった。
「あら? いつの間にやられたの? というか、大丈夫ですか?」
「分かんね~! いて~~~っ! てか、大丈夫じゃないですよ」
不思議そうな表情で、カリナは床に転がっているリディアルを眺めつつ首を傾げた。
リディアルが脚を抱いて転がっているところをみると、どうやら脚を撃たれたようだが、血が流れている様子もない。
ただ、拓哉の認識では、兵士は銃を手にしていなかった。それもあって、リディアルが負傷したことが不思議でならなかった。
カリナと同様に、拓哉も首を傾げていたのだが、暫くするとリディアルが立ち上がったことで、取り敢えず進もうという話になった。
その後も兵士と出会う度に、クラリッサ、キャスリン、ティートの三人がサイキック弾をぶち込んで順調に進んでいるのだが、その都度、なぜかリディアルが転がっていた。
さすがに、それが五回目ともなると、少しおかしいという話になる。
「リディ、マジでどうしたんだ? 兵士が銃を抜く前に倒しているはずだが」
「げほっ! そうなんだけどさ、ぐほっ、なんか衝撃を食らうんだ……」
拓哉の問いに腹を押さえたリディアルが、せき込みながら答えてきた。
全員がその様子に首を傾げていたのだが、そこでティートが何かを思い出したか、ハッとした表情で口を開いた。
「そ、そういえば……氷の女王……」
「あっ、そうか!」
氷の女王という二つ名が出てきて、当の本人はキョトンとしているのだが、キャスリンが何かに気付いたように声を上げた。
「氷の女王の発祥だわ……」
「なんだそれ?」
拓哉としては、言わんとするところの意味が分からない。
しかし、キャスリンはチラチラとクラリッサを見ながらモジモジしていた。
そんなキャスリンを見かねたのか、ティートが嘆息しつつ話し始めた。
「タクは途中編入だから知らないかもしれないが、サイキック銃の訓練は入学当初にあったんだ。まあ、嗜み程度の授業だったし、二ヶ月で終わったんだがな。そこで新入生全員がクラス毎に銃の練習をしたんだが……クラリッサは教官を含め、クラス全員を医療棟送りにしたんだ。その時、彼女が見せた眼差しからついた二つ名が、氷の女王だ」
――はっ? あの二つ名にそんな謂われがあったのか……てか、何が気に入らなくてクラス全員をぶち抜いたんだ? いや、どれほど冷たい視線だったんだ?
恐ろしい事実を知り、口をあんぐりと開けて呆ける拓哉を他所に、クラリッサが慌てて抗議する。
「ち、違うわ。あれは……あれは食中毒だって言ってたわ。健康管理がなってないのよ」
――ん? それはどういうことだ? 話が全く噛み合わないぞ。
「そもそも、みんな私の後ろに居たのよ? どうやって狙うのよ!」
クラリッサが必死になって抗議しているのだが、横からキャスリンが割って入る。
「そう、その状況から初めは誰もが病気だと思ったらしいんだけど、あとで調べた結果、全員がサイキック弾による衝撃で倒れたということが判明したの。恐らく、クラリッサには、その事実が伏せられていたんだと思う。いえ、恐ろしくて誰も言えなかったのかも……」
――な、なんて恐ろしい女なんだ。後ろに居た者を全滅させただと?
「じゃ、ここまでオレが食らった攻撃は、全部クラリッサの弾か?」
拓哉がクラリッサの所業に慄いていると、床に転がっているリディアルが苦言を漏らした。
「そ、そんなはずはないわ。ちゃんと狙い通りに打っているわよ! ほら!」
慌てたクラリッサは、誰も居ない方向に銃を向けて撃ち放った。
「ぐはっ! いて~~~!」
「えっ!?」
次の瞬間、拓哉の腹に激痛が走った。
拓哉が腹を抱えて転がるのを見て、さすがのクラリッサも動揺する。
「わ、私ではないわ。ほら! ほら! ほら!」
「いて! ぐはっ! ぐあっ! や、やめろ……クラレ……お、俺を殺す気か……」
クラリッサが引き金を引き絞る度に、拓哉の身体に衝撃が加わる。
その痛みたるや半端ではなく、彼女の恐ろしさに戦慄した拓哉は、二度と彼女に銃を持たせてはならないと断言した。




