105 攻撃オプション
2019/1/27 見直し済み
もはや、あの黒き鬼神に驚くまい。
もはや、あの黒き鬼神を異常だと思うまい。
もはや、あの黒き鬼神に慄くまい。
もはや、あの黒き鬼神を試すまい。
そんな想いが、ミルルカの中で渦巻いている。
なにしろ、拓哉は全ての攻撃を耐えきって、ミルルカの眼前に立ちはだかっているのだ。
それは、彼女と対等、もしくは、それ以上の力を持っている証だった。
そう感じたミルルカは、メインモニターにデカデカと映される黒き機体を目にして、己に言い聞かせた。
――すまなかったな。まだ、侮っていたようだ。だが、ここからが本番だ。
黒い機体は、トトの執拗な攻撃を突破して、ミルルカの眼前に到達した。いや、到達しただけではない。彼女が操る赤い機体の装甲に、ブレードを叩き込んできたのだ。
最早、楽しんでいる場合ではない。本気で戦うべきだと考えたのだ。
「くやし~っちゃ! 何発かは当たったはずなのに!」
コックピット内に、トトの悔しそうな声が響き渡る。
それも致し方ないだろう。拓哉は一個大隊を軽く始末できるほどの攻撃を、退けてしまったのだ。普通であれば考えられないことだ。
――本当に面白い奴だ。黒き鬼神よ。私よりも若いはずだが、どうすればこれほどの力を習得できるのやら。いや、それはいい。今は決着をつける時だ。もう、出し惜しみはやめだ。本領発揮と行こうか。そう、私が得意とする接近戦で。
何を隠そう、ミルルカは砲撃が苦手だった。
それでも必死に訓練して、人並み程度にはなったのだが、桁外れの力を手に入れることは叶わなかった。
そのことに思い悩む彼女に、ダグラス将軍――叔父が助言したのだ。
召喚申請により、彼女に最適なナビゲータを探すことを。
しかし、彼女は、その提案に懐疑的だった。いや、恐れていたのかもしれない。
というのも、召喚申請による異世界転移には、多くのリスクが伴うからだ。
それ故に、彼女は迷ってしまった。どうするべきかと。
ミルルカの望みは、平和な世界だ。別段、ヒュームに恨みを持っている訳ではない。
そして、この世界に不浄をもたらしている純潔の絆の方をより嫌っていた。
だから、無駄死にを覚悟してまで異世界転移を行う必要性に疑問を感じていた。
ところが、ダグラスは、当時の彼女を優しく諭した。
「戦場で死ぬのも、目的があって異世界転移で死ぬのも、どちらも戦士の役割であり、どちらかを恐れるのは間違っている。戦場での戦いも異世界転移も、目的に対する手段でしかない。どちらで命を落とすようなことがあっても、それに優劣はない。どちらも誇るべき行為であり、称賛されなければならない。それは、世界平和のために身を費やした結果だからだ」
ダグラスの言葉は、ミルルカに衝撃を与えた。
そう、彼女は死を恐れていたのだ。いや、それは、誰もがそうだろう。
ただ、これまで戦いで死ぬことを恐れていないと、自分に言い聞かせてきた彼女にとって、それは己の根底を覆すものだった。
そんな時だった。極秘入手された戦闘映像を目の当たりにした。
それは、もはや戦いではなかった。
その戦いは、唯の蹂躙だった。
その戦いは、唯の虐殺だった。
目を背けたくなるような戦闘映像を目にして、彼女は感じたのだ。あんな戦いを許してはならないと。あれを当たり前のように平然と熟す朱い死神は、何がなんでも止める必要があるのだと。
その存在は脅威だった。間違いなく人類を破滅に追いやると確信した。
その映像は、彼女に衝撃を与えると共に、覚悟を与えてくれた。そして、異世界転移を決意した彼女は、とうとう得ることができたのだ。
信頼できる強力なパートナーを。少し抜けたところもあるが、とても心強い仲間を得たのだ。
トトの存在は、彼女を蘇らせた。
彼女に足りなかった力を与えてくれた。
しかし、彼女の本領は、この姿であり、接近戦こそを得意としていたのだ。
「パージ終了、展開完了なんちゃ。どうやら、変身シーンを邪魔するほど野暮じゃなかったみたいなんちゃ」
「くははは。それはお約束だからな! よし、本領発揮といこうか。ここからが本番だ」
メインモニターに映る黒い機体は、ミルルカの機体が換装するまで大人しく待っていた。
それを律義だと思いつつも、少しばかり残念にも感じた。
――まあ、待ってくれなくても良かったのだがな。
そう、換装中に攻撃されることは考慮されている。
もし、そのタイミングで襲ってきたら、パージされた装備が襲い掛かる仕組みになっているのだ。
それ故に、節操のない者は、彼女との接近戦を行う前に撃破されてしまうだろう。いや、それでやられるような者なら、そもそも、ここまで辿り着くことはないかもしれない。
――きっと、奴の事だ。換装用の防御システムが働いても全て避けてしまったことだろう。まあいい。それでは、少し暴れるとしようか。
展開が得意分野になったことで、やる気を漲らせたミルルカは、肉食獣を思わせるような笑みを見せた。
重装備だった装甲がパージされると、そこにはすらりとした赤い機体が佇んでいた。
拓哉は、それが人型兵器であると知りつつも、思わず美しいと感じてしまう。
ただ、それ以上に只者ではないという予感に襲われていた。
拓哉の勘が、そう告げているのだ。
「どういうことかしら。あの機体の雰囲気だと、どう見ても接近戦用の機体よね? でも、鋼女が接近戦を行ったという記録はないわ」
「だが、どう考えても接近戦をやるつもりだろ。だって、ナックルガードを装着したぞ? つ~か、兵器で格闘戦をやるつもりか?」
眼前の赤い機体は、格闘戦装備を装着したのだ。
あからさまに、格闘戦をやるぞと言わんばかりだ。
ただ、クラリッサは、その選択を間違いだと判断した。
「タクヤを相手に接近戦をやるつもりなの? 無謀だわ。自殺行為ね」
「いや、向こうは団体戦を見ているんだ。無謀じゃないと判断したんだろ。どうやら、それだけの力を持っていると考えた方が良さそうだ。気を抜くなよ」
「もちろんよ。って、両手と両足にエネルギー反応あり」
ミルルカの機体に装着している接近戦用の装備は、高周波ブレードと同じ原理になっている。
それを察した拓哉は、思わず呆れてしまう。
――なんて血気盛んな女なんだ……だが、いつまでもこうやって睨み合っていてもしかたないか……
「始めるぞ!」
「了解! 防御は任せて、思う存分に戦って!」
心強い返事を聞きながら、拓哉は機体を一気に加速させる。
――さすがに、正面からは、何が起こるか分からないよな……
ミルルカの出方を警戒した拓哉は、機体を後方に回り込ませる。
しかし、赤い機体は、その動きに反応しない。
ついてこられないのか、それとも追いかける必要がないのか。そんな疑問を抱きつつも、拓哉はすぐさま攻撃を仕掛ける。
「取り敢えず、小手調べといくか」
背後に回り込んでも全く反応しないミルルカだったが、それを訝しく思いながらも、右に装備した中距離銃で攻撃する。
ところが、全く避ける気配さえ見せない。
「どういうことだ?」
回避しようとしないことに、拓哉は疑問を抱く。
しかし、次の瞬間、パージしたはずの装甲が宙に舞う。
そして、拓哉が放ったエネルギー弾を防いでしまった。
「ちっ! どうやら、パージした装甲が防御システムになっているようだな」
「どういうシステムかしら、直接攻撃でも反応すると思う?」
突然の出来事に、すぐさま、右手に装備した銃を連射しながら距離を取る。
すると、クラリッサが即座に疑問を投げかけてきた。
「分からない……ただ、舞姫のアタックキャストみたいなことになったら拙いな」
「そうね。でも、浮かび上がったのは、パージした装甲だけで、砲身は転がったままよ?」
彼女の言う通り、肩、腕、脚に装着してあった砲身は、もう不要だとばかりに、土に塗れた状態で転がっていた。いや、落下時の向きが悪かったのか、砲身の中に土がめり込んでいた。
――あれでぶっ放したら暴発しそうだな……
観察している間も、的確にエネルギー弾をぶち込んでいるのだが、全くサイキックシールドを突破できる様子がない。よほどシールドを重ね掛けしているのだろう。
「それにしても、全く身動きしないわね。まさか、故障なんてオチはないわよね?」
「さすがに、それはないだろ。もしそうならお粗末すぎるぞ」
「そうね……そこまでボロくないわよね……」
さすがに、自分でも間抜けな推測だと思ったのか、クラリッサは申し訳なさそうに同意してきた。
それでも、赤い機体がピクリとも反応しないことを訝かしむ。
「というか、向こうから攻撃してこないのだけど、どういうことかしら」
「まさか……そんな馬鹿な話はないよな……」
「えっ!? なに? どういうこと?」
一瞬だけ思い浮かべた自分の考えが、あまりにもバカバカしいと思い、拓哉は自ら否定してしまう。
ただ、クラリッサは、そのことが気になったようだ。
しかし、拓哉は、それに答えることなく、己の思考の中に入り込んでしまう。
――いやいや、さすがに、それはないだろう? そこまで愚かじゃないよな? でも、両手は無手で拳にナックルガードが装備されているだけだし……まさかな……いや、馬鹿げていると思えば思うほど、それが真実だと思えてきた……
攻撃の手を休めることはないものの、拓哉は完全に思考の中に入り込んでいた。
クラリッサとしては、自分が放置されていることが気に入らなかった。
少しイラついた様子で、拓哉を連れ戻す。
「ちょっと、タクヤ。いい加減に教えなさい」
「あ、あっ、ああ……だがな……」
「なによ。ハッキリ言いなさい!」
その馬鹿げた考えを口にすることが憚られ、いつまでも口籠っていると、彼女の苛立ちが露わになる。
仕方なく、拓哉は渋々と自分の考えを口にした。
「遠距離攻撃のオプションが、ないんじゃないかと思ってな……だが、さすがに、そこまで脳筋じゃないよな?」
「まさかね……でも、あり得るわ……両手に持っていた銃も放り出してるし、装甲をパージした所為で異様に細身の機体になっているし、どう見ても銃を持っている様子はないわ。きっと、そうだわ。タクヤの言う通りよ。彼女は呆れるほど脳筋なのよ」
よもや、そんなことがある訳がないといった表情をしていたクラリッサだったが、現状を確認してそれが真実ではないかと告げてきた。いや、それどころか、遠慮なく脳筋認定してしまった。
そのミルルカの機体は、未だに攻撃に移る風ではなかったのだが、ここにきてゆっくりと機体の正面を向けてきた。
その様子は、まさに「銃なんて無粋だ! 拳で戦え!」と言わんばかりの雰囲気だった。
「タクヤ。どうやら、脳筋さんは格闘戦をご所望のようよ。というか、二つ名を火炎の脳筋に改名した方が良さそうね」
――おいおい、そこまでいうか……なんか、やる気がなくなってきたぞ……
この緊迫した場面で、クラリッサの毒舌を聞かされた拓哉は、それまで燃え上がっていた戦闘のモチベーションを、ゴッソリと根こそぎ持っていかれてしまった。