103 不要?
2019/1/26 見直し済み
黒き機体が、見えないはずの攻撃をまた一つ躱した。
もはや、何度目になるかも分からない攻撃だ。
どうやって避けているのだろうか。そんな疑問に抱きつつも、彼女は執拗に攻撃を繰り返す。
しかし、どの攻撃も見事としか言いようのない動きで躱される。そして、黒い機体は、あっという間にメインモニターから、その姿を消してしまった。
「はぁ~~~!? あれを躱すなんてあり得ないんちゃ! 何を食って育ってるん?」
間の抜けた声で愚痴を零すトトに呆れつつも、ミルルカは驚きと喜びを同時に感じていた。
自信をもって放つ攻撃を避ける技量に戦慄しながらも、そうでなければ面白くないという気持ちが込み上げてくるのだ。
自分でも厄介な性格だと思うのだが、朱い死神と戦うことを考えれば、これくらいでやられるようでは、全く以てお話にならないのだ。
それでも、気にならないと言えば嘘になるだろう。
――奴は、この攻撃をどうやって躱しているのだ?
その回避能力は見事どころか、操作しているものが人間であることすら疑いたくなるほどだ。
改めて、トトが発した人間ではないという言葉が頭をよぎる。
ただ、ここで呑気に考え込んでいる暇はない。
今現在、後手に回っているとはいえ、ミルルカが隙を見せれば、一気に攻撃を仕掛けてくるはずだ。
ミルルカは、そう確信していた。
「トト、攻撃の手は休めないぞ。ガンガンいくからな」
「もっちろ~ん。オーケーなんちゃ! そ~れ、いけ~!」
既に黒い機体の姿は、メインモニターに映し出されていない。
しかし、拓哉の行動は、サブモニターに表示されたマークのお陰で筒抜けだった。いや、そもそも、トトにとって、モニターなんて何の意味もない代物だ。
彼女の眼は一定距離において、全てを見通す力があるからだ。というと、少し語弊があるかもしれない。彼女は見ている訳ではない。特殊な感覚でそれを知ることができるのだ。
――さあ、次はどうやって攻めてくるんだ? なあ、黒き鬼神よ! こんなものでは、私を倒すことは出来んぞ。
偉そうなことを言っているが、脅威となっている攻撃の殆どはトトの力だ。
そのトトを連れてきたのがミルルカであることを考えると、少なからず彼女の力量の一つともいえるだろう。
それに、あくせくと働いているのはトトだが、それらの攻撃方法を思いついたのはミルルカなのだ。自慢しても罰は当たらないはずだ。
「さて、戦いはこれからだぞ。お前の底力を見せてみろ!」
その声が拓哉に届くことがないと知りつつも、まるで獅子が唸り声をあげるかのような気迫で、彼女は姿なき黒い機体に向けて叫び声をあげた。
その様は、まさに絶景というに相応しい光景だった。
それこそが、熱源探知をメインモニターに表示した結果だ。
まるで夏を彩る花火のラストシーンのように、赤やオレンジなどの様々な色彩がモニターを埋め尽くしていた。
「あうっ……やはり、何も見えなくなったわ」
――うぐっ、さすがに、これは……
拓哉を信じて設定してみたものの、予想通りの結果が表れて、クラリッサは思わず顔を引き攣らせる。
しかし、拓哉は覚悟だった。
ただし、その結果は、些か想定よりも派手すぎると感じていた。
「悪いが、もう少し光度を下げられないか?」
どうにも、これではメインモニターが無に等しい。
ただ、なんとか使える状態にする必要がある。そうでなくては、この戦いに勝てないのだ。
「できなくはないけど、本当にこれで戦うつもり? こんなことをしなくても、私が頑張ってサイキックでサポートするわ」
彼女からすれば、ナビゲーターとしてのプライドがあるのだろう。しかし、あの攻撃を瞬時に伝えることは困難だ。仮に上手くいったとしても、対応が遅れるのは確実だ。やはり、機体を操作する拓哉自身が、攻撃の位置を知る必要がる。随って、彼女が怒りを露わにすると知りつつも、告げなければならない言葉があった。
「悪いけど、光度を下げてくれ。それと、サポートモードを起動してくれ」
その言葉を口にした途端、ナビゲーター席から殺気が噴出する。
これは冗談ではなく、本当に背後から恐ろしいほどのプレッシャーを受けたのだ。そして、威圧に続いて、重苦しい声がヘッドシステムから聞こえてきた。
「タクヤ。それはどういうこと? サポートモードを起動するということの意味を理解しているわよね?」
サポートモードを使用すると、モニターに映し出される内容に、細かな説明が表示される。
それは、文字を瞬時に読まなければならないという弊害はあるものの、ドライバーがいち早く状況を検知するにはもってこいだ。
ただ、飽く迄も、そんなことを口に出来るのは、ゲームで単独操作に慣れた拓哉くらいのものだろう。
普通のドライバーであれば、目を回すこと請け合いだ。
なにしろ、文字を読むということは、情報を頭にインプットする必要があり、さらに機体を動かすための思考をする必要があるのだ。ちょっとしたことであれば問題ないが、それが戦闘となると、目も当てられない状態になるだろう。
それ故に、ナビゲーターが存在し、より分かり易い方法でサポートしているのだ。
そのサポートモードの使用をやめると言うことは、暗にナビが不要だと言っているようなものなのだ。
もちろん、プライドの高いクラリッサのことだ。激昂して当然だろう。なにしろ、要らないと言われてしまったのだ。
それでも、拓哉は戦闘で勝利を収めるために、それを承知で口にしたのだが、身震いするほどの怒気を感じて、思わず尻尾を股の間に収めたくなる心境だった。しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「すまん。だが、口頭じゃ間に合わないんだ」
「……」
――沈黙ほど恐ろしいものはないよな……
迫りくる見えない誘導弾よりも、無言のプレッシャーに冷や汗をかきながら、見えない砲撃を躱すべく機体を操作する拓哉は、冷や冷やしながらラリッサの返事を待つ。
――これって、俺が完全に尻に敷かれてるのかな? なんか、暗い未来がやってきそうな気分だ……
少しばかり将来の自分の立場に危機感を抱いていると、拓哉の考えを理解したのか、クラリッサがゆっくりと口を開いた。
「分かったわ。でも、私は何をすればいいの? 黙って見学していればいいのかしら」
――ぐあっ! 口調が冷て~~~~! こりゃ、説明の仕方が不味かったかな……
どうにも誤解していそうなに彼女に、自分の考えをきちんと伝える。
本当は、こんなことをしている場合ではないのだが、ここで蟠りを持ってしまうと、この後の戦闘に影響する可能性があると判断したのだ。
「クラレ、勘違いするなよ。お前の力が必要ないなんて思ってないからな。サポートモードを起動したら、次は全開モードを起動する。お前には、そっちに専念してもらいたいんだ。多分、あの攻撃を全く食らわずに、接近戦に持ち込むのは不可能だからな。だから、お前には、サイキックシステムに全力を注いでもらいたいんだ」
拓哉の気持ちが伝わったのか、サブモニターに映るクラリッサの表情が和らいだ。
同時に、先程までのプレッシャーも、嘘のように消えてなくなった。
どうやら、クラリッサも理解できたようだ。
「それならそうと、初めから言えばいいのに」
納得したクラリッサを目にして、ホッと一息つきつつも、心中で愚痴を零す。
――いやいや、だって、それを言う前に殺気立ったのはお前だろ? 少しは抑えてくれよ。俺の心臓が持たんぞ?
間違っても口にはできない言葉だ。
ただ、それと同時に、いつまでこうやって不満を溜め込むのかと、再び暗い未来を思い浮かべてしまう。
しかし、それとは知らないクラリッサは、さっさと準備を済ませたようだ。
「これでいいわ。映すわね」
彼女の声に続いて、メインモニターの表示が切り替わる。
そこには色とりどりではあれ、先程と違って小さな花が咲くような表示が映し出された。
そして、その花々に、正確な位置を知らせる文字が表示されていた。
「これだこれ! よし、これならイケるぞ。サンクス! クラレ」
「サンクス? なにそれ」
感動していた拓哉は、思わず母国の言葉を口にしてしまう。
「ありがとうって意味さ」
「そ、そう……当然よ。というか、もっと親愛の情のある言葉の方が良かったわ」
――うぐっ……てか、それは、俺にとっては、かなり敷居が高いぞ……
彼女の要求の高さに唸り声を上げそうになったが、それをなんとか飲み込んで、次の展開に移る。
「よし、全開モード起動だ」
「了解!」
サポートモードの起動の時とは、打って変わって明るい声が返ってきたことに、拓哉は色々と思うところがあったが、それについては触れずに、警告だけを口にする。
「あの様子だと、まだ奥の手がありそうだからな。油断せずに行くぞ」
「もちろんよ。今度こそ、ギッタンギッタンにしてあげましょう」
――おいおい、油断するなって言ったばかりなのに……
クラリッサの返事に焦りを感じつつも、それを表に出すことなく機体を加速させる。
そのタイミングで、クラリッサからの声が届く。
「全開モード起動したわ」
その声と同時に、機体が更に加速して、身体により一層強いGが加わる。
なぜか、その重圧を心地よく感じながら、拓哉は無意識に不敵な笑みを浮かべた。
メインモニターには障害物のみが映し出され、サブモニターに拓哉が操る黒い機体のマークが表示されていた。
そんな中、いい加減に全く被弾しない拓哉に対して、普段は呑気なトトが、憤慨の様相を呈していた。
「ちょ、ちょ、ちょ! もうキレたっちゃ。本気でやるけ~ね! 覚悟し~よ!」
一発も当てられないことに、苛立ちを露にさせ始めたトトは、とうとう本気モードに突入したようだ。
――おいおい、今まで本気ではなかったのか? まあいい。私も気合を入れないと、あいつだけでは手に負えないようだな。
少しばかり呆れつつも、ミルルカが自分に喝を入れていると、拓哉が操る機体の位置を示すマークが、異常な速度で移動を開始したことに気付いた。
――どうやら、ギアを一段階上げたようだな。確か、舞姫との戦いではもう一段回上があったはずだ。だが、そのあと直ぐに機体は大破……要は機体が持たなかったのだろう。それほどまでに、奴の動きが尋常ではないということだ。ただ……逆に言うと、そのギアを入れた時が、奴の最後ということさ。
自分の思惑通りに進んでいることに満足したミルルカは、その美しい顔をニヤリと歪ませる。
「さあ、奴がギアを上げてきたぞ。気合を入れろよ」
叱咤の声を飛ばすと、何時もならそれに呼応するはずのトトが、何があったのか、突如として悲鳴をあげた。
「何よ、あれ! ウチの移動先予測が追い付かないっちゃ」
――それほどなのか……人間の眼ではなく、妖精の感覚で捉えているはずだが、それでも追えないほどなのか……これはちょっと計算外だったかな……まあいい。それくらいでないと、面白みもないからな。
「おっと、攻撃がきたな。距離が詰まった所為か」
「ミルル、大丈夫? 直撃してるんちゃ」
「ああ、これくらいなら問題ない。お前は防御を気にしなくていいからな。攻撃に集中しろ」
「アイアイサ~~~!」
「なんだ? それは……」
「了解って意味なんちゃ」
トトが言い放つ意味不明な言葉に、ミルルカは思わず頭を傾げてしまうが、直ぐに気合いを入れて、拓哉の攻撃を防ぐことに専念する。
――くはっ! なんだ、この正確さは……あれだけ動きながら、どうやってこれだけ同じ場所に撃ち込めるんだ? 普通の者なら、サイキックシールドがあっても撃破されてしまうぞ。
その射的の正確さに舌を巻くが、ミルルカも伊達に鋼女と呼ばれている訳ではない。
サイキックをフル回転させ、防御をさらに強化する。
「これくらいの集中砲火では、私の壁は破れんぞ! さあ、こい!」
的確に狙われているポイントにサイキックシールドを重ね掛けしながら、霞むような速さで接近する黒い機体に砲撃を続ける。
攻撃に関して言えば、ミルルカは打ち出しさえすれば良いのだ。あとはトトがどうとでもするのだ。
実のところ、ミルルカとは、砲撃を苦手とするドライバーだった。