102 色彩
2019/1/26 見直し済み
障害物の多い仮想戦場を全く苦にすることなく、疾風の如き速さで機体を走らせていると、まるで拓哉の操る機体を追うかのように、背後から攻撃が襲ってきた。
その攻撃を瞬時に躱すと、今度は頭上からの攻撃が降り注ぐ。
――まだまだ!
それらの攻撃は、執拗に拓哉の機体を追いかけてくる。
至る所から絶え間なく、息をする間も与えず、まるでストーカーの如きしつこさだ。
だからといって、拓哉が必死かというと、そうでもなかったりする。
ストーカー的な攻撃に、空振りというプレゼントを進呈しつつ、拓哉は機体を更に加速させる。
そのコックピットの中では、鼻歌交じりに機体を操る拓哉に、クラリッサからの解析結果が届けられる。
「場所の特定ができたわ。情報をサブモニターに転送するわ」
「そうか。ありがとう」
解析結果が映し出されたサブモニターを確認しつつ、まるで背後にも目があるかのように、ストーカー攻撃を躱し続ける。
その途端、ヘッドシステムから感嘆の声が聞こえてきた。
「それにしても、さすがね……」
それは、絶え間なく降り注ぐ攻撃を賞賛したものだと、拓哉はそう受け止めた。
それ故に、自分の考えと異なると感じてしまう。
「そうか? これなら舞姫のアタックキャストの方が厄介だったぞ?」
この連続的な攻撃は、その追跡能力に驚かされはしたものの、慣れてしまえば、どうということのない攻撃だ。
そう考えている拓哉は、クラリッサと考えを異にしていたのだ。しかし、それは拓哉の勘違いであり、早合点だったようだ。
「違うわ。タクヤの能力を褒めてるのよ。追尾するエネルギー弾をこれだけ浴びせ掛けられているのに、まるで無人の野を進むが如くよね? なんか、聞いたことのない歌さえ口遊んでいるし……」
歌と聞いて、途端に拓哉の顔が引き攣る。
――ああ、俺のことか……つ~か、またやっちまったか……
そうなのだ。拓哉は気分が乗ってくると、歌を口にする癖があるのだ。それも、ロボットアニメの主題歌だったりする。
そのことに恥ずかしさを感じて沈黙してしまうのだが、クラリッサは全く気にしていないのか、茶化すことなく話を続ける。
「だいたい、普通のパイロットなら、初めの一撃で試合終了になっているわよ。よく気付いたわね」
別段その意見に反対するつもりもないのだが、拓哉としては、あれくらいの攻撃であたふたする必要もない。
だいたい、日本でやっていた対戦ゲームでは、誘導弾の攻撃なんて、特に珍しいものでもなかった。
「あれに当たるようなら、ここに出てくる器じゃないと思うけどな。それに、あれには意表を突かれたが、ネタさえ分かってしまえば、大した攻撃じゃないさ。逆に、これが本気の攻撃だとすると、かなり期待外れなんだが……」
「そんなことを口にできるのも、タクヤくらいのものよ。ただ……そうね。これがあの鋼女と呼ばれるほどの者の全力だとすると、タクヤの言う通り肩透かしだわ」
あの攻撃能力に対する評価を異としたものの、鋼女に対する疑問に関しては同感だった。
それも当然だと言えるだろう。この程度なら、このまま全開モードを使用することなく勝てると思えるからだ。
そうなると、辿り着く結論は限られる。
「ねえ、この攻撃が奥の手だと思う?」
「いやいや、初っ端からぶっ放す奥の手なんてないだろ。もしこれが奥の手だとしたら、よっぽど頭が悪いぞ?」
少し言い過ぎだろう。ミルルカが聞けば、発狂するに違いない。
拓哉が感じたままを言葉にすると、どうやら、その発言は、クラリッサの琴線に触れたようだ。クスクスと笑い始めた。いや、悪乗りを始めた。
「うふふふ。でも、あまり頭は良さそうに見えなかったわよ? もしかしたら、これが奥の手だったりして……ふふふっ」
「いやいや、それはいくら何でも失礼だろう? 確かに脳筋風だったけど、力押しで戦うにしても、もう少し工夫するんじゃないか?」
「まあ、そうでしょうね。一応は二つ名持ちだし。ほんの冗談よ」
少しばかり呆れて肩を竦めつつも、迫りくる誘導弾を容易く避けると、拓哉は話を代える。
「なあ、この流れって、誘い込まれてるような気がするんだが、何を企んでいると思う?」
いくらなんでも、これが奥の手だとは思えない。
飽くまでも、二人の遣り取りは冗談だ。本当に、これがミルルカの真価だとは思っていない。
そうなると、誘い込まれていると考えるのが妥当だ。
そして、誘い込まれた先には、罠があると考えるべきだ。
「悩んでも仕方ないわよ。私達には出たとこ勝負という手段しか残されていないのだから。だって、奥の手なんて無いもの」
彼女の言い分は、尤もだと言えるだろう。
拓哉達には、舞姫のような特殊な武器がある訳ではない。
拓哉にあるのは、標準的な装備の機体と、クラリッサの類い稀ないサイキックだけだ。
「そうだな。取り敢えず、向こうの姿を拝まないと始まらないし、景気よく突っ込むぞ」
「了解よ。派手にやりましょう」
――なんか、最近のクラレって、こればっかだな……つ~か、キャラが変わってないか?
彼女が見せるノリを訝しく思いながらも、機体を彼女から得た情報通りの場所に移動させる。
拓哉は知らなかった。これが彼女のあるべき姿であり、これまでが恩讐によって変質していたのだと。それが拓哉との出会いで修復されたのだと。これこそが彼女の叔父であるキャリックが望んでいたことなのだと。ただ、修復された明るい彼女を快く思っていた。
――でもまあ、初めの頃よりも今の方が、断然いいけどな。
ノリの良いクラリッサに満足しつつ、機体を目的の場所に移動させると、彼女の計算が的確だったのか、はたまた、機体の演算能力が確かなのか、そこには真っ赤な機体が、やっと来たかと言わんばかりに待ち構えていた。
「マーク完了! 目に物を見せてあげましょう」
拓哉は報告と意気込みを耳にしつつ、機体を全開モードにすることなく、仁王立ちする赤き機体へと急加速させた。
黒き機体は、一陣の風の如き素早さで現れたかと思うと、フェイントを入れながら急接近してきた。
その速さたるや、これまでに目にしたこともないほどのものであり、どう考えても人の技ではなし得ないと思えるものだった。
そもそも、PBAにはサイキックシステムが搭載されていて、通常の乗り物では在り得ない速度と俊敏性が兼ね備えている。ただ、ミルルカの砲撃を躱しつつ迫ってくる黒き機体は、もはや異常と言っても差し支えないほどに桁外れだった。
――実際に戦うと、異常さがよく分かるものだな。
ミルルカの機体には、同時に四発のエネルギー弾を放つことが可能な砲身が、それぞれ両肩に装着している。それだけでも、一度に八発の弾を打ち出せる仕様だ。
しかしながら、砲撃用の攻撃オプションは、それだけではない。
同時に二発を打ち出す砲身を両腕と両足に装着し、更には連射性能の優れた中長距離銃を両手に持っている。
その様は、まさに移動砲台と言っても過言ではない。
ところが、黒い機体を操る拓哉は、その砲撃をことごとく躱し、難なくミルルカの機体に迫る。
「ミルル、ヤバいんちゃ。あれは異常なんちゃ」
――そんなことは分かっている。観戦席で嫌というほど見せ付けられたからな。だが……これでも序の口だろうな。あの時の速さは、こんなものではなかったからな。
迫りくる実物の動きを目の当たりにして、想定したよりも速く感じて、その動きに翻弄されてしまう。しかし、彼女はこれが本気でないことも理解していた。ただ、この展開は、彼女の望むものだった。
――こうでなくては面白くない。これこそが私の望んでいた戦いだ。他の者がどうかは知らないが、私の目標は朱い死神を倒すことだからな。これくらいのことで、マゴマゴしているようでは話にならないのだ。
彼女は心中で喝采する。その感情は身の内に押し留めることができず、肉声となって表れる。
「いいぞ! いいじゃないか! これだ! これこそが、私の求めていたものだ」
「こら~! 一人で盛り上がってる場合じゃないっちゃ。何とかしないと、取り付かれるっちゃ」
慌てるトトが言う通り、このままだと面倒なことになるだろう。
それでも、ミルルカは歓喜を抑えることができなかった。
――本当に楽しくさせてくれる相手だ。それなら、これはどうかな。
「トト、魔弾だ!」
「おっけ~~! これでも食らえ! それ~~~!」
ミルルカが指示を出すと、彼女はウキウキとした様子で、次の手を打つ。
――さあ、これにどう対処するのか……楽しみだな。ふふふっ。いいぞ。ホンゴウ。もし負けたら、その時は……
トトの陽気な声を聴きながら、高速で移動する黒い機体に向けて弾幕を張る。
そんなミルルカは、歓喜のあまりに、自分が負けることがあれば、拓哉に願いを託してもよいのではないかと思い始めるのだった。
その距離をあと僅かとしたところで、仁王立ちする赤い機体は、尽きることのないと思えるほどの弾幕を張ってきた。
それを掻い潜りながら距離を詰めようとするのだが、その連射があまりに速過ぎて取り付く島もない状態だった。
それでも、赤い機体の周囲を回りこみつつ、エネルギー弾を躱して近寄る。しかし、突如として目を疑う光景が生まれた。
「た、拓哉、相手のエネルギー弾が消えたわ」
ヘッドシステムから伝わる声を聞かずとも、拓哉はそれを認識していた。
なにしろ、一瞬にして消えてしまった弾が、眼前にあるメインモニターに映し出されていた……いや、映し出されなくなったからだ。
――ちっ、拙い……
焦りを感じつつも、即座に機体を大きく左右に移動させながら後退させる。
それは、本能もしくは勘でしかない。しかし、弾が消えた瞬間、背筋に凍り付かのような感覚が駆け抜けたのだ。
そして、それは間違いではなかった。
必死に機体を後退させていると、斜め後方に在った障害物に着弾反応が現れた。
――やっぱり……あの砲撃は消失したんじゃないんだな……見た目上は消えているが、その弾の攻撃力は失っていない……
ミルルカの放った見えない砲撃について思考している間も、次々と見えない攻撃が拓哉達の機体に向けて放たれる。
その攻撃を躱すことができないと判断して、即座に障害物を利用して回避を繰り返す。
ただ、そのままではじり貧だ。すぐさま対策について考える。
「全センサーチェック、どれでもいいからあの攻撃を捉えるセンサを確認してくれ」
「了解!」
障害物を上手く使いつつ、機体を後退させてやり過ごそうとしているのだが、そこで更なる危機感に襲われる。
――ダメだ。ここは安全じゃない……
本能に従って素早く機体を動かすと、直ぐ横の地面に着弾反応が現れた。
「くそっ! 上からの誘導弾も消せるのか……」
歯噛みしつつ、機体を絶え間なく動かすことで、的を絞らせないようにする。
しかし、それが通用するのも暫くの間だけだろう。
それ故に、回避できる間に、対策を考えなければならない。
――どうする。どうすればいい……
焦りと緊張に囚われつつも、必死にミルルカの攻撃を掻い潜る。
もはや、技量ではなく勘で避けていた。これで着弾しないのは、まさに奇跡と言えるだろう。
「ちっ! 絶対にインチキだ。何かズルしてんだろ!」
愚痴をこぼしつつも、必死に思考をフル回転させて太刀打ちできる方法を見出そうとする。
そんなタイミングで、クラリッサからの報告が届いた。
「熱源反応だけだわ……」
「よし、それで十分だ」
悲痛な声で伝えてきたクラリッサだが、拓哉はその報告に満足した。
「メインモニターに熱源反応を表示させてくれ」
その言葉が信じられなかったのか、彼女は聞き直してきた。
「熱源反応をメインモニターに? ちょっと、在り得ないわ。何を考えているの? そんなことをしたら、何も見えなくなるわよ?」
彼女が驚愕するのも無理はない。
熱源反応をメインモニターに表示させると、モニターの殆どが熱源で埋まってしまうからだ。
――まあ、そらそうだわな……
「すまん。熱源の探知レベルを下げて、高熱源だけを表示してくれ」
説明不足を反省しつつも、すぐさま訂正した要求を投げる。
「本当に大丈夫なの?」
どういう結果になるのかを想像できるのか、クラリッサはなかなか首を縦に振らない。
いつになく顔色が良くない。いつもの自信に満ち溢れた雰囲気が鳴りを潜めていた。
拓哉が頼んだ通りにしても、間違いなくモニターは熱源表示によって、その殆どを埋め尽くしてしまうだろう。彼女には、それが分かっているのだ。
しかし、拓哉としては、こうでもしなければ、あの見えない攻撃を躱すことはできないと考えた。
そして、躱すことができなくなった時点で、ジ・エンドなのだ。
それを理解している拓哉は、逡巡するクラリッサを叱咤する。
「勝ちたいんだろ? ここで負ける気はないんだろ? これくらいで慌てていてどうする。これからが本番だ!」
発破をかけられたクラリッサは、自分の望みを思い出したのか、瞳に輝きが戻る。
「ごめんなさい。取り乱してしまって……そうね。分かったわ。タクヤを信じているわ」
覚悟を決めたクラリッサが操作すると、メインモニターの表示が切り替わる。
その途端、拓哉の瞳は、色とりどりの色彩で染まった。