98 団体戦の結末
2019/1/25 見直し済み
簡素な飛空艦の一室では、想像以上の盛り上がりを見せていた。
特に、リディアル達は異様に明るかった。
そんな中、背の高い色男がグラスを持って立ち上がると、慣れた様子で挨拶の言葉を口にする。
「選抜訓練生諸君。これは快挙です。あまり活躍できなかった者も、活躍しすぎた者も、見ていただけのものも、裏で訓練生を支えた者たちも、みんなで勝ち取った勝利です。では、ミラルダ初級訓練校の団体戦優勝に乾杯!」
どこか皮肉めいた言葉であるのにも拘らず、それをさらりと言ってのけるところが、クーガーの凄いところかもしれない。
そう、その言葉で顔色を青くしたのは、誰でもないリディアルだった。
というのも、どちらかと言えば、やられ役とまではいかないが、全く良いところがなかった。
その団体戦の決勝だが、拓哉の思わぬ展開となった。
なにしろ、デスファルは殲滅の舞姫――ガルダルが不参加となり、その他の三校も二つ名持ちが居ない状態だったのだ。
そうなると、拓哉の独壇場だった。
疑問を抱きつつも、あっという間に対戦相手を戦闘不能にしてしまったのだ。
そういう意味では、団体戦は拓哉のお披露目のために行われたような雰囲気になってしまった。
拓哉としても、些か不完全燃焼気味ではあったが、リディアル達が喜んでいることや、個人戦のこともあり、特に不満を口にすることなく、お祝いすることにした。
乾杯の音頭を取ったクーガーに合わせて、全員がグラスを高く上げた。
その表情は、誰もが歓喜を浮かべている。
「「「「「カンパ~~~~~イ!!!」」」」」
乾杯の声が響き渡る。キャスリン達、女の子はきゃっきゃと燥いでいるし、リディアル達も叫ばんばかりに興奮している。
ところが、誰一人としてグラスを合わせるものが居ない。いや、何も知らない拓哉は、思わず裏方で活躍してくれたララカリアのグラスに、己のグラスを合わせてしまう。
実のところ、拓哉も浮かれていたのだ。なにしろ、団体戦で優勝してしまったのだ。そのつもりで戦っていたとはいえ、ハイになるのも仕方ないだろう。
ただ、それ故に、愚かなミスを繰り返した。
「かんぱーい!」
「な、な、な、ななななな。タク! ま、マジで……」
二つのグラスが軽く心地よい響きを高鳴らせると、ララカリアが顔を引き攣らせた。
その途端、それまで明るかった場が、極寒の如く凍り付く。
すると、我を忘れたような表情で、クラリッサが拓哉の腕を掴んだ。
「た、タクヤ、何やってるのよ! この世界の常識を学習したのではなかったの!?」
――あれ? グラスを合わせるのって、何か問題があったっけ?
記憶力の桁外れた、いや、完全記憶能力を持っている拓哉でも、読んでいない内容は分からない。
そう、この世界の常識たる資料で学習していた時、眠くなってしまった拓哉は、幾つかのページを読み飛ばしてしまったのだ。
――やべっ、そういや、パーティーの礼儀なんて、俺には必要ないとか思って、ぜんぜん読まなかったんだ。つ~か、どんな意味なんだろ……
赤くなっているララを横目にしながら、怒りを露わにするクラリッサに、恐る恐る尋ねる。
「す、すまん。読んでない内容があったみたいだ。で……どんな意味なんだ?」
周囲の様子から、この行為がかなり拙いものだと察している。ただ、その内容を聞かない訳にはいかない。
クラリッサは大きな溜息を一つ吐くと、手にしていたグラスを置き、両手を腰に当ててその意味を口にする。いや、説教がはじまった。
「もう! タクヤは、誰とも何も合わせないこと! グラスを合わせる行為は、身も心も合わせたいって意味なのよ。程度こそ違うけど、親指と変わらない意思表示なの」
――ぐあ~~ん! またか!? また欲求を表現する行為なのか! おまけに、その相手がララさんとは……
あまりに桁外れな常識に、思わず倒れそうになる拓哉だったが、そこで、少しもじもじとした幼女、もとい、ララカリアがおずおずと口を開いた。
「あ、あたい、あたいなら構わないぞ……」
その言葉を耳にして、拓哉は凍りつく。
――マジか……OKなんだ……てか、幼女だし……さすがに、無理だろ……
どう考えても不可能だと感じている拓哉は置いておくとして、当然ながら、クラリッサがにこやかに頷くはずもない。眦を吊り上げて、ララカリアに食ってかかる。
「み、ミス・ララカリア。何を言っているんですか! タクヤがこの世界の常識をしらないのは理解していますよね? 真剣に受け止めないでください。あと、歳を考えてください。十歳も違うのですよ」
「な、な、なにを言ってるんだ。ちょ、ちょっとした冗談だ。歳……ぐあっ!」
苦言を聞いていたララカリアは、顔を引き攣らせて弁解を始めたが、歳の話を持ち出されて凍り付く。
拓哉としては、OK自体が信じられないのだが、ララカリアが凍り付く様を見て、少し哀れに感じてしまう。
実際の歳はどうあれ、外見はどう見ても幼女であり、恋愛とは程遠い世界にいると思えるからだ。
――なんか、ララさん、可哀想だな。きっと、恋人とかも欲しいだろうし……
ララカリアのことをあまり知らない拓哉は、思わず同情してしまう。
ただ、それは、拓哉だけではなかったようだ。誰もが拓哉にではなく、ララカリアに視線を向けていた。
それもあってか、拓哉が異世界人であり、この世界の常識が欠落していることを知る者達ばかりなのか、結局は、大事になることなく収まりをみせた。
すると、場の空気を換えるためか、今度は、リディアル達の間で武勇伝が始まった。
「私は準決勝と決勝で一機ずつ倒したぞ!」
そんなティートの言葉が聞こえてきたかと思うと、レスガルがすぐさま異議を唱えた。
「それは、ファングが相手にダメージを与えていたからですよ」
機体を降りたファング本人はといえば、大人しくジュースの入ったコップを傾けているのだが、そのナビであるレスガルは、ティートの発言を看過できなかったのだろう。
しかし、やや険悪な雰囲気となった二人の間に、トルドが割って入る。
「まあ、いいじゃないか。二人とも活躍してたぞ。あっちの二人に比べればな」
そう言って、彼は視線をリディアルとキャスリンに向けた。
本人にも罪悪感があったのか、キャスリンが目聡くそれに気付く。
「だ、だって、作戦だもん。あたしが悪いわけじゃないわ。作戦上、あたしは戦闘に参加できなかったし……」
確かに、拓哉の作戦だった。
キャスリンはもしもの時のために、光学迷彩で遊撃を担当していた。ところが、何もすることがなく戦いが終わってしまったのだ。
「まあ、キャスは仕方ないよ。それよりも……」
必死に弁解するキャスリンをフォローするかのように、トーマスが口を挟んだ。彼の視線と言葉は、勝利に影を落としているリディアルのところで止まった。
まあ、それも当然か、リディアルは予選と決勝を合わせて、一発も対戦相手に当てていなかった。
本人も自覚しているのか、今も全員が明るく騒いでいる中、独りだけ影を作っていた。
しかし、そんなリディアルをフォローするものが現れる。
「リディが悪いんやないわ。作戦が悪いんや……いや、リディ向きの作戦じゃなかったんや。リディに遠距離射撃をさせる方が無理な注文やからな」
リディアルのナビゲーターであるメイファ、あまり必死とは思えない様子で庇い始めたのだ。
ただ、その口振りと対照的に、その表情はどうでも良さそうだった。いや、食べる方が忙しいのだろう。必死に、あれこれと口に突っ込んでいた。
――まあ、俺の作戦がイケてないのは理解しているから問題ないが、もう少し親身になってフォローしてやれよ。全然、フォローになってないぞ?
取って付けたような言い訳に、心中で突っ込みを入れる。
もちろん、その声が本人に届くわけもなく、クーガーが用意してくれた御馳走を、殲滅せんとばかりに食らう。
当のリディアルに至っては、トボトボと部屋の隅に移動したかと思うと、力なくそこに腰を下ろして体育座りしてしまった。
ただ、恐ろしいことに、誰もリディアルを慰める者は居なかった。
冷たいようだが、これが彼等流の叱咤なのだ。
決して豪華とは言えない部屋に、美しき女性が座っている。
この女性は黙っていれば女神のようにも見える。それ故に、陰で彼女を慕うものも多い。しかし、とても残念なことに、その中身はハッキリ言って脳筋だった。
その脳筋、こと、ミルルカが口を開く。
「ケルトラの奴は、いったい何を考えているのだ?」
クワトロ上級訓練校の訓練生会長であるミルルカ=クアントが発した言葉に無反応でいると、彼女が顔を顰めてさらに続ける。
「準決勝の一戦もそうだが、個人戦にも参加していないとは、どういうことだ?」
彼女が文句を言いたくなるのも分からないでもない。
準決勝でロートレスの五機は、他の対戦相手を構うことなく、黒き鬼神――拓哉の機体に集中攻撃を始めた。
それは、初めから勝利を考えていないかのような戦い方だった。
穿った見方をすれば、黒き鬼神を試すかのような戦いぶりでもあり、とても対校戦と呼べるものではなかった。
それでも、幻影の殺戮者と呼ばれるロートレスのケルトラ=デンローシャは、眼前の女性と違って冷静で思慮深い人物だと噂されるほどの人物だ。
それ故に、テリオスはケルトラの思惑が何かを考える。
――個人戦のための情報収集というなら、少なからず分からなくもない。しかし、エントリーしていないとなれば、話は全く異なる。彼は何を考えているのでしょうか。うちの会長と違って、切れ者だと聞いていたのですが……まあ、ある意味で、うちの会長もキレ者ですが……
「彼のことです。何か考えがあるのでしょう。それよりも、うちの訓練生の方が頂けない。帰ったら強化訓練の必要があります」
テリオスの指摘を聞いた途端、ミルルカが渋い表情をみせた。
――どうせ、私の言葉がウザいと思っているのだろう。だが、それは構わない。ただ、周囲の者達は、私のことを誤解しているようだ。
「それでは、私はこれで失礼します」
必要な報告は全て済ませた。
これ以上、一緒に居れば、ミルルカが不快な思いをすることを理解しているテリオスは、眼鏡を押し上げると、その部屋を後にした。
クワトロ上級訓練校の副会長であるテリオスは、ミルルカも含め、多くの者から鉄仮面や氷の貴公子と呼ばれている。しかし、それが大きな誤りだった。
彼の心はいつも燃え盛っている。ただ、それは怨讐という名の炎であり、それを向ける先を理解できている。そして、その炎を燃やし尽くす場面を待ち焦がれているのだ。
それに比べ、普段の出来事など、彼にとっては些事だった。
そう、テリオスの感情は、全て怨讐に傾けられているのだ。
それと同時に、彼はミルルカを信頼していた。
その馬鹿正直な正義と性格。そして、類い稀ない戦闘力。彼の望みを叶えるために不可欠な存在だと感じていた。
ただ、彼女の我儘が、少しばかり頂けないと感じているのも事実だった。
信頼しつつも、面倒だと感じるミルルカの前を後にして、テリオスは自室に戻った。
「ふっ~」
自室のソファーに腰を下ろし、大きな息を吐いて気を休める。
ところが、直ぐに気配を察した。
それは、ほんの僅かの違和感だったが、テリオスは直ぐに侵入者がいることに気付いた。
「誰だ!」
気を緩めていたテリオスだったが、その気配に気づいて、直ぐに戦闘態勢をとる。
しかし、どうやらその必要はなかったようだ。
「珍しいですね。あなたが気を抜くなんて」
テリオス以外に誰も居ない。しかし、部屋の空気が女性の声で震えた。
その声色は、どこか笑いを含んでいるように感じられた。少なからず、テリオスはそう感じた。しかし、不満を露わにすることなく、いつも通りの表情を保つ。
――私としたことが油断した。ですが、相手が彼女ならば、仕方ないですか……
侵入者の存在を理解したテリオスは、ゆっくりと戦いの構えを解く。
彼は知っていた。その声が誰であるかを。それ故に、溜息を一つ吐くと、ゆっくりとソファーに腰をおろした。
「私もあなたと同じ人間なのです。気を抜くことくらいあります。それよりも、もう少し気の利いた接し方はないものですか? これでは、誤って攻撃されても仕方ないですよ」
幾分か不機嫌な声色でクレームを入れる。
どうやら、それが琴線に触れたようだ。
「ふふふっ。鉄仮面や氷の貴公子と呼ばれるあなたも、そうやって表情を変えることがあるのですね。心配はいりません。攻撃されても文句など言いませんから」
「そんなことよりも、今日はどうしたのですか? あなたが私のところに来るのも珍しい」
珍しく己の心情を悟られたことに焦りを感じ、少しつっけんどんな物言いで本題に入れと即す。
その途端、彼女の声色が少しばかり濁る。
「それが……良くない話です」
憮然とした態度を崩さずに対応したテリオスだったが、見えない存在からもたらされた話の内容に、鉄仮面の呼び名を返上することになるのだった。