07 同僚
2018/12/25見直し済み
既に検査が終わっていたのか、リカルラの話とクラリッサの尋問が終わると、拓哉は女性職員に連れられて食堂や整備施設などの施設案内を受け、最終的に自分の部屋へ辿り着いた。
その案内で驚いたのは、何といっても先進科学の力で作り上げられた設備だったが、息が止まるほどに驚愕したのが整備施設だった。
そこには、それこそゲームやアニメの世界に入り込んかのようなロボットが、所狭しと並べられていたのだ。
ただ、そのロボットは、どちらかとかというと実践的な厳めしい作りであって、アニメに出てくるようなヒーローぽいものではなかった。しかし、逆にその武骨さが拓哉の興味をそそった。
何といってもゲームでしか見たことのないロボットだ。
それを整備することを考え、今からワクワクしていた。
なにしろ、夢にまで見たロボットの姿が実現したかのような機体だったからだ。
「てか、動かしてみて~ぇ」
思わず声に出すほどに、あのロボットーーサイキックバトルアーマー、通称PBAと呼ばれる機体に惚れこんでしまったのだ。
PBAを触れることに胸を膨らませていたお陰で、周りから奇異の目で見られていたことなど、すっかりと忘れていた。
実のところ、異世界へと来たことで色々と不安を抱いていたのだが、ロボットの存在が全てを掻き消していた。
「ここがあなたに割り当てられた部屋になります」
女性職員の言葉は、愛想も素っ気もない事務的な声色だったが、それすらも気にならないほどに浮かれていた。
そんな拓哉に向けて、その女性職員は、まるでバイ菌と接するかのような仕草で、複数の携帯端末を渡してくる。
一つは、携帯電話だ。見た目でそれが直ぐに分かった。
もう一つは、見た感じはタブレットみたいな携帯端末だったが、拓哉はその利用方法すら解らないでいた。
すると、女性職員はわざわざ親切なことに、両端末の使い方をインプットしたデータチップをくれた。
パッと見は小型のUSBメモリーのような物で、二つの携帯端末のどちらにも接続可能だと言っていた。
そして、それだけを告げると、その女性職員はそそくさとその場から立ち去ったのだ。
「おいっ! データチップをもらっても、端末に繋がないと見れないんだろ? 意味ないじゃん」
拓哉は声に出して愚痴ってみたが、声が届いていないのか、はたまた聞こえない振りをしているのか、彼女は全く素知らぬ素振りで歩みを速めた。
「ちっ、異世界人はバイ菌かよ!」
聞こえないように捨て台詞を吐いたつもりだったのだが、どうやら彼女には聞こえていたようだ。
なんて耳の良い女だ……
彼女はツカツカと攻撃的な足音を立てて戻ってくると、拓哉からタブレット型の端末を毟り取り、電源を入れてデータチップを接続し、マニュアルを表示させた状態で突き返してきた。
拓哉が黙ってそれを受け取ると、二度と呼ぶなと言わんばかりに、舌打ちでもしそうな表情を向けたあと、その場からカツカツと音を立てて去っていった。
「こえ~~、地獄耳だな」
思わず彼女に対する印象を小声で口にしてしまう。すると、彼女は廊下の端からこちらを睨んでいるではないか。
――ぐぁ! この距離でも聞こえるのかよ。サイキックって本当に恐ろしいぜ。
再び聞かれることを恐れ、今度は心中でサイキックに対する感想を呟く。
女性職員が居なくなったのを確認して部屋に入ると、そこは彼が想像したよりもなかなか良い部屋だった。
「ワンルームマンションみたいだな。でも、先進的なのはいいが、何もなくて簡素な感じがするけど……」
思わず声に出してみたが、まさにその通りだと言えるだろう。
何といっても、八畳間くらいの部屋にはベッドがあるだけだ。
それを不自然に感じて周囲を確認してみると、壁にボタンがあって、そこには椅子や机、テーブルのイメージが描かれている。それを押すと、壁が動いで机と椅子に、床が動いて掘りコタツのようなテーブルになった。
「いやいや、床からテーブルが出て来るなんて、衛生的にどうなんだ?」
もしかしたら、抗菌なのかもしれないが、素晴らしいシステムというよりも、不安を感じてしまうのは否めない。
他にも入口から部屋までの間に、ユニットバス、トイレ、小型キッチンがある。
「食堂があるのに、キッチンがあるんだな」
そもそも食材をどこで買って来るのかも知らないので、キッチンがあってもと思ってしまうのだが、まあ、無いよりはあった方が良いだろうと思い、あまり気にすることなくベッドに転がる。
そして、まずは興味のあるところから取りかかる。
「すげ~っ。この端末、めっちゃ見易いや」
まずは、地盤固めということで、端末の仕様から確認していき、使い方などが書かれた電子マニュアルをスラスラと読んで行く。
こういう時は、拓哉の特殊な頭脳が役に立つ。何といっても、一度読めば覚えてしまうのだ。
その調子で端末の情報をサラリと読み終えると、今度はPBAの仕様を確認する。
――よしよし、これだよ。これ!
嬉しいことに、整備班行きとなったお蔭で、機体に関する資料のアクセス権が与えられていた。
拓哉は興味の赴くままに情報を漁っていく。
だが、読み続けている途中で脱力することになった。
「えっ、これってサイキックを使えないと動かせないのかよ。ダメじゃん。まあ、名前もサイキックバトルアーマーだしな……」
肩透かしというよりは、やや絶望に近い心境となりつつも、明日からの仕事のことを考えて、そのまま読み続けていく。しかし、既に初めの頃のような燃え上がる気持ちはなくなっていて、すっかり事務的な作業として読み続けるだけだった。というのも、動かせないなら、なんの面白味もないと感じているのだ。
かなり気落ちした拓哉が、仕方なく惰性で残りの情報を読み続けていると、部屋のインターホンらしき物が音を立てた。
驚く事に端末と連携しているらしく、読み続けている端末画面にポップアップでウインドウが開かれ、そこに来訪者の姿が映し出された。
一瞬、クラリッサが来たのかと期待に胸を膨らませたのだが、残念ながらそこに写っていたのは二十歳くらいの優男の姿だった。
『よ~、新入り。飯だ。飯を食いに行くぞ!』
初対面だというのに、まるで旧友を誘うが如く、物凄く軽い調子で話しかけてきた。
ただ、それでもあの女性職員よりは、遙に好感が持てることには違いなかった。
「は、はい。今、行きます」
――そういや、夕飯時か……てか、誰だろう……まあいいか、確かにお腹がペコペコだ。
場内を見学してここに辿り着いた時は、既に夕方が近かったことを思い出す。
拓哉は端末に映る知らない男に疑問を抱きながらも、お腹が空いていることに気付いて、慌てて返事をした。
慌てて部屋を出ると、そこには二人の男が待っていた。
一人は端末に写っていた金髪でグレーの瞳を持つ優男。もう一人は少し背の低い黒髪黒目の青年だった。
「おっす! オレッちはクロート。気軽にクロと呼んでくれ。よろしくな!」
「初めまして、僕はトニーラです。宜しくお願いします」
背の高い金髪優男が軽い調子で自己紹介を済ませると、続いて日本人風の黒髪黒目を持った青年が挨拶をしてきた。
「初めまして。私は本郷拓哉です。宜しくお願いします」
やや緊張したが、普通に挨拶を返すと、優男のクロートが背中を景気良く叩いてきた。
「そんな緊張すんなよ。これからは同じ班の仲間なんだ。『私』なんて他人行儀な物言いも止めちまえ」
いつの間に、同じ班となったのかは知らないが、彼等がそう言うのなら間違いないのだろうと考え、緊張しつつも自己紹介を済ませる。
ただ、クロートの軽いノリに乗せられて、少しばかり緊張の糸を解いた。
「じゃ、おれ、俺のことは拓哉と読んでください」
砕けた調子で言い直すと、クロートは途端に嬉しそうな表情となる。おまけに、馴れ馴れしく拓哉の肩を回したかと思うと、耳元でコソコソと話し始める。
「もう氷の女王とやっちまったのか? どうだった? 女王は初めてだったのか? いや、あの齢だし、あの性格だ。初めてに決まってるよな」
やや興奮気味に囁かれるその言葉の意味が解らなくて、思わず首を傾げてしまう。
「氷の女王って、他でも耳にしたんだけど、何のこと? クラリッサのことだよね?」
「そうさ。クラリッサ=バルカン。氷の女王と言えば、クラリッサ嬢以外にあり得ないだろ。さあさあ、どうだった?」
何があり得ないのかは知らないが、恐らくクラリッサが氷の女王と呼ばれているのだろうと推測する。
拓哉の疑問が一つクリアになったところで、クロートが再び囁き掛けてくる。
「良かったか? 女王の身体は最高だったか? まあ、成長期だから、まだまだだろうけど――」
やっとクロートの言っていることの意味に気付いて、拓哉は思わず身体を仰け反らせる。
いまだ経験のない拓哉は、酷く慌ててしまい、まるで答えになっていない言葉を発してしまう。
「な、な、な、ななな、何を言ってるんですか」
「そんな、隠すなよ~。同じ班の仲間じゃね~か」
動揺する拓哉に対して、クロートは肩の腕を首に回してグイグイと首を絞めてきた。
しかし、慌てたトニーラが口を挟んで問い詰める。
ところが、トニーラが慌て始めた。
「クロ、クロ、拙いよ。ねえ、クロってば。拙いって」
「なんだよ。トニー、良い所なんだよ。邪魔するなって」
焦るトニーラを他所に、クロートは全く気にすることなく、拓哉に尋問を続ける。
「なあ、教えてくれよ~。女王の胸は大きかったか?」
「クロ、クロ、クロってば~」
「うっほん!」
全く気にしないクロートに、焦るトニーラ。二人の会話が続いた次の瞬間、ワザとらしい咳払いが廊下に響き渡る。
拓哉とクロートが振り向くと、そこには鬼相を作り出したクラリッサの姿があった。
「誰が初めてで、胸がどうしたのですか?」
「い、いや、何でもないんだ。あは、あはは、あははははは」
般若の面相で仁王立ちする氷の女王を見やり、クロートが慌てて弁解した。
ただ、それだけで、クロートから興味を失ったようで、クラリッサの冷たい視線は拓哉へと向けられた。
「ねえ、タクヤ。何の話かしら」
「ちょ、ちがっ、ちがう。俺じゃない」
――確かに、氷の女王かも……
クラリッサから氷の眼差しで貫かれ、拓哉は被害者なんだと必死に訴えつつも、これが氷の女王の所以なのだろうと感じ取った。