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仮面少女神田さん



 私の名前は渡辺さん。動物と友達と焼き肉と下ネタが好きな現役女子高校生だ。御崎さんのアドバイスを受けた翌日、心配してくれた親友二人にはとりあえずお礼を言っておいた。




「いやいやいや……言っておいた、じゃないよ。何も解決してないじゃん」


「これから解決するから良いのだよ」


「……それってつまり、まずはお友達から、ってことでしょ?」


「まぁ、そうなるな」


「……ヘタレ」




 宮内さんが手厳しい。東谷さんも困ったように苦笑している。この人もう絶対適当キャラじゃないでしょ。めっちゃ真面目に心配してくれてんじゃん。




「ってかあんた茅吹くんに何て言うつもりなのよ?」


「そりゃあ……」


「なに?」


「……追い追い、ね?」


「やっぱうやむやにするつもりじゃん!」


「だ、だってよく知りもしないのにオッケーなんてできないでしょうが! 赤ちゃんできちゃうよ!?」


「あ、赤ちゃんって……! あんた極端すぎるでしょ!」


「男はみんな狼なんだよ! おばあちゃん言ってたもん!」


「あの茅吹くんがそんなことすると思う?」




 私はあの人畜無害を絵に描いたような茅吹くんが、無理やり迫ってくる所を想像する。


 ……あー、あいついつも何考えてるか分かんないし、意外にも割とリアルに想像できる……常に敬語でよく謙遜するけど、たまにぐさっとくる事言うんだよね。


 ……敬語責め、か……




「…………」


「……なんで赤くなるの?」


「ないね。うん。あの茅吹に限ってそれはないわ」


「だからなんでちょっと赤くなってるの? ないよ? ないからね?」


「うん。ないない。……いや、ひょっとしたら」


「ないって。おっきな声出してるのすら見たことないよ」


「でも、能ある鷹は爪を隠すとも言うし……私みたいないたいけな女の子を食べちゃうためにリビドーを隠してる可能性も……」


「あぁ、うん。それはあるねー」




 私と宮内さんが同時に振り向く。今まで黙っていた東谷さんが思わぬ形で口を挟んで来たからだ。なんと東谷さんも敬語責めイケる口だったらしい。




「女の子をいじめたい、困らせたいっていうのは男にとっては普通のことだからねー……茅吹くんもそれは同じだと思うなー」


「マジで?」


「マジマジ。あの子は臆病ではないんだけど慎重すぎるからねー。たぶんナベちゃんがもう逃げられないと確信したら豹変するね」


「……東谷さんさ、ほんとに恋愛経験ないの?」


「うーん、あったとしてもナベちゃんには言わないかなー」


「ミステリアスで素敵! 抱いて!」


「ミヤちゃんと一緒ならいいよー」


「えぇーやだよこんなちんちくりん」


「言ったな? おい。おいヘタレ処女コラ」


「あ? やんのかダメ男製造機?」


「それはむしろ東谷さんでしょうが」


「あたしは鞭も振るえる女だからねー」


「わぁ! 猛者だよ! とんだ獅子だよこの子!」




 そんな感じで、この三人だとてんやわんやして一向にまとまらなかった。結局よく分からないうちに、私と茅吹くんとのタイマンでケリをつけるという事で決まってしまっていた。決闘かな?


 そういえば神田さんにも報告とかした方が良いのだろうか……一応心配してくれてたよね? 本当に心配してたのは宮内さんの事だろうけど……


 こう見えて義理堅い私は、放課後に文芸部を訪ねることにした。今日部活やってると良いんだけど……




「お邪魔しまーす」


「……あら。渡辺さん。今お茶を淹れるわ」


「あ、どうも。今日は神田さんは……」


「ここにいるよ」


「わっびっくりした」




 私が開けた扉の裏から神田さんが顔を出す。ほんとに神出鬼没だなこの人。忍者か何か?




「えっと……シャツの胸元開いてますよ?」


「あ、うん。なんか暑くて」


「暑いですか? 寒いと思いますけど……」


「っていうかなんで敬語? 私同級生。ってかクラスメイト」


「あっえっと……なんとなく?」




 神田さんと千葉さんを相手にすると、ついつい敬語になってしまう。二人の纏っている雰囲気のせいもあるが、メインの理由は私たちのグレーな人間関係にある。神田さんは宮内さんの恋のライバルだし、千葉さんはこの間私をからかって遊んでたし……


 私、ちょっと根に持ってるからな……あぁでも、私なんかのために嬉しそうにお茶淹れてくれる所はやっぱり美しい天女にしか見えないんだよなぁ……




「お茶どうぞ」


「……なんか千葉さんって若奥さんみたいです」


「そうかしら?」


「えー。おばあちゃんみたいじゃない?」


「……そうかしら」


「か、神田さん……千葉さん傷ついてますよ」


「これは日頃の仕返しだから良いんだよ。それに絶対フリだし」


「嫌ね。傷ついてるわ。もう泣きそうよ。よよよ……」


「あ、そうだ。昨日ちゃんと後輩ちゃんに会ったみたいだね」


「後輩……?」


「……そう。スルーなの。ふうん……」


「あぁえっと……御崎ちゃん」


「あっはい。アドバイスも貰いました」


「身ぐるみ剥いで押し倒せって?」


「え、何ですかそれ?」


「あの子ならそう言うかなって」




 えっあれってそういう事だったの? いや、でも言われてみればそんな事を言っていたような……




「……いやいや、だとしてもそれは無理でしょ!」


「そんなにエロい身体してるのに?」


「エロくないです!」


「私も渡辺さんはかなりいけると思うけど」


「いけないです!!」




 可愛いとかだったら素直に喜べるんだけどな……エロいって言われても正直反応に困る……


 って違う! 報告に来たんだった! つい神田さんのペースに呑まれてしまう……




「あの、彼とはとりあえず友達からって事になりそうです」


「あれっ、後退してない? 友達以上恋人未満じゃなかったの?」


「なかったです。友達未満でした。他人でした」


「あー。それならいっそグイッと行っちゃえば良いのに。それ以上こじれる事ない訳だし」


「いえ、ゆっくりいいとこ探ししながらやっていきます」


「あ、そう? それならまぁ頑張って。応援してるよ」


「私も。式には呼んでね」


「えぇ……まぁ、一応、ありがとうございました」




 私はお礼を言って文芸部室を後にした。なんかあの二人って言ってる事は結構テキトーなんだよなぁ……きっと根は良い人なんだろうけど……たぶんそういう所が、御崎ちゃんの言ってた子供っぽい所なんだろう。


 部室棟を出る時になって、文芸部室に鞄を忘れてきた事に気付いた。こういう忘れ物取りに戻るのってなんか気まずいんだよな。説明しづらいけど。


 私は急いで部室に戻ると、ノックもせずにドアを開けた。




「ごめん、鞄忘れちゃっ……て……」


「…………」


「……あーあ。見られちゃったわね」


「え……?」




 ……扉を開けた私が見たのは、神田さんを壁に追い詰めて制服に手を伸ばす千葉さんだった。いやいや、キスしてたよね今? ちゅーしてたよね!? なんで? 分かんない……




「……弁明した方がいいんじゃない?」


「馬鹿ね。見られて困るのはあなたよ。私は失うものなんて無いもの」


「……」


「えっ、あの、これは……どういう……?」




 だって、神田さんは時雨くんが好きで、付き合ってて、千葉さんと、そんなはず……いやまず女の子同士だし、絶対、おかしい……でもキスしてた……




「渡辺さん、考えちゃ駄目」


「え? でもこれって、あの……」


「あなたはここでとても下らないものを見た。あまりに下らないから特に考える事もなく記憶から抹消した」


「えっでも私見た……」


「見てない。見てないし、もし見てたとしてもそんな下らない事は誰にも話さずすぐに忘れる。いい?」


「いやちゅーしてた……」


「 い い ? 」


「おっぱいも触ってたし……」


「ーーお゛ね゛が い゛!!」


「……はい……」




 ……神田さんに涙目でおねがいされてしまったので、この日の事は忘れることにした。確かにこんな記憶持ってても厄介なだけだし、本当に忘れた方がいい気がする……うん……


 さて、そんな訳である日の科学部室。親友二人が気を使ったおかげで茅吹くんと二人きりである。ケリをつけるって言ったって、実質はお断りに近い訳で……き、緊張する……なんで私が茅吹なんかにこんな気を使わなきゃならんのだ……




「……あー、茅吹氏?」


「あ。はい。何です?」


「例の件、まずは友達からで、どうだね?」


「……あー。文化祭のアレは本当にそういうアレじゃないんすけど……」


「えっ何? 私と付き合いたくないの?」


「ない事はないです。僕もエロい彼女欲しいです」


「即答かよ……私そんなにエロいか?」


「エロいですね。もうなんかフェロモンとか出てますよね」


「フェロモンって何だよ。ってか茅吹お前草食系のくせにそういう事言っちゃうなよ。キャラ崩れるだろ」


「別に自称してないんですが……あと草食系ってたぶんそういう意味じゃないと思いますよ」


「えっ違うの?」


「純粋培養で異性と手も繋げないようなのは草食系ってより植物系かと」


「あー宮内さんとか」


「いえ、渡辺先輩の事です」


「……あんまり先輩を舐めるなよ? 潰すぞ」


「おっぱいで?」


「よしぶっ潰す」




 ……あれ? 啖呵切ったはいいけどこれ、どうすればいいんだ? 宮内さんとじゃれ合うノリで言ってみたけど私、茅吹くんに対して何もできなくないか?


 くすぐるのはなんか絶対ダメな気がするし、羽交締めとかもまたおっぱい言われるだろうし……え、なに? キスなの? キスするしかないの? やっちゃうよ?




「……あの、先輩はそういう所がポンコツだって言われるんですからね」


「えっ。私まだ何もしてない」


「本当に自覚ないんですか?」


「……あっ顔とかじっと見ちゃったこと? ご、ごめん……」


「……良いですか? 口では強がるくせに非力だし、いざって所で恥ずかしくて何もできないって……襲われても抵抗しないって公言してるようなもんですよ」


「あっ興奮した? ねぇねぇ茅吹私に興奮しちゃった?」


「……先輩?」


「はい。ごめんなさい」


「そうですね……まずは手を繋ぐ所からですかね」


「……えっ」


「友達から、でしたよね?」




 か、茅吹……っ! 私はお前を誤解してたよ……てっきり虫も殺さないし、野菜はオーガニックしか食べないです、とか言う奴かと思ってたよ! オーガニックってなんだよ絶頂かよってそれ!




「でも友達同士は手繋がないよね」


「細かい事はいいじゃないですか」


「……手だけだからな? ほんとに手繋ぐだけだからな?」


「キスとかしますか」


「しない!」




 夕暮れ放課後の科学部室。果たして私はこの愛の軽すぎる後輩と上手くやって行けるのだろうか……ってかやっぱべっこり肉食だろこいつ。

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