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適当少女東谷さん



 私の名前は渡辺さん。最高にナウいヤングな現役女子高生だ。突然だが私は今、文化祭の後夜祭で壁ドンをされている。


 もう一度言う。壁ドンされている。東谷さんに。周囲に人もいるのに唐突にこんな事をされて、私は既に涙目である。もう一押しである。




「……えっ、あの、東谷さん……?」


「…………」


「え、あ……あの、とりあえずごめん。あ、あやまるからぁ……」


「……ナベちゃんさぁ」


「ひ、ひゃいっ!」


「そんなにあたしのコト好き……?」


「そ、それは……! ……す、すき……かも……」


「……はぁ……」




 東谷さんが呆れたようにため息を吐く。美人さんはそんな仕草ですら惚れ惚れするほど美しいからずるい。でも思わず見とれている場合でもないし……とりあえずおだててみよう。




「東谷さん、すごく綺麗で、でもすごくお茶目でかわいくて、だ、だいすき……だよ……?」


「……ッ!」


「ひっ!?」




 東谷さんがいきなり、バンと音を立てて私の肩越しに両手を付く。壁ドン第二形態だ。東谷さんの顔がさらに近づく。吐く息が顔に当たる。も、もうやだ。こわい……っていうか今たぶんちょっとちびった……




「……ナベちゃんこそ、普通にかわいいのにお調子者キャラでテンション高くて隙だらけって、一番えっちだよ……おっぱいおっきいし……」


「そ、そんなこと……いわないで……!」


「だからさ……」




 東谷さんはより一層顔を近づけて、その大きな目でまっすぐに私を見てくる。私は必死に顔を背ける。でももう、逃げられない……たべられちゃうよ……!




「……あたしにばっか引っ付いてないで、男の子にもっとグイグイいきなよ!」


「き、きゃー……って、えっ……?」


「ナベちゃんさぁ、普段きわどい話とか平気でするくせに、こういうとこ奥手だよねー……」


「え、い、いや、違うよ……? 私はただ、東谷さんと一緒にいたいだけだよ? ほらっ、イヤイヤしてるのもただのポーズで本当はもう準備万端だよ? 上はキャンプファイアー下は海開きだよ?」


「……はぁ……」


「えっ、ど、どうする? 最初からやり直す? 大丈夫? 結婚する?」


「ナベちゃんさぁ……」




 あ、今東谷さんがお母さんみたいな顔してる。




「あたしはね、呆れてるんだよ? 向こうのミヤちゃんを見てみ?」


「あらー、おてて繋いでますね」


「恋人繋ぎね」


「おひざに乗っかって」


「めっちゃすりすりしてるね」


「頭まで撫でてもらっちゃって」


「ぽんぽんってね。時雨くんあれ絶対上の子だよー手つきがそういうそれだもん」


「……猫ですね、あれは」


「のど鳴らして甘えてる子猫にしか見えないねー……で、だよ。ナベちゃん今何してた?」


「……壁ドンされてときめいてました」


「誰に?」


「……東谷さんにです」


「情けなくない?」


「何でそんなグサグサ来るの? 私泣いちゃうよ?」


「……はぁ……」




 東谷さんがまたため息を吐く。もう完全にお母さんだ。妹はちゃんとできてるのにお姉ちゃんはなんでできないの? って時の顔だ。妹いないけど。




「私はね、ナベちゃん、心配してるんだよ? 今はまだ、近くにあたしとミヤちゃんがいるから良いけど、いなくなったらナベちゃん一人だよ? ちゃんと大事にしてくれる人を探さないと、寂しくて困るのはナベちゃんなんだからね?」


「……そういう東谷さんは誰かいるの? この間はいないって言ってたよね」


「あたしは一人だって賑やかにやって行けるから良いの。ナベちゃんは絶対そういうのこじらせるタイプでしょ? あたしとミヤちゃんがいなくなったら、きっと引きこもっちゃうんじゃない?」


「……でも男の子の友達なんていないし……」


「茅吹くんがいるじゃん。今日も一緒に廻ってたんでしょ?」


「昼間私がずっと一緒にいたんだから、きっと後夜祭は友達と楽しんでるよ……ってかあいつはどうせ先輩に同情で義理立てしただけだって。その気なんてないよ」


「ナベちゃんがそう思い込んでるだけだよー。ナベちゃんは茅吹くんのコト、嫌いじゃないんでしょ?」


「そりゃ、かわいい後輩を嫌いになれる訳があるまいて……素直なやつは好きだし。あ、でもどうせなら熱血が良いかな……」


「ふむふむ。その心は?」


「告白とか、勿体ぶらずにたくさんしてほしいってだけだよ。あと友情に厚いけど、仲間内で恋話とか猥談とかする時に私の話が弱点になってたりすると最高」


「なるほど。要は必要とされたいんだねー……だってさ、茅吹くん?」


「……えっ」


「あ、どうも。お邪魔してます……」




 私が振り返ると、茅吹くんが窓から顔を出していた。部室の前なんかでこんな話するんじゃなかったよ……




「……いつから?」


「渡辺先輩がお調子者で隙だらけでエロいって辺りからです」


「最初からじゃないか! なに? ずっとそこで見てたの? 何で声かけてくれなかったの!?」


「いや、邪魔するのも悪いですし、渡辺先輩のうなじがエロかったもので……」


「エロかったもので……じゃないよ! 返せ! 私のうなじ処女返せ!!」


「それは無理ですけど……でも自分、先輩のために熱血キャラになりますんで……よ、よっしゃあ!! オラァどすこい!!」


「違う……! 違うぞ……っ! 圧倒的に間違っているぞそれは! 熱血っていうのはもっとこう、どりゃあああああ!! みたいな、まっすぐで奥深い……」


「俺、その気ありますから……!」


「え? なに? 何の事さ」


「俺、先輩にその気、ありますから!!」


「……へ?」




 今回ばかりは、私の脳は考えるのをやめたね。その気、その気ってどの気……? そのーきなんのきるるるるるー……




「……かと言って、今すぐどうこうしようって気はないですけど」


「あ、そんなふわっとした感じなんだ?」


「えっと、駄目でしたか……?」


「え? いやいや全然! ダメってこたぁないよ? むしろこっちとしてもその方がありがたいっていうか……」




 近くにいた東谷さんがまた、ため息を吐いた。違うぞ? ヘタレじゃないぞ? 慎重派なだけだからな?




「えーっと、お返事とかは……」


「あ、返事とかホントいいんで。まだ全然大丈夫なんで。っていうか今のはそういうアレじゃなくて……内定? みたいな感じっす」


「あ、内定……ふぅん……」


「じゃあ自分は部室の片付けまだ残ってるんで、これで。失礼します」




 茅吹くんは窓の中に引っ込んでしまった。




「東谷さん……私内定貰った……!」


「……うーん、東谷さんとしては、まだまだ安心とは言えなそうだよー……」


「えー? 良いじゃん! アレだろ? 草食系男子ってやつだろ!? きっとああいうのが良いんだよ!」


「いや、あれはちょっと違う気が……まぁ、ナベちゃんが良いならいいよ。うん……」




 その時は浮かれていた私であったが、しかしどうした事か、それからというもの、毎回の部活ごとに困った事態に陥る羽目になるのである。




「先輩、これ」


「……っえ。ご、ごめん、これを、何だっけ?」


「共洗いしといて下さい」


「……え、えぇっとぉ……うぅ……ごめん、私物覚え悪くてさ……小学校でも中学校でもアホだってずっと言われてて、あはは、はは……」


「……今でも、言われるんですか?」


「い、いや、今はあんまり……」


「そうですか……それ、水ナトで共洗いです。お願いします」


「あ、おおぅ……任せとけ……!」


「……はぁ……」




 困った事というのはつまり、めちゃくちゃ気まずいという事である。それも一方的に。茅吹くんに話しかけられると、頭が真っ白になってしまうのだ。


 その上、あの東谷さんがその度に、物憂げにため息なんて吐いているものだから、実験室の空気はある種異様と言ってもいいものになっていた。まぁ、ため息を吐きながらしている事は、いつも通りプチプチを潰す作業なのだが。


 そんな状況が続いたある日の事、その日もまた、部活前にパンを買って食べていく事になった。その日負けたのは東谷さんだった。私と宮内さんは今日もぼーっと窓の外を眺める。




「……茅吹くんと何かあったの?」


「聞きたい?」


「……いや、やっぱあんまり」


「聞いて」


「お、おう……」




 私は後夜祭での事を説明する。宮内さんは全て聞き終わると、ばっさりと切り捨てた。




「あんたが悪い」


「うそぉ!? なんで?」


「いや、そういうアレじゃないって言ってるけどさ。完全にこれはそういうアレじゃん」


「そ、そうか……?」


「そうだよ。それを煩わしいからって勝手に逃げて、茅吹くんの好意にあぐらをかいて返事をしないのはあんた。それなのに一人で気まずくなって空気悪くして……茅吹くんの気持ちとかちゃんと考えた?」


「そ、そこまで言うことないだろぉ……っ!」


「いや、泣かないでよ……ごめんって! 言いすぎたよ……」


「……つまり、友達以上恋人未満の関係に悩んでるんだよね?」




 宮内さんと二人して、びっくりして振り向いた。そこにいたのは神田さんだった。やっぱり絶対気配消してるよ……怖いよこの人……!




「あ、あんた……! まさか科学部の事まで首突っ込むつもりじゃ……!?」


「いや、最近宮内さんが悩んでるみたいだったからね。友達の事が心配でしょうがないんだね? やっぱり良い子だよこの子は」


「良い子言うな! や、やめろ……撫でるな……!」


「……えっと、神田さんは何を……?」


「あ、違うの。宮内さんは渡辺さんを放っとけない。で、私は宮内さんを放っとけないでしょ? だからどうしても気になって……ね? 大丈夫だよ。悪いようにはしないから」


「は、はぁ……」


「部活が終わったら、駅前のカフェに来てくれない? 席は神田の名前で取っておくから。よろしくねー」


「あ、ちょ、ちょっと……」


「それと宮内さんは時雨くんがお家でこの間の続きするぞって言ってたから寄り道せずにまっすぐそっちに行ってねー」


「ゲームだからね!? ゲームの話だからね!?」




 神田さんは相変わらず何を考えているか分からなくて怪しい事この上ないが、結局私は部活の後、言われた通りにカフェに来ていた。宮内さんはまっすぐ時雨くんのお家に行った。欲求に素直な所が宮内さんの魅力の一つだ。


 さて案の定、案内された席に神田さんの姿はなく、私と同い年くらいの女の子が一人座っていた。




「えっと……神田さんの友達の方、ですか……?」


「……あぁ、またあの人の悪ノリですか……まったく本当にたちの悪い……」




 会って早々ぼやきながら、その表情はほとんど動いていない。さすが、神田さんの知り合いなだけあって不思議な人だ。ただ、同じミステリアスというのでも神田さんや千葉さんと比べて、どうもとっつきづらい印象だ。二人にあった社交性が感じられないというか……




「あ。ごめんなさい。神田の友人の御崎みさきです。お察しの通り、友人が少ないもので……愛想がないってよく言われます」


「い、いえっ! 全然! 全然思ってないです、はい!」


「思ってますよね?」


「……神田さんのクラスメイトの、渡辺です。よろしくお願いします」


「ふふっ……あ、ごめんなさい。失礼ですよね……でも、とても真っ直ぐで律儀な方なんですね。馴れ馴れしい事を言うようですが、貴女とは仲良くなれそうな気がします」




 なんとなく、この人に嘘は吐けないような気がする。顔には優しい笑みを浮かべているが、その目は完全におもちゃを見る目だ……彼女はひょっとして、神田さん以上の強者なんじゃ……




「あの、神田さんから遅れるとか連絡受けてます?」


「あぁ。彼女なら、たぶん今日は来ませんよ」


「えっ……」


「こんな事ももう一度や二度じゃないですし、彼女の考えている事は大体分かります。あの人は本当に、ただの悪戯心でしょうね。周りの人間をみんな手のひらの上で弄んで困らせていないと気が済まない人なんです」


「え、神田さんって、ミステリアスで大人な感じじゃ……」


「大人? 彼女は子供ですよ。それも、わがままな子供です。まぁ、だからこそ彼と波長が合うんでしょうが……あ。すみません……独り言、癖になっているんです。まだお話も聞いてないのに……」


「おはなし……?」


「彼女が私たちを引き合わせたのは、きっと話をさせたかったからです。私は最近、彼女に何か言った覚えはないですし、貴女に何かあるかと思いました」


「えぇ……まぁ、何かあると言えばある……かも?」


「よろしければ相談に乗りますよ」


「いや、悪いですよ。初対面でいきなり愚痴なんて……」


「構いませんよ。私は、そう……物言わぬ案山子のようなものです。アドバイスはまぁ、できる限りはしますが、まず話して楽になってみては?」




 御崎さんは悪戯っぽく笑う。なんだかさっきからどうも、見透かされているような気がする。私は先ほどの神田さんの言葉を思い出す。今口にすべきはおそらく、これだろう。




「実は私、ある人との関係に悩んでて……友達以上恋人未満というか……?」


「あぁ……なるほど。それなら少しだけ、助言もできそうです。私も以前、そんな距離感の友人がいました。そして、今は恋人です」


「お、おぉ……!」


「私も彼も、お互いを憎からず思っていましたが、素直になれない感じで……ずっとそんな関係だったんですけど、ある日……裸を見られました」


「は、はだかっ!?」


「詳しい事情は省きますが、すっぽんぽんをばっちりと、食い入るように見られました。視姦されました。それで思ったんです。あぁ、やっぱり男と女なんだなぁって」


「と、言うと……?」


「友達とか恋人とか、そんな線引きに捕らわれているのが馬鹿らしくなってしまったんです。そういう事は一切関係なく、彼を手放したくないなら、そのためにできる事をするべきじゃないかって吹っ切れました。まぁ、結局一度は振られましたけど」


「でも、再度アタックしたんですね?」


「いいえ、折れました。なので、今私が彼と好き合っているのは、本当はただの偶然です……ですが、その頃の事があったからこその今だとも言えます。長々とこんな、オチのない話をしてすみません。私の話が少しでも参考になれば良いんですが……」


「……なんとなく、どうすれば良いか分かった気がします。すごく参考になりました! ありがとうございます!」


「……ふふ。どういたしまして。上手く行くと良いですね。僭越ながら私も応援しています。頑張って下さい」




 御崎さんと別れ、家路につく。どこか不思議だけどとても優しい人だった。彼女がヒントをくれた。おそらく私はこれから、自分の中に愛を探していくのだろう。それは今まで通りとも言えるし、そうでないとも言える。


 私はいつか彼に恋をするかもしれない。でもどうであれその日までずっと、渡辺さんは愛を探し続ける。

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