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純粋少女宮内さん



 私の名前は渡辺さん。現在絶賛彼氏募集中の現役女子高校生だ。ところで、9月も中旬に差し掛かった今、夏の残暑がすっかりなりを潜め、夏服では少々寒いと感じる日が多くなった。


 窓から見える風景もどこか秋めいて、木々は落葉の季節に向けて準備をするが如く、心なしか寒々しい印象を受ける。


 さて、ここまで長ったらしく情景描写をしておいてなんだが、私は別に挨拶がしたかった訳ではない。では何か。単純に窓の外を見ていたのである。


 帰りのHRが終わった放課後の教室、部活の前に軽い腹ごしらえをと考えた私たちは、じゃんけんで一人パシリを決めた。そうして今、私と東谷さんは何をするでもなく、ぼーっと窓の外を眺めながら宮内さんの帰りを待っているのである。




「……なぁ」


「うん?」


「しりとりでもしようか」


「じゃああたしからね。しりとりの、と!」


「そこかぁー……と……トリニダードトバゴ」


「あきた」


「ってうぉーい!」


「……」


「……なぁ、東谷さんって、好きな人いるん?」


「ミヤちゃんは好きだよー?」


「あぁ、うん。そうだね。ライクじゃなくて、ラブ的な意味ではどうなの? っていうか私は?」


「あー、ラブはないかなぁ……あ、でも最近うちの猫がよく甘えてきてさー。かわいいんだけど、ついつい好きが裏返っていじわるしたくなっちゃうんだよねー」


「ねぇ、私は? 私の事は好きじゃないの?」


「お腹見せてきても無視してみたり、ご飯を横取りして食べてみたり」


「キャットフード食ったのかよ……どんな味だった?」


「タニシ食べてるみたいだった!」


「おいしくなかったんだね……」


「それがねー……あっ! ミヤちゃんだ!」


「お。ほんとだ。ちゃんと買えたようだな。感心感心」


「だーれにーもーなーいしょーでー」


「やめい」


「……校舎に入っちゃったね」


「もうすぐ来るだろ」


「……」


「……なぁ、私さ、最近女の子も良いもんじゃないかと思えてきたんだよ。割とマジで」


「ナベちゃん」


「うん?」


「いかんでしょ、それは」


「……そうかぁー。やっぱだめかぁ……」


「あたしはナベちゃんのそういう迷走してるとこ、好きだなー」


「……ちなみにそれはどっちの」


「あっ! ミヤちゃん帰ってきたよー!」


「待って! どっちの好きかだけ教えて! それによってスタンス変えるから!」




 結局、東谷さんは教えてくれなかった。


 また別の日の放課後、私たちは教室から外を眺めていた。変わらない日常。穏やかに流れる空気。平和である。校内では9月末の文化祭に向けてあちこちで準備が始まっている。


 ちなみにこの日もじゃんけんで負けたのは宮内さんだった。




「……最近さ、怪しくない? 宮内さん」


「んー? 何がー?」


「いや、あれから宮内さんと神田さんがやけに仲良いじゃない? 今まで話してるの見たことなかったのに」


「えっなになにー? ナベちゃん嫉妬しちゃってるー?」


「ちげぇよ。いやまぁそれも少しは、あるっちゃあるけど……でもあの子、付き合ってるって割りに時雨くんと全然話してないじゃん。不自然じゃない?」


「……つまり、ミヤちゃんと神田さんは」


「できてるね。私に言わせればほぼ間違いなく。私たちには言いづらかったから、時雨くんという代役を立てた」


「ふむふむ……それで?」


「見せつけられて悔しいので私たちも付き合おう」


「ナベちゃん」


「うん?」


「ちがうよね?」


「大丈夫。たとえ東谷さんがノンケでも私はやっていける自信あるから」


「ち が う よ ね ?」


「……宮内さんが相談できるようにそれとなく聞いてみます」


「そうそう! 大事だよね! 八、宝、菜ってね!」


「ほうれん草な……はぁ……」




 東谷さんはたまに目が怖い時がある。


 所変わってある日の科学部室。基本的に不真面目な私は、一年生の茅吹くんと一緒に片付けを命じられていた。


 多種多様な形をしたフラスコやカラフルな液体たちは、慣れていない人が見たら興味を惹かれるかもしれないが、毎日顔を合わせている身としては、ただ分別が面倒なだけだ。




「……なぁ茅吹くんよ」


「はい、何です?」


「文化祭の日の予定はあるかい?」


「うちの部も公開実験をやるみたいですし、あんまり時間ないかもですねー。うち、人手不足ですし」


「あー、そうかぁ……」


「……なんでですか?」


「いやー、うちの宮内がね? ちょっとめんどくさくてさ……文化祭を好きな人と回れるように、上手いこと取り計らってくれないかと思ったんだけど……」


「あー……宮内先輩……」


「……ねぇ、君的には、女の子同士のカップルってどう思うね?」


「別に、良いと思いますよ。当人同士で決める事だと思いますし、周りがどうこう口を出すような事でもないかと……」


「そうか……うん、そうだよね」


「えっと、宮内先輩って、そうなんですか? ……それともまさか渡辺先輩……!」


「いやいや私は違うよ私は! いや、確かに最近、女の子も良いなと思う事があるけど……」


「渡辺先輩……あの、希望は捨てないで下さいね? 先輩みたいなのが好きな人だって、きっといますから……」


「私みたいなのとはなんだ! なかなかの優良物件だぞ私は! 胸もでかいし!」


「え、あ、はい。僕もそう思います。ちなみに先輩は文化祭の日の予定あるんですか?」


「あのね、私も君と同じ部活なんだから、時間ある訳ないだろ」


「いえ、渡辺先輩ならサボるかなーと思いまして」


「いやいや、さすがに私だってサボらないよ。自分のシフトくらいはちゃんとやるって」


「……シフト、少しは代われますよ。渡辺先輩は宮内先輩の事もあるでしょうし、自分は一緒に回る友達とかいませんから」


「それなら宮内さんの分を代わってやっておくれ。まぁでも、あの子は断るだろうなぁ……」


「ですよね……」


「……シフト、合わせよっか?」


「はい?」


「そしたら、休憩時間に一緒に回れるでしょ? 宮内さんの事は、私が何とかするよ」


「……はい。そうしましょうか」




 茅吹くんはたまに悪ノリし出す事を除けば、基本的に素直で良い子だ。草食系男子とやらが世の女性達に大ウケしているのも分かる話だ。


 さて、茅吹くんにああ言ってしまった手前、文化祭までに自力で何とかしなければ。そう考えた私はさっそく神田さんの所属する文芸部へと足を向けた。友達のためにここまでする私は本当に友達思いの良い奴である。だから賞味期限が切れる前に誰か貰ってくれまいか。




「ーーたのもー!」


「あら、渡辺さん。どうぞ入って、こちらにお座りになって? 今、お茶を入れるわ」


「あ、どうも」




 意気揚々と突撃したらお茶を出されてしまった。私にお茶を出してくれた、この大和撫子みたいな女子は千葉ちばさん、クラスメイトだ。神田さんと一緒にいる所をよく目にするが、彼女も文芸部だったとは知らなかった。


 長い黒髪に、古風な喋り方。お淑やかな美人さんだ。どこかふわふわしつつも謎めいた雰囲気を醸し出している神田さんと並ぶと、大人っぽい女子大生の二人組に見える。ちなみに、神田さんは今日は来ないと教えてくれた。




「……あの、神田さんが誰と付き合ってるか知ってますか?」


「私よ」


「え?」


「私と付き合っているわ」


「…………」


「……嘘よ」


「はぁ……」




 意外にも千葉さんはかなりお茶目な人だったようだ。それと、大人な雰囲気にあてられて、つい敬語になってしまう。




「そう言えばあの子、彼氏がいたわ」


「あ、そうなんですか」


「ちなみに、お相手は貴女も知っているはずの人よ」


「……もしかして、時雨くん?」


「あら、よく分かったわね」


「でも、宮内さんも時雨くんと付き合ってるって……」


「へぇ。それは、誰かが嘘を言っているわね」




 つまり、宮内さんも神田さんも、時雨くんと付き合っていると言っている事になる。これはいよいよ二人の仲が怪しくなってきた。同じ人間を代役に立てる辺り、おそらく時雨くんは二人から相談を受けて加担しているのだろう。


 宮内さん、私はてっきり、君は時雨くんが好きなんだと思っていたよ。今にして思えば、色々と余計なお節介を焼いてしまったね……




「最近あの子は、宮内さんの事がいたく気に入っているみたいよ。もしかしたら、もしかするんじゃない?」


「やっぱり……! 後ろから抱きついたり、頭を撫でていたり、家と違う方向から一緒に登校して来たり……友達にしては距離が近すぎると思ってたんです!」


「まぁ、そうだとしても、彼女達なら心配いらないんじゃないかしら。きっと二人で何とかできるわ」


「いや、宮内さんはあれで結構アホですから……私が付いていてやらないと……!」


「……それなら私からは何も言わないわ」




 事の真相に迫り、いよいよ後に引けなくなってしまった私は翌日、昼休みに食堂でぼっち飯をしている時雨くんを直撃した。宮内さんには全てを知った上で優しくフォローしてあげたいし、神田さんは……なんか怖い。となれば彼である。


 時雨くんは人を遠ざけるぼっちではなく、人を避けるぼっちである。言うなれば、ハリネズミではなくウサギである。容姿はそこそこ良いが、彼自身にその気が無さそうな事と、それ以上に高水準の宮内さんが狙っていると思われていた事から、放っておかれていた。


 しかし今、私の目に彼は、二人の美少女に板挟みにされる哀れなハムスターに見えていた。その上どちらにも相手にされないなんて悲しすぎる……




「時雨くん、ちょっと……」


「ん、あぁ。えっと確かパン……宮内の友達の……」




 時雨くんの動きが止まり、その視線が虚空をさまよう……まさか……




「……渡辺だけど」


「おう。渡辺、何か用か?」




 クラスメイトの名前くらい覚えとけよ……。どうやら結構図太い奴のようなので容赦は必要ないな、と認識を新たにする。宮内さんの未来と私の心の安寧のために、ここは徹底的に尋問してやろう。カツ丼は奢らないが。




「時雨くんって、今付き合ってる人いる?」


「ああ。いるぞ」


「それって、ひょっとして宮内さん?」


「いや、宮内とは友達だが」


「神田さんは?」


「……友達だな」


「おかしいな、二人とも君と付き合ってるって言ってるんだけど……」


「……どうやら誤解があるみたいだな。宮内はあれでかなりアホだし、神田は神田で結構思い込みが激しい所が」


「ーーご主人様?」




 不意に隣のテーブルに座っていた女の子が声を上げた。見ると神田さんだった。怖い。全然気が付かなかった。なんで? ひょっとして気配とか消せるの?




「……すまん、神田。今何て言ったんだ?」


「時雨くんを呼んだんだよ?」


「そうは聞こえなかったが……」


「そう思うんなら、あなたはきっと思い込みが激しいタイプなんだよ」


「……そうか。とにかく勘違いでないとすれば、誰かが嘘を吐いているという事になるな」


「うん。千葉さんも言ってた。誰かが嘘を吐いている、その……神田さんと宮内さんは付き合ってるのかも、って……」


「……あぁ、それは千葉さんが嘘を吐いてるんだよ」


「えっ?」


「だって、あいつは知ってるよ。この人が三股かけてるって」


「ぬぅ……」


「……えっ」




 ……は?


 私の思考はきっかり10秒停止した。


 時雨くんが取り繕う事を諦めて食事を再開し始めた。どうやらマジらしい。そういえば、夏休み前に宮内さんが、女が二人いたとか言ってた気がする……


 それにしても、こんな冴えない男が三股もかけているなんて、普通は思わない。きっと純粋な宮内さんは、この男の薄っぺらい愛の言葉と偽りの優しさに騙されてしまったのだ。なんて悪い男なんだ、時雨くん……!


 そして、おかしいとは思っても、友達である神田さんを強くは疑えず、彼女の嘘に丸め込まれてしまったのだろう。なんて悪い女なんだ、神田さん……!




「あっそうだ、渡辺さん」


「な、なに?」


「この人だけじゃなくて千葉さんの所にも行ったんだ。宮内さんのこと、ずいぶん気にかけてるんだね?」


「あ、うん……はい」


「渡辺さんは本当に友達思いの良い人なんだね? でも、この事があんまり広まって、彼がのけ者にされたりしたら、私たち困るんだ。だから……分かるよね?」


「は、はい……っ! 誰にも言いません!」


「……そう、ありがとう」


「もうとっくにのけ者だろ……」




 こっわ……! 神田さんこっわ! 笑顔なのに、有無を言わさぬ迫力があったよ! もしかしたら時雨くんは、彼女に脅されているのかもしれない……


 しかし、ともあれこうして、私はこの件の本当の真相を知ったのである。東谷さんへの報告も兼ねて、三人で帰る途中、宮内さんに確認を取る事にした。


 東谷さんは普段適当だがこういう事を言いふらすような人ではないので、多分大丈夫だろう。それに、宮内さんへのフォローもしてくれるかもしれない。期待薄だが……




「文化祭、もうすぐだねー」


「いよいよ来週かぁ。うちのクラスはカフェだってね。科学部で手一杯だろうし、顔を出すつもりはないけど」


「……宮内さんはやっぱり、文化祭は時雨くんと回るのかい?」


「あ、うん。ごめんね、一緒に回れなくて……」


「いや、シフト制なんだし、いずれにせよ三人では無理だよ。それより、時雨くんの方は大丈夫なの? 神田さんともう一人、いるんでしょ?」




 隣を歩いていた宮内さんの足が止まる。振り返って見ると、その小動物のようなくりっとした目を見開いて、驚愕の表情……なんだか思っていた反応と違う。本来ならここは、意味が分からずに訊き返してくる所のはずなんだが……




「……な、なんであんたが、それを……」


「知ってたのか……」


「えー、なにー? あたしだけおいてけぼりー? おいてけー……おいてけー……!」


「……分かった、説明する……あいつには私の他に、あと二人彼女がいる」


「……わーお」


「それでも、時雨くんが好きなんだね?」


「……う、うん……」


「わぁ! ミヤちゃん真っ赤だね! 暖をとれそう!」


「う、うっさい! しょうがないでしょ好きなんだからっ!」


「……ま、宮内さんが幸せなら私はそれで良いよ。何かあったらすぐ、お姉さんに相談するんだよ?」


「わっ私は子供じゃない! ……でも、ありがと……」




 宮内さんはますます真っ赤になっていた。なんて純粋で良い子なんだ、この子は……! やっぱりあんな浮気男より、私がきちんと責任を持って幸せにした方が……




「……文化祭のことは、大丈夫。そっちも、シフト制にしたから」


「ん? どういうこと?」


「だから、神田さんと後輩ちゃんに頼んで、休憩時間は彼と回れるようにしてもらったから」


「……ひょっとして、合意の上、なの?」


「え、あ、いや……私もあいつらのことは、嫌いになれないっていうか……良きパートナーっていうか……」


「わお! ハーレムだね! ミヤちゃんったら大胆ー!」


「……え、ってことは何、マジで4Pなの?」


「ちげぇよ! やらしいことはまだって言ってるだろ……! 今はまだ……キス、までというか……」


「いや、そりゃまたえらく慎重だな……」


「うるさい! ほっとけ!」


「ミヤちゃんったら奥手ー!」


「処女ー!」


「処女って言うな! いや処女だけど!」




 宮内さんは意外にもしたたかだった。それにしても宮内さんや、どうしてそんなことになっちゃったんだい? あたしゃもうどうしていいか分からないよ……


 そんな形の愛も、あるもんかねぇ……と思う渡辺さんであった。

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