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独白少女渡辺さん



 私の名前は渡辺さん。地元の高校に通う現役女子高校生だ。突然だが私は今、とてつもなく大きな問題に直面している。




「……眠い……」




 そう。眠いのだ。




「そりゃいつまでも夏休みムードで、夜遅くまでゲームだの何だのやりまくってたらそうなるでしょ」


「げーむ、ゲームか……そうだったら良かったんだけどねぇ……」


「え、違うの?」


「……課題、まだ終わってないんだ……」


「あ、あんた……嘘でしょ……?」




 残念ながら嘘でも誇張でもない。今日は九月二日。天下の高校生にとって最も憂鬱な始業式を終えた、その翌日である。


 一般にはあまり知られていないが、一部の怠惰な高校生にとって最も憂鬱なのは始業式ではなく、その翌日から控えている各科目の課題の提出日だ。夏休み最終日に課題をやるのはまだまだ甘い。本物は一日から始めるのだ。




「で、その結果がこれだ。笑えよ……」


「笑えねぇよ……ちなみに間に合わなかったらどうなるの?」


「生活指導部でみっちりマンツーマンですね」


「うわぁ……」


「あぁ……どうせなら夜のマンツーマンがしたいよう……あ、でも生活指導のおっさんはさすがに……いややっぱキツいわ……」


「援交JKみたいな事を……あと今は茅吹かやぶきくんいるんだからそういうの控えろよ……」


「あ、自分の事は気にしないで下さい。別に気にしないんで」


「セッ○ス」


「おい」




 茅吹くんは部活の後輩だ。今流行りの草食系男子とかいう生き物らしく、物腰も雰囲気も柔らかい良い後輩である。


 ちなみに今は部活中である。聞いて驚け、私たちは科学部に所属している。なんとなく頭が良さそうだろう? 当然そんなことはない。東谷さんも科学部だが、お腹が減ったので何か食べてから来る、だそうだ。自由な奴である。




「でも、それなら部活出てないでさっさと帰れば良いんじゃないの? うち、そんな厳しい部じゃないじゃん」


「馬鹿を言うなよな。帰ったら課題をやらなきゃならなくなるだろうが」


「この期に及んでまだそんな事を抜かしてるのかこの駄目人間……」


「……ねぇ、何か目が覚めるようなことやって? このままじゃ寝そう……」


「ひどい無茶振りを見た……しかたないなぁ……」




 直後、首の後ろに強い衝撃。危うく机に頭をぶつけそうになる。




「ちょっ……!? なんでぶったの!」


「ぶってないよ?」


「いやいや、首の後ろにチョップしたよね!?」


「してない」


「した!」


「してないって」


「したよ!」


「……一時的に記憶をなくすツボなら押した」


「ほらぁ! なんでぶったの!?」


「めんどくさくなったから」


「えぇ……」




 宮内さんは基本天使だが、面倒な事は暴力で片付けようとする癖がある。唐突な無茶振りなどをしないよう、注意が必要だ。




「あ。そうだ、渡辺先輩」


「な、何?」


「好きです」


「………………そう」


「目、覚めました?」


「いんや、全然。眠いわー……」




 扉が開く音がする。東谷さんだろう。




「ぐっもーにん諸君! 主任の東谷が現場入りしたよー」


「あ、どうも、東谷先輩」


「混ざりすぎでしょ。あと主任なら遅刻すんな」


「まぁまぁ、重役出勤という言葉もあるじゃん? で、なんでナベちゃんは真っ赤になって机に突っ伏してるの? ……ぱんでみっく?」


「あれはただの自爆。それより実験手伝って。一人寝てるせいで手が足りない」


「あぁもう! やるよ! やれば良いんだろ!?」


「うわっ! いきなり起きないでよ危ないでしょうが!」


「知るか! あと茅吹は今度変な事言ったらちゅーするからな!」


「あはは、すみません……」


「あれー? ナベちゃん今日はアゲアゲだねー! 何か良い事あった?」


「アゲアゲて……ただの徹夜明けの深夜テンションでしょ。あと課題なら後で手伝ってあげるから、めんどくさい絡み方するのやめてよね……」


「ありがてぇ……! ありがてぇ……!」


「じゃああたしは隅っこでプチプチ潰して待ってるねー。主任の東谷、お先に失礼するよー」


「何しに来たんだあいつ……」




 ちなみに本当にずっと待っていた。飽きないのか、プチプチ……? 実験が終わり、報告書を書いて提出した。茅吹くんはいつの間にか消えていた。帰ったのだろう。


 実験室の机で、黙々と課題を進める。宮内さんは分からない所を訊くと、ちゃんと優しく教えてくれた。やはり天使だ……


 いつの間にか窓の外が暗い。ずいぶん長いこと課題をやっていたようだ。




「うんうん。プチプチを潰す美少女、絵になるねー」


「自分で言うのか……」


「……なぁ、宮内さんよ」


「なぁに、渡辺さん?」


「これ、終わる気しなくね?」


「……そろそろ下校時刻だから、私帰るね」


「み゛す゛て゛な゛い゛て゛」


「うわっやめろ抱き付いてくんな! はなれろ……っひゃあっ!? ど、どこ触ってんだこの変態!!」


「おっほ! いいちっぱい! いいちっぱい!」


「や、やめろ……っ! やめろって……ふあぁああっ!!?」




 衣服をはだけさせ息も絶え絶えで、へなへなと床に座り込む宮内さん。写真に収めたら一枚いくらで……やめよう、さすがにクズすぎる。




「はぁ……っ……あ、あんたぁ……っ、かくごは、できてるん、でしょうね……っ!」


「……やばいと思ったが性欲を抑えきれなかった」


「なっ……!」


「今は反省している……だから課題写さして?」


「……東谷さん。そいつ押さえてて」


「あいよっ! がってん!」


「あっ、ちょっやめて動けないうごけない」


「てやんでい!」


「いや、てやんでいじゃなくて、は、離しひゃうんっ!?!?」


「あれ、あんた脇腹弱かったんだ? 知らなかったよ」


「ちなみにあたしは甘いものと熱いお茶によわいよー」


「うん。知ってる」


「ちょ、ちょっと! やめ、ゆ、許して!! 許しふゃぁぁぁぁぁ……!!!」


「お、下乳も弱いな! もっと上か? もっと上がええのんか?」


「あのー……」


「ひゃっ! や、やめ……ひゃめて……っ! ひゃうぅぅっ!!?」


「ほれほれほれ……なんでこんなデカいんだこのやろう羨ましいぞこんにゃろう」


「あ、あげる! あげるから! はんぶんあげるからぁー……あうっ!?」


「……あの、先輩方?」


「……あ」


「おっ、少年。まだいたのかい? 勤勉な部下を持って主任は嬉しいよー」


「……はぁ……は……ぁっ……!?」


「部室の鍵閉めて持って行かなきゃいけないんで、その辺にしておいて貰えると助かるんですが……」


「あ、あぁ……」




 ……なんという事だ。人前で辱められてしまったぞ……これは人生終わったかも分からんね。割とマジで。っていうか普通にはずい。しにたい……




「あ、大丈夫っす。ほんと気にしないんで」




 気にしないらしい。死にたい。




「あ。それと渡辺先輩、これ。今日、別のクラスで返却された課題のノートです。他の部活の先輩から借りてきました」


「あ、うん、えっと……?」


「明日の朝、俺に渡しに来てくれれば返しときますんで」


「……これのためにこんな時間まで?」


「いや、ほんと気にしないで下さい。さっきも美味しいとこ見ちゃいましたし……」


「それは忘れて」


「あっはい」


「……ありがとう」


「いえいえ。それでは先輩方、また次の部活で……」




 そう言って茅吹くんは鍵を返しに行ってしまった。やはりなかなかに出来た後輩だ。ただ、最後の最後で浮かべたやらしい笑みだけは減点対象だ。今夜ベッドの中で、彼の脳内の私はどんな事になってしまうのか……少しだけ、興味がある……




「……あれ、あなたもこんな時間まで部活?」


「え……? あ、あぁ。あんた……」




 振り返って見ると、そこにいたのはクラスメイトの神田かんださんだった。文芸部の部室から出て来たらしい。ふいに、何かを見つけたようにまっすぐこちらへと向かってきた……と、宮内さんの目の前で止まる。




「……制服の襟、乱れてるよ。リボンも、解けそう……」


「あ、いいって、自分で……」




 宮内さんがそう返す間にも、問答無用で彼女の制服を直し始めている。あれ? 宮内さんって、神田さんと仲良かったっけ? 教室で話しているのを見た事は無かったように思うが……こうして見ると実の姉妹のようだ。高校生と中学生の。




「……はい、できた」


「あ、ありがと……」


「うん。それと……微かに汗のにおいがするね。服も乱れてたし……浮気?」


「ち、違う! そんなんじゃ……って、あ……! と、とにかく違うから……」


「……あ、そう。あなた、いいにおいがするね」


「さっき汗くさいって……」


「うん。だから、好き。それじゃ、また明日ね」




 我々に大いなる謎とインパクトを残して、神田さんは帰って行った。以前から思っていたが、相変わらず何を考えているか分からない人だ。私も彼女くらいミステリアスな大人の女性になれば、愛を知る事ができるのだろうか……




「おー! ミヤちゃん彼女いたんだー?」


「え? いやいや、友達だよ」


「でもさっき浮気って」


「……上着、の間違いだよ」


「あっ、そっかー」


「……まぁ、宮内さんには彼氏がいるもんなぁー」


「えっ、あ、うん」




 そう。宮内さんは私たち三人の中で唯一の彼氏持ちである。夏休みに入る前、以前から想いを寄せていたクラスメイトの時雨しぐれくんと上手く行ったという報告を受けたのは記憶に新しい。




「それで? 肝心の時雨くんとはどうなんだい? 渡辺さん気になるよ」


「えっと、夏休みに海に行ったかな……あと、一緒に夏祭りにも行ったし……」


「お、いいねぇ! 青春だねぇ!」


「あとは、四人でお泊まり会もしたし……あっ、ま、まだその……そういうコトは、してない、けど……っ」


「ん? 四人で……?」


「あ……っ、あ、あいつの家に泊まったの! ご両親も入れて、四人!」


「あれー? 時雨くんって確か妹さんいたよね? 時雨ちゃん!」


「なんで知ってんの!? い、いや、妹ちゃんは友達の家に行ってて! その日はいなかったの!」


「ほーん……」


「へー、そうなんだー」


「うん! そうなの!」


「あたしはてっきり、ハーレムかと思っちゃったよー! あーびっくりしたー!」




 宮内さんがガクリと肩を落とす。部活の後に私の宿題まで見てたから、疲れちゃったのかな?


 しかし、彼氏持ちとは羨ましい限りである。愛を学ぶべき師は身内にいたのかもしれない。今度、もっとよく話を聞いてみよう、うん。


 そんな事を考えながら歩く、九月二日の帰り道であった。渡辺さんはまだ、愛を知らない。

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