冗長で底の浅い導入部〜彼女の名は渡辺さん〜
私の名前は渡辺さん。愛なき現代を生きる現役女子高校生だ。突然だが、私は高校に入学してからというもの、ある問いに悩まされ続けている。僭越ながら今しばし時間を頂いて、私の悩みを聞いて頂きたい。
いつか誰かが言っていた。今の世の中情けが足りない。膨れ上がる都市部の人口に、すれ違う人はみな他人。駅には掃いて捨てるほどの人が溢れ、目に映るのは人、人、人の顔……愛着なんて微塵も湧きやしない。
極限まで効率化されたタスクを死にそうになりながらこなす日々。ノルマに追われ、納期に追われ、終電の時間に追い越される日も珍しくはない。
そんな大人達が回す社会の片隅で、学生たちも暗い未来からは努めて目を背けようとする。冴えない大人になりたい馬鹿か、冴えない大人にならざるを得ない馬鹿か、冴えない大人にすらなれない馬鹿……頭の良い奴は怠け者呼ばわりされ、みんな地面ばかり見ている。
いつか私が言っていた。今の世の中情けが足りない。私は愛が欲しい。愛が何かは分からない。私は愛を知らない渡辺さん。でも、欲しい。知らぬが欲しい。無いものねだりに果てはない。
つまり、何が言いたいかと言えば……
「……恋がしてみたい」
「長い。三行で」
「だから一行にしたじゃないかぁー」
「導入が長いって言ってんの。私は友達だから黙って聞いてたけど、これが赤の他人だったら即BBだね」
「BB……ビンビン?」
「ブラウザバック」
顔の左上辺りで架空の『戻る』ボタンをクリックするジェスチャー。最後まで聞いてくれた親友の懐の深さに、今日も私は頭を垂れる。
彼女は宮内さん。私の数少ない友達にして愛すべきマスコットだ。その高校生にしては明らかに低い頭身と無垢さを感じさせる童顔は、彼女の内面をも表している。穢れを知らない精神が、都会の生活で擦れた私の心を癒してくれる。
「大体あんたは、毎回話が長い癖に浅いよ。浅い。とりあえず甘くしとけば良いだろって思ってるコンビニのスイーツくらい浅い」
まぁ美味しいけど、と付け加える。宮内さんは甘党なのだ。ツッコミは辛口だが。
「あたしはナベちゃんの語り好きだけどなぁー」
「お、そうかいそうかい?」
「うん。頭使わなくて良いからねー」
「……聞きたくなかったら聞かなくても良いよ? ……いやごめんやっぱ聞いて」
この語尾だけで分かる適当な感じの彼女は東谷さん。私のもう一人の親友だ。すらっとしたスタイルにはっきりとした目鼻立ちは多くの人の目を引くが、その奔放な内面を知る人は少ない。
「で、今日はそういうめんどくさい感じなんだ?」
「あ、あのぉ聞いてました? 私の話……」
「愛ならさっきコンビニで」
「そんなラノベの受け売りみたいな話が聞きたいんじゃないの! 真実の愛を知りたいの、お金で買えるやつじゃなくて!」
「やっぱりめんどくさいじゃん……」
「えーナベちゃんメンヘラ? だったんだー」
「ちがうのぉーかまってほしいのぉ……渡辺さんは愛を知りたいの……」
「また売れない啓発本か自伝のタイトルみたいなことを……」
「東谷さんは漫画の方が好きかなー?」
がっくりと肩を落とす。どうやら私の高尚な悩みは、この薄情な友人達には理解されなかったらしい。私はこの冷たい社会で一人、愛を知らぬまま生きてゆくのだ……あぁ、孤独……
項垂れる私の目の前に、半分になったシュークリームが差し出される。顔を上げると、そこに天使がいた。
「……まぁ、友達だし、カラオケくらいなら付き合ってあげてもいいけど……」
「あ、じゃああたし、二人が歌ってる横で下手にハモってめちゃくちゃにする役やるー!」
渡辺さん、真実の愛を知る。完。