最先端だっていつかは古くなる
働かない薮の病院を支えているスタッフに一人の看護師がいる。
彼女の仕事は注射や何種類かある電気治療、各種検査などなど。さらには清潔好きで病院のシーツなどを毎日洗濯して交換している。
薮は看護師ができることを自分でやることはないので、もはや注射針などの位置もわからなければ機械の操作方法も知らない有様である。
そんな彼女は長い間巻き爪で苦しんでいる。最初は端が皮膚に食い込んでいる程度の巻き爪だったのだが薮に相談した為にひどくなったのだ。
「こうなったら治療は爪を剥ぐしかないね」
今までの患者にも行っていた治療の為、彼女はさほど疑問にも思わず頷いた。
「……っ!」
痛み止めの注射の痛みに耐えながら両足の親指の爪を剥がす処置は終わったかのように見えたが、本当の苦しみはそこからであった。血が止まらないのである。
もちろん、ドクドクと大量に出ているわけではない。ガーゼを外すと血が垂れてくる状況がずっと続くのである。
薮医院は一階に保険会社がある小さな建物の二階にあり洗濯場は一階に存在している。彼女は癒えない傷の痛みに耐えながら毎日洗濯の為に階段を上り下りしたのである。
折しも処置した季節は夏、傷口は化膿してきた為ますます痛みはひどくなる一方である。
「なかなか治らないね〜」
薮は少しの心配もするようなそぶりも見せず、傷口の消毒を時々行い抗生物質の軟膏と手術にも使う銀の入ったクリームを処方しただけだった。
看護師の仕事は医師の補助なので、薮が少しでも患者の処置を手伝えば彼女の負担はかなり軽くなっただろう。そういったことをすることもなく薮は院長室でサボる毎日である。
小さな薮医院には看護師は彼女しかいない。彼女は休むこともできず働かされ続け、1年以上経過してもなだ傷口から血が噴き出す有様だった。
症状が軽かった左足ですらそうなのだから、症状の重かった右足は爪もほとんど伸びず酷いものだった。
そうこうするうちにいびつに伸びてきていた爪が再び巻き始めたのである。
「こうなったら再び爪を剥ぐしかないね」
薮の口から恐ろしい発言が飛び出した。一年かけて治せなかったものが再び剥いで治るとはとても思えない。他のスタッフと薮の家族は相談して彼女を他の大きな病院で診てもらうよう説得を開始した。
「なんで紹介状を書かなきゃいけないんだ!」
自分の治療を否定されたと感じるのか書くのを嫌がる薮。怒った妻が探してきた専門医のいる病院の紹介状の下書きを書き、予約票を病院にFAXして無理やり薮に紹介状を書かせることに成功した。
「私が病院を休むわけには……」
としぶる彼女を説得し、彼女を薮の魔の手から救出することに成功した一同はホッと胸をなでおろした。
彼女のいない病院がどうなったかはまたの機会に話そう。
一回目の治療を終えた彼女の話によると
「まだこんな治療をしている先生がいるのか!?かなり酷い傷だ」
と治療してくれた先生はかなり驚いていたそうだ。
結局、彼女は症状の重い右足はワイヤーをかけられず棒状のものを爪に挟み、左足はワイヤーで持ち上げ、出血部位は縫ったそうだ。縫わなきゃいけない傷を1年以上放置した薮には戦慄を覚える。
先生によると治療には1年以上かかるとのこと。苦しんでいた期間を考えると2年以上かかるのである。最初からここにかかっていればワイヤーで楽に治ったと思うと、薮にはもっと反省してもらいたいものである。
ちなみに彼女の爪を剥いだ数日後に、同じように巻き爪で診察してもらった10代の若者も同時期に治りかけの爪が再び巻き爪になったと病院にやってきた。やっぱり爪を剥ごうとする薮を抑えて他の病院を紹介したのは言うまでもない。二人の犠牲者を出してなお薮はまき爪にはこの治療しかないという姿勢を崩すことはなかった(ワイヤーをかける技術を習得する能力がないという意味かもしれない)。
皆様も医者に提示された治療法が本当にそれしかないかは考えたほうがいい。その医者にとってはそれしかないのかもしれないが、かつての最先端は今の骨董品かもしれないのだから。
彼女が他の病院に通い始めて何度目かに、彼女と同じくらい酷い状況のお婆さんがやってきていたそうだ。
担当の先生はさらにショックを受けた模様。
つまり、薮医院の近くには同じくらいのレベルの医者が他にもいるということだ。田舎の医療レベルの低さは侮ってはいけない。