楽して稼げたらってみんな思ってるよね
薮はかつて輝ける青春のすべてを勉強につぎ込み国立大学へ合格した苦学生であり、大学の医局に入り白い巨塔のモデルとなった医師ヘコヘコしながらいつしか自分もウハウハな生活をすることを夢見ていた。
しかし現実は甘くなく、医師国家試験合格までで努力をやめてしまった薮にそんな生活が出来るはずもなく、無駄に高いプライドによって大学病院から居場所をなくしていた。
実質的クビである自主退職を認めることのできない薮は妻の実家にお金を出してもらい開業をしたのであったが周りには対外的には小さくとも一国一城の主の方が良かったと吹聴していた。
当然、開業してからは新しい知識を仕入れることもなく日々なるべく楽をしてお金を稼ごうとする日々である。
「先生、お願いします。」
今日も藪がヤブ医者であることも知らず助けを求める患者がやってくる時間である。
薮は見ていた映画を中断し舌打ちしながら居心地の良い院長室を出て診察室へと向かうのであった。
本日の金ヅル第一号はくしゃみが出て風邪を引いたのかもしれないという患者であった。
「朝から少し喉が痛いんです」
と訴える患者にすぐさま
「風邪かもしれませんね。お薬出しておきますので廊下でお待ちください」
と言い、聴診器を持ち出すことも喉の様子を見ることもなくいつもの風邪薬セットである
総合感冒薬、抗プラスミン薬としても使える炎症を抑える薬、去痰薬、咳止め、抗ヒスタミン薬、咳止めの配合剤、最も強力な抗生物質を処方した。
薮にとって薬とは出せるものを保険が許す限り出すものであり、個人に合わせて処方するといった考えは存在しない。たとえ総合感冒薬と咳止めの配合剤に抗ヒスタミン薬が入っていようともそれとは別に抗ヒスタミン薬を出すのは当然のことなのである。
「もし余ったら置き薬で調子の悪い時に使ってくださいね」
と言いながら廊下で待つ患者の前を通り過ぎ、中断している映画の続きうぃ見るために院長室へと戻る薮……その途中で廊下には次の診察を待つ別の患者が座っていることに気がつくことはなかった。
その直後カルテを診察室に届けに来た事務が「先生もういないの!?」と驚くこともいつもの光景である。