開かずの地下室と古びた壺の事
どもっ、風璃ケイいちです。
今回の話は、人物にスポットを当てた話では無くて、
ルミネス達の日常の中で起こったドタバタを書いたものです。
今回は、今までよりも長い話になっています。
今までの話が3000文字程度だったのに対して今回は6000文字オーバーになっています。
それでも他の方が書いている話に比べると短いんですけどね。
少しでも楽しんで戴けると幸いです。
「壺・・・よね。」
「壺ですよねぇ。」
その日、ルミネスとサラは研究所兼自宅のリビングで古びた壺を挟んで座っていた。埃まみれの古びた壺は蓋を被せた上から蝋で密封されていた。壺その物は何の特徴もない何処にでもある普通の壺だった。しばらく黙って壺を見ていた二人だったが、サラが口を開いた。
「何が入っているんでしょう?」
「さぁ、分からないわね。鍵が無くなったとかで入れずにいた地下室にあった物だし。」
ルミネスがこの家を買った時、既に地下室の鍵は紛失していた。
前の持ち主の話では金目の物はないからそのまま放置されているという話だった。
ルミネス達も特に中に入ろうとは考えなかったのでそのままにしていたのだが、明け方に地下室の辺りから何かが倒れるような音がした。さすがに放って置くわけにもいかず、地下に降りてみると開かない筈のドアが手前に倒れていたのだ。ドアが倒れてくる時に削ったであろう石壁の破片やら舞い上がった埃やらでものすごいことになっていた。惨憺たる有り様を見てため息をついたルミネスが口を開いた。
「多分、蝶番のところが錆びて崩れちゃったのね。」
「人が巻き込まれなくて幸いでしたね。」
とサラ。
「まあ、用事でもない限りここに人が降りてくることはないけどね。」
大きな音がしてからしばらく経っていた事もあって二人が降りて来たときには舞い上がっていたであろう埃もある程度落ち着いていた。手にしたランプをかざすと地下室の中を遠目に覗き込むことができた。
「金目の物は入っていないって言ってたけど。」
「本当に何も無さそうですね。」
崩れたドアの先はがらんとした地下室で特に目につくような物は見当たらなかった。
ルミネスは、倒れこんできたドアを二、三度足で踏むとサラの方を見て言った。
「ドアの方はまだしっかりしてるわね。蝶番が錆び落ちてもまだ朽ちてないってどんだけ丈夫なの(笑)。」
「このドアを動かすのは私達では無理ですね。大工さんを呼んで処分してもらいましょう。」
後片付けをどうするかであれこれ考え始めたサラをよそにルミネスは何やらワクワクした様子で地下室の中を見ていた。ルミネスの様子に気が付いたサラは呆れ顔で言った。
「アーニアさん、中を調べたくてウズウズしてません?」
「だって、中に何が入っているか確かめたいじゃない。」
やっぱりと言う顔でサラが言った。
「わかりました。大工さんを呼ぶのは後回しにして中の確認を先にしましょう。
但し、汚れてもいい格好に着替えてからにしてくださいね。」
二人は一旦自室に戻ると実験の時に使う軽装に着替えてドアの前に集まった。
「アーニアさん、ずっとこれに係っているわけにはいきませんから午前中で一旦切りをつけますよ。」
「わかってる。とりあえず、どんなものが入っているかをざっとで良いから確認するわよ。」
アーニア達は頷きあうと埃だらけの地下室の中に入っていったのだった。
外から覗いているときは影になって見えなかった所に作り付けの棚がある事、多分、古すぎてとても飲めた代物ではないワインが1ダースあまり、干し肉や果物の砂糖付け、ピクルス系の保存食であったと思われる残骸等々がある事がわかった。
「う~ん、今の所は特に面白いものは出てこないわね。」
「多分、貯蔵庫に使っていたんでしょう。日持ちがするような食品ばかりですし。
って、アーニアさん、何を期待していたんですか?」
「いや、まあ、貯蔵庫かなって言うのは気が付いていたんだけど、やっぱり何かでないかなぁって期待するじゃない?」
「こちら側の棚は終わりましたね。あっちの棚も済ませてしまいましょう。」
あえてルミネスの言葉をスルーしたサラは今まで調べていた壁の反対側に視線を向けた。
反対側にも同じ様に作り付けの棚があり、保存食の残骸らしき物がのっていた。
よく見るとちょうどサラの目線位の位置にある棚の上に何かのっている。同じことに気が付いたルミネスが棚に近付いてぴょんぴょんとジャンプしながら覗きこんだ。
「壺みたいですね。」
「ねえ、私の背じゃよく見えないの。ちょっと見せて。」
「はい、どうぞ。」
壺を受け取ったルミネスはあまり壺を揺らさないように気を付けながら上から下から壺を観察した。サラは、壺を取り上げた辺りを見回してみたが、壺の周りには特に何も見付からなかった。
「調べてみる必要が・・・」
とか言いながら地下室を出るルミネスの後にサラが続いた。壺は片手で持てるほどの大きさで、さほど重いものではなかった。埃まみれの壺をリビングまで持ってきたルミネスは、壺をテーブルの上にそっと置くとソファに座り込んだ。
「壺・・・よね。」
「壺ですよねぇ。」
・
・
・
「どう見てもただの壺よねぇ。」
「特に何も書かれていませんね。」
ルミネスは「う~ん」と考え込む素振りをすると嬉しそうにサラに向かって言った。
「これは開けてみるしかないわね。」
「けれど、何が入っているか分からない以上、迂闊には開けられませんよ。
万が一にも毒物が入っていたら、周りに被害が出るかも知れませんし。」
「まあ、可能性は低いと思うけど、絶対大丈夫とは言えないしなぁ。」
しばらく考え込んだ後、ルミネスはニッコリ笑ってサラにこう言ったのだった。
「どうせやるなら、徹底的にやってやろうじゃない。」
「あー。何となくこうなるんじゃないかって気はしてました。」
ルミナスが立てた計画はこうだった。
まず、街の外の広い場所を一時的に借りきって封鎖空間をつくる。
急いでいるわけでもないので準備にたっぷり時間をかけて中のものが外の漏れ出さないような強固な物にする。中で壺の蓋を密封しているロウを融かして細い管が通る程度の小さな穴を開け、中に管を入れて中の物を少量取り出す。その場で調べるてみて、毒性がないことが確認できたら蓋を開けて中を確かめる。毒性が確認できた時は中止してもう一度対策を練る。
話を聞いたサラが心配そうに言った。
「中の物が漏れ出さないレベルの強固な封鎖空間だと中の人の呼吸は大丈夫ですか?」
「封鎖空間の大きさを十分とれば大丈夫よ。そんなに時間を掛ける気はないし。」
「管を通す穴を開ける時に中の物を吸い込んでしまう危険性はどうするんですか?」
「ガラス管じゃなくて金属製の管を使うわ。管そのものを暖めてそれで融かしつつ穴を開ける。温度を上げ過ぎなければ穴が広がり過ぎないように調整できるはず。
管には予めサンプル管を接続しておくわ。中身を抜き出せたら接続に使っている管のバルブを閉じるから問題ないでしょ。」
淀みなく返事をするルミネスにサラは深いため息をついて言った。
「アーニアさんが言い出したら聞かないのはわかってましたけど、やめる気は全くないみたいですね。」
「当然よ。こんなおもしろそうな事止められるはずないでしょ。
さあ、派手にやるわよぉ。」
話が決まると後は早かった。ルミネスは王宮の警備隊に状況説明に走り、実験場所の確保を進めた。
サラは封鎖空間を展開するために必要になる薬品と魔方陣の準備に入った。そんなこんなで次の日の午後には実験を行うための準備を終わらせていたのだった。
「アーニアさん」
「なに?」
「こんなに大きな封鎖空間が必要なんですか?」
「中で活動するのに必要な空気の量を心配していたから大きめにしただけよ。」
二人は街の外にある広い草原の真ん中に立って地面の上に複雑な魔方陣が描かれた薄い金属の板を置いている最中だ。周りを見渡すと少し離れたところに同じような板が置かれていた。板は全部で八枚。正方形の頂点と辺の中点に当たる場所に置かれていた。正方形のサイズは一戸建ての家ほどの大きさになっている。二人は板と板の間を繋ぐように瓶に入った薬品をこぼしていく。封鎖空間の力を増幅する為の薬品だ。今回は動物どころか中にある物が外に漏れ出さないほど強固な封鎖空間にする必要があったのでサラが特別に調合した強化薬を使っていた。
「強化薬の効力は約一時間を想定しています。
今回の封鎖空間は結界を破ろうとする障害はないと思いますから一時間は大丈夫と考えていいと思いますよ。」
「流石ね、サラ。あなたの薬なら間違いないって信じてるわ。」
サラはルミネスの助手をしているが、薬学に関してはルミネスの遥か上を行く。実際、彼女の元には今でも魔法薬や治療薬の調合依頼が舞い込んでくる。依頼される薬はサラの才能をあてにした高度な物ばかりでそれほど頻繁でないにしろ、全く途絶えてしまうようなことはなかった。
「じゃあ、もう一度手順の確認をするわね。」
ルミネスは、サラが頷くのを確認してさらに続けた。
「封鎖空間の中央にある台の所に私がスタンバイしたら術式を展開して封鎖空間を起動するわ。」
「はい。」
「今回の封鎖空間は光は通す設定にしているから合図は手旗でするわ。
毒物が検出された時は赤、検出されなければ白を上げるから間違えないでね。」
「毒物が検出された時は実験は中止になりますから封鎖空間は解除するでいいんですよね。」
「ええ、その場合は続けるだけ無駄だから壺を密閉状態に戻して封鎖空間は解除するわ。
中身の確認ができると判断した時は確認作業までやってからの解除になるからね。
なにか質問はある?」
「いえ、特には。大丈夫だとは思いますけれど、くれぐれも慎重に。」
ルミネスは深く頷くと高らかに宣言したのだった。
「じゃあ、始めるわよ。」
確認した手順通り、中央の台の所に立つと台上に用意されている物をチェックして封鎖空間の術式を展開し始めた。術式の展開が始まると同時に八枚の魔方陣が輝き始め、光の柱を空に向かって伸ばし始める。魔方陣の間に垂らした魔法薬の線も光の柱に呼応するように輝きだし、遂には半透明の壁のような物が立ち上がった。最後の仕上げに自分の真上に向けて術式の展開をして封鎖空間の上部も完全に塞いでしまった。
封鎖空間が出現すると同時にそれまで吹いていたそよ風がピタリと止まった。中の物が漏れ出さない程強力な術式が風も遮断してしまったからだ。
「さて、それじゃあ、サンプルの採取から始めますか。」
ルミネスはそう言うと中に通すための金属の管を暖め始めた。火を使うと空気を浪費するので呪文を使って金属管の温度を直接上げる。ゆっくりとロウを溶かしながら壺の中に管を入れていく、そろそろと思っていると不意に手応えが軽くなった。開けた穴から噴き出してくる物がないことを確認するとほっと一息つく。
事前のチェックで圧力はかかっていないと予想はしていたが、実際に確認出来るまでは安心できない。
「まずは第一段階はクリアね。」
サンプル管に付いている吸出し用のギミックを操作する。
「液体は出てこないわね。乾燥しているのかしら。」
何度か試すが液体は出てこない。諦めてガスの分析をすることにする。用意済みの試薬が入った試験管にサンプル管内のガスを少量移して反応を見る。
「取り敢えず、即死するような毒物の反応はないわね。」
同じように用意しておいた試験管を数種類試してみたが特に反応はでなかった。
「毒物反応はなしっと。想定外か未知の毒だとアウトだけど、それを言い出したら始まらないし。」
ルミネスは白い旗を手に持つとサラからよく見えるように上に掲げた。
「毒物の反応はなしですね。良かった、何とかなりそうです。」
サラは、白い旗が上がった事を確認して表情を緩めた。
作業を進めるルミネスの様子を見守るサラの顔が急に厳しいものになる。
壺の蓋を開ける為にロウを融かす作業をしていたルミネスが蓋を開けた所で少しふらついたように見えたのだ。
「アーニアさんの様子がおかしい? でも毒物反応はないって。」
蓋を一度は開けたルミネスだったが、直ぐに蓋を閉めると耐えきれなくなったようにその場に崩れ落ちた。
「アーニアさんっ!いけないっ、助けないと。」
毒物を心配して一瞬躊躇したサラだったが、ルミネスの判断を信じると決めて結界の強制解除にかかった。結界に向かって用意しておいた薬瓶投げつけると解放を意味する呪文を素早く詠唱して衝撃に備える。風すら遮断していた封鎖空間にヒビのようなものが出来て崩れ落ちる。ルミネスが倒れてしまっているせいか、破壊の時の衝撃はほとんどなかった。
「アーニアさん!」
駆け寄るサラはルミネスに近づくにつれ、異様な臭いがだんだん強くなるのを感じた。
「毒じゃないみたいだけど、何なのこの臭い。」
匂いその物はよくある匂いで肉や魚が腐ったような匂いだった。封鎖空間が解除されて風が通るようになっているのに鼻が曲がりそうな位臭い。今の状況でこの強さという事は蓋を開けた直後の状態が相当酷かった事が容易に想像できた。
ようやくルミネスの側までたどり着いたサラは直ぐにルミネスの状態を確認した。呼吸の状態と脈拍から気を失っているだけと分かった。
「取り敢えず命に別状はなさそう、良かった。」
本当にいつもひやひやさせるんだからとつぶやきながらもほっとするサラであった。匂いも落ち着いてきたので、ルミネスをそのまま草の上に寝かせて辺りの片付けを始める。一旦、荷物をまとめた上でルミネスが目を覚まさないようなら城の詰め所に伝書鳩を飛ばすつもりだったが、丁度封鎖空間用の魔方陣を描いた板の回収が終わる頃に意識を取り戻した。
「ホント酷い目に遭ったわ。」
「凄い匂いでしたけど、気を失ったのはやっぱり匂いのせいですよね。」
ルミネスはげんなりした表情でサラに答えた。
「蓋を開けた時の匂いったら無かったわよ。
匂いで呼吸困難になるなんて初めてよ。」
「私、アーニアさんが倒れた時は息が止まるくらいビックリしたんてすよ。」
「あはは、まあ無事だったんだし、一旦戻りましょ。」
ルミネスはゴメンねと手を合わせながらばつが悪そうに言った。
二人は持ってきた道具を手早く纏めると自宅へと戻ったのだった。
後片付けも一段落してひと休みしているとサラがルミネスに問いかけた。
「結局、中身は何だったんてしょう?」
「あー、アレね。サラは、アデグって知ってる?」
「アデグですか?さあ、聞いたことがありません。」
「まあ、マイナーな食べ物だからね。知らなくても当然かな。ある地方の郷土料理でね。卵を特殊な方法で発酵させて作るんだけど匂いがね。」
サラが目を丸くして尋ねた。
「あんな匂いがする物を食べるんですかっ?」
「いや、本来はあそこまで匂わないわよ。まあ臭いことには変わり無いんだけど。マルグリッド先生が好きだったのよね。」
「アーニアさんのお師匠様ですよね。」
「うん。良い人だし尊敬もしてるんだけど、何かの調査の時に現地で食べさせてもらったらしくてね。気に入っちゃって機会があると買ってきて食べてたのよね。匂いが凄いからダイニングでは食べないで下さいってお願いしてたんだけど。」
「この家の前の持ち主も好きだったんでしょうか?」
「さあね。好きだったんならあそこに置きっぱなしというのもね。珍しい物をもらったけど扱いに困って地下室にってことじゃないかしら。ま、珍味ではあると思うけど。」
「アーニアさん、食べたことがあるんですか?」
「先生がどうしてもって言うからちょっとだけね。また食べたいとは思わなかったけど。」
「地下室の状態から察すると軽く十年は放置されていたみたいですから発酵の状態は物凄いことになっていたでしょうね。」
「中の状態も思い出したくないレベルだったしねぇ。」
そこまで話していて二人はルミネスが壺を見つけた時から地下室の確認は中断したままだった事に気が付いた。
二人が地下室の確認作業を再開して間もなく、光の加減でよく見えなかった二つ上の棚に同じ壺が二つあり、その側にアデグと書いた古い紙が置いてあったことを付け加えておこう。
数日後、ドアの片付けを依頼した大工に壺の中身の説明をして地下深くに埋めてもらったことで一件落着となった。
ドアを修理した地下室は、その後ルミネス達の食糧庫として立派に役立っているそうである。
今回の話はいかがでしたか?
私的には上手くいった方だと思っています。
さて、中で出てくるアデグ。大抵の方は予想されていると思いますが、モデルはピータンです。
全く同じものではないのですが、イメージはまんまピータンです。
私自身はピータンの実物を見たことも食べたこともありません。
私のイメージの中のアデグは、見た目はピータンそっくりですが、匂いはアデグの方が酷い物を想像しています。
次の話については今の所白紙状態ですが、今度は人物にスポットを当てた話にしたいとおもっています。
でわでわ。