実験と爆発と茶色い虫の事
今回は色々とリアルが忙しかったわりには早いタイミングで公開できたと思います。
次もこのペースで書けるのかと言われるとかなり怪しいですが、
とにかく、第四話をお楽しみ戴けると嬉しいです。
その日は天気も上々、気候も心地よく、何か良いことが起こりそうな日だった。気持ちよい風が洗濯物を揺らし、街角には楽しげに談笑するカップルが歩く、そんな午後。ルミネスとサラは、午後のティータイムを楽しんでいた。
「もう一年になるんですね、あの事故から。」
としみじみとした口調でサラ。
「長いようで短い一年だったわね。」
ルミネスもまたしみじみと言った。
「まだ元に戻れる目処はつかないんですよね?」
「色んな角度から洗い直しているんだけど、なぜこんな効果がでたのか検討もつかないのよ。」
そう、あの事故が起こったのもこんな素晴らしい天気の日だった。
違いと言えば、その日はルミネスが朝から実験スペースに閉じ籠りっぱなしだった事くらいだ。
ティータイムにはまだちょっと早い頃、くぐもった「ボンッ」という音がしたかと思うと街の一角から煙のようなものが立ち上った。
その直後、ルミネスの研究所兼自宅の二階にある部屋の前でサラが慌てた様子でドアを叩いていた。
「アーニアさん、大丈夫ですか?!
すごい音がしましたよ。
アーニアさんっ!」
少し咳き込む音が聞こえた後、ルミネスが返事をした。
「何とか大丈夫だから。
でも、まだドアを開けちゃダメよ、
今、強制排気をかけるからちょっと待って。」
ルミネスの声を聞いて安心したサラだったが、直ぐに何かおかしい事に気がついた。
「アーニアさん、何か変な感じがするんですけど、本当に大丈夫ですか?」
少しの間、ゴウゴウという排気音がした後、ようやくドアの鍵が開く音がした。
「あー、ひどい目に遭ったわぁ。でも、何ともないから大丈夫よ。」
ヨレヨレになったルミネスが少し咳き込みながら出てくるとそれを見たサラが目を丸くして言った。
「アーニアさん、ちっとも大丈夫じゃないです。」
「ん? 特にどこにも怪我はしてないけど?」
さっぱり分からないといった様子のルミネスにサラは急いで持ってきた手鏡を渡した。手鏡を受け取ったルミネスは首を傾げながら手鏡で自分の顔をみた途端、
「・・・?!」
サラの方を見て、口をパクパクさせたかと思ったら、今度は大声で叫んだ。
「どーなってんのよーっ。のよーっ。のよーっ。・・・」
晴れ渡る空にルミネスの声がこだましたのだった。
・・・・・・・・
「とにかく、シャワー浴びてくる。この格好じゃ気持ち悪いし。」
「はい、着替えを用意しておきますからゆっくり浴びて来てください。」
ゲッソリした様子でルミネスが部屋から出ていった。
「う~ん。12、3才位かしら。アーニアさんの子供の頃の姿はよく知らないけれど。」
サラはルミネスの着替えを用意しながら呟いた。
部屋から出てきたルミネスはサラよりひとつ年上の姿ではなく、12、3才の子供の姿をしていたのだ。
違和感を感じたのもいつもの声より甲高かったからだ。
あれこれ考えながら着替えを用意していたサラはふと気がついた。
「あの体型でこの服はちょっと無理があるかも。」
元々ルミネスは大人の女性としては小柄な方だったが、
それでも体型は立派に大人の体型だったし、背丈ももう少し高かった。
今のルミネスの体型だとかなりダボダボな状態になりそうだった。
とは言え、代わりの服を直ぐに用意できそうにない。
取り敢えず今の服で我慢してもらうことにした。
「寒いわけではないけど、裸って訳にもいかないし。」
サラがお茶の用意をしながら待っているとルミネスが部屋に戻ってきた。
シャワーを浴びてさっぱりした筈なのに何故か疲れた表情で。
「あー。やっぱり大きかったみたいですね。」
「私、自分はかなり小柄だって自覚はあったんだけど、それでも結構成長してたのね。自分の服がこんなに大きいとは思わなかった。」
「取り敢えず、後で代わりの服を用意しますから。
少しの間、辛抱してください。」
「うん、お願い。この格好じゃ、表には出られないしね。」
お茶を飲んでひとここちついたルミネスにサラは改めて尋ねた。
「一体、何が起こったんですか?」
ルミネスはシャワーを浴びて上気した頬をひきつらせて言った。
「思い出すだにおぞましいわ・・・。
アレが出たのよ。」
「アレって・・・。」
「こげ茶色のアレよ。分かるでしょ。」
はっと気がついたサラが何故か声のトーンを落として言った。
「アレって、すばしっこくて時々飛ぶあの虫ですか?」
「それよっ、よりにもよって実験の最中に出たのよ。
最初は部屋の隅の方に居たから良かったのよ。
こっちも実験の方に集中してたし。」
「その時はまだ気がついていなかったんですね。」
コクリと頷くルミネス。そして泣きそうな表情で言ったのだった。
「アレが飛んで来たの。術式の制御をしている最中に。」
飛んでくるそれに気がついたルミネスはパニックに陥り、術式の制御を誤ってしまった。
「後は知っての通りよ。」
「何て恐ろしい。」
ルミネスもサラも全ての虫が苦手というわけではない。実験のために対象として虫を使うこともあったし、薬品を作成するときに虫を材料として使うことも少なからずあった。
でも、それでも、アレだけは生理的に受け付けなかった。女性のみならず男性も含めてアレが好きな人は殆どいないだろう。
「でも、変ですね。二階の実験スペースにアレが出るような物は置いていないはずなんですけど。」
ジト目になったサラがルミネスの方を見ながら言ったのだった。
実はアレが出ることを嫌がったサラが実験スペースに食べ物を持ち込む事を禁止していたのだ。
「ほらっ、遅くまで実験頑張っていると、お腹空いたりするじゃない。ねっ、ねっ。」
かなり焦って言い訳をするルミネスだった。
「アーニアさん、約束破りましたね。」
いつになくサラが怒っていた。背後にゴゴゴゴゴと言う効果音が見えるくらい怒っていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
私が悪うございました。」
ルミネスは、すごい勢いで謝った。とにかく謝った。
「今後、実験スペースに食べ物を持ち込むことは禁じます。
宜しいですね。」
すごい剣幕のサラにルミネスはコクコク頷くしかなかった。
・・・・・・・・
「サラ。ほんっとに悪かったと思ってるからこれは勘弁して。」
「いえ、別に罰ゲームとかそういう意味ではなくて、ちょうど良いサイズの服が数着しか無かったので手頃な服を買ったんですが。」
「ううっ、可愛いとは思うけど、ちょっとヒラヒラすぎない、これ。」
サラが買って来た服は仕立ての良い子供服だった。
さすがに今のルミネスのサイズに合う大人の服は見つからなかったからだ。仕立てが良いのはいいのだが、フリルやらレースがあちこちに使ってある高級子供服で今のルミネスには似合いすぎだった。
「ねえ、サラ。」
「何ですか?」
「念のために聞くけど、何処の服屋に買いに行ったの?」
「何処にって、いつものサニア通りの服屋さんですよ。」
当たり前のように話すサラにルミネスが言った。
「あー、思ったよりサラも慌ててたのね。
あの店じゃあ子供服が殆どないのは当たり前でしょ。」
「!!」
サラが向かった服屋は、婦人用のフォーマルウエアを扱う店だった。子供服が殆どないのは当然だった。
ルミネスとサラはふたりで顔を見合わせるとクスクス笑いだした。
「私も相当慌てていたんですね。ちょっと考えれば分かることだったのに。(笑)」
「明日でいいから普段着の方をお願い。」
「分かりました。明日もう一度行ってきます。」
ひとしきり笑った後、サラはルミネスをまじまじと見て言った。
「でも、アーニアさんって、小さい頃はこんな感じだったんですね。」
「何よ、ちんちくりんだって言いたいの?」
「そうじゃなくて、とっても可愛らしいですよ。
王様も隅に置けないなぁと思って。」
「私、庭師の娘だったし、こんなヒラヒラしたのは着たこと無かったわよ。(恥)」
「じゃあ、そういう事にしておきしょうか。(笑)」
「そもそもハルは私の事を女の子扱いしてなかったし・・・」
顔を真っ赤にしてモゴモゴ言っているルミネスを見ながら、こんなに可愛いんだからそんなわけないのにとサラは思ったのだった。
実はルミネスの記憶には少しばかりの誤解と記憶違いがある。
ウィリアム王がルミネスを女の子扱いしていなかったのはもっと小さい頃の話で12、3才の頃にはちゃんと意識していたのだ。照れ臭くて自然に振る舞えなくなっていた為によそよそしく見えただけで。
実は結構甘酸っぱい想いをしていたウィリアムだった。
ルミネスが子供の姿でウィリアム王の前に現れた時、ウィリアム王は全く疑うことなく、アーニーと呼んだ。サラが後にどうして分かったのかと聞くと、ウィリアム王はこう答えたそうである。
「さあ、何故かな。何故か分からないけれど、不思議とそう思えたんだ。よく考えたら今12才のアーニーに会えるはずないのにね。」
ルミネスが子供の姿になってしまった時の話を書いてみましたが、いかがだったでしょうか?
最初の構想ではこの話はもう少し後に出すつもりだったのですが、
前回の話が不人気だったようだったので今回は人物にスポットを合わせた話にしてみました。読んで戴けると嬉しいのですが。
次の話どうするのか、考え中です。
何かご意見等ありましたらよろしくお願いいたします。
でわでわ。